加藤 滋氏

メディアプレーヤーとオーディオの
積極訴求でテレビの魅力を拡げる
ソニー(株)
コンスーマープロダクツ&サービスグループ VP
ホームエンタテインメント事業本部
第2事業部 事業部長
加藤 滋氏
Shigeru Kato

いい画・いい音を基盤としたホームエンタテインメントを追求する中、「TVサイドBOX」と捉えたBDレコーダーや、ピュアオーディオにおける新たなテーマを次々に仕掛けていくソニー。地デジ後に求められる付加価値をどう作り上げていくのか、ホームエンタテインメント事業本部の戦略を加藤氏に聞く。

 

色々な音楽を広く聴かせられれば
オーディオ市場はもう一度花開く

テレビ周辺商品のチャンスを
身近な体験で拡げていく

── 地デジ化が終了してテレビを中心とした周辺機器が伸びており、BDレコーダーや音まわりなどの商品に期待がかかります。

加藤 レコーダーの地デジ化は、これからが本番です。BDレコーダーの普及率はまだ30%そこそこであり、VHS時代は90%程だったことを考えるとまだまだ訴求できる余地があると考えます。今年は前年比で1月から3月に減速しましたが、4月から復活、現状で140%といった動きになっています。年間で平均すると200%超とも予測でき、もしかしたら最高記録になるかもしれませんね。

── 今年のIFAで「ソニーエンタテインメントネットワーク」という配信プラットフォームについて発表されましたが、ここでもBDレコーダーが中核的な役割を果たすことになりますね。

加藤 私はBDレコーダーを「TVサイドBOX」と捉えています。これはディスクのコンテンツだけでなく、クラウド側にあるコンテンツも再生できる「メディアプレーヤー」と考えていただければと思いますが、このTVサイドBOXで従来のテレビの楽しみ方をさらに拡大させることができると考えます。

今後レコーダーのキーになる要素は、1つには映像と音声が美しいこと。これは基本であり必須条件ですね。それから昨年度の商品からPRさせていただいているように、操作応答が速いということ。ユーザーが機械の奴隷になってはいけないのです。見たいときにプレイボタンひとつで再生できるというような、操作性のステップが少なく応答スピードが速いことです。

そして3つめはラインナップです。携帯電話でも高機能のスマートフォンを求める人もいれば、ただ電話ができればいいという人もいるように、レコーダーでもとにかく画と音が良ければいいという人もいれば、多機能を求める人もいます。そういう多種多様の要求に対して選択肢を用意するために、ラインナップの展開が必要と考えます。

録画画質にこだわるとビットレートをすべて開放すればお客様側が最適値で記録することもできますが、どれだけの方が最適値を選ぶことができるかと考えると機械の側で多くの方がほぼ満足がいくように選定した方が使い勝手はいいですね。そのあたりの兼ね合いは難しく、ラインナップもあまり多くしてしまうとわかりにくいですから、我々としては5から7機種といったところでニーズにお応えしています。

一方でコンテンツを考えますと、ディスクやハードディスク、放送、そしてクラウドと様々なソースはありますが、お客様は映画を見たいのであって、ソースの種類は二の次であろうと思います。ですから我々は、ソースを意識せずにコンテンツを簡単に選べるような商品づくりをしていきたいと考えています。

── デジタル化でテレビの映像はきれいになり、コンテンツレベルでは音質も非常によくなったのですが、お客様のご家庭で再生される状況ではそれが十二分に活かされていません。

加藤 ここにオーディオのチャンスが広がっています。テレビが薄型化されたことによってスピーカーの口径やボックスの容積に制約が生まれ、音をよくすることは難しくなりました。そういうテレビに対して、TVサイドBOXと同様、音についてもペリフェラルな存在が考えられます。テレビは家電の王様ですから、そのまわりで王様をサポートする機器たちを売るチャンスが増えているということです。

