MEMSドライバー搭載の「FoKus Triumph」の開発意図も
【インタビュー】Noble Audio初のヘッドホン「FoKus Apollo」にかける想い。“Wizardの兄”に訊く
リンク先日のヘッドフォン祭でNoble Audioの新製品が披露された。Noble Audioとしては初のヘッドホン製品となる「FoKus Apollo」と、FoKusシリーズでは初めてMEMSスピーカー技術を採用した「FoKus Triumph」だ。これら新製品について、創業者の兄で共同経営者のジム・モールトン氏に詳しい話を伺った。(※以下、文中敬称略)
ーー今回来日したNoble Audioのスタッフを紹介してもらえますか?
ジム・モールトン(Noble Audio) Noble Audioの創設者ジョン・モールトンの兄であり、共同経営者のジム・モールトンです。2018年に共同経営者としてNoble Audioに加わり、今では自分がNoble Audioの経営を行っています。ジョン・モールトンは開発作業に専念しています。私のもともとの本業は弁護士で、長年法律の世界に身を置いておりましたが、大学の学位は経済学を専攻しており、必ずしも法律だけが自分のフィールドだと思ったことはありません。実際、ロボット工学にも興味を持ち、ロボットの対戦をするアメリカのTV番組にも出たことがあります。
ーーまず「FoKus Apollo」についてお聞きします。今回の新製品「FoKus Apollo」はNoble初のヘッドホン製品ですが、ヘッドホンを作ろうとしたきっかけは何なのですか?
ジム 我々は2018年頃からオーバーイヤーのヘッドホンを作りたいというビジョンがありました。実際にヘッドホンを開発しようと社内で検討を重ねていましたが、当時は有線のヘッドホンがメインであり、我々が得意なハイエンドの分野では競争相手が多すぎたので参入には躊躇していました。
しかし、ここ2、3年で我々はFALCONシリーズを皮切りに、FoKusシリーズを企画するなど完全ワイヤレスイヤホンの製品群を出し、それらが成功したので、ワイヤレスのヘッドホンならば参入機会はあるのではないかと考えるようになりました。
一方で我々は欧州市場では認知度がまだ低く、その理由のひとつとして欧州市場ではヘッドホンの人気が高いことが挙げられると考えています。そこでまず欧州での知名度を上げるためにはヘッドホンを開発するのが良いと考えました。そしてヘッドホン製品ならば、我々の既存製品とも異なるエリアなので、我々の製品同士で競合することはないと考えました。最終的に、従来の我々の製品からは一歩踏み出そうと決め、ヘッドホン製品の開発に踏み切りました。
ーー2018年の当初から欧州進出のためにヘッドホンが必要であると考えていたのですか?
ジム いえ、欧州市場を考えたのはここ数年です。展示会などに製品を持っていくと、なにを作っているかを聞かれて「IEMだけだ」というと素通りされることも多かったのです。2018年の段階でヘッドホンを検討した理由は、我々の様々な製品の可能性を広げるためです。
その漠然とした可能性が、先に述べた欧州市場の問題やワイヤレスオーディオの変化など、ここ数年の市場要求の変化で明確な形になってきました。先に述べたように我々はワイヤレス分野にも精通してきており、完全ワイヤレスイヤホンと比べて高音質を製品の訴求点とする競合製品の絶対数が少ないワイヤレスヘッドホン分野での製品開発を指向したわけです。
ーー「FoKus Apollo」ではマイクなど付属品が多く添付されていますが、これはなぜですか?
ジム 付属品を多くしたのは様々な顧客要求に応えようとしたからです。ワイヤレスヘッドホンですが、ケーブルが付属しているので有線としても使用することができます。さらに4.4mmバランス接続用のアダプターも標準添付しています。またマイクは主にゲーミング市場でヘッドセットとして使用するためです。
ーーたしかに最近のゲーミング市場では高音質化への要求があるようですね。
ジム はい、最近のゲーム市場には例えばAUDEZEの製品など平面磁界型ヘッドホンもありますね。ゲームプレーヤーは敵がどこから来るのか、足音を正確に拾いたいという要求があります。そのためには高音質のヘッドホンが大いに役立ちます。もちろん「FoKus Apollo」はゲーム専用のヘッドホンではありませんが、我々の高音質技術が様々な分野への応用を広げると考えています。
ーー「FoKus Apollo」ではドライバー構成が特徴的ですが、ダイナミックドライバーと平面磁界型ドライバーを組み合わせた理由を教えてもらえますか?
