国産オーディオシステムで特撮音楽の魅力を味わう

「伊福部昭SF特撮映画音楽の夕べ」実況録音盤 発売記念イベント開催。“アナログテープ”からリマスターした高音質の秘密を公開

公開日 2024/11/27 15:27 出水 哲
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■最新リマスターで蘇る特撮映画の「名コンサート」



特撮映画ファン待望の一枚、『「伊福部昭SF特撮映画音楽の夕べ」実況録音盤』が、遂にSACDハイブリッドとハイレゾ音源配信でリリースされた! 「ゴジラ 生誕70周年」と「伊福部昭 生誕110周年」を記念して実現された快挙だ。

オリオスペックにて「伊福部昭SF特撮映画音楽の夕べ」実況録音盤の発売記念イベントが開催。国産オーディオシステムでハイレゾやレコード、SACDの聴き比べを行った

そして11月24日に、音楽メディア「SOUND FUJI」が主催する試聴体験会が東京・秋葉原にあるPCオーディオショップ・オリオスペックのイベントスペースで開催された。その詳細をご報告しよう。

そもそも「伊福部昭SF特撮映画音楽の夕べ」実況録音盤とは、1983年8月5日に日比谷公会堂で開催された、伊福部昭氏の作曲によるSF特撮映画音楽のフルオーケストラでのコンサートを収録したものだ。当初からパッケージソフトでの発売も予定されていたようで、コンサート当日には観客にその旨が伝えられたという話もある。

その音源を収めた2枚組アナログレコードが同年に発売され、『ゴジラ』や『宇宙大戦争』といった人気作品のテーマをステレオ録音で聴くことができるとして、ファンの間では話題になったそうだ。その後1986年にはCDが登場、以降もCDボックス等に収録されることはあったが、より高音質なメディアでの登場が待たれていた。

1983年に発売されたアナログLP

今回は先に書いた通り、そんな伝説(?)の作品がSACDハイブリッドとハイレゾ音源で登場するということで、特撮映画好きとしては大いに期待していたのだが、ひとつだけ気になる点もあった。

というのも、1983年に発売されたアナログレコードには、コンサート当日の録音について詳細な解説が紹介されていて、そこに「2チャンネル同時録音で、しかもデジタル録音を採用した」と書いてあったから。当時のデジタルマスターを使ったのであれば、リニアPCM→DSD変換(アップコンバート)で制作されたディスクということになり、素直には喜べないかも。

しかしそこについては現場でアナログ録音も行われており、そのアナログテープからリマスターが行われたことが発表されている。さらに今回のイベントには、当時の担当ディレクターの藤田純二氏、リマスターを担当したキング関口台スタジオ エンジニアの辻裕行氏、キングレコード ディレクターの松下久昭氏も登壇することのことで、新マスターの制作過程について詳しいお話がうかがえるだろうと、わくわくしながら会場に足を運んだわけだ。

会場となったイベントスペースには、アナログレコード、12cmディスク、ハイレゾファイルの再生機器がセットされ、その正面に参加者用の座席が準備されていた。定員は15名だったが、イベント開始10分前には席がほぼ埋まってしまうなど、注目度の高さがうかがえた。

今回の再生機器。LP、SACD、ハイレゾファイルのすべてを高品質で再生可能。アンプはソウルノートの「A-3」を使用する

まず今回のイベントを企画したオリオスペックの佐藤智将さんとキングレコードの中山良輝さんが登場し、試聴会実現までの経緯を紹介してくれた。上記の通りこのコンサートはファンの間での人気も高く、特撮や伊福部ファンだけでなく、オーディオ愛好家にも楽しんでもらえるのではないかと考えて、各方面の協力をあおいで本格的なオーディオシステムを準備したという。ちなみに特撮は日本の文化であるという思いから、オーディオ機器も国産ブランドにこだわって選定されている。

