杉原和朗氏

富士フイルムイメージング(株)
代表取締役社長

杉原 和朗
Kazurou Sugihara

一枚の写真の持つ力、
素晴らしさを伝え、
写真文化を守り続ける

「最後の一社になっても、写真事業を継続し、写真文化を守り続ける」と宣言したフジフイルム。デジタル化という大きな変化の中で、1枚の写真の大切さを訴え続ける。10周年を迎えたデジタルカメラ「FinePixシリーズ」でも、写真メーカーならではの独自技術が一際光を放つ。写真文化創造へ向けてのさらなる取り組み、そしてその思いを、富士フイルムイメージング・杉原社長に聞いた。


家族の写真とても大切なもの。
家族の絆は、写真を通して結ばれていく。
そこには、家族それぞれの物語があります。


―― フィルムカメラからデジタルカメラへ。さらに1人1台時代を迎えようとしている中で、写真の価値や用途、楽しみ方のここ数年の変化と、今後の市場展望について、どのようにご覧になられていますか。

杉原和朗氏

杉原 今日、デジタルカメラ全盛の時代になりましたが、フィルムで撮る写真では、プリントしなければ見ることができません。その分、どんな写真ができあがってくるのだろうかと、一抹の不安と楽しみを感じながら、DPショップへプリントを受け取りにいったものです。

このデジカメ時代に、若い女性の間に、フィルムカメラで写真を楽しむ層が増えて来ています。私どもでは「Do photo層」と呼んでいますが、およそ7万人いると推定しています。写真に対し、何でもはっきりと写るデジタルとは違って、「どこか温かみがある。仕上がりをじっくり待つ、その時間がまた楽しい」といった受け止め方をされているようです。

近年、デジタルカメラやカメラ付携帯の急激な普及により、ショット数そのものは劇的に増えています。ところが、その場ですぐに写した画像が確認できますし、また、メディアが大容量化したこともあり、データをメディアに入れたままという人も増えており、プリントに結びついていないというのが実情です。

しかしながら、いつの時代にも共通して言えることは、写真はいつの時代になっても人々の生活の中に息づいている。無くてはならないもの、かけがえのないものだということです。一枚の写真に、人々の心はどれだけ癒され、励まされるか。そこから、楽しみや思い出を感じることができます。そんな身近で大切な記録が写真なのです。デジタル全盛の時代だからこそ、ただ撮るだけでなく、プリントの大切さをもっと訴えていきたいと思います。

―― 一方、デジタル化したことでの新しい使い方や楽しみ方も出てきていますが、そうした動きに対しても、御社は「FinePix Zシリーズ」でいちはやくブログモードを取り入れるなど、若い女性の方からも大変好評のようですね。

杉原 確かに、デジタルならではのよさもあるでしょう。インターネットのブログやSNS、携帯電話等での写真のやりとりなど、新しい楽しみ方、活用の仕方が出てきて、写真の価値向上にも一役買っていると思います。そうしたニーズをしっかりと受け止める一方で、デジタル化の流れの中でも、写真のよさを本当に感じるのは、やはりプリントなのだということを、責任をもって訴えていきたいと思います。

入力系はアナログであろうとデジタルであろうと、デジタル時代だからこそ、紙で残すことが大切なのです。形あるもの、見えるものにして残しておく。節目節目の記念や家族という絆の証を、しっかりと残しておく。それが写真なのです。

人々の心に感じ入ることができます。これから技術が変化しても、写真の真髄はプリントにあります。これが、写真業界が今後も追い続けるビジネスターゲットのひとつであると考えています。


―― そうした市場変化のタイミングを捉えるように、「写真、映像、情報、記録の文化」の新しい価値創造を掲げ、04年6月に富士フイルムイメージングが設立されました。人々の生活を豊かにする写真の楽しみ方とは何なのか。写真文化創造へ向けた富士フイルムイメージングの取り組みについてお聞かせください。

杉原 写真文化を守り続けていくためにも、写真の色々な楽しみ方を広げていく必要があると感じています。そこには、「写す喜び」と「写される喜び」という2つの面があり、私どもではその両面から、様々な取り組みを行っています。

まず、「写す喜び」の側として、フジフイルムでは「Photo IS 10000人の写真展」を開催しています。「あなたにとって写真とは? Photo IS」のキーワードに対し、ひとりひとりがそれぞれの写真と、写真に込めたメッセージとして応募いただくというもので、誰でも参加できる、国内最大級の参加型写真展です。

誰でも、自分の撮った作品を他の人にも見てもらいたい、共感してもらいたいという思いがあります。ところが、一般の方には展示の場がありません。大勢の人に見てもらう機会がないのです。その場を提供することで、写真の楽しさを実感してもらおうということで、今年で3年目を迎えます。