また画面が小さかった頃は音がどこから出ていても気にならなかったものが、画面が大きくなると、人の声は人の口の位置から出て欲しいですし、ましてや3Dとなると前後の位置も表現して欲しくなります。テレビが変わり、環境が変わり、オーディオにもビジネスチャンスが増えて来ると思います。

── 先日発表されたヘッドマウントディスプレイ「HMZ」は、3D、大画面・高画質、映画館のような音といった魅力が集約された実にソニーらしい商品だと思いますし、3Dの画と音がお客様にとって一気に身近なものになりそうです。

加藤  これを開発する際、私自身が映画を夜見たい、家族とは違うものを見たいというときにうってつけのものだと考えました。そこに有機ELなどの技術が伴ったわけです。社内の人間からも欲しいという声が多く、評判がいいです。

また3D作品を制作する際、字幕の位置ひとつとっても、フォーカスが前面にいる人物にきている時は字幕も前に来ていないと非常に見づらいということがあり、気遣いが必要です。再生側の機械がそれを正確に再現するとなれば、コンテンツの制作側もさらに神経を注ぐようになるのではと思います。ソニーは制作から再生まで映像の全プロセスに絡んでいます。その過程に1カ所悪いところがあれば、そこがボトルネックとなり全体のクオリティが決まってしまいます。全ての過程で切磋琢磨してレベルを上げていかなければ本物にはならないのです。そういう意味でも、再生側のレベルが上がることで、すべてのレベルが上がるのではと思います。

3Dもサラウンドもこの秋以降ソフトが充実してきますし、普及のチャンスが訪れていると思いますが、HMZはその助けになると思っています。テレビのまわりに5つもサラウンドスピーカーを置くには、今の日本の住宅環境では勇気が必要です。しかし実際にサラウンドの音を体験すれば、ぜひ導入したいという思いにつながってくるのではと思います。

ホームシアターやAVアンプで楽しめる世界を体験されたら、それを家庭に導入するための敷居は超えられるのではと思います。HMZでそれを体験し、さらに本格的なプロジェクターやAVアンプの体験を導きたいですね。お客様の住宅環境や視聴スタイルはいろいろですから、これも一つの商品ではなくTVペリフェラルというような考え方で、オーディオ商品とBDレコーダーのようなソース再生機器の両方のラインナップを充実させたいと考えます。

好きな音楽を楽しく聴けることが
オーディオを拡げる鍵

加藤 滋氏── ピュアオーディオについての戦略をお聞かせください。

加藤 今ヘッドホンが非常に売れています。高級ヘッドホンと言われるものはスピーカーより手頃な値段でいい音を楽しめますが、同じ値段でスピーカーがヘッドホンのクオリティを超えるには非常に高いハードルがあります。また今の若い方が好むビートの効いた音は各楽器のリズムがはっきり分離して聴こえる方が楽しめますが、こういう再生はヘッドホンの方が向いており、スピーカーで同様の音を楽しめるようにするには、相当なコストと技術力が必要とされます。

こういうことからヘッドホンがメジャーになるのも無理もないですし、オーディオ市場が縮小してしまった理由もそこにあるのではと思います。しかし同じクオリティの音を聴くなら、耳だけでなく身体全体で聴いた方が楽しいですから、私はもう一度オーディオの花が咲くと思っています。

そこでソニーでは、スピーカーのARシリーズの新製品を用意しています。SS-AR1、AR2とフロア型を出してきましたが、デスクトップで音楽を楽しみたいというお客様のためにブックシェルフを出し、ここで一連のシリーズが完成します。

私はいつも「新製品が最高傑作」と言っていますが、今回もまさにそうです。新製品が出る時はさらに音のよくなる改善点が見つかった時であり、改善点がない限りはそれが最高傑作なのです。こういった商品のお客様は手を尽くして調べ確かめ、納得した上で買ってくださっていますから、そういう方々の思いを裏切ることのないよう長く売っていきたいと思っています。

