- 「今がチャンス」ではなく
チャンスは永遠にあるのです
- (株)ケーズホールディングス
- 代表取締役会長兼CEO
- 加藤修一氏
Shuichi Kato
エコポイント制度とアナログ停波の追い風が止み、東日本大震災が追い打ちをかけて家電業界が大きく揺さぶられた2011年。そんな中でも成長が止まらないのがケーズデンキである。今年6月をもって代表取締役会長兼CEOに就任、お馴染みとなった「がんばらない経営」で組織を導く加藤修一氏が、震災後からの状況と今後について語る。
高度経済成長期のやり方は忘れて
日本でしかつくれないものを
高く売ることを考えなくては
震災やアナログ停波があっても
いつものやり方で乗り切る
── 今年の新春インタビューにご登場いただいた後、東日本大震災でさまざまな状況が一変しました。
加藤 ケーズホールディングスやデンコードーでも震災で100店舗ほど営業できなくなりましたが、徐々に復旧し9月1日のひたちなか店オープンをもって全店が再開しました。しかし計画的避難地域に入っているデンコードーの南相馬市の店舗がまだ再開していませんし、福島第一原発の10q圏内にある新店はさらに今後の目処が立てられません。ここは3月25日にオープンする予定で、商品を3月14日に搬入するはずでした。
震災直後は、店舗運営の判断など各店長の裁量に任せました。店の被害もさることながら、従業員のおかれた状況も深刻だったからで、皆自宅の復旧作業もありますし、あの時点ではガソリンもなく出勤できるかどうかもわかりませんでした。
とりあえず自宅から近い店へ出勤するという措置をとって従業員をどれだけ集められるか、店舗の被害状況なども含めていつ開けられるか、また営業時間をどうするか等を店長が判断し、結果として随分早く店を開けることができました。この6月に新社長になった営業本部長の遠藤が取り仕切り、私は報告を聞いただけですが、正しい判断だったと思います。
── 08年にリーマン・ショックが起きて各企業は必死に建て直しを図り、今年の4月以降に心機一転しようとした矢先の大打撃でした。
加藤 当社も昨年度はエコポイント制度の追い風で売上げが良すぎる状態でしたが、震災の影響で3月だけで約190億円もダウンしました。ただそれでも利益を出すことができたのはありがたいことです。日本赤十字社に1億円の寄付をさせていただき、増配もしました。
今年度の第1四半期は、地デジ化やそれ以上に節電需要が大きく、暑さもあって売上げがまた大きく伸びました。続く8月から11月までの4カ月間は相当伸びた前年の水準があり、特に11月は当社で前年比2倍となっていましたから、それを超えるのは難しい。しかしその後の12月から3月までは前年が落ち込みましたから伸ばしやすい。今年度はそういう読みをしています。伸びた後は落ちるもの、一喜一憂せず淡々とやっていきたいと思います。
今年は単価が大きく落ち込んでいますが、昨年エコポイント制度でエアコンや冷蔵庫、テレビといった単価の高い商品の売上げが大きく伸びていたものが元に戻り、通常の売上げに落ち着いたということ。客数は減っていませんし、通常の方がやりやすいと考えていますから、落ち込んだ分をカバーするという発想はありません。売れ過ぎたものをカバーしようとしたら無理がかかりますから、通常の中でしっかりやっていけばいいと思っています。
── 震災がありアナログ停波がありましたが、それらをカバーするというより従来通りのことをやって成長するということですね。さらにこの6月、社長を交代されました。
加藤 当社は営業、商品、企画・開発、管理の4本部長体制でやっておりましたが、今回その4人が前面に出た感じです。これまで営業本部長だった遠藤が社長になり、商品本部長だった山田が副社長に、そして管理本部長の岡野が新たに専務となり、もともと専務であった企画・開発本部長の平本と2人専務の体制になりました。4人ですべてがまかなわれている状態となり、私は会長職に就きました。
もともと私はIRをメインにやっておりましたが、最近は特にそちらの業務が多くなりました。海外からの問い合わせが増えて電話会議を申し込まれることも多く、会長になってからの方が忙しいですね。海外に向けては現役を引退したイメージの強い会長ですと物足りないので、会長兼CEOという受けのよい肩書きをつけているのです。
海外投資家の比率はこの3月で約30%でした。そこまで半年で5%ずつ増えてきました。創業以来64年間一度も売上げが落ちていない、利益も前年割れしたのは2回だけでずっと増収・増益、1株当たりの利益は、と説明すると海外の投資家からはなぜ株価がこんなに安いのかと言われますね。おかげ様でこの間は4075円という過去最高値がつきましたし、どの時点で株を買われた方にも損はさせていません。
また社員に対しても12回ストックオプションを実施しているのですが、これがすべて行使価格を上回っています。社員に株をもってもらい、会社の業績がいいと株価が上がって社員にもメリットがある、という関係を作り上げているのです。会社が儲かって賞与を出すといってもたかが知れています。しかし株の一部を社員が持っていれば、会社の価値が高まるとともに自分も潤います。その方がいいでしょう。
一人が無理するのではなく
皆で楽しくやる気になる
