- ストーリーを語れるオーディオを原点に
次なるステップへとチャレンジする
- パイオニア(株)
- 常務取締役
- 環境・新規事業開発室・品質保証部・パイオニア販売株式会社・パイオニアマーケティング株式会社担当
- 松本 智氏
Satoshi Matsumoto
ディスプレイ事業からの撤退という岐路を越え、新たなる一歩を踏み出そうとするパイオニア。価値訴求を徹底し売り切ったプラズマディスプレイ「KURO」の後、あらためて音の本質を追究し、さまざまなカテゴリーに魅力的な商品を投入していく。原点である「音」に返って、その価値を強固なものにするべく歩みを進める同社の松本常務が、その意気込みを語る。
どんなカテゴリーの商品であっても、
いい音がパイオニアの核であるべき
原点に戻り、
オーディオで勝負
── 2010年度のスタートが目前となりました。御社の直近の状況をお聞かせください。
松本
まず我々の使命として、「KURO」の後をどう展開するのかということがあります。PASS店様を中心に販売店様で大変盛り上げていただきましたので、早くそれに代わるものをご提供しなくてはなりません。そこで原点に戻り、やはりオーディオで展開していくことが必要だという思いを新たにしています。
具体的なカテゴリーとしては、まずホームシアターの周辺機器。AVアンプ、特にこれからはスピーカーに注力していきたいと思っています。新しい形を含めて、リビングできちんとしたプレゼンスを構築していくことが重要なテーマです。
またiPodを始め個人ユースのオーディオ機器を中心とした、新しいメディアの再生機器を取り入れていくこと。現在私どものXW-NAS5に代表されるようなものをニュースタイルオーディオと呼んでいますが、そういったオールインワンの新しいカテゴリーをつくって提案していこうと思います。
私どもでは「ACCO★」という埋め込み型のスピーカーも扱っています。普段家にいらっしゃる奥様が気楽に聴ける音楽空間をいかに提供できるか、そういう視点から生まれた商品です。機器はなるべく隠し、心地よい音楽と、私どもで開発した「サウンドスケープ」という環境音もミックスして家の中で楽しんでいただく。空間を演出するという新しい提案です。
「ACCO★」は、住宅建設会社様とタイアップし、モデルハウスに設置させていただきプロモーションしています。住宅を購入されるお客様にプラスオンで提案する形で、新たなチャネルの構築となります。もちろん既存の専門店様にもお取り扱いいただき、地域の工務店様を通じて販売するという方法もあり、今営業部隊が働きかけているところです。
また私どもは1996年に初めてISO14001を取得したのですが、環境活動に非常に力を入れております。そのような中で、12年前に発売したのがピュアモルトスピーカーです。これはサントリー様とのコラボレーションでウィスキーの樽材を使った商品ですが、昨年経済産業省の産業技術環境局長賞をいただき、エコプロダクツ展にも展示させていただきました。CEATECを上回る18万人の子供からお年寄りまでありとあらゆる方がお見えになる中、ピュアモルトスピーカーに非常に高い関心を示していただきました。
この商品のコンセプト、そして12年の間継続したというところが評価されたと思います。また音の良さ、インテリアとしての親和性の高さも特長です。こうしたものをアピールし、リビングに置いても違和感のない良いものであると皆様に認めていただきたいと思います。
── 昨今はエコに対し各社とも積極的ですが、御社はそうなる以前から取り組みを継続されたということで、ブランドの意気を感じます。
松本環境問題は、企業として存続していくための重要なテーマだと思っております。そして企業として責任を果たすためには、利潤を出し世の中に貢献するということが肝心です。その点に関しまして、昨年は皆様に非常にご心配をかけたと思います。ホームエレクトロニクス事業では、KUROの価格が小幅な下落で最後まで販売店様に売っていただけたということ、進めてきた構造改革の効果が出たということもあり、昨年の上期は当初予想よりは上回った数字を残すことができました。少し光が見えて参りましたが、今後も、十分気を引き締め会社再建に向け邁進して参ります。
また直近では自動車の販売も回復してきています。カーオーディオのOEMビジネスも最悪期より少しずつですが挽回してきました。これからは、新興市場での車の需要にしっかり追いついていかなくてはなりません。中国の上海汽車工業(集団)総公司との合弁会社設立もそのための戦略の一つですし、様々な手を打っていかなくてはなりません。
