“音楽の曲芸飛行の場”を体験
WOWOWの“世界初”9.1ch AURO-3Dオンライン配信実験レポート。ライブ体験の新しい可能性を実感
仲野と馬場によるライブは、ジャンル的には「ジャズ」と呼ばれるのかもしれないが、その枠組みには収まりきらないアヴァンギャルドな世界を展開する。
ストラヴィンスキーの有名な言葉に、「音楽は音楽以外の何ものも表現しない」という言明があるが、まさに彼らのパフォーマンスからは、「音楽そのものと戯れる喜び」が感じられた。
特に馬場のパフォーマンスは、ときに子供のような無邪気さを見せながら、厳しく制御された身体動作によって余韻まで完璧にコントロールされた“オン・ステージ”。一見難解に見せかけつつもときに人の感情に寄り添ってくる……と思った瞬間にその世界は内側から打ち壊され、息つく暇もない音の渦に翻弄される。
果たしてこの奇妙なパフォーマンスを、AURO-3Dによるイマーシブオーディオではどのように再現できるのか。ホワイエでは、参加者9名ずつがGENELECスピーカーで囲まれた内側に座り、9.1chのAURO-3Dのサラウンドをそのまま体験することができた。
まず第一の印象は、これは「これまで聴いてきたライブの再現ではない」ということ。ホールでのライブならばステージ、つまり前方にミュージシャンが立ち、それを後方にいる観客が聴く、というのが通常のあり方だ。それが“蘇る”というものではなかった。
言葉を選ばず表現するならば、“音楽の曲芸飛行の場”とでも言おうか。馬場の周囲には、単なるドラムやシンバルだけではなく、マラカスのようなものや、他にもさまざまな名も知らぬ楽器が並ぶ。馬場は気まぐれのようにそれを手に取り、時に立ち上がり、自由に打ち鳴らす。360度ぐるりでパフォーマンスが繰り広げられるサーカス会場に連れてこられたような、あるいはVR的とでも言うようなイマーシブオーディオの体験。これは、既存のライブ体験を完全にアップデートする。
日常において容易に体験できるものではなく、故にこそ、ある種の厳かな気持ちすら喚起される、非日常の場であった。
入交氏もこのイベントの意義について、「空間を届ける」という言葉を繰り返し述べていた。音楽という情報量には、楽器の音だけではなく、ホールを包む空気感、あるいは観客のざわめきや緊張までも、イマーシブオーディオは届けられる可能性を持つのかもしれない。
こういった体験の場を自宅に持つことは、現実にはなかなか難しい。しかし、例えば小規模なホールや視聴スペースなどで、「場」そのものを共有するというような新しいエンタメの楽しみ方に、大きな可能性を繋ぐものと感じられた。
音そのもののクオリティをさらに高めていくハイレゾ配信の可能性、「コンサート」という場そのものの共有の可能性を深めていくイマーシブオーディオ、コロナ禍において急速に発展する音楽ストリーミングサービスの未来を予見させてくれる公開実験となった。
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