ソニー“騒音99%カット”ヘッドホン「MDR-NC500D」を試す
海外出張など長時間のフライトを利用するときはカナル型ヘッドホンを必ず持参するという話を以前、連載の中で書いたが、その後、なぜノイズキャンセリング(NC)タイプのヘッドホンを使わないのかという質問があった。
たしかに最近はボーズやソニー以外のメーカーも積極的にNC型のモデルを開発し、以前に比べて性能も認知度も格段に上がっている。騒音の大きい機内ではやはりNC型の方が適しているのではというのが、質問された方の素朴な疑問だった。
実はかなり以前のことだが、インナーイヤータイプのNC型ヘッドホンを愛用していたことがある。iPodの初期モデルが登場した頃なのでNC型の選択肢は限られていたが、低周波の機内騒音がスーッと消えることに感動したのをよく覚えている。それからしばらく使い続けていたのだが、高域の減衰が大きく、低音には強調感があるという具合で、周波数バランスに不満を感じるようになった。いつのまにか並行して使っていたカナル型を利用する機会が増え、NC型の出番はなくなってしまったのである。NC型固有の高域ノイズの存在も気になっていた。
●デジタル方式のNCヘッドホン「MDR-NC500D」が登場
それからNC型ヘッドホンが各社から発売され、試聴する機会も増えてきた。ノイズ低減効果も音質も以前とは比べ物にならないほど改善され、もう一度本格的に使ってみようかなと考えていたら、ちょうどソニーがデジタル方式のNCヘッドホンをCESで展示した。騒音成分だけでなく音楽信号もA/D変換を行い、ノイズ低減とイコライジングをすべてデジタルで処理するという画期的なNCヘッドホンである。フィルター特性の最適化をはじめとしてデジタル処理のメリットが大きいとは思うが、消費電力が大きくなるなど、デメリットも想定される。
その後「MDR-NC500D」として、初のデジタルNCヘッドホンが国内でも発売されたので、入手して試してみることにした。価格は49,350円だが、ソニースタイルでは39,800円で販売されている。後ほど、英国に出かけた際の機内でのパフォーマンスも報告しよう。往路のフライト時間は12時間強、その間一度も充電せずに使い続けられるかどうかも気になる点だ。
メイン用途である航空機での使用感をお伝えする前に、家のなかなど騒音の少ないところで使ってみた印象を紹介しておこう。
NC型とはいっても特別なアダプター類は不要で、付属ケーブル(50cmと1.5mの2タイプを同梱)を再生機につなぐだけで良く、基本的な使い勝手はシンプルだ。電源は左側ユニットに内蔵されたリチウムイオンバッテリーを付属ACアダプターで充電する方式で、駆動時間は約15時間。付属の電池ボックス付きケーブルに単3アルカリ電池2本を収納すればさらに10時間動作するというが、スペースの限られた機内ではあまりスマートとはいえないので、できれば本体バッテリーだけで使いたいものだ。もちろん専用ACアダプターは240V対応なので海外でも問題なく利用できる。一部のNC型ヘッドホンとは異なり、電源を入れないとまったく音が出ないので、ACアダプターを忘れないように注意したい。
本体には電源スイッチのほかに「MONITOR」と「AI NC MODE」のボタンが設けられている。前者はハウジング下部のマイク経由で周囲の音をモニターするための操作キーで、押している間だけ周囲の音が聞こえてくる。後者はフィルター特性を環境に応じて切り替えるための操作ボタンで、A:航空機、B:バス/電車、C:オフィスその他という3つのモードが用意されている。AIの名の通り、周囲の環境を自動で検出するが、手動で切り替えることも可能だ。各モードはフィルターの勾配を周波数ごとに変えて最適化しており、ノイズ低減量もモードによって僅かに異なっている。
