スマートフォンで良い音を楽しむために
GLIDiCの完全ワイヤレスイヤホンはなぜプロに高く評価されたのか? 開発者が語った“熱意”と“執念”
オーディオブランドGLIDiCの躍進が目覚ましい。ブランド立ち上げ当初からオーディオ・ビジュアル機器の総合アワードである「VGP」の常連となり、今年のVGP 2018では完全ワイヤレスイヤホン「Sound Air TW-5000」が金賞とコスパ賞を、有線イヤホンのハイエンドモデル「SE-9000HR」が部門賞を受賞した(レビュー記事はこちら)。
その製品開発における取り組みやコンセプトは、どういったものなのだろうか? VGP審査員である海上 忍氏が、開発責任者の石川純二氏、デザイン責任者の中道貴博氏にインタビューした。
■完全ワイヤレスイヤホン「Sound Air TW-5000」は“いつも持っていたくなる”デザインに
ーーまず完全ワイヤレスイヤホン「Sound Air TW-5000」についてお聞かせください。Sound Air TW-5000は「Ultra Multi Fitting(ウルトラマルチフィッティング)」という形状を採用していますが、そこにたどり着くまでの経緯は?
石川:様々なデザインを検討しましたが、「耳から大きく突き出るのは避けたい」「転がりやすく、無くしやすい形状は避けたい」、という目標は実現したいと考えました。ユーザビリティを考慮すると、円筒型は正解ではないだろうと考え、“耳に入れても目立たない” “エレガントなデザイン” “装着感を損なわず耳の負担も軽減する”という企画案がまとまりました。
中道:企画案をもとに、最小容積かつ内耳にフィットする有機的なフォルムを目指しデザインを始めました。操作性も重要なので、触るだけでスイッチの位置がすぐわかる形状にもこだわりましたね。当初金属製で検討していた操作ボタンを、接続性を重視するためアンテナの感度を考慮してメッキ処理を施した樹脂で対応するなど、デザインのエレガントさとアンテナ感度の両立を追求しました。
ーーそういえば、ユニット表面の仕上がりが上部と下部とで違いますね?
中道:ツルツルしていると、耳へ入れたとき肌に貼りつくような感触を与える可能性があると考え、耳に直接触れる下半分は肌触りが良く滑りにくいマットな仕上げに、触れない上半分はエレガントさを出すためにグロス仕上げにしました。充電用ケースもデザインを合わせるために、下部はマットで上部はグロスにしています。
ーーその充電用ケースですが、相当なこだわりがあるとお見受けしました。
石川:まず持ち心地を追求しながら、とにかく小さくしたかった。また、気持ちよく蓋を開閉する機構を設けることにも腐心しました。蓋がケースと接触する部分には磁石を配置したので、ボタンを押して取り出す必要もありません。内蔵バッテリーとのスペース効率の兼ね合いのなかで、開閉の快適さとコンパクトさの両立を大切にしました。
中道:デザインとしては“最小サイズでポケットに入れやすい”など様々な要件と同時に、感性的な価値も強く意識しました。蓋を開閉するときのギミックもいろいろ検討し、ジュエルケースのように「いつも持っていたくなるデザイン」でまとめています。
石川:男女問わずお使いいただけるデザインに仕上がっていると思います。
ーー充電用ケースですが、量産開始の直前になって、さらに最終試作品に改良を加えたとか?
石川:「取り出しにくい」「引っかかる部分がある」との指摘を受け、イヤホンを格納する部分の形状を改良しました。削れるところを限界近くまで削ることにより、取り出しやすくなったと自負しています。結果として金型の変更を余儀なくされましたが、「必要なことだからやろう」と決断しました。
ーー確かに、最終モデルでは見事に引っかかりが解消されていますね。ところで、音質に関する部分ですが、6mmのダイナミックドライバーにたどり着くまでの経緯は?
石川:できるだけ目立たないよう、かつ駆動時間を延ばすために口径の小さいドライバーが求められていましたが、それが全てではありません。左右の接続性を維持するために、ユニット内にアンテナを配置するなどの工夫も行い、我々のコンセプトを維持できる最大の口径が6mmだったというわけです。
ーーなるほど。このドライバーは新規開発ですか?