昨年は全国7つの会場で、実に7万6000人もの方にご来場いただき、いずれの会場も大変な盛り上がりでした。今年はさらに、サテライト会場として13箇所を増やし、7月2日の東京ミッドタウンを皮切りに開催します。

富士フイルム本社のある東京ミッドタウンには、「フジフイルムスクエア」という写真関連の情報発信基地を常設しています。フジフイルムの歴代のカメラコレクションをはじめ、写真の歴史を体験できるコーナーもあります。ギャラリーでは毎月様々な分野のテーマによる写真企画展を開催しています。プロ・アマ問わず、写真の素晴らしさを堪能できる作品展示の場となっているフォトサロン、これはここ(東京)以外にも全国で5箇所あるのですが、いずれも一年先まで予定が入っているほどの盛況振りです。

一方、都内の日比谷には、初心者から上級者に至るまで、写真を見る楽しみ、撮る楽しみを体験できるギャラリーやフォトスクールを開催する「フォトエントランス日比谷」もあります。「富士フイルムフォトコンテスト」「美しい風景写真コンテスト」「営業写真コンテスト」など、研鑽の機会もご提供しています。

このように、写真愛好家の皆様のために多くの場を提供しています。これは、フジフイルムならではの、アドアマ、プロ写真家への支援と位置付けております。

―― 「写す喜び」をひとりでも多くの方に感じていただこうと、これだけ多岐にわたる展開をされているわけですね。

杉原 一方の「写される喜び」という側面からは、営業写真館で撮られる「家族写真」を盛り上げようと、その支援策に力を入れているところです。

世知辛い世の中になり、家族の絆の大切さが訴えられています。家族の写真というのはとても大切なもので、そこには、家族それぞれの物語があります。家族の絆は、写真を通して結ばれていくものといっても過言ではないと思います。

富士フイルムイメージングでは、写真館の若手フォトグラファーの集まりである「パイオニヤ・グリーン・サークル(PGC)」の活動のお手伝いをさせていただいています。PGCが出版している『家族いっしょにいる幸せ』は涙なくしては読めない一冊。写真の大切さを改めて確認していただく上からも、是非、ご覧いただきたいですね。

さきほどご説明申し上げました「10000人の写真展」では、同じ場所で「家族の絆展」も同時開催しています。写真館の若手フォトグラファーたちのプロの腕による、家族の物語の1コマ1コマが見ている人の心を和ませてくれます。

―― デジタルカメラで撮影してそれで終わりではなく、写真の意味や素晴らしさを、もっと多くの方に実感していただきたいですね。

杉原和朗氏

杉原 「写真の広がり」ということも重要なテーマになります。当社では、プリントというキーワードからも、プリントバリエーションの提案により、写真の価値、広がりを実現していこうと取り組んでいます。プリントをより楽しむためのプリント周りのグッズなどの工夫を推し進めることは大切なポイントと言えます。お客様に写真を楽しんでいただくための商品化、環境整備にもさらに力を入れていきます。

それらの例としまして、通常のLサイズのプリントの世界から、さらに写真の楽しみを拡げていただきたいという趣旨から、良い作品、お気に入りの作品を大きいサイズに伸ばしてプリントする呼びかけを行っています。

デジカメで撮った複数の画像をシャッフルして、ランダムに配置して1枚にプリントできる「シャッフルプリント」や、撮りっぱなしの画像を日付け順に並べて簡単に整理・プリントができる「ストーリーフォト」などのプリントサービスも行っています。いろいろな用途があり、同窓会で撮影した写真を参加者に送るときなどにも大変喜ばれています。

今年、力を入れていくのが「フォトブック」です。以前は、プリントを1枚1枚貼り付けて自分自身でアルバムづくりを行っていました。これが、デジタル化により、かんたんにアルバム作りができるようになりました。海外ではすでに、かなりの広がりを見せていますが、日本ではまだこれからです。昨年の国内市場が約19億円ですが、2010年には200億円市場、世界市場では800億円市場にまで拡大すると予想しています。

もともと「婚礼アルバム」を中心とした銀塩方式のハイエンドフォトアルバムは、私どものラボをはじめ、総合ラボさん、プロラボさんを中心に長年にわたり展開してきていました。「フォトブック」は、普及価格帯で様々な方式があるのが大きな特長のひとつです。さらなるギフト市場の開拓も、フォトブックなら可能ではないかと思います。また、欧米と比較して、日本には家庭で写真を飾る、という文化があまりありませんでしたから、是非、創っていきたいですね。