本体は約190グラムでボーズの密閉型モデルよりも若干重いが、装着感は良好で、2時間程度連続して使っても違和感はほとんど感じなかった。イヤーパッドは縦長で、筆者の耳にはジャストサイズだが、これは個人差があるのでなんともいえない。ハウジングやヘッドバンドの質感は高く、価格に見合う高級感がある。
室内での使用では、空調と暗騒音を見事に遮するが、無音部ではサーッという高域のノイズが僅かに聞こえてくる。以前に比べると確実に少ないが、皆無ではない。
●周波数バランスは従来機とは別格のナチュラルさ
一番の懸念であった周波数バランスは従来機とは別格の素直なもので、低域の解像感とレスポンスにも不満はない。ウッドベースの弦を弾いた瞬間の立ち上がりがクリアに聴き取れるし、バロック作品では通奏低音のオルガンの音色が正確に把握できる。バロックオペラや室内楽は従来モデルで忠実な再生が難しかった音源だが、本機ではストレスなく楽しめるようになった。S/Nが向上しているので、直接音が消えた後の余韻も最後まで精妙に聴き取ることができる。
Cモードでは高域にあと一息の伸びが欲しい感じたが、これも従来モデルと比べれば格段の進歩がうかがえる。刺激的な強調感とは無縁で、位相がまわるような不自然さもない。ここまでのクオリティを確保していれば、録音時のモニターヘッドホンとしても使えるかもしれない。
●機内使用ではノイズの存在を忘れるほどのキャンセリング効果
ロンドンに出かけた際に本機を持参した。メイン用途の一つである航空機内での使用感をお伝えすることにしよう。
機内でおなじみのゴーッという低い周波数のノイズは、MDR-NC500Dを装着して電源をオンにした途端、ほぼ一掃された。完全な無音状態ではなく、高めの音域でサーッというノイズは残っているが、それもかなり遠いところから鳴っている印象で、あまり気にならない。ポピュラー系の音楽であれば、聞いているうちにノイズの存在を忘れてしまうレベルと言っていいだろう。クラシックでもそれほど気になるレベルではなく、鑑賞の邪魔になることはない。室内で使用したときと同様、音質はくせのない素直なバランスで、耳を圧迫されるような違和感もほとんど感じなかった。
機内ではノイズキャンセリングタイプのヘッドホンを使うだけで疲労をかなり抑えることができるが、本機のように音質が素直なモデルの場合、その疲労低減効果はさらに大きいと言える。このクオリティならじっくり聴く用途にも使えそうだし、長距離の旅行には手放せない存在になりそうだ。
●アナウンスや話し声は苦もなく聞き取れる
意外なことに、MDR-NC500Dを装着した状態でも機内アナウンスはほとんど問題なく聞き取ることができた。客室乗務員に声をかけられても気が付くし、PAの音はさらに聞こえやすく、機長のコメントなどは何の苦もなく聞き取れる。
これは密閉性の高いカナル型と大きく異なるところで、完全な遮音性ではないところが機内ではかえって使いやすいと感じた。カナル型は低域から高域まで平均して周囲の音が小さくなるため、機内アナウンスの内容を聞き取るのは難しいし、レベルが下がるとはいえ、低域のノイズはつねに残っている。一方、本機は低域のノイズを積極的に低減してほとんど気にならないレベルに落としながら、話し声の帯域は選択的に低減効果を制御し、会話がある程度聞き取れるように設計しているのである。
ロンドンまでのフライトは片道約12時間前後だが、この間、離着陸時を除いてほとんど電源を入れたままの状態でも電池の警告が表示されることはなく、不安なく使い続けることができた。これだけ動作すれば付属のバッテリーケースを持ち歩く必要なはなさそうだ。
※本項は、「山之内 正の週刊AVラボラトリー」に2回に分けて掲載された記事が好評だったため、一部改変して再録したものです(編集部)
(山之内 正)
執筆者プロフィール
神奈川県横浜市出身。東京都立大学理学部卒。在学時は原子物理学を専攻する。出版社勤務を経て、音楽の勉強のためドイツで1年間過ごす。帰国後より、デジタルAVやホームシアター分野の専門誌を中心に執筆。趣味の枠を越えてクラシック音楽の知識も深く、その視点はオーディオ機器の評論にも反映されている。
