金賞インタビュー

小坂井朝郎氏

兜x士通ゼネラル
常務取締役

小坂井 朝郎
Asao Kosakai

富士通ゼネラルが持つ
映像技術のすべてを
結集した渾身の力作

今後のハイエンド家庭用プロジェクターのリファレンスとなる画質を実現した製品として見事に金賞を射止めた富士通ゼネラルのLPF-D711WB。常務取締役として同社の映像機器事業を指揮する小坂井朝郎氏に、この製品の魅力と同社の映像事業の根底に流れている哲学を聞いた。


ファミリーシアターの推進を通じて
「個」から抜け出した「和」の関係創りに役立ちたい


階調表現力と色の純度を
さらに高めた最新世代機

―― 金賞受賞おめでとうございます。

小坂井 朝郎氏小坂井 今回の受賞は大変名誉なことだと思っています。当社の社長も非常に喜んでいますが、何と言っても商品を開発し、設計してきた人たちが一番喜んでいます。
自分たちのやってきたことが間違いなかったということを認められ、技術屋冥利に尽きます。大変嬉しく思うと同時に、これからさらに素晴らしい商品を開発していく上での大きな励みになります。ありがとうございました。

―― 今回、受賞されたLPF-D711WBは外観的には昨年発表されたLPF-D711WWの色違いに見えますが、画質は大きく進化していますね。

小坂井 昨年発表させていただいたLPF-D711WWから最も大きく変わった点は、低階調での表現力と、色の純度をさらに高めたことです。評論家の先生方からも黒が落ち着いたとか、色の純度が増したというご評価をいただいています。

―― そこで中心的な役割を担ったのが、フルデジタルプロセッサーの「AVM-U」ですね。

小坂井 ハイエンド映像機器において当社の考える最高の画とは、「何もひかず、何も足さない自然な表現」ができることです。これを実現するにはハイスピードで演算できる能力が求められます。PC上ではメモリーを無限に使えば理論的には演算回路をいくらでも使えますが、それを限られた資源の中で、しかも高速に行うためには、極めて高速で演算できる能力を持った「AVM-U」の存在が不可欠でした。
これによって技術的な小細工をしないで、素直に再現できるようになりました。超高速で動作するフルデジタル・ビデオプロセッサーの「AVM-U」には、ホームシアター用ハイエンドモデルにふさわしい先進的な映像技術が投入されています。

―― 今回受賞された製品でも「AVM-U」は、高画質を実現する核になっています。あらためてその特長を説明してください。

小坂井 デジタル映像特有のノイズを高精度で検出して除去する「デジタルノイズリダクション」や、暗いシーンでも滑らかな映像表現を可能にする「低輝度多階調化処理」があげられます。
撮影された本来の色を忠実に再現するために、自然色と人の様々な経験に基づく記憶色のバランスをとり、画素ごとに色味を認識し、補正する「ナチュラルカラーチューニング」。入力ソースにとらわれずに画素ごとに文字や風景を識別してそれぞれの見え方を最適化する「イメージアダプティブプロセッシング」などがその代表的なものです。
それ以外にも多彩な調整・補正機能が詰め込まれています。この「AVM-U」ではまだまだ余裕がありますので、技術の進歩に合わせてその内容を進化させ、最適化させていくことができるようになっています。

―― LPF-D711WBで改良された「AVM-U」は、先に発売されたLPF-D711WWにも搭載されるのでしょうか。

小坂井 LPF-D711WWは通常の商品と違って量を売ろうということではなくて、当社が持っている映像技術のすべてを結集した製品を作ろうということで開発しました。そのため、製品の内容を改良する場合にも非常に小回りが利き、何台販売した後でないと変更できないといったことはありません。
今までも気がついたことはどんどんバージョンアップを行ってきましたが、今回のLPF-D711WBの発売に合わせ、改良点は先行して発売されているLPF-D711WWにも同様に適用されています。


実際に肉眼で見た画を
ディスプレイに映し出す

―― AVM-Uも含めて映像機器の開発で苦労されたのはどのような点でしょうか。

小坂井 当社は古くからテレビ事業を展開してきましたが、一時期この分野から撤退していました。そのため、残念ながら当時のノウハウや技術などの蓄積が完全に継承できていませんでした。ただテレビ・メーカーとしての風土は残っています。
かつてのテレビを開発していた技術者はもう社内にいませんが、その人たちが残してくれた技術に対する考え方や設計思想は残っています。今回の製品の開発でも、それがものすごく役立っています。昔の資料が残っていることも大きな財産です。
ただ、時代が変わり、実際に製品を開発するにあたっては、画作りについての勉強をあらためてすることが必要でした。そこで、評論家の先生方などの意見を聞くなどして、画作りの面での完成度を高めてきました。

―― ブランクがあった後、プラズマで改めてディスプレイの開発に取り組まれました。その時は大変苦労されたと思います。

小坂井 今となっては笑い話ですが、プラズマディスプレイを開発しようと決めた時に、業務用のビデオカメラを買いました。その理由は肉眼で見たもとのシーンが、カメラやディスプレイを通す途中でどのように変化してくるかを確認するためです。当時の業務用ビデオカメラは大変高価で、ディスプレイを開発するのに、どうしてこんなものが必要なのかと当時の経営者からよく言われました。

―― たしかに見た目とカメラを通した画は違いますね。

小坂井 カメラで撮るというプロセスが加わることによって、肉眼で見た画が色づけされることがあります。テレビの画だけ見ていても、実際にそれが撮影された現場でどのように見えていたかわかりません。 
自然な画を表現できるディスプレイやプロジェクターをつくろうといっても、その違いがわかっていないと画作りができません。でも自分でカメラを持っていって現場で撮影すれば、肉眼で見た元のシーンとカメラで捉えて再生した画との違いが分かりますので、より自然に見える画をつくることが可能になります。

