- リビングルームに家族みんなが集う
デジタルテレビの大きなポテンシャル
- 日本放送協会(NHK)
- 会長
- 福地茂雄氏
Shigeo Fukuchi
高画質・高音質のみならず、双方向化が実現する的確な災害情報の提供など、デジタル化がもたらすより一層の可能性に、啓発の重要性を指摘するNHK会長・福地氏。2010年を“勝負の年”と位置付ける地デジ化を最優先課題に、「茶の間に新しい家族の団欒をもたらす」という大きなポテンシャルに応えるコンテンツの制作能力向上にもさらに磨きをかける。尽きることがない映像文化の高度化・多様化へ、“3スクリーンズ”の展開を打ち出すなど、そのさらなる進展にも注目が集まる。
地デジ化へ勝負の年
一律では通用しない
―― 地デジへの完全移行へ、09年12月1日であと600日を切りました。2010年は“勝負の年”とも言われますが、NHKの取り組み方針についてお聞かせください。
福地電気店ではエコポイント制度もありますから、このマーケティングチャンスにテレビをどんどん売り込んで欲しいですね。送信環境としては共聴施設でのカバーエリアを含め、09年末時点でのカバー率が98.5%になります。最後の0.5%は衛星で行いますから、実質的にあと1%が残されていますが、そのために、さらに1000地区以上の中継局を整備していかなければなりません。しかも、ピンポイントでどこに整備していけばいいのかなど、大変な検討も必要ですが、これは送信側の責任としてやり遂げていきます。
問題は受信側の地域間のギャップが大きなことですね。全国一律の課題であればまだ手の打ちようもありますが、地域ごとに特有の課題が明らかになってきています。課題の解決は国の問題ではありますが、NHKとしても、われわれの役割のひとつとして周知・広報に取り組んでいます。
ここでも、これまでのように一律にやればいいというのではなく、地域に応じた周知・広報を実施しています。例えば、VHFのアンテナが多い関東地方では、早めにUHFに切り換えていただく必要があるとか、東京・大阪等の大都市ではビル陰など都市難聴のデジタル移行が問題になっていることをお伝えしていく必要があります。
また、総務省が5月に公表した地デジ受信機の普及率で一番低かった沖縄などは、最新の調査結果では、一気に20%近く普及率が上がりました。これは、NHKと地元の民放が一体となって、沖縄の言葉を使って周知・広報を行い、成果をあげたと言っても過言ではないかと思います。地域それぞれに課題を見つけて、それに対応した工夫が必要になります。
総務省のデジサポが、今、大活躍しています。私も、函館から沖縄まで全国14カ所を周り、いろいろな問題を実際に聞きました。例えば、「電波が入らない」というお客様がいるのだけれど、地図で確認してみる限りでは電波は確実に届いている。そこで、現地に行って調べてみると、山の上に木があり、生い茂っている葉っぱが邪魔をしていたというんです。笑い話のようですが、このようにピンポイントで調査してみないとわからない問題をひとつずつ解決していかなければなりません。デジサポに入ってくるピンポイントの情報を共有しながら、難視の調査についてもお手伝いしていきたいと思います。
国家的なプロジェクトですから、われわれも公共放送として、受信料の考え方の中で、経営資源のかなり大きな部分を割り振り、最大限に取り組んでいます。放送局として通常行っていかなければならないことを後回しにして、中継局を作るための人材、デジサポに派遣している人材、さらに日本のデジタル技術を導入してもらう南米4ヵ国にも技術者を長期で派遣するなど、フルデジタル化を最優先して、NHK全局体制で臨んでいます。
12月1日に開催された「デジタル放送の日記念の集い」では、総理大臣や総務副大臣からも「やり切る」という国の決意、覚悟の言葉が聞かれました。我々もあと1年、後には絶対に引けないところまできました。
―― これからは放送と通信の融合が一段と進んでいくと思いますが、受信者を保護する観点から、0.01%という世帯までカバーするためには、IPの活用がもっと必要なのではないでしょうか。
福地2011年7月時点で、中継局や共聴施設でカバーしきれない0.5%には衛星が使われますが、それを決定するに至るまでには、IPを使ってできないだろうかということが並行して検討されていました。われわれも、最後の山奥などは大変ですが、光ネットワークを山奥まで張り巡らすのも大変むずかしいことのようです。ですから、できるところはIPで進めてもいいと思いますし、実際に、自治体が光ネットワークを整備しているところも見られます。
