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音源が持っている魅力をカーオーディオで最大限に楽しめる

ヤマハのサウンドマイスターとAIエンジニアが共創。車室音響最適化技術「Music:AI」の本拠地に潜入

公開日 2025/01/09 06:30 編集部:長濱行太朗
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今年2024年、ヤマハはカーオーディオジャンルにおいて話題性の高いキーテクノロジーを多数輩出した。4月にはAIを活用した車室音響の最適化技術「Music:AI」の開発を発表。10月31日には三菱自動車と共同開発したオーディオシステムがクロスオーバーSUV「OUTLANDER」に採用され、国内での販売をスタートしている。

AIを活用した車室音響の最適化技術「Music:AI」

このうち車室音響の最適化技術「Music:AI」においては、2025年より市場投入していくとアピールされている。そこで今回、静岡県浜松市にある電子デバイス事業部に取材を実施。「Music:AI」のコンセプトをはじめ、技術の詳細について、開発者陣に伺うことができた。本稿では、開発陣の取材を基に、「Music:AI」ならではの魅力をお届けする。

ヤマハ株式会社 電子デバイス事業部に取材を実施

■“目をつぶればそこにアーティストがいるような体験” を届ける


「Music:AI」は、パワーアンプやスピーカーなど、車載オーディオ開発を担う電子デバイス事業部が技術開発を進めている。車載オーディオは2020年から自動車メーカーに採用され始め、2024年11月時点では、国内外5メーカーからヤマハの車載オーディオを採用した車種が発売されているという。

ヤマハの技術が投入された自動車メーカーが着実に増えており、2024年11月時点で5社が採用

車載オーディオ市場で展開していく上で “ヤマハサウンドが目指すところ” について、同社のプロモーショングループ・リーダー 辻川聡一氏は、「“目をつぶればそこにアーティストがいるような体験” を車室内でもお届けしたいと考えている。『楽器のブランド』として楽器が奏でる正確な音を伝えたい、アーティストが表現したい音を余すことなく届けたい、音がゼロからイチになる瞬間を知っている我々だからこそできると考えている」と語る。

ヤマハ株式会社 IMC事業本部 電子デバイス事業部 CX推進部 プロモーショングループ リーダー 辻川聡一氏

ヤマハは「至高の音楽体験」をユーザーに届けるにあたり、スピーカーやパワーアンプ、信号処理技術などの「ハードウェア/ソフトウェア」、そのクルマの理想の音響空間を創出する「サウンドデザイン」、そして楽曲やリスナーに最適な音響特性を導き出す「UX最適化」が、下支えとなる技術だと説明。

その中の「サウンドデザイン」と「UX最適化」を担う技術のひとつが、AIを活用した車室音響の最適化技術である「Music:AI」だ。

■AIが判断して音源の魅力を最大限に楽しめるサウンドを提示する


「Music:AI」には、大きく分けて3つのAIプロセスが組み込まれている。それが、「for Cabin」「for Music」「for Person」である。

「Music:AI」技術は、「for Cabin」「for Music」「for Person」のAIプロセスが含まれている

まず「for Cabin」では、AI技術を用いて車室内の音響特性を最適化する。ホール音響で培った物理音響チューニングによるノウハウをアルゴリズム化し、AIによる探索エンジンを用いて無数の音響パラメーターから最適解を短時間で導き出し、今まで到達できなかった音質を実現する。

続いて「for Music」では、再生している音楽をリアルタイムに分析し、それに対して必要な音響パラメーターを用いて最適化する。

「ユーザーが曲ごとにバスブーストなどの音質調整をするのは、不便で安全面も不安定である。各楽曲に対してふさわしい効果をAIが判断して調整することで、ユーザーの操作がいらなくなり、どんなときでも音源が持っている魅力を最大限に楽しめて、かつ安全も確保できる」と、技術開発グループ リーダーの岡見 威氏が「for Music」の特徴を語ってくれた。

