特別対談
音楽愛好家市場≠フ開拓へ
新生テクニクスの2年目を問う

弊社刊行、5月21日発売の『オーディオアクセサリー161号』ではオーディオ評論家、山之内正氏の連載を掲載しています。この連載は音楽、演奏家、オーディオ分野の旬の人≠お迎えし、音楽とオーディオ≠結びつける内容の対談。そこで今回ご登場いただいたのが、テクニクスの事業担当役員である小川理子氏。小川氏は新生テクニクス・ブランドの牽引者でありながら、ジャズ・ピアニストとしても活動されており、音楽とオーディオの融合≠テーマとした非常に充実した楽しい内容の記事になっています。その対談の中で、両氏はもうひとつのテーマについてお話をされました。これからのオーディオ市場の拡大≠ノとって非常に重要なテーマとなったその内容を、ここに特別掲載いたします。 (季刊・オーディオアクセサリー編集部)

ブランド復活から1年半
新プランも浮上してきた

パナソニック株式会社役員
テクニクスブランド事業担当
小川理子氏

「スピーカーと対峙できるような余裕のある方は皆無に近いです」

山之内テクニクスは2014年の9月にベルリンで最初の発表をされていますね。それからちょうど1年半くらい経っているのですが、その時に仰っていたいくつかのキーワードを憶えています。そのなかにはハイエンドオーディオの市場の規模と、そこでどのくらいのシェアを目指していくのか、というような具体的なお話もありました。ハイエンドオーディオの世界では滅多にそういう話をするメーカーはなくて、さすが大きな会社は違うなと思っていました。その後、計画がどう推移して、いまはどのようなビジョンでやっているのか。実際にピュアオーディオ製品を出されてみて、多少修正したり、別の方向にも重要なテーマがありそうだ等々、この1年半で変化のようなものはありましたか。

小川まず最初の1年は“お店ゼロの状態”から始めていますので、ハイファイディーラーの間口の開拓に集中していました。そのなかで「どういうお客様が何を求めているか」「どれくらいの規模でそういうお客様がいらっしゃるのか」「ディーラーさんそのものは何を求めていらっしゃるのか」ということが段々見えてきました。そして「リファレンスクラス」と「プレミアクラス」の2つシリーズで市場導入を開始したのですが、発売当初は多くの方から「この後も続くのでしょうか」と不安がられることもありましたが、「いやいやちゃんと続けますから」とお応えするような日々でした。

そんな状態でしたが、私たちの戦略は最初から一貫しています。まず、ハイファイの価値をよく知るオーディオマニア、オーディオ愛好家と呼ばれている方々が一定の規模でいらっしゃいます。でもやっぱりこの一定の方々というのは60代を中心としたシニアの男性です。もちろんその方々にも、明確に価値を伝える商品は作るけれども、その一方で、音楽が大好きでも、オーディオとの接点がなかった方々にもいい製品を届けることも目指しています。つまり音楽愛好家市場です。そのなかでもいろんなセグメントがあるのですが、大まかに分けて、この2つの市場を見据えた中期戦略に変わりはありません。

オーディオ評論家
山之内正氏

「オーディオ離れ≠フ要因はスイートスポットの狭さにもある」

山之内それが「プレミアムクラス」から発売された「OTTVA SC-C500」と「グランドクラス」から発売された「G30シリーズ」ですね。特に「OTTAVA」はさっきおっしゃったような、音楽ファンで音がいい再生装置を求めているけど、実際はなかなかハードに詳しくない方をターゲットにされていると思います。この商品の反応はいかがですか。

小川たまたまあるジャンルの異なる新製品のレビュー会で「OTTAVA」が出てきたんですよ。その時の参加者の反応が、音を聴く前と聴いた後で、ほぼ180度変わったのです。音を聴く前には色々な意見がありました。「この価格にしては小さすぎて頼りない」とか、「デザインが少し大げさなのでは…」とかいろいろ言うんですよ。で、実際に音を再生して体験されると、「こんなに素晴らしい音が出てくるとは思わなかった」という意見が大半を占めました。

この製品は広がりのある再生を目指しています。いままでのステレオはどちらかと言うと正面から対峙して聴くような音作りを狙っていた。今回はそれとはだいぶ違いますよね。どこに座ってもいいですよというコンセプトだと思うのですが。