ホームオーディオも当然、待ちの姿勢ではいけません。ただそのためにはきちんとした競争力を構築しなくてはいけませんから、抜本的なコスト改革などを継続しているところです。パイオニアには、ホームシアターやセットオーディオの世界、ピュアモルトスピーカーのようなストーリー性のある商品の世界もあります。利益を追求することはもちろんですが、夢を語れる企業でありたいところです。
オーディオの変化に合わせ
マーケットを育てていく
── かつてセパレートシステム市場がありましたが、今はそれがなかなかできにくい。しっかりとユーザーをつかまえていたパイオニアのシステムオーディオを、再度構築したいですね。
松本和田社長のおっしゃる「NEWハイコンポ」の世界ですね。私どもだけで頑張ってもなかなか難しい世界であり、業界あげて市場をつくっていかなくてはと思います。こちらからも早く提案をして、他メーカー様からも賛同していただくようにならなくてはいけないと思います。
── XW-NAS5もそういったカテゴリーに入ってくると思いますが、PDX-Z10はまさにそういう商品であり、非常に先進性に富んだ内容です。ネットワークやPCオーディオが今ほど日常的でない頃に登場したということで業界の先陣を切ったと言えると思います。しかしそれだけに当時のプロモーションとしては先進性というより、音の良さに重点が置かれていました。今PCオーディオ、音楽配信が大きなテーマになってきており、いよいよZ10の飛躍のタイミングになってきたようです。
松本
あの商品の良さをお伝えするのは、非常に難しいと痛感しています。音楽を聴くための手段やソースはさまざまに変化していますが、どんなカテゴリーの商品であっても、「いい音」がパイオニアの核でなくてはなりません。PCオーディオにも新しいマーケットがあり、そこをきちんと育てていくのがオーディオメーカーの使命だと思います。世の中はどんどん変化していますから、我々も変化しなくてはなりません。
── パッケージソフトから配信へとコンテンツの入手方法も変わってきました。それは、チューナーでエアチェックすることと同様だと私は考えます。さらに、パッケージソフトであれ配信ソフトであれ、好きなコンテンツを組み合わせて一つのパッケージをつくることができる。NEWハイコンポはそういうものであってほしいと思います。
松本CDの売り上げもだいぶ落ち、CD離れが顕著になっています。しかしさまざまな工夫をしていくと、オーディオにとっても新しい世界ができていくのではと思います。メーカーとしては、そういうことに対応できる機器を提供していくことが一つの道です。DJ機器でも、パッケージでなく配信コンテンツを自分でアレンジしてパフォーマンスするという世界が構築されています。
販売店様と話をしている中で、この頃30歳以下の若いお客様がスピーカーを聴きにくるケースが多いという話がありました。聴いている音楽はロックやポップスが多いそうですが、お客様としては何を聴いているかがわかってしまうような環境では試聴しにくいそうです。しかしカーテンなどで仕切るだけでなく試聴室みたいな区切られた部屋を提供すると、1時間以上でも音楽に没頭して音に感動され、購買率が上がるそうです。ヘッドホンの文化だけでなく、若い人にもスピーカーを通じて空気の振動で聴くということを楽しんでいただきたいですね。
ただ、そういうことを行える場は非常に少ないと思います。やはり専門店様にそういう活動をしていただく、そして我々はそれをしっかりとサポートさせていただくことが必要だと思います。またかつては行っていたことですが、学校などでオーディオの世界を生徒さんに味わっていただけないかと思います。私どもにも財団法人音楽鑑賞教育振興会もありますが、こういうことをお手伝いできると思います。学校教育の中で「いい音」を聴いていただくことを、子供の時代から味わっていただきたいと思うのです。
お客様の生の声を
商品づくりに活かす
── 松本さんご自身の音との関わりはいかがですか。
松本私は家にホームシアターをつくっており、映画とともに音楽を楽しんでいます。ポップスもジャズも聴きますし、ロックも好きです。私の神様はエリック・クラプトンですが、ローリング・ストーンズも好きですね。
私は大学卒業後すぐ、ニューヨークにあるワーナーブラザースのインターナショナルの会社に入りました。当時ワーナーパイオニアという会社がありましたが、そのワーナー側の親会社ということです。アーティストを発掘したり、アメリカで売り出すために各国のアーティストと交渉するという仕事をしました。その関連会社であるワーナーブラザース、アトランティック・レコード、エレクトラ・レコードというような会社にも行って、現場で仕事をさせてもらいました。