ジム 個人的にはダイナミックドライバーよりも平面磁界型ドライバーの方が音が良いと考えています。しかし、平面磁界型ドライバーよりもダイナミックドライバーのほうが良い低域が得られるので、ダイナミックドライバーと平面磁界型ドライバーを組み合わせて低音、中音、高音の全帯域をカバーしようと考えました。
ーーさきほど「FoKus Apollo」を試聴しましたが、たしかに低音が分厚くてパワフルな印象でした。
ジム はい、しかしアメリカではもっと低音を出せと言われますよ(笑)。
ーー製品仕様を見るとダイナミックドライバーが40mmで、平面磁界型ドライバーが14mmです。これは平面磁界型ドライバーが高音域を担当し、ダイナミックドライバーが低音域を担当する役割を担っているということですか?
ジム はいその通りです。特殊な構成になっていることは、ヘッドホンをダストカバーのメッシュ越しに触ってもらうと分かります。
ーーたしかにメッシュ越しに指で触ると硬い部分があります。
ジム その硬い部分が平面磁界型ドライバーです。触れるのは耳に近いところに配置しているからです。平面磁界型ドライバーとダイナミックドライバーは同軸配置になっています。
ーー中音域はどちらがカバーしているのですか?
ジム 平面磁界型ドライバーです。平面磁界型ドライバーが高音域と中音域をカバーして、ダイナミックドライバーが低音域を担当しています。Noble Audio製品全般について、具体的にどのような帯域分割を行なっているのかはノウハウの一つなので、その手法も含めて公開していません。ただApolloに関していうと、ワイヤレスヘッドホンなので内蔵のクアルコムQCC3084を用いてDSPでさらに周波数の調整をしています。また既存のFoKusアプリでユーザーが好むように10バンドのイコライザーで調整をすることもできます。
ーー次に「FoKus Triumph」について聞きたいと思います。まずFoKusシリーズはFalconシリーズよりも高級路線と考えてよいでしょうか?
ジム もとからそのようにするつもりではなかったのですが、結果的にそのようになっています。たとえばFoKus Triumphにおいては繋ぎ目のないシームレスなハウジングの設計になっていますが、これはかなり難しい技術です。また充電ケースの表面はアルカンターラで覆われて、製造に手間のかかる凝った製品となっています。
ーーTriumphではFALCON MAXと同じくxMEMS社製のMEMSドライバーを採用していますが、FALCON MAXとの違いはどこですか?
ジム まずFoKusシリーズとFALCONシリーズでは設計・製造の工程が異なり、異なるダイナミックドライバーを採用しています。FALCON MAXでは10mmのダイナミックドライバーを搭載しているのに対して、FoKus Triumphでは6.5mm口径のダイナミックドライバーが採用されています。
ーーなぜ異なる口径のダイナミックドライバーが採用されているのですか?
ジム 6.5mm口径にしたのはFoKus Triumphにおいて、それが最適であり十分だからです。
ーーFALCON MAXとFoKus TriumphではMEMSドライバー自体は同じものですか?
ジム 昇圧回路の設計が異なります。MEMSドライバーでは昇圧のために専用の回路が必要であり、FALCON MAXではxMEMS社の提供する回路(xMEMS aptosのこと)を採用しています。それに対してFoKus Triumphでは我々が開発した独自のモジュールを搭載しています。ちなみにMEMSドライバーを用いた有線タイプのXM1でもこの独自の昇圧回路を用いています。
ーーなぜNoble独自の昇圧回路を採用したのですか?
ジム xMEMS社の提供する回路(aptos)を使うための諸制限を緩和するためです。これによって、より性能を上げることができます。ただし詳細については公開できません。
ーーNoble AudioではこれからもMEMSドライバーを積極的に採用していくのでしょうか?
ジム 今現在はMEMSドライバーを採用した製品の計画は他にはありません。今回様々な製品でMEMSドライバーを採用しており、その市場の反応を見ながらまた採用を検討したいと考えています。
◇
Noble Audioというと“Wizard”と呼ばれるジョン・モールトン氏が職人的にイヤホンを開発製造していく会社というイメージをもっていたが、今回のNoble Audioスタッフのインタビューで感じたことは、Noble Audioがこれまでにない様々な可能性と市場を探しているということだ。それがヘッドホンやMEMSスピーカー技術の採用につながったのだろう。これがまた次世代のNoble Audioの可能性とまだ見ぬ製品群に繋がっていくことを期待したい。
ワイヤレス市場の発展を踏まえ、初のワイヤレスヘッドホンで市場に参入
ーー今回来日したNoble Audioのスタッフを紹介してもらえますか?