スーパーハイビジョンが実現する
究極のテレビ
―― 愛・地球博や09年に開催された横浜博など、スーパーハイビジョンのデモには常に大きな関心が集まります。次の時代へ向けてのテレビの取り組み、夢のある映像の可能性をお聞かせください。
福地視聴者の欲求は無限ですから、映像文化は常に高度化、多様化していきます。高度化は映像と音の深化。多様化はPCやワンセグなど横への広がりですね。
高度化からは、地デジでハイビジョンの美しい映像を見ると、もう、後戻りはできませんから、その次の段階にあるのがスーパーハイビジョン(SHV)でしょう。SHVは現在のハイビジョンの16倍に相当する3300万画素の映像と22.2チャンネルのマルチチャンネル音響が作り出す究極のテレビです。NHKの放送技術研究所(技研)で1995年から研究開発に着手しました。その後15年の間にカメラやディスプレイ、高能率圧縮技術、大容量伝送技術などの研究・開発を進め、愛・地球博、横浜開港150周年記念テーマイベント(開国博Y150)などや海外でも展示し、いずれも好評で、NHKとしても自信を深めています。現在、100インチや65インチなど家庭での導入可能なサイズの開発に向けて基礎技術を確立していくところです。今年5月の技研一般公開(5月27日〜30日)で研究開発の最先端をご覧いただけるように準備を進めています。
SHVの先の将来のテレビが特殊な眼鏡のいらない立体テレビだと考えています。技研では、「インテグラル立体テレビ」として、見る人が横になっても、モニターの上からみても立体像をみることができる夢のテレビの研究開発も進めています。SHVとあわせて、研究開発の最先端を技研一般公開でご堪能ください。
―― 現在、若者を中心にテレビ離れも指摘されています。NHKでは「パソコン(インターネット)」「携帯電話(モバイル)」を含めた“3スクリーンズ”の展開を打ち出されました。
福地若者のテレビ離れについては、メディアの多様化という背景があります。決まった時間・場所では見ないということで、若者の視聴者そのものが少ないということではないのです。ただ、PCで見てもワンセグで見てもコンテンツは必要になりますので、それぞれのプラットフォームにあったコンテンツをつくる能力が大事になります。
例えば政治ニュースでは、出来事をアナウンスするだけなら誰にでもできることですが、記者が常日頃から政治家とコミュニケーションを密に交わすことで、その背景にあるものをきちんと探ることができます。それが報道コンテンツをつくる能力になります。企業のトップへも記者の肩書きさえあれば会うことができる。そうしたコミュニケーションの積み重ねで情報は成り立っています。きわめてアナログ的ではありますが、デジタル化が進む一方で、こうしたアナログ的な取材が求められています。そうしたものがきちんとしている限り、それらを背景にした映像文化は衰えることはないと思います。
「NHKオンデマンド」については、さらにPRに努めていきますが、個人的には、画面を何枚もめくらないと目的の番組にたどり着けないといったインターフェイスの構成に未熟さも感じています。我々ももっと使いやすくできないか、日々議論しているところです。色々なメディアがありますので、その中で共通してできる方法もひとつのテーマになります。放送と通信の融合と言われますが、互いに意識せずに行き来ができることがこれからは求められます。
映像文化の守るためには
制作能力向上が不可欠
―― デジタル放送が完全に完成した後、放送の視聴形態もますます多様化していく中での、NHK受信契約のあり方やその考え方についてお聞かせください。
福地視聴者への受信料体系については、社会・経済環境が悪化しており、そうした変化に対応する方向性も必要だと感じています。NHKの本質は国民の安全を守ることと報道の制作能力を高めていくことにあります。映像文化を守るには、極めてアナログ的(人間的)な取材能力が求められることを、私は常々、職員にも言いきかせています。番組制作を通して、国民の皆様にわかりやすい時事解説や、企業のトップ取材等を活用した経済情報番組等もさらに強化していきたいと考えています。「国民の知る権利」を守るために、こういった番組に対するたゆまぬ努力を職員が遂行していくためには、皆さんの受信料がどうしても不可欠なのです。また、総合的な受信料体系の検討を通して、受信料を皆様にどう還元していくかについても、もっと議論を深めていきたいと考えています。