── 御社の社員を大切にし、お取引先を大切にし、そしてお客様を大切にするという考え方、特に取引先を大切にするという考え方にメーカーさんは感銘を受けています。
加藤 これは商品本部が特に肝に銘じていることです。メーカーさんがおだててくださるものですから、商品本部の人間は自分が偉いものと勘違いしてしまいがちです。相手の方がずっと優秀なのに、上から目線になってしまっている仕入れ担当というのはよくありませんね。メーカーさんが商品をまわしてくださるから我々は売れるということを忘れてはいけません。
お互い様の世界ですから、仕入れもとことん安くするのではなくお互いが納得する価格でというのが当社の考え方ですし、返品もしないと決めています。当社と取引して儲けていただければ、メーカーさんも当社が成長するためにいろいろ応援してくださいます。
商品本部の仕事は、商品がどれだけ売れるか予測を立て、早めにメーカーさんに数を打診すること。そして返品せず必ず売り切るという約束を守る。足りなくなったら持って来い、売れなくなれば持って帰れということはやってはいけませんね。ですから昨年から今年の異常に需要が伸びるような中でもきちんと商品をまわしていただけ、当社はそこで売上げを伸ばすことができました。この第1四半期はそういうことが効いたのではないかと思います。
── ポイント制を採用せず現金値引きする考え方や、あんしんパスポートの存在も効いていますね。
加藤 あんしんパスポートは、お客様の購入履歴を記録してアフターサービスをスムーズにするしくみで、お買い物のたびに住所氏名などをお尋ねする煩わしさを避けるためにカードを発行しています。購入履歴の記録によって、保証書の有無に関わらず商品を保証できますし、リコールの際のご案内などもスムーズになり、消耗品のご購入にも役立ちます。2008年6月にスタートして、今年6月末に会員数が1400万人になりましたので、今後は3000万人にしていきたいと思っています。
当社では、ポイントなどでお客様を縛らない方針です。必ずお客様目線で思考することを徹底しており、物事の考え方はすべてお客様寄りなのです。どうやって儲けよう、どうやって利益を出そうというこちら側の目線ではなく、お客様側の目線を大切にしていれば、結果としてそれが利益につながるのです。お客様目線で行動すると決めておかないと、粗利がとれる方法にしようかという迷いが従業員に生じます。そうではなく、お客様が欲しがっておられるものを提供するのが第一であり、その商品を切らさないということが前提です。
本来は物々交換だったところに、生産者と消費者の間を取り持ち、消費者の便宜を図る目的で生まれたのが小売業です。しかし時代が経つにつれ、粗利がとれるかどうか、回転率がどうかということが重視され、ふと気づくと消費者が置いてけぼりになってしまいました。
家電業界では売りにくい商品を上手く売った人間がいい販売員であるとする傾向があり、私も若い頃儲けるためのテクニックをさんざん学んで飽き飽きしました。テクニックには限界がありますし、お客様にも見抜かれます。今やテクニックを使わないのがテクニックというところですね。お客様を誘導するのでなく、お客様の希望を叶える。これが上手くいって今につながっているのです。日経のアフターサービスランキングでも2年連続1位をいただきましたが、ありがたいことですね。
── わかってはいても、他社が真似できることではないですね。
加藤 これを実践するのは難しいですよ。今相当無理して売上げを上げておられる会社が当社のようなことをしたら、数字は2〜3割落ちるでしょう。当社が子会社化した会社もやはり数字が一旦落ちました。しかし地についてから先はずっと成長し続けていますし、さらに成長できる余地もあるのです。
売場面積当たりの売上げは子会社よりケーズデンキの方がいいのですが、社員が楽しく働ける場を提供できる店長のいる店が伸びるということです。店長がいくら頑張ってもせいぜい2人分の働きにしかならず、50人の店なら51人分になるだけですが、皆がやる気になって労力が1〜2割増ししたら、55人分の働きになります。それを理解できている店長はケーズデンキには多いですが、子会社ではまだどうしても店長自身が頑張ってしまって皆に発破をかけるのです。やる気を引き出せば皆勝手に売ってくれますから、店長がそれを邪魔しないような体制をつくるのが肝心なのです。
── 売上げ目標を2017年で1兆2500億円と言っておられますね。
加藤 こだわっているわけではありませんが、そうなってしまうかなというところです。今、売り場面積が年間に確実に10%以上増えており、過去7年間で倍以上になっています。景気による多少のブレはあっても、このペースで出店していけば売上げもそれに伴って伸びるでしょう。
現状当社では全国の半分くらいの地域にしか広告できていませんから、店舗数を倍にすることで実現すると思っています。出店の際も借入を増やさず収益でまかなえますし、出店計画の開発部門も子会社を含めて自前です。やるべきことは決まっていますから、淡々とやっています。
アフターサービスこそ重要
目先の利益では販売しない
── 昨今注目されている、太陽光発電システムなどエネルギー関連の商材についてどうお考えですか。