今回の司会進行。左がオリオスペックの佐藤さんで、右はキングレコードの中山さん

■当時の最先端デジタルとアナログの両方でレコーディング



続いてゲストの藤田氏、松下氏、辻氏、さらにLPレコードの解説を担当した映画音楽評論家の西脇博光氏が登壇し、コンサート当日の思い出や今回のSACDの制作過程について解説してくれた。

左から松下さん、藤田さん、西脇さん、辻さん

LPやCDのライナーノートでも紹介されているが、1983年のコンサートは当時の同人誌グループ・怪獣倶楽部に所属していた竹内 博氏や西脇氏が、藤田氏に開催を強くアピールしたことから始まったそうだ。そこから伊福部氏がシンフォニーとして書き下ろし、指揮者やオーケストラも伊福部氏の推薦で決まったという。先に書いた通りコンサートを録音してパッケージ(LP)として発売することも決まっており、コンサート会場で販売されたパンフレットにもその告知が掲載されている。

1983年のコンサート時のスタッフTシャツ(西脇さんの私物)

当時はデジタル録音の黎明期で、キングレコードにも三菱製のデジタルテープレコーダー「X-80」が導入されてクラシックの演奏会などを収録していたそうで、藤田さんは本コンサートもX-80を使う前提で企画したそうだ。そして今回、X-80の他にアナログテープでも録音されていたことが判明したわけで、SACD用にもそのアナログテープが使われた。この点について参加者からも質問があり、辻氏が答えてくれた。

辻氏は1983年の収録には立ち会ってはいないそうだが、当時はデジタル録音をする場合でも、バックアップとしてアナログテープを回しておくのが普通だったそうだ。今回のアナログテープもそうして作成されたものと思われ、40年以上前のアナログテープのため焼き直し(磁性体の剥離を抑えるために専用オーブンで加熱処理する)を行っているが、テープの状態はかなりよかったとのことだった。

マスタリング作業時は、アナログテープをスチューダーのA820で再生し、(ドルビーAのノイズリダクションがかかっていたので)ドルビーデコーダーの8363を通し、アバロンの2077イコライザー、マセレックの6バンドコンプレッサーという経路を経た後、EMMラボのADC8MK4からDAWのSADIEに入力してDSD2.8MHzファイルを作成したそうだ。

今回のマスタリングで使用した機器

辻氏によると、SADIEは編集がしやすいのと、使い慣れていることから選んだそうだ。またSADIEではDSD変換と同時に44.1kHz/24bitのPCMデータが作成されるので、CDレイヤーにはこの信号を44.1kHz/16bitに変換して使っているそうだ。ハイレゾでの配信用音源は2.8MHz DSDから96kHz/24bitPCMに変換している。

ちなみに今回のDSD変換に際し、マスターテープのサウンドに対してどんな調整を加えたのかについても質問してみた。

すると辻氏から、「僕は本作のLPを聴いたことがありませんでした。ですので、あくまでもマスターテープの音を尊重しつつ、SACDに合わせて高域を少し伸ばすとか、ピークを少し抑えるといった調整を行ったくらいです。」という回答があった。つまり今回のSACDやハイレゾのサウンドは、最新フォーマットに最適化されているということで、LPとも違う音質が楽しめるかもしれないということだ。

■「ゴジラ」のメインテーマを最新ハイレゾとレコードで聴き比べ



ここから待望の試聴タイムに移る。まずLPとハイレゾファイル(96kHz/24bit/FLAC)で1曲目の「SF交響ファンタジー第1番」冒頭4分を再生。お馴染の「ゴジラ」メインタイトルが流れると、参加者は興奮を抑えつつ、耳を傾けていた。

テクニクスのアナログプレーヤー「SL-1200G」でアナログレコードを再生する佐藤さん

ふたつのフォーマットでの再生が終わり、佐藤さんから感想を聞かれた来場者からは、「LPとハイレゾでは空気感が全然違いますね。アナログは臨場感もあるなぁと感じました」「オーケストラの透明感がハイレゾのほうがでているように思いました。低弦もよかったです」といったコメントが上がった。オリオスペックのお客さんだけあって感想も的確で、1983年当時の高音質LPと現代のハイレゾファイルそれぞれの魅力を端的に語ってくれている。

