ハーマンインターナショナル(株)
代表取締役社長

安田 耕太郎
Koutarou Yasuda

JBLが60年で培った魂と技術、
湧き上がる想いが超大作として結実

JBL60周年の集大成「エベレスト」が、文字通り神々しい山のごとく、オーディオ市場に怺気揩ニいう息吹を吹き降ろした。並外れた完成度と市場での抜群の手応えに、牽引役としての期待もますます高まるばかり。ハーマンインターナショナル・安田耕太郎社長に、市場創造へ向けての熱い想いを聞いた。

―― JBL60周年記念モデルとして発売されたProject EVEREST DD66000が「オーディオ銘機賞2007」で金賞を受賞しました。おめでとうございます。

安田 ありがとうございます。朗報をいただいてすぐに、米国のハーマンインターナショナル本社関係者にも連絡いたしましたが、彼らも大変喜んでおりました。

メーカーサイドの自己満足的な高額な商品が市場には往々にして見受けられます。確かに、金をかければいいものができるかもしれません。しかし、製品というのは、企業経営のひとつの手段としてあるわけです。それが販売店さんでどのようにして売られ、ユーザーがどう受け取るのかという現実的な視点が、そこには欠かすことができません。そういう意味からも、評論家と販売店の方とで決定される賞は、日本でもオーディオ銘機賞だけですから、大変意義のある大きな賞をいただき、感激しております。

―― 改めまして、エベレストについてお伺いしていきたいと思います。まず、登場に至る背景、商品化へ向けたプロジェクトという点からお話いただけますか。

安田 JBLは戦後間もない1946年に創立されました。今年で60歳、日本で言えば還暦にあたります。21世紀最初のフラッグシップとして「K2 S9800」を2001年に発表しましたが、すでにその時、5年後に迫った60周年へ向け、K2を超えるフラッグシップをつくりたいという強い意志が会社の中にはありました。

60年という間に、浮き沈みこそありましたが、スピーカーのブランドとして確固たるポジションも得ました。その60年にわたる自らの姿勢、全力を傾けてきたテクノロジー、オーディオに対する情熱といったものを集大成した製品をつくりたい。そうした気持ちが、会社の中で自然と湧き上がり、プロジェクトとして発足いたしました。

ですから、こういう価格帯の商品でとか、競合モデルに対抗した商品だとか、そうしたものは一切ありません。60年の歴史の中で培ってきた哲学と魂、それを製品化するための様々なテクノロジー、それらが融合して生み出されたのがエベレストなのです。

結果として、価格は税別でペア600万円(受注商品は660万円)になりました。あれだけの飛び抜けた素晴らしい内容を備えながら、原価計算の上で、お客様にとって常識外れにならない適切な設定ができたのではないかと考えています。

ペアで600万円という価格は、例えば100人の人が買われたとして6億円、1000人で60億円になります。ハイエンドと呼ばれる商品では大変な数字と言うことができるでしょう。しかし、日本の超ハイエンド商品の市場は、一説には1000人とも2000人とも言われるものでしかありません。一方で、JBLの属するハーマンという親会社は、オーディオ全般で今年約4000億円近い売上げがあります。そうすると、60億円という数字も、売上げの1%強にしか過ぎないことになります。

数字だけで単純に見ていくとこのようになりますが、ブランドの価値を高めていくためには、売上高や利益といった経営指標の一方で、会社やブランドが持つ魂を製品という形で世に問うという哲学の側面があります。今回、自分たちのブランドに対するスピリットや情熱といった想いから、5年以上もの歳月と開発費をかけ、いつ完成できるかわからない、また、どんなものができるかわからない、いわば、数字として測ることができないところに莫大なエネルギーを投じました。そこに、大きな意義があったと思います。

―― オーディオ市場では、団塊世代の回帰に大きな期待感が寄せられていますが、そこで大切なのは、お金だけではなく、心の問題ではないかと思います。何が必要なのか。それに通じるものが、エベレストには込められているように思います。注目される団塊世代の動向については、御社ではどのようにご覧になられていますか。

安田 退職する団塊世代が巨大な消費群として、オーディオ業界のみならず各分野で期待を集めています。しかしその中で、人間の感性や文化的・芸術的なものに価値を見い出して消費をする層が一体どれくらいいるのか。待ち構えるのではなく、こちらから積極的にアプローチして取り込んでいく努力が必要だと思います。

平均寿命が延び、60歳でリタイアしてもあと20年以上の将来の人生設計があります。可処分所得と、心の欲求を満たすための消費とがどういう関係になってくるのか。実は、日本が歴史上、これまで経験したことのなかった時代に入っています。何億円も資産があって悠々自適に生活していける人は別として、先行き不透明な残された人生の中において消費に対する不安というのは誰にでもあると思います。

しかしまた、バブル以降15年の歳月の中で、こうした明るい材料に今、直面しているということも紛れもない事実です。われわれは当事者として、製販が一体になり、対岸にいるユーザーに対して力強く働きかけ、ぜひ、こちらの岸に来ていただけるようにしていかなければなりません。

それでは、この千載一遇のチャンスにわれわれは何ができるのか。大前提となるのは、心を動かすことができる商品を開発し、世に出すことです。それなしには、いかに手練手管でプロモートしようと、お客様はそんなに甘くない。そういう意味で、JBLからこうして素晴らしい商品を発売できたことを大変うれしく思っています。経営判断をした本社経営陣、それを製品化した技術スタッフ。それぞれに感謝したいと思います。