また、当時のワーナーパイオニア系列のレコード会社に矢沢永吉さんがいて、彼がアメリカで最初に出したアルバムのレコーディングでお手伝いさせていただきました。そんなこともあって、私自身音楽との関わりは深いものがあるのです。
それから日本でワーナーパイオニアにしばらくいて、パイオニアに移り、製品の輸出業務に携わりました。それから免税店のセールスとして、アメリカ軍の嘉手納基地などへ行って、ポストエクスチェンジのセールスに携わりました。その後秋葉原で免税店様相手のセールスもやらせていただきました。
結婚後はイギリスへ行き、私どもの孫会社にあたるところでオーディオのマーケティングマネージャーを務めました。そこでは忘れられないエピソードがあります。当時パイオニアをはじめ日本のブランドのアンプは、イギリスでは売れていませんでした。なぜなら、日本のアンプはトーンコントロールやラウドネスといった色々なスイッチがついていましたが、入って来た信号をそのまま出すことがイギリスの人々のし好であり、余計な回路を通すと音がにごるというのが彼らの主張だったからです。
確かにそうだと思い、イギリスブランドのアンプを聴いてみると、非常にスムースで疲れない音です。そこでこういうアンプをやりたいという思いで、当時の商品企画者がイギリスに来たときに販売店へ連れて行って聴かせ、ぜひやろうと説得しました。意気に感じてくれた商品企画者のおかげでそれが通って、アンプをつくることができました。イギリス以外で支持されていた機能を取り払うのは勇気がいることでしたが、その商品はイギリスで非常によく売れました。それをさらに改良してA-UK3という商品名で発売し、日本でも売れました。
私は今パイオニアマーケティングの担当役員をやっていますが、営業が販売店様に言われ自分も納得した説得力のある声が、商品企画に反映されて、きちんとやれば成功するという事例もあるのだと実感した体験です。これからの商品づくりも、営業の声、サービス部門に入ってくるお客様の生の声、エンドユーザー様のお褒めの言葉やお叱りの言葉、これを事業部にフィードバックさせていきます。そういった声の中にさまざまなヒントが転がっています。事業部でしっかり咀嚼して、営業、サービスともども意見交換しながら商品を生み出していくしくみをもう一度強化していきたいと思います。
「語る」ことができる音
その世界を追求していく
── そういった活動の中では、お客様とじっくり向かい合う専門店さんの存在はますます重要になります。PASS会も活発に活動をされておられますね。
松本従来から続けてきましたが、いろいろな研究会を行っています。ホームネットワーク、ブルーレイディスク、ホームシアタールーム設置、オーディオの基礎の研究会などを昨今開催しましたし、経営についての研究会なども行いました。さらに「PASS SOCIAL NETWORK」というホームページの運営も行っております。いずれにせよ、これらの目的は会員様の情報共有の場づくり、知識の向上といったことです。
勉強会や講座に熱心に参加される経営者の方、若い二代目の方もたくさんいらっしゃいますが、人材育成という意味でもPASS会というものがご協力させていただけるのではと思います。
音というものは、語れます。観れば理解できる映像と違って、音にはいろいろなストーリーがあります。ピュアモルトのスピーカーにしても、梱包を開けるとウィスキーの匂いがするというようなロマンがあります。デジタル機器がたくさんある中でも、そういったアナログの癒しの世界というものはあっていいのです。
デジタルの機器であっても、最終的に音が出てくるのはスピーカーであり、これだけはアナログなのです。そういう世界を追求し、語れる人材の育成に役立ちたいですね。
── あらためて、2010年の意気込みをお聞かせください。
松本パイオニアが以前から持っていたオーディオの強みを、もう一度活かしていく。そして若い方々にもアピールできるようにしたいという思いです。たとえば今伸びているヘッドホンでも、ブランドロゴが前面に出るオーバーヘッドタイプに注力するなど、パイオニアのロゴをあちこちで見受けられるような展開をしていきたいと思います。話題をつくっておおいに盛り上げたい。昨年10月1日に現職に就任しましてから、全国の販売店様をまわらせていただいております。直接お目にかかってお話させていただく中、いろいろと勉強させていただいています。
いよいよ2011年には地デジ移行が完了し、テレビのニーズが急降下したあと、次の一手をどうするかが販売店様にとっても大きな課題になって参ります。テレビ周辺の音の分野に大きなチャンスをつくるべく、邁進していきたいと思います。