熱心なファンから様々な質問が飛んだ

続いて、SACDのCDレイヤーとSACDレイヤー、ハイレゾファイルの順番で再生し、フォーマットによる差があるか(違いを聴き取れるか)も確認する。ここでは来場者のリクエストで「SF交響ファンタジー第3番」の冒頭4分を聴いている。

「DSD(SACD)とPCM(ハイレゾファイル)で聴いた時に違いわかるか不安だったんですけれど、如実に違いを感じることができました。DSDはちょっと甘く聴こえる気もしましたが、質感がすごくいいなって思いました」

ハイレゾファイルの再生には、オリオスペックのオーディオ用PC Canarino fils9と再生アプリのTuneBrowserを使用

「一番いいと思ったのはDSDですけど、聴き慣れているのはハイレゾファイルかな。ハイレゾはDSDに比べると、ティンパニがパンと立ち上がるところの再現などに違いがありますね」

記者もお客さんの後ろの席で聴かせてもらったが、CDレイヤーはキレの良いスピードが魅力で、SACDレイヤーは優しい曲調で演奏が盛り上がっていく様子がリアルに感じられた。ハイレゾ音源はメリハリがつく感じで、ヘッドホンなどで聴く場合にはぴったりかもと感じた。

■オーディオの試聴用ソフトとしても優秀



さらに中山さんから「来場者の皆さんが一番気に入ったフォーマットで1曲通して再生しましょう」という発言があり、挙手の結果SACDで「SF交響ファンタジー第3番」を試聴することになった。約14分の演奏が終了すると客席から自然に拍手が起こり、皆さんとても満足そうな表情を浮かべていた。

その様子を見ながら佐藤さんも「この作品は、オーディオの試聴用としても充分通用しますね。映画ファンも楽しめるし、オーディオ製品の魅力も引き出してくれそうだから、機器の性能を意識して聴くっていう使い方もできそうです。これはソフトが丁寧に作られた成果じゃないですか」と、手応えを感じた様子だ。

続いて藤田さんも「僕はどのフォーマットで聴いても、まず伊福部先生の音楽というのが強烈に頭の中に響くので、じっとしていられないですね。今日は本格的なオーディオ機器で聴いて、マスターテープにこんなにいい音で入っていたのかと思って、楽しかったです」と嬉しそうに話してくれた。

辻さんは「こういう聴き方をしたのは初めてでしたが、それぞれのフォーマットの特長がありますね。とても勉強になりました」とのことで、西脇さんも「やっぱり元々の録音がすごかったということですね。録音の高浪(初郎)さんが現場で火を吹きながら(笑)ミックス作業をやっていましたからね。この音を若い人たちにどんどん聴いて欲しいと思います」と語っていた。

最後に松下さんから「現在弊社では、キング伊福部まつりを開催中で、『伊福部昭SF特撮映画音楽の夕べ』実況録音盤の他にも、『ゴジラ』と『キングコング対ゴジラ』のオリジナル・サウンドトラックLPの再発売、並びにCDでも初リリースしました。2025年5月11日、伊福部先生の111回目の誕生日まで様々な企画を進めていきますので、ぜひ楽しみにして下さい」という紹介があり、イベントが終了した。

SACDと同時に発売された「ゴジラ」「キングコング対ゴジラ」のオリジナル・サントラLP

1980年代、SFや特撮作品がまだ子供向け、サブカルと捉えられていた時代に、これほどの規模でコンサートを開催し、しかも高品質な音源マスターを作成・保存していたスタッフ、関係者の熱意はどれほどのものだったのか、今回の試聴会でのゲストの方々のお話や実際の音を聴いて改めて驚いてしまった。

「伊福部昭SF特撮映画音楽の夕べ」実況録音盤は特撮映画ファンに限らず、オーディオファンにも、さらには世代を超えて多くの人にも楽しんでもらいたいディスクに仕上がっている。ぜひ自分に合ったフォーマットを選んで、伊福部音楽の魅力に浸っていただきたい。

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