―― 先頃開催された「2006東京インターナショナルオーディオショウ」も動員が伸びました。さきほどおっしゃられたように、600万円以上もする商品を購入できる人は限られます。しかし、お客様がいらっしゃって、音を聞いて感動し、刺激されることで、何かしらの商品の購買に結び付く。マーケット活性化の上で、非常に寄与している商品と言えると思います。

安田 9月8日に帝国ホテルで開催したエベレストの発表会には、販売店からも100名近くの方にご出席いただきました。「オーディオはまだまだ捨てたもんじゃないぞ!」ということを、内外に強くアピールできたことが、業界にとっても明るい材料として迎えられ、非常にうれしく思っています。

「2006東京インターナショナルオーディオショウ」の来場者は前年より10%も増えました。しかも、開催期間中の三日間とも、開門前には入場登録の列ができたほどです。10年以上前に、東京・九段のグランドパレスやエドモントを会場として開催していた頃の来場者は3000名から4000名程度でしたが、ほぼ3倍以上もの熱心な方々にお越しいただくことができました。最近は、ご夫婦連れや若い方の姿も目に付きます。たとえすぐに購買に結びつかなくても、興味を持つ人が増えたことは、非常に明るい材料です。

大阪でも、11月3、4、5日に開催された「大阪ハイエンドオーディオショウ2006」が大盛況でした。いい兆候がいろいろなところで見え始めています。それがこの年末、結果として数字にどのように表われるのか。ここで勢いがつけば、来年、再来年には団塊世代を迎え入れ、市場はもっと明るくなるという雰囲気が出てきます。ぜひ、いい正月を迎えたいですね。

―― そうした流れを受けて、御社でも、エベレストをはじめとする商品を販売していくにあたり、売り場に対するアプローチやイベントを積極的に展開されているとお聞きしています。

安田 大きなオーディオショウが開催される週末を除き、9月からは毎週末、全国のどこかの販売店で、試聴会やイベントを行っています。とにかく年内は予定がぎっしりですね。また、このたびはエリック・クラプトンのコンサートのスポンサーにもなりました。会場ではJBLのスピーカーが使われていますし、エベレストの姿がポスターやプログラムにも登場します。

オーディオの商売で一番むずかしいのは、目に見えない抽象的な心の喜びをいかにして伝えるかということです。感動が大きければ大きいほど、財布のひもは緩くなります。そのためには、商品を扱っていらっしゃる販売店さんに、まず、製品の素晴らしさと共にわれわれメーカーの意図を十分にご理解いただかなくてはなりません。そのために、販売店さんがお客様に対して、どのようにメッセージを発信すればいいのかという伝え方の手法に至るまで、販売店さんとは相当密にコミュニケーションを行っています。

―― エベレストの生産の方は順調に進んでいますか。

安田 今はまず販売店さんの店頭に導入している最中ですが、実売も出始めています。肝心なのは、これから先、どれだけのお客様に購入していただけるかです。販売店さんの期待度もこれまでを上回るものですし、また、エベレストの登場を機にアンプ群の需要に火が付くといった波及効果も期待されています。K2 S9500のときにもそういうことがありました。市場全体が浮揚していく、ひとつのきっかけになればよろこばしいことです。

―― ハイエンドの高価な商品ということで、導入するお客様のお部屋とのインテリア的なマッチも大変重要になってきます。そうした点も考慮して、今回は4色出されていますが、その反響はいかがですか。

安田 例えば、黒っぽいエボニーでは突き板に非常に高価なものを使用しています。メイプルもバッフルとして張っているベージュ系の革からして特注ですし、グリルのクロスも違ったものになります。いずれも受注生産品で、価格も標準のローズウッドとチェリーより30万円高い設定としていますが、評判も大変いいですね。

私どもでは今回、エベレスト用のカラーサンプル帳を用意しました。キャビネット木目、ウーファーバッフル、グリルクロスの実物見本をそれぞれ添付してあり、それらを組み合わせることで、実際の商品になるべく近い形でイメージを膨らませていただこうというものです。日本では、展示をしていただいている販売店さんにお届けしています。販売店さんもさすがに4色全機種は展示できませんし、また、スペース的に置くことの難しい販売店もありますから、大変貴重なツールになると思います。

さらに、豪華なカタログや、技術資料も英語ではなく、日本語の完璧なものをつくりました。商品ができたら、販売店さんに展示をしてもらって、後はお任せしますではなく、販売店さんにできるだけ売りやすい環境を提供することも、エベレストのプロジェクトの一環だと考えています。この程、音楽を聴く道具としてのEVERESTのデザインの素晴らしさに対し、Gマーク、すなわちグッドデザイン賞もいただきました。銘機賞を始めこういった賞の受賞が、お客様の購買のきっかけ、または背中を押す一因となるよう告知にも勤めたいと考えています。

―― それでは最後に、抱負ならびに販売店の方へのメッセージをお願いします。

安田 今回、金賞を受賞したエベレストは、メーカーが60年の伝統と英知を傾けた最高の商品であると自負しています。しかしその誕生は、ここまでわれわれを市場で育て、商売をする力を与えてくださった販売店さんがあってこそです。また、それに対する恩返しの意味を込めた商品でもあります。このエベレストをはじめとして、年末年始、さらに来年に向けて、オーディオがさらに活気に満ちた商売となるよう、販売店さんと力を合わせて取り組んで参りたいと思います。