- 社会の変化の中で自分たちも変わり
お客様に喜ばれる商品を提供していく
- (株)オーディオテクニカ
- 取締役社長
- 松下和雄氏
Kazuo Matsushita
40周年を迎えたテクニカフクイに新社屋を設立、3事業所を集結して開発効率を高め、柱であるヘッドホンでは価格戦略に基づく強力新製品を大量投入するなど、攻めの姿勢を果敢に貫くオーディオテクニカ。その近況を松下社長に聞く。
事業の柱であるヘッドホンは
ジャンルを網羅し価格戦略を展開
ライフスタイルの中で多様化する
ヘッドホン需要に応える
── 松下社長は昨年末以来のご登場となります。直近の状況と見通しをお聞かせください。
松下 私どもでは、2009年度に売り上げ300億円を達成するという目標を掲げて3ヵ年計画を進めておりましたが、残念ながら2008年秋のリーマン・ショックの影響を受け、2009年度末での結果は売り上げ248億円ということとなりました。しかし来年3月期にはリーマン・ショック前の売り上げ水準に回復する見込みです。
売上げが下がった要因としては、OEMでやっております光ピックアップについて、コンピューターやカーナビなどの関連カテゴリーでの生産が大幅にダウンした影響を受けたことが挙げられます。
ヘッドホンについては、DAPや携帯電話で音楽を楽しむという状況が広がり、マーケットサイズが拡大しました。しかしDAPの普及が一巡する中で、ヘッドホンもさすがに成長率が鈍化していく傾向がみられます。ただDAPがさまざまなシーンで使われることにより、デザイン性や音質面に対するお客様の関心も高まりました。そこで安定した買い替え、買い増し需要が生まれ、まだまだ低迷するというような状況ではありません。昨今の主流はやはりカナル型が中心でヘッドホン市場全体の半分を占めており、この傾向は今後も続くものと見ております。
── ユーザーのライフスタイルや使い方を軸としたヘッドホンの訴求が広がっていますが、そうした中での差別化をどうお考えですか。
松下 ヘッドホンは多種多様であり、ブランドによってはインナーイヤーに特化、オーバーヘッドに特化という戦略がとられています。当社の場合は大型ヘッドホンもあればDJ用もあり、あるいはインナーイヤーもあればノイズキャンセリングタイプもある。今年の夏にはスポーツタイプも投入して、すべてのジャンルに対する商品を網羅しており、お客様がヘッドホンを使われる状況に応じてどんな場合も当社の商品を選んでいただけるようになっています。また価格帯も高級品から普及品まで取り揃え、お客様のご予算に合わせた展開をしております。
そして販売する上では、販売店の皆様により当社の商品を売っていただきやすくするため、商品の並べ方やPOPをご用意するなど売り場の整備にも注力しております。
── 先日発表された今年のヘッドホンの新製品のポイントをお聞かせください。
松下 今のマーケットは安定した買い替え、買い増し需要に支えられており、それを踏まえた上での価格戦略が必要になって来ますが、これは我々の得意としているところでもあります。ラインナップはほぼ全域に渡って網羅しておりますので、次はそれぞれに対する価格戦略を展開するということです。それについてコストパフォーマンスは追求していかなくてはなりませんが、安易な価格競争に陥らないよういずれの商品タイプにおいても新たな価値提案を行うことが重要であり、その上でお客様に納得していただけるような価格で商品をご提供していけるよう努力をして参ります。
そこで今回の新製品については、あえてリニューアルしたものを多く取り入れました。中でも代表的なものはデジタルワイヤレスヘッドホンですね。これは数年前に発売し、たくさんの賞もいただき好評を博しておりますが、価格帯が高めで多くのお客様に浸透させるにはなかなか難しい部分がありました。
これを今回、パフォーマンスはそのままに価格設定を戦略的に変えています。ドルビーデジタルで疑似7.1chを楽しむことができるというもので、話題の3Dテレビともマッチして今の時代に即した訴求ができるものと考えております。またもうひとつ、DAPや携帯電話向けに特化したものについても、数多くリニューアルしました。
さらにDJヘッドホンも強化しています。既存の「SJシリーズ」をリニューアルし、ミュージシャンのBoAさんを起用してプロモーションする「PROシリーズ」とともに拡充を図ります。そして市場に多くの商品がひしめきあうインナーヘッドホンでは、あえてカナル型ではなくインイヤー型の「イヤースーツシリーズ」を投入しています。ここは他メーカー様の参入が少ない部分であり、確実にシェアをとっていきたいと考えます。
テクニカフクイの新社屋
3事業所集結で効率化図る
── 先日テクニカフクイが40周年を迎えられ、新社屋が誕生しました。3つの事業所がここに新たに集結しましたね。