── 今のピュアオーディオのマーケットスケールについてどうお考えですか。

加藤 オーディオ市場はもっと広げられると思いますが、私から見て幾つか問題点もあるように思います。

私は、本来理想的なシステムであれば音楽のジャンルを問わず理想的な音を聴けるものだと思っています。しかし今のオーディオシステムというのは、クラシックやジャズに限定した音づくりになっており、これがオーディオマーケットの成長を阻害するひとつの要因ではないかと考えます。音決めの際はどうしてもスローな曲が使われがちですが、そうすると元気をもらうために音楽を聴くという方には向きませんね。そういう音をハイエンドのシステムで表現するのは非常に難しいのです。

私はソニー製品の音決めには全て立ち会っていますが、SS-NA2ESは、クラシックからポピュラーまでまんべんなく聴ける音づくりをしました。レディ・ガガが楽しく聴けますよ。そして今度のブックシェルフはさらに磨きをかけています。ARシリーズは従来のスピーカーとは違います。それは既存のデータを重視するのでなく耳で音を決めているからであり、だからこそ聴いて楽しい音が出ているのです。

私自身はジャズもクラシックも聴きますが、マドンナが大好きですし、最近は田中好子さんの追悼でずっとキャンディーズを聴いています。バックバンドも上手いですし、彼女たち自身もこんなに歌が上手かったのかと驚きます。

ジャズやクラシックもすばらしいですが、ただそれだけにフォーカスするのは非常にもったいない。世の中で圧倒的に聴かれているジャンルの音楽が楽しく聴けないシステムというのはいかがなものかと思うのです。新しいお客様にピュアオーディオのよさをどんどん体感していただくためにも、色々なジャンルの音楽に対応するべきですね。

歌謡曲のファンの方はたくさんいるわけですから、そういう方達にもぜひいい音、楽しい音で聴ける機会と機械をご提供したいです。我々はお客様あってのビジネスですから、欲しいとおっしゃるものを追求しなくてはならないと思っています。

時間と場所を超え希少作品を
メディアプレーヤーで享受する

── ピュアオーディオにも、メディアプレーヤーという概念は当てはまってきますね。

加藤 様々な可能性がありますね。ベルリン・フィルを聴きにベルリンまで行くのは難しいですが、演奏は一期一会で同じものは二度と聴けません。レコードやCDを通じ、場所と時間を超えて多くの方が同じ名演奏を享受できるようになったわけですが、それならば今この瞬間に行われている演奏を遠く離れた場所でも味わう楽しさをご提供するのも我々の使命だと思います。ネットを通じてそういうことをご提供できたら、多くの方に買っていただけると思いますし、それをメディアプレーヤーで実現したいのです。

またCDの採算点は1000枚、DVDは5000枚と言われており、そこをクリアできずにパッケージ化されていないタイトルはたくさんありますが、ネット配信ならばロングテールのコンテンツの提供ができます。埋れている名作をお届けできるというのも、大きな魅力です。

── 御社のこれからの製品にも期待がかかりますね。

加藤 まずはスピーカーを商品化しましたが、当然アンプ、そしてプレーヤーが控えています。もちろんメディアプレーヤーもソニータブレットとも連携した形で考えています。2013年頃を目処にお披露目したいと思いますので、ぜひ楽しみにしていただきたいと思います。

我々が子供の頃は、大人の持っているいいオーディオシステムに憧れ、いつかああいうので聴きたいという思いがありました。今はそんな環境はなく、皆さんいい音を知らないまま来てしまっているのです。ヘッドホンで楽しまれている若い方にスピーカーで聴かせると、こんなにいい音なら欲しいとおっしゃる方がたくさんいます。そういう機会を拡げたいですね。そこでご販売店様にはぜひ、敷居を高くすることなく誰にでも楽しめる音楽でデモしていただきたいです。

── これからも大変期待しております。

◆PROFILE◆

加藤 滋氏 Shigeru Kato
1980年ソニー(株)入社。ベータマックス設計に従事。2000年 BD事業室長、2007年 ビデオ事業部長。2009年6月 ホームエンタテインメント事業本部 第2事業部長。趣味は芸術(音楽、絵画、映画等)の鑑賞。

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