巻頭言

夏の雲

和田光征
WADA KOHSEI

異常気象の夏も流石に余韻を残して秋色に染まり始めてきました。9月の初めだったでしょうか、社の窓から空を見ると秋の知らせのうろこ雲が天空を覆っていました。それも小ぶりのうろこが印象的で、熱いと言いながら成層圏に近い高雲は気流の影響のもと雲の佇まいを変化させ、亜熱帯化した中にも四季を織りなすべく自然界の営みを繰り返しているのです。

私は夏の雲が好きで、風景にデジカメを向ける時、いつしか青い空と白い雲の部分を大きく取った構図にしている自分に気がつきます。とりわけ成層圏にまで届くような積乱雲は圧巻ですし、天空から白い巨体で見つめられているような錯覚に陥ります。恐らく、宮崎駿の『もののけ姫』で、自然を支配している鹿の化身をした神が天空から自然の様を見ている映像は、積乱雲からイメージされたものではないでしょうか。

夏の雲は積雲が中心で、下部は平らで上部は盛り上がって横に縦に積み重なっていきます。地面や海面から蒸発した水分、山や木の水分が温まって気体となり上昇気流によって発生するのですが、秋や冬の高雲のように一点に留まらず、時間軸で動いてその背後に決まってある真っ青な空と蒼緑の山や里、そして熱く輝く太陽の光というコンビネーションが、少年時代からの強烈な思い出の部分をも想起させるのではないでしょうか。

8月の下旬、乗鞍岳から上高地に行ってきました。その日はいい天気で、新宿から松本へ向かう車窓からはまさに積乱雲の饗宴、乗鞍岳ではその極みに達したと言えます。中央線も八ヶ岳を眼前にして通過するときの巨大な入道雲にも圧倒されましたが、海抜3000メートルから見る山々の雲の姿は強烈な印象でした。空の青さ、太陽の光、雲の色、峰々の色、やはりアルプスの偉容は脳裏に染み込み、九州の田舎とは違うまた別の神秘でもありました。

海抜2702メートル、日本では最も高いところに畳平駐車場があって、バス及びタクシーで一気に来ることができます。私はタクシーに乗って駐車場まで来て、近くの小高い山でコマクサなど愛でながら散策したのですが、何故か気分が悪いのです。

家に帰ってきて、翌朝、血圧が150後半になっていました。通常120から130台ですのでびっくりしました。もしやと思いグーグルで『高山病と血圧』を検索したところ、完全なる高山病であることがわかりました。海抜2000メートル以上を一気に車で登るということが原因と医者から注意を受けましたが、「ほっとけば元に戻ります」と言われ、その通りになって一安心、夏の雲と新たな思い出の一コマとなりました。

こうして撮った夏の雲、入道雲は秋色の気配を感じてすっかり頭をすくめ積雲と化し、その姿はどんどん小さくなってきました。

暑い夏の思い出と青い空と真っ白な雲と蒼い山、季節は秋へと向かっていきます。夏好きの私は『…夢はかへっていった、夏の青と白と蒼緑の中へ…』です。

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