写真がメインの会社ですから、写真の楽しみ方をとことん訴えていきたい。写真業界のビジネスターゲットとして、力を入れていきたいテーマと考えています。

―― いまや、1人1台のパーソナル化の時代を迎えたデジタルカメラでは、御社は「FinePixシリーズ」で付加価値市場をリードされてきましたが、08年3月4日に10周年を迎えました。これまでのFinePixの歩みについて、振り返っていただけますか。

杉原 今から10年前、88年に発売した「FinePix700」は、当時70〜80万画素というデジタルカメラの時代に、初のメガピクセル(100万画素以上)機として発売し、その高性能からビッグヒットを記録しました。00年には、当社が初めて「スーパーCCDハニカム」を搭載し、高画質を謳い始めた「FinePix 4700Z」、05年には、世界初のISO1600高感度をフル画素で実現した「FinePix F10」、06年には、世界最速の顔検出機能「顔キレイナビ」を搭載した「FinePix S6000fd」を、それぞれ発売しています。本当にこの10年の間、デジタルカメラのエポック技術を開発してきました。特に、最近の「高感度」と「顔検出機能・顔キレイナビ」は、業界にも大きな影響を与えました。

―― そして先ごろ、10周年記念モデルとして、「FinePix S100FS」「FinePix F100fd」が発表、発売されました。こちらも大変力の入った商品ですね。

杉原 ワイドダイナミックレンジで豊かな階調表現を実現したのが大きな特長のひとつになります。特に、ネイチャーフォト向けデジカメを謳った「S100FS」には、フィルムシミュレーションモード機能を用意しました。リバーサルフィルムの「PROVIAモード」「Velviaモード」「Astiaモード」という色再現がデジタルカメラの中で可能となり、これからのデジタルカメラの進歩の新たな一歩を踏み出しました。買い替え・買い増し需要につなげることができるトレンド技術にもなると確信しています。

これまで撮れなかった写真が撮れるようになり、よい写真が簡単に手に入るようになりました。さきほどお話した「フジフイルムスクエア」でも、フィルムシミュレーションを搭載したS100FSに対する注目度が非常に高く、登場以来、熱心に手に取ったり、質問されたりという光景が目に付きます。

フジフイルムは、写真のことを知り尽くしたメーカーです。ですから、デジタルカメラのものづくりのポイントは、第1には、いい写真にできるということ。フィルムと同じように、撮った写真の「品質」にこだわり、高画質・高品質の写真撮影が可能なことです。第2に、コンパクトデジカメユーザーの約7割が「オートモード」でしか撮影していない事実に早くから着目し、誰でも・いつでも・かんたんに・キレイに撮れることを追求してきました。同時に、若い人を中心にしたスタイリッシュさの実現。FinePixの商品づくりは、この2点に大きく集約されます。

―― 団塊世代の回帰とよく言われますが、カメラづくりに対するこだわりと彼らのこだわりが合致するのか、彼らのハートをもっともキャッチしているのはデジタルカメラではないでしょうか。

杉原 アドアマ層はやはり、中高年や団塊世代の方が中心ですからね。ここはここできっちりと対応していきたい。さらに、大切なのが新しい層です。子育てのヤングファミリーや若い女性ですね。そうした人たちの間に、カメラファンを創っていくことで、市場のボリュームそのものを拡大していきたいと思います。

―― これら商品に込められたメッセージを、店頭からいかに温度差なくお客様にお伝えしていくか。販売店の役割はますます重要になりますが、カメラ店、量販店それぞれに対するチャネル政策についてお聞かせください。

杉原 フジフイルムでは、「ファインピックス」ブランドを立ち上げた10年前より、それまではカメラ量販店や写真専門店が中心だったビジネスから、家電量販店まで販路を急激に拡大し、シェアも急増しました。現在は参入メーカーの増加や市場での価格競争の激化から、以前ほどの高いシェアではありませんが、販路が広がったことにより、全国の主要チャネルで、どこでも入手可能な状態になっています。

そこでのフジフイルムの強みは、デジタルカメラを単なる入力機とは考えていないということです。いい写真を撮るためのツールであると考えており、目指しているのは、いかにきれいな写真が撮れるかです。ですからどのチャネルにおいても、デジタルカメラだけではなく、「こんなキレイな銀塩写真が撮れるんですよ」という作例を一緒に展示していただいています。

ここで大切なのは、やはり、店づくりと人づくりですね。商品をよりよくご理解いただくための勉強会も積極的に行っています。それぞれの販売店での成功事例を活かしていくことができる情報共有化の仕組みづくりも、3年前に発売したFinePix F10のときに完成させました。お客様が欲しくなる商品であれば、店頭でいかに売る気になっていただくかは大切なことですからね。