たしかに最近はボーズやソニー以外のメーカーも積極的にNC型のモデルを開発し、以前に比べて性能も認知度も格段に上がっている。騒音の大きい機内ではやはりNC型の方が適しているのではというのが、質問された方の素朴な疑問だった。
実はかなり以前のことだが、インナーイヤータイプのNC型ヘッドホンを愛用していたことがある。iPodの初期モデルが登場した頃なのでNC型の選択肢は限られていたが、低周波の機内騒音がスーッと消えることに感動したのをよく覚えている。それからしばらく使い続けていたのだが、高域の減衰が大きく、低音には強調感があるという具合で、周波数バランスに不満を感じるようになった。いつのまにか並行して使っていたカナル型を利用する機会が増え、NC型の出番はなくなってしまったのである。NC型固有の高域ノイズの存在も気になっていた。
●デジタル方式のNCヘッドホン「MDR-NC500D」が登場
それからNC型ヘッドホンが各社から発売され、試聴する機会も増えてきた。ノイズ低減効果も音質も以前とは比べ物にならないほど改善され、もう一度本格的に使ってみようかなと考えていたら、ちょうどソニーがデジタル方式のNCヘッドホンをCESで展示した。騒音成分だけでなく音楽信号もA/D変換を行い、ノイズ低減とイコライジングをすべてデジタルで処理するという画期的なNCヘッドホンである。フィルター特性の最適化をはじめとしてデジタル処理のメリットが大きいとは思うが、消費電力が大きくなるなど、デメリットも想定される。
その後「MDR-NC500D」として、初のデジタルNCヘッドホンが国内でも発売されたので、入手して試してみることにした。価格は49,350円だが、ソニースタイルでは39,800円で販売されている。後ほど、英国に出かけた際の機内でのパフォーマンスも報告しよう。往路のフライト時間は12時間強、その間一度も充電せずに使い続けられるかどうかも気になる点だ。
メイン用途である航空機での使用感をお伝えする前に、家のなかなど騒音の少ないところで使ってみた印象を紹介しておこう。
NC型とはいっても特別なアダプター類は不要で、付属ケーブル(50cmと1.5mの2タイプを同梱)を再生機につなぐだけで良く、基本的な使い勝手はシンプルだ。電源は左側ユニットに内蔵されたリチウムイオンバッテリーを付属ACアダプターで充電する方式で、駆動時間は約15時間。付属の電池ボックス付きケーブルに単3アルカリ電池2本を収納すればさらに10時間動作するというが、スペースの限られた機内ではあまりスマートとはいえないので、できれば本体バッテリーだけで使いたいものだ。もちろん専用ACアダプターは240V対応なので海外でも問題なく利用できる。一部のNC型ヘッドホンとは異なり、電源を入れないとまったく音が出ないので、ACアダプターを忘れないように注意したい。
本体には電源スイッチのほかに「MONITOR」と「AI NC MODE」のボタンが設けられている。前者はハウジング下部のマイク経由で周囲の音をモニターするための操作キーで、押している間だけ周囲の音が聞こえてくる。後者はフィルター特性を環境に応じて切り替えるための操作ボタンで、A:航空機、B:バス/電車、C:オフィスその他という3つのモードが用意されている。AIの名の通り、周囲の環境を自動で検出するが、手動で切り替えることも可能だ。各モードはフィルターの勾配を周波数ごとに変えて最適化しており、ノイズ低減量もモードによって僅かに異なっている。
本体は約190グラムでボーズの密閉型モデルよりも若干重いが、装着感は良好で、2時間程度連続して使っても違和感はほとんど感じなかった。イヤーパッドは縦長で、筆者の耳にはジャストサイズだが、これは個人差があるのでなんともいえない。ハウジングやヘッドバンドの質感は高く、価格に見合う高級感がある。
