キーエンジニアに聞く開発のこだわり
ディスクリートDACを考える(2)ー中堅モデルで“仕掛ける”マランツとエソテリック
ここ数年のDAコンバーターの大きな潮流として、ハイエンドメーカーを中心に、汎用のDACチップではなく独自のディスクリート構成を組むメーカーが増えてきている。その理由には、汎用のDACチップでは実現できない音作りの自由度に加えて、半導体産業を取り巻く情勢の変化なども挙げられるだろう。
さらにここへきて、特に日本メーカーを中心に、ハイエンドだけではなくミドルクラス製品へもディスクリートDACを採用する例が増えている。ここでは、そんな意欲的な日本ブランド、マランツとエソテリックのキーエンジニアにそれぞれインタビューを行い、ディスクリートDACにかけるこだわりと、目指す方向性を語ってもらった。
■マランツの場合 〜独自のMMMの狙い、さらなる改良と低価格化を視野に
マランツがディスクリートDAC「MMM(マランツ・ミュージカル・マスタリング)」を完成したのは5年前の2016年のことで、SACDプレーヤーのフラグシップ機である「SA-10」に初めて採用した。前段のMMM Streamと後段のMMM Conversionで構成され、DSPやCPLDなどプログラム可能な集積素子を活用して独自アルゴリズムを実現。PCM信号をDSD 11.2MHzに変換し、ディスクリート部品で構成した後段のアナログFIRフィルターでアナログ信号を取り出す手法に特徴がある。さらに、2020年にはディスクリートDACを搭載する製品としては唯一20万円台となる「SACD 30n」を発売。さらなる低価格化も視野に入れているという。
ーーマランツのディスクリートDACの狙いと長所を教えて下さい。
尾形好宣氏(以下、尾形氏) PCM信号を11.2MHzのDSD信号に変換し、後段のアナログFIRフィルターでアナログに変換するというシンプルな構成が特長です。DSD信号は前段のオーバーサンプリング、デジタルフィルター、ΔΣ変調などをすべてパスして、後段のフィルター処理だけでアナログ信号を取り出します。もともとはフィリップスを経てマランツに移った半導体エンジニアのライナー・フィンクがディスクリートDACを提案し、同じヨーロッパ・マランツのケン・イシワタや日本の澤田が協力して音質を評価した結果、この手法が音質面で有利と判断し、独自アルゴリズムの採用を決めました。その方針に沿って2013年頃からディスクリートDACの開発に着手し、その3年後にMMMを積む第一号機のSA-10が完成しました。
ーー苦労した点や工夫した箇所を教えて下さい。
尾形氏 ノイズ対策が最大の課題でした。グランドの取り方や輻射ノイズの封じ込めなど、様々なノイズ対策のノウハウを投入し、試行錯誤を重ねて解決しています。前段と後段の間にデジタルアイソレーターを配置できたこともディスクリート構成ならではのメリットの一つです。他のハイエンドメーカーのように贅沢な部品を使ったりスペースに十分な余裕を確保するのは難しいですが、回路としての追い込みや使いこなしには工夫を凝らしています。また、MMMの採用はSACD 30nで4台目となり、世代を重ねることで作り込みはかなりこなれてきました。
ーー今後どんな展開を予定していますか
尾形氏 低価格モデルへの拡充と、次世代MMMの開発という2つのテーマで進めています。マランツのコンポーネントは10万円台から100万円未満の範囲が中心を占めるので、ハイエンドメーカーと同じような手法を選ぶことはできません。高価なFPGAではなく価格のこなれたDSPを使うなど、価格と性能のバランスを追求しながら試行錯誤を重ねることが大切だと考えています。SA-10は発売からすでに5年経つので、さらなる改良について検討を重ねています。
■エソテリックの場合 〜当たり前を疑いブレイクスルーを生む
エソテリックの「Master Sound DiscreteDAC」は2019年発売の「Grandioso D1X」に初めて採用し、その後は一体型の「Grandioso K1X」「K-01XD」「K-03XD」に導入。後段のDA変換回路は32組の回路エレメントで構成され、選別された高精度抵抗やロジックICが整然と並ぶレイアウトにも特長がある。音楽のダイナミックな表現を引き出すことが「Master Sound DiscreteDAC」のこだわりだという。8月発売の「N-05XD」は100万円以下となり、新バージョンのディスクリートDACを採用する。
ーーエソテリックのディスクリートDACの狙いと長所を教えて下さい。