―― 地デジ化が大きな注目を集める一方で、BSについては、2011年に現在の「BS1」「BS2」「BShi」を終了して、「新BS1」と「新BS2」の2チャンネルにするとの考えが公表されています。その理由と編成内容についてお聞かせください。
福地BShiは、そもそもハイビジョンの普及を目的に免許を与えられていたものですから、ここでひとつの役割を終え、新たにBS1とBS2をハイビジョンにすることできちんとサービスを行っていきなさいという話になります。「新BS1」ではニュース、海外情報、スポーツ等の報道・情報番組で構成し、「新BS2」では教養や娯楽番組が中心になります。現行のBS2で行っている難視聴対策の使命が終了するため、新BS2では独自のものをさらに広げてお送りしていきたいと思います。編成計画の大枠のプランが出来上がれば、周知・広報を徹底していきたいと考えています。
本来、地上放送が受信できずBS放送のみを受信いただいている方には、特別契約を結んでいただくことが原則になります。このため、難視聴対策でBS放送を受信していただいている方も数年かけて、最終的にはデジタル放送へ移行していただけるよう、各方面とも相談しながら移行プラン等を検討して参ります。
―― 12月14日からは「NHK WORLD TV」がHDに移行して本放送が開始になりました。世界へ向けて情報を発信していく、その役割についてお聞かせください。
福地会長に就任した当初より、「国際放送を何とかして欲しい!」という要望は数多くいただいていました。日本の元気をどう世界に発信するかを日々、気にしています。実は、国際放送は英語という壁が高く、事業性が極めてむずかしいのですが、4大キー局と日経新聞、通信、金融、商社といった「All Nippon」の子会社(JIB)の株主から、番組や広告を集める体制を整えることができました。09年の2月にスタートして、09年12月14日からいよいよ、HD化に踏み切りました。
内容としてはニュース中心になりますので、ドバイとシンガポールに支局を設け、アジア地区での支局をさらに増やして取材体制を強化しています。採算面からはまだ、いろいろな課題がありますが、報道という面からみると、いいスタートを切れたと思います。国際放送をハイビジョンでというのは世界初になります。海外ではハイビジョンの素材に対する要望が非常に高いですから、われわれのひとつのセールスポイントになると考えています。
―― それでは最後に、福地会長のテレビへの想い、理想のテレビ像についてお聞かせください。
福地日本の家庭に今、一番欠けているのは家族の団欒ではないかと思います。都市圏では核家族化も進んではいますが、まだまだたくさんそういう家族があります。フルハイビジョン化したテレビは画面も大きく、画質もキレイになり、双方向にもなりました。これから先、テレビを媒体とした新しい家族の団欒、語らいが出てくると思いますし、そのためのコンテンツも必要になります。
大河ドラマの「篤姫」が大変高い人気を集めました。それは、老若男女がみんなで一緒に見られたというのが大きな要因のひとつになっています。「篤姫」を中心に、家族が茶の間のテレビを囲む。そうした機会を提供したのです。
さきほども申し上げたように、テレビの本質は「国民の人命や財産を守る」「国民の知る権利に応える」ことにあると思います。現在放送中の「坂の上の雲」では、「親子愛」「兄弟愛」を、明治という時代の変わり目の中で、ライオンが我が子を崖の上から突き落とすような、厳しさの中での愛情が、明治時代の気質の中で描かれています。今の日本は少し子供に甘い社会なのではないかと思います。
「デジタルで大画面になって、家族みんなで再びテレビを見る機会が多くなった」という声が増えてきています。昔のように14インチのテレビを囲んでいるわけではありません。40インチ、50インチという大きな画面なら、家族皆で見ることができます。“リビングの団欒を取り戻す”ポテンシャルがデジタルテレビにはあるということ。コンテンツにもそういったものが強く求められています。