室内での使用では、空調と暗騒音を見事に遮するが、無音部ではサーッという高域のノイズが僅かに聞こえてくる。以前に比べると確実に少ないが、皆無ではない。
●周波数バランスは従来機とは別格のナチュラルさ
一番の懸念であった周波数バランスは従来機とは別格の素直なもので、低域の解像感とレスポンスにも不満はない。ウッドベースの弦を弾いた瞬間の立ち上がりがクリアに聴き取れるし、バロック作品では通奏低音のオルガンの音色が正確に把握できる。バロックオペラや室内楽は従来モデルで忠実な再生が難しかった音源だが、本機ではストレスなく楽しめるようになった。S/Nが向上しているので、直接音が消えた後の余韻も最後まで精妙に聴き取ることができる。
Cモードでは高域にあと一息の伸びが欲しい感じたが、これも従来モデルと比べれば格段の進歩がうかがえる。刺激的な強調感とは無縁で、位相がまわるような不自然さもない。ここまでのクオリティを確保していれば、録音時のモニターヘッドホンとしても使えるかもしれない。
●機内使用ではノイズの存在を忘れるほどのキャンセリング効果
ロンドンに出かけた際に本機を持参した。メイン用途の一つである航空機内での使用感をお伝えすることにしよう。
機内でおなじみのゴーッという低い周波数のノイズは、MDR-NC500Dを装着して電源をオンにした途端、ほぼ一掃された。完全な無音状態ではなく、高めの音域でサーッというノイズは残っているが、それもかなり遠いところから鳴っている印象で、あまり気にならない。ポピュラー系の音楽であれば、聞いているうちにノイズの存在を忘れてしまうレベルと言っていいだろう。クラシックでもそれほど気になるレベルではなく、鑑賞の邪魔になることはない。室内で使用したときと同様、音質はくせのない素直なバランスで、耳を圧迫されるような違和感もほとんど感じなかった。
機内ではノイズキャンセリングタイプのヘッドホンを使うだけで疲労をかなり抑えることができるが、本機のように音質が素直なモデルの場合、その疲労低減効果はさらに大きいと言える。このクオリティならじっくり聴く用途にも使えそうだし、長距離の旅行には手放せない存在になりそうだ。
●アナウンスや話し声は苦もなく聞き取れる
意外なことに、MDR-NC500Dを装着した状態でも機内アナウンスはほとんど問題なく聞き取ることができた。客室乗務員に声をかけられても気が付くし、PAの音はさらに聞こえやすく、機長のコメントなどは何の苦もなく聞き取れる。
これは密閉性の高いカナル型と大きく異なるところで、完全な遮音性ではないところが機内ではかえって使いやすいと感じた。カナル型は低域から高域まで平均して周囲の音が小さくなるため、機内アナウンスの内容を聞き取るのは難しいし、レベルが下がるとはいえ、低域のノイズはつねに残っている。一方、本機は低域のノイズを積極的に低減してほとんど気にならないレベルに落としながら、話し声の帯域は選択的に低減効果を制御し、会話がある程度聞き取れるように設計しているのである。
ロンドンまでのフライトは片道約12時間前後だが、この間、離着陸時を除いてほとんど電源を入れたままの状態でも電池の警告が表示されることはなく、不安なく使い続けることができた。これだけ動作すれば付属のバッテリーケースを持ち歩く必要なはなさそうだ。
※本項は、「山之内 正の週刊AVラボラトリー」に2回に分けて掲載された記事が好評だったため、一部改変して再録したものです(編集部)
(山之内 正)
執筆者プロフィール
神奈川県横浜市出身。東京都立大学理学部卒。在学時は原子物理学を専攻する。出版社勤務を経て、音楽の勉強のためドイツで1年間過ごす。帰国後より、デジタルAVやホームシアター分野の専門誌を中心に執筆。趣味の枠を越えてクラシック音楽の知識も深く、その視点はオーディオ機器の評論にも反映されている。