テクニクスが提案するCDステレオシステム「OTTAVA? SC-C500」(¥200,000/税別)。スピーカーは3基の1.2cmドーム型トゥイーターを正面+左右に配置し、270度の指向性を確保。スイートスポットが広く、部屋の様々な場所で良い音を楽しめることが特徴となる。また、ネットワークオーディオからCDまで様々な音源がこの1台で楽しめる

部屋全体を鳴らすことで
どこでも音楽が楽しめる

小川位置付けとしては「C-700シリーズ」の妹(弟)分になるのですけど、開発にあたっては“本当に音楽の好きな方は、どういう聴き方をしているのか”ということからはじまりました。そうするとだいたい皆さん、スピーカーを前に置いてじっと座って聴いている人は皆無です。まずそんな時間はありません。それは若い方だけでなく、60代で定年退職されて、時間的にも少し余裕がある方にもいろいろ聞いたのですが、その方々でさえも「そんな時間は全くありません」とおっしゃいます。旅行にもいかなければいけないし、美味しいものも食べたいし…。これは困ったと思いましたね。やはり音楽の聴き方をこういったユーザーに合わせていかなければならないと思いました。それで、通常あるような対峙型のものではなくて、どこで聴いても部屋中をスピーカーのように鳴らすものを作らなければと思いました。

私はもともとスピーカーの部署にいましたから理解しているのですが、音の半分は部屋が決めると思っています。どんなにいいスピーカーを作っても、音響的に問題のある部屋に持っていくと、本当に貧相な音になってしまいます。ですから音楽をいい音で聴く際には、空間の価値というものがすごくあると思います。「じゃあ部屋じゅうを鳴らしちゃえ」ということになって、でも「大きいものではなく、コンパクトで…」というコンセプトを技術者たちに話しましたら、彼らはみな固まっていました(笑)。それはオーディオではない、というところから始まりましたから。

山之内それはおもしろい裏話ですね。

小川そうですね。自分自身ともすごく格闘しました。私たちにはパナソニックブランドでPMXシリーズという、おかげさまで欧州と日本でシェアナンバー1の商品があります。このシリーズが存在するので、テクニクス・ブランドで同じようなシリーズを出したとしたら、どうコンセプトを分けて、どのような価格帯で出したらいいのかとかという点もものすごく悩みました。結論として、やはり全然違うコンセプトに持っていくことしか、やり方としてはないなと思いました。

新たな中核シリーズとして誕生したグランドクラスの新製品として登場。CDリッピング機能を備えたミュージックサーバー「ST-G30」(¥500,000/税別)

音も含めた空間設計を
音楽ファンは求めている

山之内いまのお話で共感できるのは、音も含めた空間の設計を今の若い人たちや音楽ファンはたぶん考えているということ。つまり、居住空間としてのデザインやインテリアだけにこだわるだけでなく、そこにどう音を当てはめていくかということです。そうした場合、これまでのオーディオ装置だと、どうしてもしっくりこない。形もそうですが、音自体のスイートスポットが狭い。そうすると、そこに何かミスマッチが生じてきて、オーディオから少し遠のいてしまうのではないか、あるいは音楽を聴くこと自体に時間をかけなくなってしまうかもしれない。けれど部屋の中のどこにいても、自然に音源の良さがわかるような音が響いてくれれば、また聴こうという気になりますよね。そういう意味で、空間の中のデザインにこだわる方ほど、「OTTAVA」のような製品が響くのではないかと思います。

小川うですね。よくオーディオに関して質問をいただくのですが、いいスピーカーを買っても、リスニングルームがなければ駄目なんじゃないですかとおっしゃる方も多いのです。そんな方には「いえいえ、リビングルームでもいい音で聴いていただけるように設計していますよ」と説明するのです。いま住宅はリビングダイニングがいちばん価値のある空間になっているので、そこでどういう音を鳴らすかというのもひとつの大きなポイントになります。たとえば都内でアラフォーの女性ひとりで、ちょっと贅沢に住んでいる方のリビングダイニングってどのくらいの広さなんだろうかとシミュレーションしました。

山之内小さなシステムで部屋に音を満たすためには、リビングでしたらわりと広い空間になりますよね。

小川そうです。20畳くらいになります。でも「OTTAVA」はそのくらいの広さでもちゃんと響かせられるように設計しています。

山之内その鍵になったのが、ほぼ無指向性に近いような、スピーカーの存在だと思います。最近他のメーカーさんからも照明を兼ねたスピーカーが出てきていますが、あの製品もどこから出てくるかわからない音をあえて狙っている。モノラルだったりするけれど、妙にリアリティがあって、楽器が鳴っている雰囲気に近いなと感じる瞬間があります。だから可能性として、音響心理上では、いままでの対峙するスピーカーでは伝わってこない何かがあるのだと思います。