―― 大型量販店を中心とした流通の枠組みの大きな変化や、カメラもデジタルカメラが中心になることで、写真専門店のポジショニングも従来からは大きく変化しています。

杉原和朗氏杉原 フィルムカメラの時代には、お客様は写真ができあがるまでに、お店に3度足を運ぶと言われていました。すなわち、フィルムを買いに行くときが1度目。次に、撮影したフィルムの現像を頼みに行くときが2度目です。そして、写真を受け取りに行くときが3度目というわけです。しかし、今は来客数そのものが大きく減少しています。

従って、過去に栄光のビジネスモデルであった「同時プリント」に頼っていては、いまや競争を勝ち抜いていくことはできません。店頭に商品を並べておくだけの恆メちの営業揩ェもう成り立たないことは、お店の方がもっとも感じていらっしゃることだと思います。

デジタルカメラの価格では、さすがに量販店には敵いませんが、「デジタルカメラの操作の仕方や写真の撮り方、撮影会などの場の提供などでは決して負けない」というご主人もいらっしゃいます。

写真の専門家として、お客様と対話し、お客様のニーズに応え、写真のよさを知ってもらう。そして、そのお客様を自分の店のリピート客として確保する。お客様にとって魅力的なお店、選ばれるお店に変身することが必要だと思います。

お店の状況はそれぞれ異なりますから、画一的な施策の展開は意味がありません。そこで現在、「フロンティア・マスター・ショップ(FMS)構想」を推進しています。これは、担当のセールスがお店のご主人と一緒になって、お店が儲かるためにはどうすべきかを、同じ土俵の上に立ち、徹底的に議論を行いながら、課題を抽出し、その課題を共有化し、これからの方向性や具体的な施策に結び付けていこうというものです。そして、PDCA(Plan-Do-Check-Act)の繰り返しの中で、お店の発展へつなげていきます。

お店が発展することにより、富士フイルムイメージングも発展させていただく。これが、FMSの考え方です。FMSは、お店と私たち富士フイルムイメージングがともに生き残るコア戦略です。現在、600店が加盟されていますが、将来的には3000店まで拡大していきたいと思います。

―― 写真文化の担い手として、市場からも大きな期待が集まる中で、これからの抱負についてお聞かせください。

杉原 フジフイルムは、「たとえ最後の1社になっても、写真事業を継続し、写真文化を守り続けます」と宣言しております。フジフイルムは写真の総合メーカーです。写真、映像に関する入力から出力までのトータルなビジネス展開は、写真を知り尽くしているフジフイルムグループのみが実現できるマーケティング戦略だと考えています。

デジタルカメラやフィルムカメラなどの入力系はじめ、デジタルミニラボシステム「フロンティア」のニューシリーズの本格展開や、量販店の店頭などでも大変目に付くようになりました、利用率も高まっているセルフプリント機「プリンチャオ」など出力系のハード・ソフト。さらに、フィルムやデジタルメディアの材料系、デジカメプリント、高品質・高画質なプリントとフォトブックなどの付加価値プリントのメニューなども、これからもラインナップをさらに充実して参ります。

写真専門館、営業写真館、量販店をはじめとするお取引様、そして、写真愛好家や写真を愛する皆様に対し、写真専門メーカーとしての富士フイルム、その販売会社としての富士フイルムイメージングが、過去から築いてきた信頼を裏切ることなく、よい製品、よい施策展開により、富士フイルム、富士フイルムイメージングが、今後も「一枚の写真の持つ力、素晴らしさ」を伝え続けて参ります。富士フイルム、富士フイルムイメージングが、業界のリーダーカンパニーであるというスタンスと強い意識を持ち続けていきたいと思います。

価格第一主義の商売では、長い目で見れば業界がダメになってしまいます。お客様が満足していただける商品を出し、お客様にもそれ相応の対価をお願いする。そんな視点で、業界全体に目を向けることが必要ではないでしょうか。

写真業界も色々とむずかしい状況ではありますが、常に、志だけは高く持ち続けたいと念じています。

―― 写真文化創造へ向けて、市場のリーダーとしての今後のご活躍をご期待しております。本日はどうもありがとうございました。


◆PROFILE◆

杉原 和朗 氏 Kazurou Sugihara

1947年3月13日生まれ、鳥取県倉吉市出身。69年4月富士写真フイルム(株)(現、富士フイルム(株))入社。経理関係のシステム・プログラム開発に携わった後、情報システム部で営業を担当。00年6月ピクトロ部部長(ピクトロ事業統括)、02年6月名古屋営業所所長、04年4月大阪支社長。04年10月の富士フイルムイメージング(株)設立とともに、同社執行役員大阪支社長に就任。06年6月代表取締役所長就任、現在に至る。趣味はゴルフ、水泳、園芸。