加藤 当社でも実験的に取り扱っていますが、太陽光発電システムは将来的に本当に電器店の仕事になるのか、住宅関連の皆さんの仕事になるのかまだわかりません。太陽光の場合はお客様のお宅に伺って見積もりをしたり、工事の手配をしたりと従来の店売りとは質の違う仕事が必要になり、電器店で本当に対応できるのかというところです。
いずれにせよ新築は住宅関連業者さんで、電器店の領域は既設住宅となりますが、これは既設の屋根に載せるため相当神経を使うことになり難しいですね。しかし工務店さんではなかなかできない商品展示を当社でやることはできますから、実際に販売しながら将来的にどうするか見極めたいと思います。
── アフターサービスまで考えると、お客様にとっては何が親切かということですね。
加藤 私が大学を卒業して入社した頃から電器屋が広告をして安売りをする時代になりましたが、当時当社では、テレビを買いに来られたお客様が店から1時間以上かかる場所にお住まいだった場合は販売をしませんでした。
当時テレビは年に2回くらいも故障してその都度お客様のお宅に伺う必要がありましたから、遠方のお客様ですと十分な対応はできません。また3年間保証制度を採用したときも、店の広告範囲を越えた場所の方には保証はできませんという注釈をつけました。
欲張ってもできないことはできません。2つしかない手で10のものを掴もうというのは無理な話です。アフターサービスをしっかりやろうとすると、ただ売るだけではだめなのです。しかし当社も日本中を面で展開できるよう店舗を増やしていますから、その範囲内でサービスをさせていただいています。実際に昔ケーズデンキで買えなかったという方が、今は近くに店ができてそこを利用しているとネットに書いておられるのを見て、安心しました。
── 政権も代わり、いよいよ日本も変わるでしょうか。
加藤 政治家もそうですが、日本の企業も、どこかで大事なことを忘れてしまったのではないかと思います。社長になった人が会社や社員のためを思うのではなく、就任中の短期間に成果を出すということを考えてしまうのが問題です。
ケーズデンキは「好況充実、不況拡大」を実践していますが、これは従業員に対していつでも仕事があるようにしておくということです。ところが日本の企業では、景気がいいと工場をどんどん増やして人を募集しておいて、不景気になるとリストラする。これは経営者が先を見通していなかったということで、最初に責任をとるべきは経営者自身のはずなのに、まず社員のクビを切りますね。これは経営的とは言えません。経営者としては、不景気のときは拡大策をとり社員の不安が広がらないようにする。景気のいいときは忙しいですから、拡大策をとらず稼働率を高めて利益を出せばいいのです。
日本はもうアメリカの真似をするべきではありません。人口もそう多いわけではないのですから、ヨーロッパ的な考え方をした方がいい。コスト競争をせず、日本でしかつくれない商品を提案して高く売ることを考えなければ、早晩中国に負けてしまうでしょう。自国の消費者を相手にするだけで日本の10倍の人に売れるわけですから。
日本はいつまでも高度経済成長期を忘れられず、人口が減ると困るし、人件費が上がると困るのです。政府もそれに加担して、労働者を安く使う方法に拍車をかけます。
日本は高度経済成長が終わったときに脱皮して大人の国になるべきだったのが、昔の好調ぶりを懐かしんでばかりで同じことを繰り返してしまっています。今新興国が伸びているのも、各国が一度だけ経験する成長期にあるから。日本はヨーロッパやアメリカと同様に成長が終わっていてあとは安定成長だというのに、あの高度成長をもう一度、と思うからいけないのです。
ただ、景気はこれからよくなると見ています。東日本大震災の被災地の復興はこれから。アメリカがかつてニュー・ディール政策で不景気を脱したように、被災地復興に関する動きが景気に影響してくると考えます。皆がお金を使うことで復興支援につながりますし、景気回復にもつながると思います。
── 今後も順調な成長を遂げられますね。
加藤 かつて当社は、30年間で25%成長を遂げました。これは社員をケーズデンキの思想に基づいて育て上げた上で、あとは新しい社員が入っても先輩を見て成長していける、その結果達成できた数字です。しかし売上げ1000億円規模になると同じレベルの社員を増やすのは無理なので、成長のペースを15%に落としました。さらに10年たって5000億円規模になり、ここからはさらに10%規模にペースを落としました。
ビジネスでは通常伸びる時に伸ばし、今がチャンス、と言いますね。それはおかしいと私は思います。チャンスは永遠にあるのです。
会社経営は終わりのない駅伝競走ですから、そういう視点での判断というものがあります。社長の交代もそうで、当社では65歳以上の人間を社長に選出しないと5〜6年前に決めました。それに基づき、当社子会社のビッグ・エスや北越ケーズというところは上層部が若返りましたし、今年はケーズデンキも若返ったわけです。
経営者はだいたい、まだできると思っています。しかし若い人でもできるということを私は言いたい。年を取った経営者が頑張っていて、突然できなくなったときは後の人たちが困ります。だから本当にできなくなる前に、次を担う人を育てなくてはなりません。終わりのない駅伝競走の中で会社はずっと続いていきます。そういう中で私は、働いている人のためになるような会社の経営を見守り続けたいと思っています。