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(株)日立製作所 執行役常務
コンシューマ事業統括本部
副統括本部長
ユビキタスプラットフォームグループ
グループ長&CEO

江幡 誠
Makoto Ebata

日立の「総合力」を発揮し
誰もが享受できる
デジタル社会を立ち上げる

薄型テレビではプラズマ、液晶ともに自社グループ開発のパネルを使用。さらにダブル地デジ、「録れるプラズマ・録れる液晶」を打ち出すなど、デジタルAV市場が拡大する中で、高い付加価値を提案する日立。研究開発力の強化を掲げる同社のデジタル社会の未来図、その先にあるユビキタス社会像を執行役常務、江幡誠ユビキタスプラットフォームグループ長&CEOに聞いた。

インタビュアー ● 音元出版社長 和田光征

付加価値の高い商品を高く売る
のではなく、早く誰でも購入
できるようにするべきです

日立グループが個々に持つ
良い面をうまく融合させ
総合力として引き出していく

デジタルがスタンダードに
06年本格的な競争時代へ突入

―― デジタルAV家電の市場環境を今、どのようにご覧になっていますか。

江幡 世の中が大きく変化する中で、デジタル家電やデジタル社会の本格的な幕開けという感覚です。今まではアナログが中心で、デジタルとアナログがミックスして進んでおりましたが、これからはハード、ソフトを含めデジタルがスタンダードになります。
2011年にアナログ放送が終了するというのが一番大きなことですが、単なる放送の変化というだけでなく、それをサポートしていくハードもかなり動き出しています。例えばデジタル放送を受けるブルーレイなども今、開発をしているわけですが、私どもも2006年には具体的な製品化に入っていきます。
もちろん、その前段階として現在発売している1TBのHDDを内蔵したDVDレコーダーなどでもデジタル放送にしっかり対応できているわけですが、ハードとソフトの環境が見えてきていよいよ揃いはじめてきたのが2005年、さらに2006年からそれが本格的になるということです。
当然、ものづくりもこのあたりを意識していますので、特にデジタルAV家電のビジネスでいうと、2005年が前哨戦のようなもので、2006年からは競争時代に入ってきます。冬季オリンピック、ワールドカップサッカーという2つの山もあります。特に世界的に需要を喚起するという点ではワールドカップサッカーは大きいので、春モデルを出す時の大きなテーマになります。

―― 日立として様々な準備をしてこられているかと思いますが、どういうものが具体的に花開きますか。

江幡 やはりどこも同じだと思いますが、薄型テレビが最大のテーマだと思います。と同時に、薄型テレビを中心として、レコーダー、ホームシアターあるいはカメラなどが付属機器的なポジションになってきていますから、薄型テレビが引っ張って他の商品も伸びるとみています。薄型テレビはもちろん、周辺商品がどれだけ出せるか、そのような考え方で品揃えをしてきています。

―― 新しい世界も創造されていくと思われます。

江幡 例えば日立で言えば、様々な商品がある中で、プリウスという名前でパソコン事業を展開しています。考え方としては今後のパソコンはむしろテレビの品揃えの中のひとつというものです。パソコンにテレビ機能が付いたと考えるか、テレビにパソコン機能が付いたと考えるか、いろいろ考え方があるかと思いますが、後者のような考え方でそういったモデルを開発しています。
例えば、居間には大きな薄型テレビを置いて、そこにレコーダーなどが付属している。個室にはパソコンテレビが置いてあって、そこで1台でさまざまに機能するというイメージです。

―― 今は個別に動いていると思いますが、これから数年先には商品やネットワークの繋がりも、より重要になってきそうです。

江幡 今はひとつひとつの製品を開発して売っているという状況です。それを繋げたり、様々な機能や付加価値を高めたり、あるいはソフトを加えることで別の意味を成すというのはこれからになると思います。ハードの個別の開発やものづくりからはじまり、それなりに安定してくると、それをどう機能的に繋げていくかという次のアイデアが出てくるのも2006年くらいから始まるのではないでしょうか。

―― 薄型テレビが中心になるとのことですが、御社ではテレビの基幹デバイスとなるパネルの新工場が2006年に立ち上がります。

江幡 日立は液晶もプラズマも自社でパネルを持っています。しかもそれは液晶パネルはIPS、プラズマはALISという優れた方式のものでこれは大きな強みです。加えてHDD、DVD、半導体デバイスもあります。また、研究所を日立の中に6つ持っています。社内の資産をいかに活かすか、あとは製品としてどれだけそれらを使ってビジネスを伸ばせるかというところにきていると思います。