―― LPF-D711WBは、米国でも大変好評で商品が逼迫していると聞いています。

小坂井 この製品を米国で紹介したのは、昨年9月にインディアナポリスで開催されたCEDIAでした。プロジェクターはCEDIAに出展していませんでしたが、この製品のLCDパネルを作られているエプソンさんのブースに試作機を置かせていただきました。それを見たお客様が、すぐにでも売って欲しいという話になりました。それが米国で販売した一号機でした。
LPF-D711WBは内田繁先生による斬新なデザインやハイエンド機としては比較的コンパクトなサイズに納められていることもありますが、最も高く評価されている点は何と言っても画質の高さです。CEDIAでこの製品が映し出す映像を実際に見られた方は、例外なく、その画質の素晴らしさに驚かされて「ウォー」という言葉を発していました。
実は米国での一号機を買われたお客様はハリウッドの関係者です。そういう人たちに満足していただけていることからも、この製品の素晴らしさをご理解いただけると思います。


いいものを求める方々を
ターゲットに商品を展開

―― 薄型大画面テレビの普及に伴って、より大きなサイズの画面への欲求が高まってきています。家庭用プロジェクター市場の今後をどのように見られていますか。

小坂井 当社ではプラズマテレビも作っています。試作ベースでは、既に80V型以上のものが出来上がっていますが、重量や設置性・生産性の問題などで、まだまだ量産には程遠い状態です。大画面に対するお客様のニーズは今後さらに高まっていく中で、家庭用プロジェクター市場がますます伸びていくことは間違いないでしょう。

―― 今回の商品は241万5000円と大変高価です。LPF-D711WBの高画質を引き継いだ上で、もう少し買いやすい製品の登場も期待されます。

小坂井 デバイスとの兼ね合いがありますので、いつそれが実現できるかを申し上げられませんが、私どもでは既にその研究を進めています。デバイスのコストダウンの他にも、LPF-D711では組み立てが厄介で職人芸を要するようなところがあります。もうしばらくお待ちいただきたいと思います。
今のお客様は本当にいいものを求められています。ただ安ければいい時代ではありません。価格の安さを実現するために性能や画質を犠牲にすることなく、いいものを使われたいお客様をターゲットとした商品を作っていきたいと思います。


大画面を通して
「和」の世界を広げたい

小坂井 朝郎氏―― 小坂井さんがディスプレイの開発を通じて実現したい世界とは、どのようなものでしょうか。

小坂井 これは富士通ゼネラルがというよりも個人的な想いですが、大画面の存在を通じてもう一度「人との触れ合い」を創っていくことに役立てればと思います。
当社が属している富士通グループでは、携帯電話事業や情報処理事業なども展開しています。私自身ももともと情報処理の技術屋ですが、パソコンの世界は実に便利です。複雑な演算でも短時間に処理することができますし、いつ、どこにいても世界中と瞬時にコミュニケーションをとることもできます。

―― しかしその一方で、直接会ってコミュニケーションをとる機会が最近、減ってきているように思います。

小坂井 パソコンでコミュニケーションを取る相手は常に個です。常に相手は一人だけで、そこに人の和がありません。そんなことはないよ。インターネットを介したコミュニケーションがあるじゃないかという人もいるかもしれません。でもそれは文字によるコミュニケーションです。実際に色や姿、形を見てというケースはほとんどありません。
何人もの人たちがそこに集い、そこでお互いに同時に語ることもほとんどありません。パソコンを使っている人の中には、それを悪いことに使う人も出てきています。これは設計者としては耐えられないことではないでしょうか。テレビを家族や友達など皆で一緒に見るのとはまったく違う世界のように思います。

―― 家庭にテレビが入り始めた頃、テレビの周りに家族や知人の人たちが集まりました。そういう姿を再現できるといいですね。

小坂井 パソコンは基本的に個人対個人の世界です。そこで向かい合う相手は画面で、どうしても人と人との直接的な触れ合いに欠けてしまいます。パソコンは非常に便利な道具ですが、常に画面を相手にすることによって人と人との触れ合いを薄めてしまうことにもなりました。
社内ではパソコンのディスプレイが人を変えてしまったのであれば、ディスプレイでそれを戻してやろうじゃないかという話をしています。家族全員で大画面の前に集まる。知人や友人などと集まって大画面を前に語らい合う。今回、受賞したLPF-D711は、そんな世界の実現を夢見て開発をスタートさせました。

―― アメリカでは家族や友人、知人が集まって大画面テレビでスポーツ番組などを楽しむことも多いようです。日本でもサッカーワールドカップなどではそういう楽しみ方が出てきています。

小坂井 スクリーンやプラズマディスプレイを一人で見るのではなくて、ご夫婦で見られる。家族全員で見られる。あるいは友達と見られる。投射型プロジェクターやプラズマといった大画面ディスプレイが家庭内に加わることで、個から抜け出し、「和」を創っていけるようなお手伝いをできればと思います。

―― ハッピーファミリーの核としての大画面という世界を創り出したいですね。

小坂井 「ホームシアター」という言葉は、もともと当社が創り出したものです。ホームシアターの世界を広めるために解放していますが、「ホームシアター」という言葉の商標権も当社が持っていました。それを「ファミリーシアター」に置き換えようかと考えています。
家族こそがすべての原点のような気がします。画面が大きくなるとそこに自然に人が集まってきます。大画面を通して、家族の絆をあらためて深めていく。そのためのお手伝いを少しでもできれば、これほどうれしいことはありませんね。