加藤徹也氏(以下、加藤氏) 以前からDACチップのメーカーには大きな電流を流せるようにして欲しいとお願いしていましたが、いろいろな回路要素を押し込んだ小さなチップではそれが難しいんです。電流が大きいだけでなく、電圧の変化がダイナミックに変わることが大事なんですが、部品がネックになってしまうと、その余裕が確保できなくなってしまいます。エソテリックの高音質化のテクニックの一つは、DACのチップに入っているプロセスをなるべく使わないことでした。今回はそれをさらに進めて、従来から自前でやっていた前段の処理だけでなく、後段のΔΣ変調と高精度抵抗を用いたDA変換部分まで独自に設計することにしたのです。
ーー苦労した点や特に工夫した箇所を教えて下さい。
加藤氏 ディスクリートで組み、音を出すところまではスムーズでしたが、そこから先が大変でした、ダイナミックな表現を求めて物理的に大きな回路を組むと、デジタルノイズなど良くないことがいろいろ起こります。基板のパターンや部品を変えるなど試行錯誤を重ねましたが、当初の予定よりも1年ほど余計に時間がかかってしまいました。最大の課題はノイズを抑えることですが、面積が大きくなるとそれだけ難しくなります。D1Xで採用した後段の放射状の回路は、変換後のアナログ信号が中心に最短で集まるという長所の半面、円の外側は信号がデジタルで、しかも面積が大きくなり、ノイズ対策がそれだけ難しくなります。K1Xなど一体型モデルでは面積を抑えるために横に並ぶ配置に変えました。
ーー今後どんな展開を予定していますか。
加藤氏 姉妹機なども含めて、いずれはラインアップ全体にディスクリートDACを載せていく予定です。今後はDACチップを使わず、ディスクリートDACを載せていくというのがエソテリックの基本的な考えです。
今回のディスクリートDACもそうですが、当たり前とされていたことを疑問に思ったとき、ブレークスルーが生まれることがあります。クロックジェネレーターのGrandioso G1Xも自社設計に変えたらこれまでと違う世界が見えてきました。ディスクリート化するとロジックICなどの部品でも音が変わることがわかりました。エソテリックの製品は「動作すればいい」という作り方はしていないので、部品の調達が厳しいなかではありますが、今後もこだわり続けていきます。
◇
ディスクリートDACの可能性は、汎用の素子に頼らず試行錯誤を重ねながら性能を追い込む過程で、音質改善の新たな課題が浮かび上がることにある。またその解決方法においても、ブランドならではの解決手法が追求される。これまでブラックボックス的な側面があったDACの改善にオーディオメーカーが真剣に取り組むことで、さらなる成果が生まれることを期待したい。
さらにここへきて、特に日本メーカーを中心に、ハイエンドだけではなくミドルクラス製品へもディスクリートDACを採用する例が増えている。ここでは、そんな意欲的な日本ブランド、マランツとエソテリックのキーエンジニアにそれぞれインタビューを行い、ディスクリートDACにかけるこだわりと、目指す方向性を語ってもらった。
■マランツの場合 〜独自のMMMの狙い、さらなる改良と低価格化を視野に
マランツがディスクリートDAC「MMM(マランツ・ミュージカル・マスタリング)」を完成したのは5年前の2016年のことで、SACDプレーヤーのフラグシップ機である「SA-10」に初めて採用した。前段のMMM Streamと後段のMMM Conversionで構成され、DSPやCPLDなどプログラム可能な集積素子を活用して独自アルゴリズムを実現。PCM信号をDSD 11.2MHzに変換し、ディスクリート部品で構成した後段のアナログFIRフィルターでアナログ信号を取り出す手法に特徴がある。さらに、2020年にはディスクリートDACを搭載する製品としては唯一20万円台となる「SACD 30n」を発売。さらなる低価格化も視野に入れているという。
ーーマランツのディスクリートDACの狙いと長所を教えて下さい。
尾形好宣氏(以下、尾形氏) PCM信号を11.2MHzのDSD信号に変換し、後段のアナログFIRフィルターでアナログに変換するというシンプルな構成が特長です。DSD信号は前段のオーバーサンプリング、デジタルフィルター、ΔΣ変調などをすべてパスして、後段のフィルター処理だけでアナログ信号を取り出します。もともとはフィリップスを経てマランツに移った半導体エンジニアのライナー・フィンクがディスクリートDACを提案し、同じヨーロッパ・マランツのケン・イシワタや日本の澤田が協力して音質を評価した結果、この手法が音質面で有利と判断し、独自アルゴリズムの採用を決めました。その方針に沿って2013年頃からディスクリートDACの開発に着手し、その3年後にMMMを積む第一号機のSA-10が完成しました。