付加価値の高い商品を
世の中のスタンダードへ

―― 御社の場合は「録れるプラズマ・録れる液晶」など高い提案性があり、他よりも先進的なイメージで展開されています。

江幡 プラズマにしてもVGAは展開していません。これは、安いジャンルはやらないというのではありません。これからは現在50%弱のいわゆるHD分野の比率が大きく伸びてゆくと思っていますから、どちらかと言えば高いジャンルだけれども、それがむしろスタンダードとなるような引っ張り方をわれわれとしてはしています。
録画できるテレビというのも特殊で高価なものではなく、付いていることが当たり前というところまで持ち込まないといけません。なんとなく割高なものでは勝てません。なにも高級品メーカーとして残ろうというのではなくて、高い技術があり、その製品を世の中のスタンダードにもっていきたいと思っています。

―― 新しい、素晴らしい商品をいかにスピードを持って、浸透させるかですね。世界のマーケットの中では日本市場をどのように位置付けていますか。

江幡 特にデジタル家電は日本が先行しています。また、これほど厳しくものを見るお客様も他にあまりいないわけです。やはり日本でスタートして日本で勝てないものはたぶん海外でも勝てないと思います。
試金石的に日本を見ていますが、日本と海外のスピードが昔は数年単位で遅れていました。しかし今では、日本でゆっくり行って、海外はその後で伸ばしていくという時代でないことは明白です。全体の中の需要も常に10%くらいを日本は持っていますから、大事な市場であると同時に、どの製品でも日本と世界を同時に考えていかないといけません。


一気に立ち上げて、誰もが
デジタルを楽しめる社会へ

―― 新しいデジタル社会が急速に立ち上がろうとしていますが、どのような未来図をお持ちですか。

江幡 放送の変化や新しい製品の普及は今後もスピードを持って伸びていくと思います。この伸びていく時期はしょうがないと思いますが、個人生活からするともう少しスピード感としては緩くあるべきではないかと思います。
技術の進歩も開発もいろいろなものが速く進んでいく、しかし、ある時期を迎えたらそれが着実に進んでいかなければ生活そのものが追われてしまうことになります。例えばヨーロッパは産業にしても生活にしてもマラソンではなく、地に足をつけて競う競歩といった感じです。ある一定のスピード感、ルールの中で動いていきます。しかしながら今のデジタル家電の世界はまさにその競歩のスタートラインに立つ前で、一気に立ち上がっていく時です。
われわれの製品のあるべき姿というのはこれから3、4年はデジタル家電が本格的に普及する立ち上がり期なので、一気にこのレベルを上げていかなければなりません。その中である程度、切磋琢磨した結果、淘汰もあるでしょうし、ある一定の技術なりビジネスが構築されます。そこからはきっちりと安定した着実な次のビジネス、産業界を私たちがつくらないといけないと思います。
例えばデジタル家電の値段ですが、市場草創期、需要の急拡大の中での値下がりは必然といえなくもありません。こんなに下がって大変だという考えもありますが、やはりテレビが40万円、50万円というのは生活の中では明らかに高いわけです。
1インチ5000円、場合によっては4000円くらいになるのかもしれませんが、早く到達させて、誰でも購入できるように持っていくべきです。皆さんが生活の中でデジタルを楽しめるようにいかに迅速に実現していくかですね。それ以降も日々、進歩はありますが、その時はもう追いまくられるのではなく、落着いた成長を続けると思います。

―― これからのデジタル社会を構築していくために技術、スピード、コストなど様々なテーマがありますが、日立の強みはどのようなところにありますか。

江幡 一番の強みは良い製品を早く開発し、安く作るための技術、デバイス、材料等をグループ内で持っていること、つまり総合力で勝てるということです。
今、薄型テレビでものすごく安い商品がスポット的に出ています。これは少し前のブラウン管テレビの時代なら、それがかなり強い位置を占めたと思います。といいますのも部品も技術も設備もコモディティ化してしまっているわけですから。極端に言えばお金があって、部品とシステムを買ってくればすぐに商品ができてしまったと思います。
これまではあまりのコモディティ化に対して各社が追い回され、実力以上に競争しないといけないような状況が作り上げられてしまいましたが、これからのデジタル家電は、技術の進歩とブラックボックス化が進み、そのような商品は淘汰されてしまうでしょう。
例えば、プラズマはパネルについてその性能を高め、差別化するための独自の技術、歩留まりを上げ、コストを下げるための独自の設備や生産技術等が必要で、これらを持たない会社は長期には戦えないと思います。
これからは材料もポイントになると思います。現にプラズマでは日立グループのある材料メーカーが次のプラズマの新しい技術にかなり特化して開発を進めています。私どもの強みは材料もある、それを使ってデバイスを開発する技術力もある、そんな投資をしてきたということです。そしてそれらが最終商品に反映されて強みを発揮するということです。

―― ハイクオリティーの商品をどんどん自分達の努力で安くしていくことによって、ローコストの品は価格的にも駆逐されていきますね。

江幡 例えば、録画できるテレビですが、そうでないものと数万円の差があります。本当はレコーディング機能が付いているものが欲しいとお思いになっても、例えば5万円も差額を出して買うかと言うともったいないと思われる方もいらっしゃいます。当然、この差のままでいれば他社も同じことを追随してきます。われわれがすべきことは録画できるコストというものをどうやって下げるか、極端に言えばゼロに近づければいいわけです。そうすれば他では録画機能が付かないテレビと日立の録画できるテレビが同じものになってきます。
高級品として高く売ることが商売ではありません。高級なものを安く売ることができるような技術的あるいは製造面での努力を支えるために、そのベースにあるデバイスの技術、材料、研究所の力などを活かすことができれば私どもは、極めて優位に立てるのではないかと思います。次の段階にいくための開発は当然行っています。