ヤマハ株式会社 IMC事業本部 電子デバイス事業部 CX推進部 技術開発グループ リーダー 岡見 威氏

そして「for Person」では、AIとの対話を通じてユーザーが好みのサウンドを発見することができる。従来、ユーザー自身でサウンドをカスタマイズしていく際は、Treble/Mid/Bassといった周波数帯(バンド)毎に調整する操作が一般的であった。ヤマハが提案する新たなパーソナライズの方法は、2次元パッドを活用するもので、どんなユーザーでも簡単に操作できる。

ユーザーの音質の嗜好をAIに教え込んで、より心地よいサウンドを発見する仕組みを演算処理により導き出す。音楽のリスニング体験にAIを応用することで、音楽体験のクオリティを引き上げる、ヤマハならではの特徴を備えている。

■ヤマハサウンドマイスターと精鋭のAIエンジニア陣のタッグが叶える


ここまで技術的な詳細に触れてきたが、「Music:AI」の最大の特徴は、やはりヤマハサウンドマイスターとオーディオの知識に基づいたAIを開発するエンジニアがタッグを組んでいることだ。車載オーディオに特化したオリジナル技術であり、AIに学習させるプロセスもゼロベースから構築したという。

言い換えれば、「Music:AI」のような他社にない技術の創出は、サウンドマイスターとAIエンジニアが、ヤマハブランドとしてのビジョンを持って協調したからこそ成し得たものだ。

サウンドマイスターとオーディオの知識に基づいたAIを開発できるエンジニアの協調によって開発

例えば「for Cabin」においては、“空間の狭さ” という車室ならではの大きな課題があるが、周波数や位相に加え、残響や反射といった重要な特性項目において、サウンドマイスターの音作りのノウハウを駆使した探索アルゴリズムを活用することでベーシックな調整を短期間で済ませ、サウンドマイスターによる最終調整を入念に行うことが可能になったとのこと。

また「for Music」でも、「サウンドマイスターが多くの楽曲を1曲1曲聴いて、音響処理を掛ける/掛けないを判断することで、知見を詰め込んだデータベースを拡張していく。これによりヤマハブランドオーディオとしてのAIテクノロジーの精度を高めている。これらの技術は、やはりサウンドマイスターという音の音響空間チューニングのプロと、オーディオに長年携わってきたAIエンジニアの両輪があるからこそ成り立っている」と、岡見氏が明かしてくれた。

■どの楽曲も違和感なく心地よく聴けるのは「Music:AI」のおかげ


「Music:AI」によるサウンド効果を、実際にデモカーで試聴することができた。まず、「for Music」による効果に触れてみた。AIを用いたバスブーストでは、ロックの音源をAIのオン/オフで聴き比べてみると、オンにした方がライブ会場で聴いているような、お腹の奥まで響く低音表現となり、本来楽曲が持っている低音のパワーを表現できる効果に調整されていた。

今回の試聴では、多数のスピーカーが採用されたクルマで音質を体感することができた

次に低域成分が多く含まれているクラブサウンドの音源を「Music:AI」をオンにしたまま聴いたが、こちらも身体に響くような低音を聴かせてくれていた。しかし、このなにげなく当たり前のように聴いていた低音表現こそ「Music:AI」によるチューニング効果が存分に発揮されていた。

このクラブサウンドの音源には、もともと低域成分が多く入っていたのだが、その情報をAIがリアルタイムに分析し、バスブーストの音響効果を不自然に掛け過ぎない、最適な状態で再生していた。つまりヤマハのAIは、音源ごとのイメージに沿った、違和感のない自然な低域を判断できているということだ。

また、80年代・歌謡曲も聴かせてもらったところ、イントロのバックバンドの音の部分は、バスドラムのアタックや勢いが強く、躍動感のあるサウンドになっていた。女性ボーカルが出てくると、バスドラムのブーストが穏やかになり、代わりに女性ボーカルの歌声が前に出てくる音へと変化した。まさにリアルタイムで楽曲の特徴を捉えて、AIが判別しているからこそ可能な表現であると実感した。

