- アナログとデジタル、
どちらかを問う時代ではない
双方の良さを活かした提案をしなくては
- 株式会社オーディオテクニカ
- 取締役
マーケティング本部 技術本部 ゼネラルマネージャー
- 小林 圭介氏
Keisuke kobayashi
オーディオのカテゴリーで気を吐くヘッドホン・イヤホン市場をけん引するオーディオテクニカ。創業の礎であるカートリッジ事業も堅調だ。ハイレゾ、アナログのキーワードが席巻する中、強い存在感を示す同社の意気込みを、小林圭介氏に聞く。
アナログの世界でやりきれていないことは沢山ある
我々がやるべきことのヒントもそこにある
高付加価値展開の市場で
目指すべきことは
── 小林さんのご経歴をお聞かせください。
小林私はもともと音楽が好きで、フォークやグループサウンズが流行した頃自分でもギターを弾いていました。そして卒業後は楽器メーカーに入社し、主に業務用の音響機器を担当することになりました。28歳でアメリカに赴任し、8年以上現地駐在してプロオーディオの事業拡大に従事しました。帰国後は商品事業部に携わったり、オーストラリアの現地法人の経営を行ったり。また会社がフランスの業務用スピーカーメーカーを買収した際にはそこの責任者にもなり、つごう17〜18年ほど海外で過ごしました。
前職では、音に関連する競合日本メーカーの存在や仕事ぶりに互いにハードルを乗り越えて世界を相手に戦う同胞意識、一種の戦友意識を感じていました。縁あってオーディオテクニカに入社したのは2012年の1月、今は丸3年が過ぎて4年目に入ったところ。マーケティング本部並びに技術本部の長として企画・開発から営業までを受け持っています。若いメンバーと仕事をするのは大変ではありますが、面白くてたまりません。
── 御社の事業の柱であるヘッドホン・イヤホンのカテゴリーは、ここ数年の間市場が成長しています。
小林オーディオテクニカは創業52年、そしてヘッドホンの展開も40年を超えました。この間にイヤホン・ヘッドホン市場は想像を超える規模になり、今や国内だけで500億円、全世界では8000億円の規模とも言われます。iPodやiPhoneの普及とともに伸長し、当初低価格帯の商品が気軽に楽しまれていたものが、今やさまざまな方向性のニーズが生まれていますね。音質的に非常にレベルの高いもの、ファッション性の高いもの、重低音を効かせたもの、スポーツ時や騒音の中など特殊な用途で使うものなど。急拡大期を過ぎた現状では数量的に安定しつつ単価アップが広がっていて、お客様に音のよさを軸とした価値が認識されるようになってきました。
お客様には娯楽の選択肢が山のようにあり、残念ながらオーディオの経験の無い方はたくさんいます。しかし音の世界は、良いものを経験して知れば知るほど違いがわかるようになるもの。高付加価値のイヤホンやヘッドホンにも抵抗なく触れられる環境がある中では、いずれその良さが認識できるようになると思います。
そういう流れの中でのテーマは、いかにきちんとしたものをご提供し続けるか。市場に参入する会社もどんどん出て来て、店頭に置かれているブランドも国内だけで300に届く勢いで、欧米ブランドも次々入っています。そこで我々としては、自分たちの特色をきちんと出さなくてはいけないと気持ちを引き締めています。自信をもって展開する商品を、もっとわかりやすく訴求しなくては。オーディオテクニカというブランドの拠り所、根底は何なのかをもう一度自らに問いかけなくてはと思います。皆様に明確に感じていただけているのは、愚直なまでに忠実に原音を追求していくところ。その基本の部分がぶれることなく、その上でお客様のニーズに対応することを目指すべきだと思います。
「ハイレゾ」に拠らず
クオリティを愚直に追求
── 昨今では海外ブランドなど10万円を超えるような高価格帯のモデルも好評を博しています。そのあたりの展開はどうお考えでしょうか。
小林日本のマーケットの中で我々はそれなりにご評価をいただき、ヘッドホンに興味をお持ちの方にはオーディオテクニカの名前はある程度知られているとは思いますが、ブランドの価値をさらに広く認識していただく作業を継続していかなくてはなりません。ある程度数を多く売ってシェアを獲得しなければならない面もありますが、本質的な実力をお客様に実感していただけるものも出す必要があると思います。
このたび、オープンバックレファレンスモニターヘッドホンの「ATH-R70x」を発売し、高い評価を頂戴しています。ただしこれはコンシューマー向けモデルではありません。レコーディング用のATH-M70xも同様で、プロの方々が作り込む音源制作過程で、いいところだけでなく音源の中に隠れて気付きにくい欠点まで正確に再現するよう作られたものですから、ソースによっては音楽を気楽に気持ち良く楽しむ目的には向かないかもしれません。
こうした製品はコンシューマーの方もお求めになりたいのではという議論もあり、そのとおりだと思います。しかし我々が非常に幅広い商品ラインナップを展開する中で、それぞれがどういう目的で存在するかを皆様にわかるようにマーケティングしていかなければ、商品のミスマッチが起こりかねません。選ばれた商品がご期待に沿わないようなことはなくしたいですから、そこは商品特性がわかるようエッジを立てていく。そして今後はオーディオファイルの方にもご評価いただけるような、ハイクオリティモデルも一層強化したいと思っています。オーディオ商品としてはアートフォームもきっちりとつくりこんでいかなくてはと考えますし、ここはプロ用とは切り分けたいと思います。