石川:弊社では何十種類ものコイルやフィルターを用意し、モデルに合わせたドライバーを適宜製造しています。コア部分は既存技術を踏襲しつつ、最適なコイルやフィルターを組み合わせたドライバーを新たに用意しました。ハウジングの素材や形状、内部容積も従来モデルと異なっており、チューニングという点ではかなり時間をかけています。
ーー先ほどアンテナの話が出ましたが、左右ユニットの接続性に関して、特別な工夫はありますか?
石川:開発には相当苦労しました。基本的に左右ユニット間は人体を挟むことになるので、既成のアンテナだけでは安定した接続性を維持するには不十分です。電波特性を考慮してトライ&エラーを繰り返し、ハウジングの樹脂にアンテナパターンを埋め込む技術を採用するなどして安定性に腐心しました。この製品は接続性が肝ですから、特に力を入れた点です。
■スマートフォンの使い勝手を保ちながら高音質を狙った「SE-9000HR」
ーーGLIDiCブランド初のデュアル・ドライバー構成、MMCXコネクター採用ということですが、一見すると前モデルの「SE-5000HR」とボディ形状に変化がないように見えますね。
中道:そのように意図してデザインしています。「music piece SE-1000」以来、金管楽器をモチーフにしたスタイリングを一貫して採用していますが、SE-5000HRからステップアップするという意味合いを含め形状に少しメリハリを付けることで、ハイクラス感の雰囲気を持たせました。プラグ部分にダイヤモンドエッジを付けるなど、ディテールにもこだわっています。
具体的には、ハウジング中ほどの段差部分ですが、耳に装着すると(後段の部分とのサイズ差で)二重の輪に見えることを狙い、シャープさも演出しました。MMCXコネクターの容積を確保するという点でも、この段差形状を採用して正解だったと自負しています。
石川:MMCXコネクターの採用も含め、ケーブルにもかなりこだわりました。「Noiseless Hybrid Wiring(ノイズレスハイブリッドワイヤリング)」です。他社採用品でグランドを左右分離した4芯ケーブルは見かけますが、スマートフォンで使うことを考慮した私たちの製品コンセプトではリモコン/マイクは必須です。ノイズレスハイブリッドワイヤリングでは、左右独立の配線に加えて、リモコン/マイクケーブルを同軸構造とすることでノイズを徹底的に排除しています。
ーー聞いたことがない構造のケーブルですね。特注でしょうか?
石川:弊社独自に開発した特注品です。高純度4N OFCケーブルに銀コートを施した上に、タッチノイズを防ぐために被覆をセレーション加工するなど、かなりコストをかけています。MMCXコネクター採用でリモコン/マイク対応というケーブルは少ないですが、このケーブルでリモコン/マイク対応につきまとうネガティブなイメージを払拭することを狙っています。
ーードライバー構成について詳しく教えてください。
石川:SE-9000HRは、同じ筒型・メタルハウジングを採用するmusic piece SE-1000、SE-5000HRに続くモデルで、ようやく“3兄弟”が揃い踏みになったと考えています。ドライバーは、中低域用10mmフルレンジと高音域用6mmトゥイーターのダイナミックドライバーを同軸上に配置したGLIDiC初のデュアル構成で、「Phase Matching Coaxial Driver(フェーズマッチング コアキシャルドライバー)」と命名しました。位相差をできるだけ減らすために、この構造としています。
デュアル構成ではBAドライバーと組み合わせるという考えもあるでしょうが、積み上げてきたノウハウとは方向性が大きく変わってしまうことを懸念し、ダイナミック型2基としました。2基になると“変数”が増えるので、チューニングについては苦労しましたね。ドライバーの径と距離、振動板の厚みとコーティング、銅線の太さなど、それが2基ぶんあるわけですから。ネットワークのクロスオーバーについても、トライ&エラーを重ね納得できるところを追求しました。
◇ ◇ ◇
完全ワイヤレスとMMCXコネクター採用のワイヤードモデルという、ある意味両極端な新製品について訊ねたが、意外にも共通項は多いと感じた。それは企画・デザイン段階からの“熱度”であり、いい意味での“執念”だ。
量産直前に金型を作り直したエピソードからもうかがえるように、納得できる製品に仕上がるまでは妥協しない、そんなモノ作りへのこだわりが「Sound Air TW-5000」と「SE-9000HR」には共通している。GLIDiCの今後の展開にも、ますます期待が高まるところだ。
(海上 忍)
その製品開発における取り組みやコンセプトは、どういったものなのだろうか? VGP審査員である海上 忍氏が、開発責任者の石川純二氏、デザイン責任者の中道貴博氏にインタビューした。
■完全ワイヤレスイヤホン「Sound Air TW-5000」は“いつも持っていたくなる”デザインに
ーーまず完全ワイヤレスイヤホン「Sound Air TW-5000」についてお聞かせください。Sound Air TW-5000は「Ultra Multi Fitting(ウルトラマルチフィッティング)」という形状を採用していますが、そこにたどり着くまでの経緯は?