アナログプレーヤー「SL-1200G」も登場。日本での予約受付が限定数に達した、全世界1,200台/日本300台限定モデル「SL-1200GAE」と仕様はほぼ共通で、9月9日より発売開始。価格は¥330,000(税別/受注生産)。限定モデルとの違いは、トーンアームの塗装がシャイニーシルバーではなくマットシルバーになっていること、インシュレーターのハウジング色がダークシルバーからメタリックシルバーになり、内部素材が「αGEL」から特殊シリコンラバーになっている点

小川そうですね。それから私たちはこのタイプのスピーカーでもやはり実在感のある音を出そうというテーマを持っています。音像もちゃんと立体的に実在するような音です。そういった音のフィロソフィーという部分では、テクニクスの全てのシリーズと共通しています。ですから「OTTAVA」もただ広がるだけでなく、実在感のある音を追求しています。メインユニットなども最高峰「リファレンスクラス」で培った技術がギュッと凝縮されて入っていますので。

山之内極端に言えば部屋も楽器の一部ということですよね? それはまさに、小川さんご自身のもうひとつの顔である演奏家として、ホールやスタジオで、実際に音楽が生まれる場を体験してきたことも活かされているのではないでしょうか。

小川そうですね。客席に近いライブハウスでジャズを演っていることが多いのですが、特に広い会場でたくさんのオーディエンスがいる場合には、やはり遠くに、できるだけロスなく、伝達したいと思います。すぐに減衰してしまう音では、心に届いていかないんですよね。

山之内近くを鳴らすのではなくて空間全体を鳴らすということですね。

小川そうですね。「OTTAVA」のようなタイプの製品でも、音という空気の振動を本当に歪みなく、無理なく、自然にスッと飛ばすにはどうすればいいかということを考えました。無理な動きをすれば、やはりどこかにエネルギーが吸い取られてロスしてしまいます。それは絶対に音に現れますから。

山之内確かに楽器も脱力しないといい音が出ません。力が変に入っていると音が死んでしまったりとか潰れたりとか、何となく鳴っているように思えるけど、遠くに行っていないとか、ありますよね。

小川そうですね。緊張して体に力が入ってしまっていると、絶対にいい演奏はできないです。

山之内そういう意味でも楽器と再生システムは似ているのですね。それからもう一方の「グランドクラス」に関しては、ミュージックサ―バーも含めた「G30シリーズ」も非常に重要な製品になるのですが、何といっても話題はアナログターンテーブル「SL-1200GAE」ですね。今年の春に初めて聴かせていただいた時に、楽器の音がすごくダイレクトに伝わってくる感覚があったのです。レコードの良さのひとつはこれだなと思っていましたが、期待していた以上にダイレクト感がありました。私は買いそびれてしまったのですが(笑)。

小川フルデジタルの製品とは違うストレート感というか、何の飾りもなく直球できているという感じで気持ちよかったです。あ、これだ、出た?という感じの音ですね。「SL-1200GAE」はあっという間に予約終了となってしまいましたが、通常モデル「SL-1200G」も間もなく発売となりますので、より多くの方に聴いていただきたいですね。

◆PROFILE◆

小川理子氏
1986年、松下電器産業(株)入社。音響研究所、事業推進本部にて音響機器の企画、研究開発、商品化を担当した後、マルチメディア開発センターにてDVDオーディオ国際標準化推進などを担当。2001年、eネット事業本部に異動、ネットワークサービスの企画開発、運用を担当。2008年、全社社会貢献の責任者に就任。2011年、同社理事就任。パナソニックスカラシップ(株)社長、パナソニック教育財団理事を兼任。2012年、全社CSR 社会貢献の責任者に就任。2014年5月よりアプライアンス社ホームエンターテインメント事業部にてオーディオ成長戦略担当。12月 テクニクス事業推進室 室長に就任。また3歳からクラシックピアノを学ぶ傍ら独学でジャズを習得。松下電器産業入社後演奏を中断したが、1993年に上司でニューオリンズジャズドラマーの木村陽一氏とジャズを再開、仕事をしながらジャズ・ピアニストとしてソロ・トリオ・コンボでの活動を続ける。現在までに自主制作を含めて14枚のCDをリリース。

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