―― お客様の生活の質がデジタル化によってどんどん上がっていくことになりますね。

江幡 やはり早く立ち上げて、コストもできるだけ下げることです。今までと同じような生活に占める支出の割合で購入できるのだけれども、それによって生活の質が上がるという在り方、これはわれわれの宿命であり使命なのでしょうね。


エレクトロニクスを中心に社会を
豊かにするソリューションを提供

―― 御社の商品の先に描いている、日立のユビキタス社会像をお聞かせください。

江幡 「生活圏のIT化」というソリューションビジネスの取り組みとして、絵に示してありますが(25ページ参照)、例えばホームネットワークではコントロールなども含めて白物からAVと様々な家の中のものが挙げられます。そして外に出るとなれば交通手段、車もユビキタスによって変わります。私どもでは列車もつくっていますし、自動車部品もつくっています。
列車の中で何をするのか、どう利用するか、列車をどうコントロールするかもユビキタスです。特に自動車に関して申しますと、しばらく前まではエレクトロニクスはごく一部でしたが、これから自動車関連はエレクトロニクスが大きな部分を占めます。
また、画像技術、記録の技術をコンシューマー向けに展開すると同時に、大画面モニターや監視などBtoBの部門も担っています。これまではエレベーターやエスカレーターが都市開発の中心でしたが、セキュリティーシステムなども都市開発の一部を担っていきます。
家電でつくり上げた技術、あるいは製品というものがビジネスの世界にも入っていきます。日立グループの今後の成長分野として、ユビキタス、自動車関連、医療、都市開発などが位置付けられます。エレクトロニクスを中心とした社会インフラやBtoBの世界など全体を補完するものが日立のユビキタスということだと思います。

―― 今後の展開についてお聞かせください。

江幡 日立は2010年が創業100周年になります。そこで2010年に向けてプロジェクトを進めており、製品や会社の姿などそこに向けて事業計画を進めております。

―― 多くの人が夢に描いていたような世界が2010年くらいにまさに現実の社会になるでしょうね。

江幡 この5年くらいで進んできたいろいろな動きと、今後5年くらいで今進行中のことがだいたい完結します。つまり2010年くらいまでに産業革命のようなことが起き、そこからまたなだらかに進んでいくという感じなのかもしれません。
事業も1900年代までは選択と集中が一番大切なことであって、専業でやっていく会社が勝ってゆくことが多く見られました。それが、グローバル化が進み、2000年代になるとソリューションやシステムといった言葉で表せるものが強い時代になってきました。
2010年くらいには個別の技術を伸ばすと同時にそれをいろいろ融合して、あるいはそれが相乗効果を発揮し、新しいものが出来上がってくるという時代になるように思います。

―― その意味では御社のたくさんの研究部門やパワーがますます注目されてきます。江幡さんの経営上の信条をお聞かせください。

江幡 研究の面でいえばどうしても幅の狭い、製品に特化した研究に重点が置かれてしまいがちです。先行研究と言いますか、未来を見据えた幅広い研究を日立グループ全体で強化していかなければいけないと思います。
日立という会社、グループでは個々に持っている能力や情報はとても大きく優れたものだと思います。しかし、その持っているもの、ノウハウや良い面をうまく融合させ、強みを引き出していくということがまだ十分ではありません。そこが今の経営の一番大きなところだと思っていますし、課題です。いろいろなものを持っているというだけではなく、本当の総合力と言える、相乗効果、シナジー効果を引き出していきたいですね。
また、総合力の発揮ということに加えて、液晶では3社でチームを組んで連合軍で戦っていますが、やはりグループ内総合力に加え、外部との連合力も求められている時代なのではないでしょうか。
日立の場合は、まず、求めるべきものが内にあるわけですから、それを強みとして、また外部ともWin―Winの関係をつくってさらに飛躍したいと思っています。

◆PROFILE◆

Makoto Ebata

1947年2月23日生まれ。東京都出身。70年早稲田大学第一法学部卒業、(株)日立製作所入社(横浜工場勤務)。以後資材部門を中心に勤務。特にシンガポール、英国、米国等、海外現地法人で永らく勤務。93年横浜工場資材部長、00年資材調達事業部長、02年グループ経営企画室長、03年執行役、04年執行役常務グループ戦略本部G−経営戦略部門長、05年執行役常務コンシューマ事業統括本部副統括本部長 ユビキタスプラットフォームグループグループ長&CEO、現在に至る。趣味はゴルフ、旅行、音楽(ギター)