石川:様々なデザインを検討しましたが、「耳から大きく突き出るのは避けたい」「転がりやすく、無くしやすい形状は避けたい」、という目標は実現したいと考えました。ユーザビリティを考慮すると、円筒型は正解ではないだろうと考え、“耳に入れても目立たない” “エレガントなデザイン” “装着感を損なわず耳の負担も軽減する”という企画案がまとまりました。
中道:企画案をもとに、最小容積かつ内耳にフィットする有機的なフォルムを目指しデザインを始めました。操作性も重要なので、触るだけでスイッチの位置がすぐわかる形状にもこだわりましたね。当初金属製で検討していた操作ボタンを、接続性を重視するためアンテナの感度を考慮してメッキ処理を施した樹脂で対応するなど、デザインのエレガントさとアンテナ感度の両立を追求しました。
ーーそういえば、ユニット表面の仕上がりが上部と下部とで違いますね?
中道:ツルツルしていると、耳へ入れたとき肌に貼りつくような感触を与える可能性があると考え、耳に直接触れる下半分は肌触りが良く滑りにくいマットな仕上げに、触れない上半分はエレガントさを出すためにグロス仕上げにしました。充電用ケースもデザインを合わせるために、下部はマットで上部はグロスにしています。
ーーその充電用ケースですが、相当なこだわりがあるとお見受けしました。
石川:まず持ち心地を追求しながら、とにかく小さくしたかった。また、気持ちよく蓋を開閉する機構を設けることにも腐心しました。蓋がケースと接触する部分には磁石を配置したので、ボタンを押して取り出す必要もありません。内蔵バッテリーとのスペース効率の兼ね合いのなかで、開閉の快適さとコンパクトさの両立を大切にしました。
中道:デザインとしては“最小サイズでポケットに入れやすい”など様々な要件と同時に、感性的な価値も強く意識しました。蓋を開閉するときのギミックもいろいろ検討し、ジュエルケースのように「いつも持っていたくなるデザイン」でまとめています。
石川:男女問わずお使いいただけるデザインに仕上がっていると思います。
ーー充電用ケースですが、量産開始の直前になって、さらに最終試作品に改良を加えたとか?
石川:「取り出しにくい」「引っかかる部分がある」との指摘を受け、イヤホンを格納する部分の形状を改良しました。削れるところを限界近くまで削ることにより、取り出しやすくなったと自負しています。結果として金型の変更を余儀なくされましたが、「必要なことだからやろう」と決断しました。
ーー確かに、最終モデルでは見事に引っかかりが解消されていますね。ところで、音質に関する部分ですが、6mmのダイナミックドライバーにたどり着くまでの経緯は?
石川:できるだけ目立たないよう、かつ駆動時間を延ばすために口径の小さいドライバーが求められていましたが、それが全てではありません。左右の接続性を維持するために、ユニット内にアンテナを配置するなどの工夫も行い、我々のコンセプトを維持できる最大の口径が6mmだったというわけです。
ーーなるほど。このドライバーは新規開発ですか?
石川:弊社では何十種類ものコイルやフィルターを用意し、モデルに合わせたドライバーを適宜製造しています。コア部分は既存技術を踏襲しつつ、最適なコイルやフィルターを組み合わせたドライバーを新たに用意しました。ハウジングの素材や形状、内部容積も従来モデルと異なっており、チューニングという点ではかなり時間をかけています。
ーー先ほどアンテナの話が出ましたが、左右ユニットの接続性に関して、特別な工夫はありますか?