ジム・モールトン(Noble Audio) Noble Audioの創設者ジョン・モールトンの兄であり、共同経営者のジム・モールトンです。2018年に共同経営者としてNoble Audioに加わり、今では自分がNoble Audioの経営を行っています。ジョン・モールトンは開発作業に専念しています。私のもともとの本業は弁護士で、長年法律の世界に身を置いておりましたが、大学の学位は経済学を専攻しており、必ずしも法律だけが自分のフィールドだと思ったことはありません。実際、ロボット工学にも興味を持ち、ロボットの対戦をするアメリカのTV番組にも出たことがあります。
ーーまず「FoKus Apollo」についてお聞きします。今回の新製品「FoKus Apollo」はNoble初のヘッドホン製品ですが、ヘッドホンを作ろうとしたきっかけは何なのですか?
ジム 我々は2018年頃からオーバーイヤーのヘッドホンを作りたいというビジョンがありました。実際にヘッドホンを開発しようと社内で検討を重ねていましたが、当時は有線のヘッドホンがメインであり、我々が得意なハイエンドの分野では競争相手が多すぎたので参入には躊躇していました。
しかし、ここ2、3年で我々はFALCONシリーズを皮切りに、FoKusシリーズを企画するなど完全ワイヤレスイヤホンの製品群を出し、それらが成功したので、ワイヤレスのヘッドホンならば参入機会はあるのではないかと考えるようになりました。
一方で我々は欧州市場では認知度がまだ低く、その理由のひとつとして欧州市場ではヘッドホンの人気が高いことが挙げられると考えています。そこでまず欧州での知名度を上げるためにはヘッドホンを開発するのが良いと考えました。そしてヘッドホン製品ならば、我々の既存製品とも異なるエリアなので、我々の製品同士で競合することはないと考えました。最終的に、従来の我々の製品からは一歩踏み出そうと決め、ヘッドホン製品の開発に踏み切りました。
ーー2018年の当初から欧州進出のためにヘッドホンが必要であると考えていたのですか?
ジム いえ、欧州市場を考えたのはここ数年です。展示会などに製品を持っていくと、なにを作っているかを聞かれて「IEMだけだ」というと素通りされることも多かったのです。2018年の段階でヘッドホンを検討した理由は、我々の様々な製品の可能性を広げるためです。
その漠然とした可能性が、先に述べた欧州市場の問題やワイヤレスオーディオの変化など、ここ数年の市場要求の変化で明確な形になってきました。先に述べたように我々はワイヤレス分野にも精通してきており、完全ワイヤレスイヤホンと比べて高音質を製品の訴求点とする競合製品の絶対数が少ないワイヤレスヘッドホン分野での製品開発を指向したわけです。
ーー「FoKus Apollo」ではマイクなど付属品が多く添付されていますが、これはなぜですか?
ジム 付属品を多くしたのは様々な顧客要求に応えようとしたからです。ワイヤレスヘッドホンですが、ケーブルが付属しているので有線としても使用することができます。さらに4.4mmバランス接続用のアダプターも標準添付しています。またマイクは主にゲーミング市場でヘッドセットとして使用するためです。
ーーたしかに最近のゲーミング市場では高音質化への要求があるようですね。
ジム はい、最近のゲーム市場には例えばAUDEZEの製品など平面磁界型ヘッドホンもありますね。ゲームプレーヤーは敵がどこから来るのか、足音を正確に拾いたいという要求があります。そのためには高音質のヘッドホンが大いに役立ちます。もちろん「FoKus Apollo」はゲーム専用のヘッドホンではありませんが、我々の高音質技術が様々な分野への応用を広げると考えています。
ーー「FoKus Apollo」ではドライバー構成が特徴的ですが、ダイナミックドライバーと平面磁界型ドライバーを組み合わせた理由を教えてもらえますか?
