宮崎駿10年ぶりの新作長編映画
『君たちはどう生きるか』ドルビーシネマ版は「画と音の拡がりを表現」。ジブリスタッフに訊く制作の裏側
ドルビージャパンは、本日8月22日、ドルビーシネマ上映作品として制作された『君たちはどう生きるか』について、スタジオジブリ制作陣を招いた特別取材会を実施した。
スタジオジブリ・宮崎駿監督(※崎はたつさき)10年ぶりとなる新作アニメーション長編『君たちはどう生きるか』。公開当日となる7月14日に至るまでポスタービジュアル1枚のみという異例のプロモーションがとられていた中、数少ない事前リリースとして「ドルビーシネマでの上映」が告知。作品に関わる情報では無かったものの、非常に注目度の高いトピックとなっていた。
本日行われた特別取材会では、『君たちはどう生きるか』にて、撮影監督を務めた奥井敦氏、ポストプロダクションを担当した古城環氏の2名が登壇。ドルビージャパンの遠藤氏を司会に据えて、同作をドルビーシネマで制作した経緯や、ドルビーの技術について「スタジオジブリスタッフ」としての視座で語ってくれた。
ドルビーシネマとは、ドルビーラボラトリーズが開発したプレミアムシネマフォーマットで、最先端の光学・映像処理技術を採用したプロジェクションシステムにより、広色域で鮮明な色彩と幅広いコントラストを表現するハイダイナミックレンジ(HDR)映像・「ドルビービジョン」と、立体音響技術「ドルビーアトモス」、そしてこれらを十全に活かす為に音響デザインや座席配置、劇場内の素材をも厳選したシアター設計までを1パッケージとしたもの。現在国内では9つの劇場に導入されている。
『君たちはどう生きるか』をドルビーシネマ作品とするきっかけや、決定の経緯については、奥井氏がさまざまな作品に携わる中で、ドルビーシネマを構成する画の部分、ドルビービジョンにおける表現域、HDR(ハイダイナミックレンジ)という要素にいつ頃からリーチしてきたかというところから紐解いた。
アニメの制作に40年間撮影として携わってきた奥井氏。その長いキャリアのスタートこそフィルムであるが、徐々に環境がデジタルへ移行し今ではデジタルでのキャリアの方が長くなったとのこと。キャリアの転換となる、フィルムからデジタルへの移行で「表現の幅が狭くなった」と感じた要素の一つとして「光の表現」を挙げた。
フィルム撮影時代の光の表現方法の一つとして、透過光という多重露光を掛けて光を表現する方法があると奥井氏は説明。ハイライトをどれだけ明るくしても階調表現として残っていたとのことだが、デジタルになると撮影処理の違いから「光らなくなった」と語る。テレビ画面を通してみると光っているように見えるが、ある階調で情報量が無くなってしまい「明るくしようとしたら白で飛ばすしかない」といったようにフィルム撮影時代のような表現が困難になったという。
そんな奥井氏がHDR並びにドルビーシネマというフォーマットを知ったのは、『思い出のマーニー』を公開した2014年頃とのこと。スクリーンで幅広いコントラストを実現するのであれば観てみたいと、2015年にLAのパインシアターに足を運びドルビーシネマのデモンストレーションを鑑賞。「黒の締まり方、ハイライトの動き方に衝撃を覚えた」と振り返った。
「この技術を使って次の作品をやりたい」という想いと共に帰国した奥井氏がまず手掛けた作品は、ジブリ美術館用の短編作品『毛虫のボロ』(2018)。従来どおりSDRで納品された作品ではあるが、そのデータをパインシアターに持ち込んでドルビーシネマ化のテストを実施。それを宮崎駿監督に見せたところ「非常に気に入ってもらえた」という。
視聴環境はスクリーンでは無く、HDR対応のテレビだったものの、「次、長編をやることがあったらトライしてみよう」という流れに繋がったとのことだ。
スタジオジブリとドルビーシネマの関係を紐解く上で外せないのが、2021年公開の宮崎吾朗監督作『劇場版 アーヤと魔女』。『君たちはどう生きるか』に先駆けてドルビーシネマ版の制作・上映を行っている。
『劇場版 アーヤと魔女』については、元々TV用の企画だったので、当初はドルビーシネマ化の予定は無かったが、フルCG作品であることが幸いし、HDR用のデータを出力し直せるということから対応できたと振り返る。この経験も『君たちはどう生きるか』ドルビーシネマ版制作に活きてきたと奥井氏はまとめた。