ーー苦労した点や工夫した箇所を教えて下さい。
尾形氏 ノイズ対策が最大の課題でした。グランドの取り方や輻射ノイズの封じ込めなど、様々なノイズ対策のノウハウを投入し、試行錯誤を重ねて解決しています。前段と後段の間にデジタルアイソレーターを配置できたこともディスクリート構成ならではのメリットの一つです。他のハイエンドメーカーのように贅沢な部品を使ったりスペースに十分な余裕を確保するのは難しいですが、回路としての追い込みや使いこなしには工夫を凝らしています。また、MMMの採用はSACD 30nで4台目となり、世代を重ねることで作り込みはかなりこなれてきました。
ーー今後どんな展開を予定していますか
尾形氏 低価格モデルへの拡充と、次世代MMMの開発という2つのテーマで進めています。マランツのコンポーネントは10万円台から100万円未満の範囲が中心を占めるので、ハイエンドメーカーと同じような手法を選ぶことはできません。高価なFPGAではなく価格のこなれたDSPを使うなど、価格と性能のバランスを追求しながら試行錯誤を重ねることが大切だと考えています。SA-10は発売からすでに5年経つので、さらなる改良について検討を重ねています。
■エソテリックの場合 〜当たり前を疑いブレイクスルーを生む
エソテリックの「Master Sound DiscreteDAC」は2019年発売の「Grandioso D1X」に初めて採用し、その後は一体型の「Grandioso K1X」「K-01XD」「K-03XD」に導入。後段のDA変換回路は32組の回路エレメントで構成され、選別された高精度抵抗やロジックICが整然と並ぶレイアウトにも特長がある。音楽のダイナミックな表現を引き出すことが「Master Sound DiscreteDAC」のこだわりだという。8月発売の「N-05XD」は100万円以下となり、新バージョンのディスクリートDACを採用する。
ーーエソテリックのディスクリートDACの狙いと長所を教えて下さい。
加藤徹也氏(以下、加藤氏) 以前からDACチップのメーカーには大きな電流を流せるようにして欲しいとお願いしていましたが、いろいろな回路要素を押し込んだ小さなチップではそれが難しいんです。電流が大きいだけでなく、電圧の変化がダイナミックに変わることが大事なんですが、部品がネックになってしまうと、その余裕が確保できなくなってしまいます。エソテリックの高音質化のテクニックの一つは、DACのチップに入っているプロセスをなるべく使わないことでした。今回はそれをさらに進めて、従来から自前でやっていた前段の処理だけでなく、後段のΔΣ変調と高精度抵抗を用いたDA変換部分まで独自に設計することにしたのです。
ーー苦労した点や特に工夫した箇所を教えて下さい。
加藤氏 ディスクリートで組み、音を出すところまではスムーズでしたが、そこから先が大変でした、ダイナミックな表現を求めて物理的に大きな回路を組むと、デジタルノイズなど良くないことがいろいろ起こります。基板のパターンや部品を変えるなど試行錯誤を重ねましたが、当初の予定よりも1年ほど余計に時間がかかってしまいました。最大の課題はノイズを抑えることですが、面積が大きくなるとそれだけ難しくなります。D1Xで採用した後段の放射状の回路は、変換後のアナログ信号が中心に最短で集まるという長所の半面、円の外側は信号がデジタルで、しかも面積が大きくなり、ノイズ対策がそれだけ難しくなります。K1Xなど一体型モデルでは面積を抑えるために横に並ぶ配置に変えました。
ーー今後どんな展開を予定していますか。
加藤氏 姉妹機なども含めて、いずれはラインアップ全体にディスクリートDACを載せていく予定です。今後はDACチップを使わず、ディスクリートDACを載せていくというのがエソテリックの基本的な考えです。
今回のディスクリートDACもそうですが、当たり前とされていたことを疑問に思ったとき、ブレークスルーが生まれることがあります。クロックジェネレーターのGrandioso G1Xも自社設計に変えたらこれまでと違う世界が見えてきました。ディスクリート化するとロジックICなどの部品でも音が変わることがわかりました。エソテリックの製品は「動作すればいい」という作り方はしていないので、部品の調達が厳しいなかではありますが、今後もこだわり続けていきます。
ディスクリートDACの可能性は、汎用の素子に頼らず試行錯誤を重ねながら性能を追い込む過程で、音質改善の新たな課題が浮かび上がることにある。またその解決方法においても、ブランドならではの解決手法が追求される。これまでブラックボックス的な側面があったDACの改善にオーディオメーカーが真剣に取り組むことで、さらなる成果が生まれることを期待したい。