次にAIサラウンドの効果を試すべく、クラシック音源を聴いた。オフの場合は、フロントガラスの近辺にオーケストラが配置されているかのようなサウンドであったが、オンにするとオケの存在感が高まり、コンサートホールの空気感を思わせる音も加わって、広がりを演出する。しかし、楽器の定位は明確で、楽器の音が滲むということもなく、ホール感がそのまま強まったような感覚であった。曲始まりの静寂の部分でも、多数の楽器の音色が入り混じり盛大に聴かせる部分でも、音の広がり感やバランスが自然で、違和感なく聴くことができた。

さらにバスブーストの時のように、ヤマハのAIを使わず、一般的なサラウンドモードをオンにした状態でジャズ音源を再生すると、女性ボーカルからピアノ、全ての楽器に対して音響効果が掛かってしまい、音がぼやけて、それこそお風呂場で鳴らしているような響きになってしまう。

ヤマハのAIサラウンドをオンにして再生してみると、さきほどの違和感は全て解消される。音源に含まれていた、ダイレクトなサウンドをしっかりと活かしながら、心地よいライブ感を加えてくれていた。

ヤマハのブランドロゴが記されたスピーカーユニットを投入

■タッチスクリーン操作だけで簡単にユーザー好みの音をAIが学習



「for Person」のデモも体験させてもらった。タブレットから操作することで、サウンドをユーザー好みにカスタマイズできる機能を試したが、タブレットの画面には周波数帯域やdBなど、いわゆるグラフィックイコライザーのような表示は全く存在せず、画面を指でタッチしながら、押さえている場所をずらしていくと、音が徐々に変化していく仕組みになっていた。

タッチポイントをずらすと高域や低域の聴こえ方が変わったりするのだが、あくまでも聴こえる感覚のみだけで判断するようになっており、どの帯域でどれだけの音量が上がったかといったような具体的な情報が全くない状態だ。左右上下に指を動かすたび、確かに音は変わるのだが、そこに規則性を見出すのは難しい。

好みのサウンドになったらいったん指を止め、「NEXT」ボタンを押す。その後は再びタッチしながら好みの音を探していくのだが、さきほどの画面で動かしたときとは音の変化の仕方が異なっている。NEXTボタンを押した時点でAIの学習が行われたことがわかる。

この動作を何度か繰り返していき、「学習率」が高まったところで、もう一度再生音を聴いてみると、調整前よりも少し低域と中域が増え、高域が穏やかになったように印象が変化していた。これが、筆者の好みのサウンドとして、AIが学習した結果のようだ。

通常のディスプレイオーディオの音調整は、簡易的なトーンコントロールのようなものや、多数の調整バンドを備えたハイグレードシステムのものがあるが、バンド数が増えるほど調整のハードルが高くなっていくのは事実だ。「for Person」の調整であれば、簡単なタッチスクリーン操作で、好きな音をAIに教えるだけで、手軽にユーザーの好みのサウンドに仕上げられるため、クオリティと利便性を兼備した機能であることを実感できた。

■ヤマハ「Music:AI」が導入されたプレミアムカーの登場に期待


今回の取材で、「Music:AI」がヤマハのプレミアムな音響空間創生技術であると、改めて認識することができた。ヤマハは現在、本技術をハイエンドアンプに搭載して提供する予定である。一方、外部アンプに信号処理を搭載しない自動車メーカー向けには、IVIやCDCへ取り込むためのソフトウェアソリューションを用意しているという。

今後、「Music:AI」が導入されたクルマが、どの自動車メーカーから登場するのか、ハードウェア/チューニング/最適化AIの三位一体が揃ったプレミアム技術の今後の展開に期待していきたい。

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