ジム 個人的にはダイナミックドライバーよりも平面磁界型ドライバーの方が音が良いと考えています。しかし、平面磁界型ドライバーよりもダイナミックドライバーのほうが良い低域が得られるので、ダイナミックドライバーと平面磁界型ドライバーを組み合わせて低音、中音、高音の全帯域をカバーしようと考えました。
ーーさきほど「FoKus Apollo」を試聴しましたが、たしかに低音が分厚くてパワフルな印象でした。
ジム はい、しかしアメリカではもっと低音を出せと言われますよ(笑)。
ーー製品仕様を見るとダイナミックドライバーが40mmで、平面磁界型ドライバーが14mmです。これは平面磁界型ドライバーが高音域を担当し、ダイナミックドライバーが低音域を担当する役割を担っているということですか?
ジム はいその通りです。特殊な構成になっていることは、ヘッドホンをダストカバーのメッシュ越しに触ってもらうと分かります。
ーーたしかにメッシュ越しに指で触ると硬い部分があります。
ジム その硬い部分が平面磁界型ドライバーです。触れるのは耳に近いところに配置しているからです。平面磁界型ドライバーとダイナミックドライバーは同軸配置になっています。
ーー中音域はどちらがカバーしているのですか?
ジム 平面磁界型ドライバーです。平面磁界型ドライバーが高音域と中音域をカバーして、ダイナミックドライバーが低音域を担当しています。Noble Audio製品全般について、具体的にどのような帯域分割を行なっているのかはノウハウの一つなので、その手法も含めて公開していません。ただApolloに関していうと、ワイヤレスヘッドホンなので内蔵のクアルコムQCC3084を用いてDSPでさらに周波数の調整をしています。また既存のFoKusアプリでユーザーが好むように10バンドのイコライザーで調整をすることもできます。
独自のMEMS昇圧回路を搭載する「FoKus Triumph」
ーー次に「FoKus Triumph」について聞きたいと思います。まずFoKusシリーズはFalconシリーズよりも高級路線と考えてよいでしょうか?
ジム もとからそのようにするつもりではなかったのですが、結果的にそのようになっています。たとえばFoKus Triumphにおいては繋ぎ目のないシームレスなハウジングの設計になっていますが、これはかなり難しい技術です。また充電ケースの表面はアルカンターラで覆われて、製造に手間のかかる凝った製品となっています。
ーーTriumphではFALCON MAXと同じくxMEMS社製のMEMSドライバーを採用していますが、FALCON MAXとの違いはどこですか?
ジム まずFoKusシリーズとFALCONシリーズでは設計・製造の工程が異なり、異なるダイナミックドライバーを採用しています。FALCON MAXでは10mmのダイナミックドライバーを搭載しているのに対して、FoKus Triumphでは6.5mm口径のダイナミックドライバーが採用されています。
ーーなぜ異なる口径のダイナミックドライバーが採用されているのですか?
ジム 6.5mm口径にしたのはFoKus Triumphにおいて、それが最適であり十分だからです。
ーーFALCON MAXとFoKus TriumphではMEMSドライバー自体は同じものですか?
ジム 昇圧回路の設計が異なります。MEMSドライバーでは昇圧のために専用の回路が必要であり、FALCON MAXではxMEMS社の提供する回路(xMEMS aptosのこと)を採用しています。それに対してFoKus Triumphでは我々が開発した独自のモジュールを搭載しています。ちなみにMEMSドライバーを用いた有線タイプのXM1でもこの独自の昇圧回路を用いています。
ーーなぜNoble独自の昇圧回路を採用したのですか?
ジム xMEMS社の提供する回路(aptos)を使うための諸制限を緩和するためです。これによって、より性能を上げることができます。ただし詳細については公開できません。
ーーNoble AudioではこれからもMEMSドライバーを積極的に採用していくのでしょうか?
ジム 今現在はMEMSドライバーを採用した製品の計画は他にはありません。今回様々な製品でMEMSドライバーを採用しており、その市場の反応を見ながらまた採用を検討したいと考えています。
Noble Audioというと“Wizard”と呼ばれるジョン・モールトン氏が職人的にイヤホンを開発製造していく会社というイメージをもっていたが、今回のNoble Audioスタッフのインタビューで感じたことは、Noble Audioがこれまでにない様々な可能性と市場を探しているということだ。それがヘッドホンやMEMSスピーカー技術の採用につながったのだろう。これがまた次世代のNoble Audioの可能性とまだ見ぬ製品群に繋がっていくことを期待したい。