石川:開発には相当苦労しました。基本的に左右ユニット間は人体を挟むことになるので、既成のアンテナだけでは安定した接続性を維持するには不十分です。電波特性を考慮してトライ&エラーを繰り返し、ハウジングの樹脂にアンテナパターンを埋め込む技術を採用するなどして安定性に腐心しました。この製品は接続性が肝ですから、特に力を入れた点です。
■スマートフォンの使い勝手を保ちながら高音質を狙った「SE-9000HR」
ーーGLIDiCブランド初のデュアル・ドライバー構成、MMCXコネクター採用ということですが、一見すると前モデルの「SE-5000HR」とボディ形状に変化がないように見えますね。
中道:そのように意図してデザインしています。「music piece SE-1000」以来、金管楽器をモチーフにしたスタイリングを一貫して採用していますが、SE-5000HRからステップアップするという意味合いを含め形状に少しメリハリを付けることで、ハイクラス感の雰囲気を持たせました。プラグ部分にダイヤモンドエッジを付けるなど、ディテールにもこだわっています。
具体的には、ハウジング中ほどの段差部分ですが、耳に装着すると(後段の部分とのサイズ差で)二重の輪に見えることを狙い、シャープさも演出しました。MMCXコネクターの容積を確保するという点でも、この段差形状を採用して正解だったと自負しています。
石川:MMCXコネクターの採用も含め、ケーブルにもかなりこだわりました。「Noiseless Hybrid Wiring(ノイズレスハイブリッドワイヤリング)」です。他社採用品でグランドを左右分離した4芯ケーブルは見かけますが、スマートフォンで使うことを考慮した私たちの製品コンセプトではリモコン/マイクは必須です。ノイズレスハイブリッドワイヤリングでは、左右独立の配線に加えて、リモコン/マイクケーブルを同軸構造とすることでノイズを徹底的に排除しています。
ーー聞いたことがない構造のケーブルですね。特注でしょうか?
石川:弊社独自に開発した特注品です。高純度4N OFCケーブルに銀コートを施した上に、タッチノイズを防ぐために被覆をセレーション加工するなど、かなりコストをかけています。MMCXコネクター採用でリモコン/マイク対応というケーブルは少ないですが、このケーブルでリモコン/マイク対応につきまとうネガティブなイメージを払拭することを狙っています。
ーードライバー構成について詳しく教えてください。
石川:SE-9000HRは、同じ筒型・メタルハウジングを採用するmusic piece SE-1000、SE-5000HRに続くモデルで、ようやく“3兄弟”が揃い踏みになったと考えています。ドライバーは、中低域用10mmフルレンジと高音域用6mmトゥイーターのダイナミックドライバーを同軸上に配置したGLIDiC初のデュアル構成で、「Phase Matching Coaxial Driver(フェーズマッチング コアキシャルドライバー)」と命名しました。位相差をできるだけ減らすために、この構造としています。
デュアル構成ではBAドライバーと組み合わせるという考えもあるでしょうが、積み上げてきたノウハウとは方向性が大きく変わってしまうことを懸念し、ダイナミック型2基としました。2基になると“変数”が増えるので、チューニングについては苦労しましたね。ドライバーの径と距離、振動板の厚みとコーティング、銅線の太さなど、それが2基ぶんあるわけですから。ネットワークのクロスオーバーについても、トライ&エラーを重ね納得できるところを追求しました。
完全ワイヤレスとMMCXコネクター採用のワイヤードモデルという、ある意味両極端な新製品について訊ねたが、意外にも共通項は多いと感じた。それは企画・デザイン段階からの“熱度”であり、いい意味での“執念”だ。
量産直前に金型を作り直したエピソードからもうかがえるように、納得できる製品に仕上がるまでは妥協しない、そんなモノ作りへのこだわりが「Sound Air TW-5000」と「SE-9000HR」には共通している。GLIDiCの今後の展開にも、ますます期待が高まるところだ。
(海上 忍)