── 今後ヘッドホン・イヤホンはどんな方向性で展開されるでしょうか。
小林今ハイレゾ対応ヘッドホンとして展開しているATH-MSR7などはある意味非常に当たり前にクオリティを追求したものです。音のバランスもよく心地よく聴いていただけ、再生帯域も広い。まさに直球でスタンダードなモデルでクオリティを実現できたと言えるでしょう。
これはハイレゾの枠の中での代表展開と言えますが、我々のものづくりは必ずしもハイレゾに依るわけではありません。ハイレゾというワードによる訴求が業界全体で行われ、それ自体は大変いいことと思います。ただ当社が過去にご提供した商品に対して、ハイレゾが聴けないのかと問われることがよくあります。ハイレゾと定義された数値で区別する以前に、いい音を聴くためにしっかり作り込まれたものはあえて「ハイレゾ対応」と表現しなくともアピールできると思っています。ハイレゾは、他の関連機器も含めてトータルで云々する際には重要視されると思いますが、ヘッドホンだけで語れるものでもありません。我々としては広帯域で再生できるようないい音を、ただ愚直に追求すること。そして最終的にコストとバランスさせて、最良のものをつくっていきたいと思います。
── ポータブルヘッドホンアンプも盛り上がっています。
小林据置型では、だいぶ以前より展開しておりまして、2005年にはハイエンドモデルのAT-HA5000、一昨年には真空管アンプのAT-HA22TUBEなどを発売しましたが、ポータブルの分野でも昨年投入した新製品2モデルがおかげ様で好評です。ポータブルヘッドホンアンプの需要があることは非常に明確で、たくさんの会社が参入していますね。ここでは使い勝手の細かいところ、かゆいところに手が届く提案がポイント。我々もしっかりと先を見据えて勉強し、さまざまなチャレンジを重ねているところです。
アナログがあってこそ
我々の能力が証明される
── アナログのブームで、カートリッジの動向も気になります。
小林ご存じのとおり、オーディオテクニカの創業の原点はカートリッジです。我々にとっては非常に重要な、拠ってたつ礎の部分。ビジネスの規模は創業時とは比べ物にならないほど小さくはなりましたが、新たな動きも出てきています。日本や欧米でこの3年間、新たなプレスのLPレコードが増えています。欧州では一昨年から昨年で倍増、米国では5割増、各国のプレスの会社が夜中まで稼働しても生産が追いつかないほど。レコードプレーヤーももの凄い勢いで伸びており、再びいろいろなメーカーが参入しています。
市場ではアナログレコードを聴いて育った方々が回帰しており、さらに今の若い方々も興味を示しています。LPジャケットのビジュアルやライナーノーツ、機器そのものに対する新鮮さは、若い方々にとって新しいおもちゃのような楽しみが広がっているということですね。未来永劫続くものかは別にしても、中期的な流れの中で重要な成長ビジネスセグメントと認識しています。
カートリッジは今でも当社でしっかりとしたラインナップを展開しています。ビジネスそのものもここのところ需要が増え、一部生産が追いつかない状況も出てきています。しっかり伝統を守りつつ新しいものもやっていきたい。アナログの全盛期に活躍されたエンジニアの方々が各社でリタイアされているようですが、幸いにも当社では若い世代にもその技術が受け継がれ、人材が育ちつつあります。この分野には引き続き力を入れて継続展開していきますし、経営資源の配分も見直して参りたいと思います。
ハイレゾもアナログも、音楽を楽しむという根底のニーズは非常に似ていると思います。そしてアナログでなければ、デジタルでなければという時代ではない。デジタルの利便性は一度使ったら戻れない、同時にアナログでしか味わえないものもあります。昨今のハイレゾのトレンドにも、アナログならば非常に高価になるシステムを、デジタルで手軽に再現しようという面もあると思います。またアナログでのいい音の再生にはそれなりに努力も必要だけれども、デジタルでそこはカバーできる。メーカー側は両方の良さを活かすことを考えなければと思いますし、我々もそうした流れの中で、面白い提案をしたいと思います。
── オーディオに色々な選択肢が増えたということですね。
小林いつの時代でも我々は、クオリティを求める意味で厳しく姿勢を問われていると思っています。アナログの時代があったからこそオーディオテクニカが存在する、これができるから他のこともできる能力があると証明されていくと思っています。海外の非常に著名なアーティストのスタジオエンジニアとよく話をしますが、彼はレコーディングをほぼすべてアナログ機器で行うものの、最終的にはデジタルに落として作業しています。アナログとデジタルの両方に携わる象徴的な存在なのですね。彼の考え方では、アナログの世界でまだやりきれていないことがたくさんある。だからアナログでできることを極めたいと言います。彼と話をする中にいろいろなヒントがあり、我々がやらなくてはならないことが少しずつ見えてくるような気がします。
市場は今我々にとっていい状況にありますが、それは競争相手にとっても同様だということ。そこで戦略を求められるわけですが、ご要望のすべてに応えようとしてしまうと、かえってお応えしきれないことも多々あると思います。我々の実力で頑張るべきところを見極め、投資も含めてしっかりとやっていこうと思います。