「つくづくアニメは面白い」
4K化で報われた − 押井守監督が語るUHD BD版『GHOST IN THE SHELL』『イノセンス』の “新体験”
押井監督:『GHOST IN THE SHELL』はデジタルアニメーションの先駆だ、と言われていますが、実際のところCGのカットは40カットほどしかない。CGっぽくみせていますが、ほとんどビデオエフェクトを掛けているだけで、手作業なんです。街中のシーンで膨大なポスターが出てきますが、これはポスターのデザインをパソコンでプリントアウトして、それにドライブラシをかけたり、擦って褪せた感じを出したりして、全部手で貼り付けています。
手仕事であるがゆえに、ある種の執念がこもっている。人間の目で確認している良さもある。しかし、テクニカルなミスや粗は避けられない。これはアナログで作った最後の作品であり、デジタルだったらこう見えるはずだ、ということをイメージして思いっきり背伸びして作った作品なんです。
そういった部分が4Kであからさまになったらどうしよう、嫌だなと思ったんですね。それがおっかなびっくりでテスト映像を見たら、想像よりずっと良かった。この「良かった」という言い方は違うかもしれません。僕が当時作ったものとは明らかに違う。ただ、映画はメディアが変わるたびに違って当たり前で、どちらが正しいということはできない。見た人の記憶は変わらないけれど、どこでどう出会うかで見え方が違うわけです。
そういう目で観た時に改めて感じたのは、35mmのフィルムが持っている情報量の多さは、僕たちの想像を超えているということ。デジタルで作る場合は画素数が決まっているので、それを基準にして考えられますが、35mmフィルムで仕事をしているときというのは、ラッシュ(ポジフィルム)を見ても、ネガが持っている情報の何割を再現しているのか分からないんです。当時はそれを感覚的に捉えるしかなかった。
フィルムで育った人間はフィルムを基準にして作っていますが、それでも35mmフィルムに収められている情報のうち、僕の経験では半分も見ることができていないと思います。そしてフィルム世代は、あくまで頭の中では35mmのネガフィルムでスクリーンを再現していますが、生まれたときからデジタルで育っている人間は、同じ映像体験をしているとはおそらく言えないはずです。
こうしてUHD BDなどにする映像の技術は、フィルムを再現することがテーマではなく、違っていて良いと思っています。だから違うものという目で見ると、この体験は面白かった。僕としては『GHOST IN THE SHELL』のUHD BDは、「フィルムで育った人には違う体験」「デジタルで育った人にはこれが本命」という言い方ができると思います。
実際、『GHOST IN THE SHELL』のUHD BDは良くできているというか、フィルム版よりも素晴らしい部分がある。アニメーターが喜ぶのか美術監督が喜ぶのかは分からないけれど、カメラマンたちは自分たちの手業まで分かるのだから、愕然とするかもしれない。
『GHOST IN THE SHELL』では4-5種類のフィルターを使い分けていて、フィルターを使っていないカットはひとつもないんです。全カットで微妙にディフュージョンがかかっている。言ってみれば『ブレードランナー』的なくぐもった世界。それが、今回のUHD BDではものすごくクリア(笑)。これはこれで、手書きの動画の線の良さが見えたかもしれない。
逆に『イノセンス』の時はトレス線との戦いだった。いかにトレス線を意識させないようにするか努力をしていたんです。印象的なのは、人形にゆっくり寄っていって目のアップになるシーン、これは普通にやると絵が大きくなるだけで、線が太くなっていく。これをカメラが寄るにしたがってシームレスにどんどんトレス線を細くしていった。肌のテクスチャも変えていった。瞳の映り込みは情報量が増えていく。気が付かない方が嬉しいですが、UHD BDではそこが分かるはずです。
僕はメディアが変わる度に何かを追求し直さないと、残す意味がないと思っている。おそらく技術者の方もそれがやりたいことなんですね。今回も皆さんが頑張ってくれたので、監修と言いながらも、僕は見て「良いんじゃないでしょうか!」というだけです。メディアコンバートは基本的に技術者の世界で、監督として果たせる役割は、それを映画として皆さんに「良いと思う」とお墨付きを出すというものです。今回は、特にそういった想いを強くしましたね。完成した映像を見終わったら安心して、昼からビールを飲んで帰りました(笑)。