松下 テクニカフクイの3つの事業所は、当初我々が手がけるさまざまなカテゴリーの生産現場でした。かつては地域ごとに集められる人員も限られていましたから、生産量が増えるに従って場所も増やしていったのです。しかし、現在は生産そのものがほとんど中国にシフトし、テクニカフクイは商品開発に特化しており、3つの事業所が別々の場所に存在する意味がなくなりました。そこでこれらを1つの場所に統合して効率を高めるとともに、複雑化する商品に対応するための開発の合理化を図りました。大型の研究設備も入れ易くなりましたし、技術者もハード、ソフト両面で必要とされますから、彼らのコミュニケーションを高めるためにも効果的です。
当社の主力商品はヘッドホンとマイクロホンです。マイクロホンについては、ワイヤードからワイヤレスの比率が高まっている状況にあり、デジタルワイヤレスマイクというところも要求されます。ここでもハードウェアとソフトウェアの技術者が必要とされますし、テクニカフクイの新社屋に新設した電波暗室の存在が効いてきます。ワイヤレスもVHS、UHSというところからギガ帯のレベルが必要となってきます。そういったことに対応し、電波暗室も10m法に基づく容量のあるものとし、最新鋭の測定装置を入れました。また無響室を、当社の他拠点に備えるものと互換性をとれる形で設置しています。日本で開発したものを海外で販売する際、現地で測定してみたら数字と違うということのないよう便宜を図ったということです。
── 今後の事業展開について、方向性をお聞かせください。
松下 我々の強みは、販売網にあります。拠点は国内に24カ所ありますが、オーディオメーカーとしてこれだけの規模の販売網をもっているところはほとんどないのではと思います。ここから販売店様に対して的確なサービスを行うということが第一です。たとえば大阪の営業所1つで京都もカバーするという考え方もありますが、営業マンが京都に行くまでにかかる時間を、お得意さんとのコミュニケーションに使った方がいいわけです。営業マンは朝営業所に出勤したら、そのまま近隣の販売店に出向いてサービスに専念するべきだと考えます。拠点を構えるためにかかるコストは、時間の理論で十分カバーできます。地域ごとに拠点があるということが重要であり、そうしてお客様に喜ばれる仕事を確立していくのです。
また事業展開については、「デジタルワイヤレス・コードレス」をキーワードとして、アナログではできなかったデジタルチップの共有化による効率化を実現したいと考えます。例えば会議システムのデジタル化やギター用ワイヤレスマイクのデジタル化といったことに着手して参りたいと思います。
ピンチの時はチャンスの時
世の中の変化とともに変わる
── 御社では感性に訴える商品を手がけておられることから、つくり手側にも感度の高さが要求されるということを松下社長が常日頃から言っておられるそうですね。また松下社長はどんな社員の方の意見に対しても耳を傾け、必要なことに着手すると聞いています。経営上の判断はどのようにされているのでしょうか。
松下 新しいことをやってみるということですね。やってみないと結果は出ないですから。やってみてよくなければ修正すればいいのですが、やらないで考えていても時間が経つだけです。基本的にはやってみる、そして状況を見ながらさらに深く掘り下げ、必要なら大きな投資をするし、場合によっては撤退する。いずれにせよ判断するには2、3歩進んでみないと結論を出せません。データをたくさん集めたとしても、人間の頭で考えたとおりの結果になるということはほとんどありません。
── リーマン・ショックに限らず、振り返れば経済状況が悪化したことは何度もありました。そんな中でも御社は果敢に前進をしておられます。今回のテクニカフクイの新社屋建設もそうですし、経済状況のよくない時ほど攻めの姿勢でおられますね。
松下 簡単に言えばピンチはチャンスということだと思います。ニクソンショック、オイルショック、プラザ合意、そしてリーマン・ショックといろいろなピンチがありましたが、そういうときは社会が変わる時です。社会の変化に当社もついていかないと、自分たちだけは変わらないというわけにはいきません。好むと好まざるとにかかわらず、手をうたなくてはならないのです。
── リーマン・ショックはかつて経験したことのない打撃でしたが、この経験によって社員は鍛えられたと思います。そのために社内改革もしやすかったという声を、業界内からも聞いています。これから先を考えますと、来年あたりからいい形での変化が期待できます。ここからいよいよ攻めの体勢に入り、2013年に新たなステージを迎えることになると思います。
松下 我々が従事する家電、電子、音響の分野は恵まれており、期間期間で新しい技術開発が行われ商品も出て来ます。リーマン・ショックで業績が落ちたと言っても、実際はそれ以前の在庫の読みが甘かったのだと認識しています。世界の好景気につられて造り過ぎていたという在庫調整の甘さに加えて需要の低下が来たために、ああいうことになったのだという気がします。
自社ブランドだけですとどうしても生産の仕方や産業の変化に対して鈍感になりがちですが、OEMの事業を通じて一流のメーカーさんとお付き合いさせていただきますと、技術や品質、生産の考え方が変化しているということが実感できます。社会に役に立つ商品、お客様に喜んでいただける商品をいかにつくっていくか。我々はこれを課題としてまい進して参りたいと思います。