ポストプロダクションを担当する古城氏は、『劇場版 アーヤと魔女』のドルビーシネマ化作業のタイミングで『君たちはどう生きるか』の制作も始まっていたと説明。新しいフォーマットを導入する上で「新作でトラブルを起こすよりもまず『アーヤと魔女』で実績作り」という意味合いもあったと振り返る。
音響的なところでは、『劇場版 アーヤと魔女』のオリジナルトラックは5.1chで制作されており、ドルビーシネマ化にあたっては、そこからアップミックスする形でドルビーアトモス用のトラックを作成したという。この経験も次作(『君たちはどう生きるか』)に繋がったとのこと。これらを踏まえて古城氏は「アーヤは“壮大な実験場”でした」と想いを述べた。
『君たちはどう生きるか』ドルビーシネマ版の制作においてこだわった点、制作の上で難しかった点については、ポスプロ用のドルビーシネマスクリーンがイマジカにしか無いという現状を踏まえ、グレーディング作業を行う際に「まずSDRとして仕上げているので、差別化をしなければならないが、かけ離れてはいけない。そこの調整に苦心した」と奥井氏は語る。
ドルビーシネマのスクリーンは環境として非常に優れているが、SDRの画をそのまま持ち込んでしまうと、スタジオジブリが望む画にはならない。そこを追い込んでいく作業が必要になったという。その具体についてはシャドウ(黒)が締まる部分には有効に使いつつ、必要ない部分には掛けず。シーンごとにシビアな調整を行ったとのことだ。
HDRならではの表現というポイントでは、青サギが太陽を背に迫ってくるシーンや、冒頭部分の灯火管制を敷かれた暗いシーンにおいて、これまでのSDRフォーマットでは落としきれない明暗差を表現できたと奥井氏は説明。ドルビーシネマで魅せたい部分として仕上げられたと力を込めた。
音については、宮崎駿監督の前作『風立ちぬ』(2013年)にてモノラル録音を採用したという経緯を踏まえて「(君たちはどう生きるかで)アトモスを採用したことで“うるさい”と言われない塩梅を模索した」のが工夫した点の一つだと古城氏。映画の前半は静かなシーンも多いことから、音響演出の笠松広司氏との相談の上、「画と音のバランス」を取ったとのこと。
ドルビーアトモスは、音にxyz座標の位置情報を持たせたオブジェクトベースの立体音響フォーマットであることが特徴とされるが、本作のアトモス音響については、オブジェクトを動かしての演出というよりも、空間の拡がりを活かしたサウンドデザインを行ったと古城氏は振り返る。
本作のサウンドについては、音響監督の笠松氏やドルビーと「ドルビーアトモスネイティブのトラックをどうやって5.1/7.1chのダビング現場で利用できるか」技術的な確認を行った上で、大元となるドルビーアトモスのトラックを作成。先に通常フォーマットで使用される5.1/7.1chサラウンドの完成後にアトモス用の音源を仕上げた。
今回、ネイティブでドルビーアトモスを採用するに至ったのは、“5.1chからアップミックスしたドルビーアトモス音響の限界”を『劇場版 アーヤと魔女』制作の折に確かめることができたのも大きいと古城氏は付け加えた。
なお、音響面でドルビーアトモスの効果が一番強いシーンは? という質問を前に、本作の5.1/7.1chトラックとドルビーアトモストラックではフロントのLCRのバランスをほぼ変えておらず、サラウンドに変化を持たせたと古城氏は説明。特に顕著になっているのが、外と中とで環境音の拡がりの差で、シーンが屋外になるとサラウンド効果に差が表れると紹介。
前段でそれほど注力していないとした、オブジェクトベースの演出についても鳥が飛び回る場面で用いているものの、大きく他で派手に使うことは無く、サラウンド演出が分かりやすく差が出ているそうだ。
久石譲氏による劇伴についても拡がりを意識した録音がなされており、東宝のダビングステージにて、効果音やセリフをミックス作業と同じ環境で7.1chトラックダウンを実施。あらゆる音素材の状況をマッチングさせる為にここ5作品は音楽のトラックダウンとダビングステージを一緒の段階で行っているという。
奥井氏は、『君たちはどう生きるか』でドルビーシネマの映像効果を実感したとコメント。「これまでは作業しなれているSDRをベースに制作を行っていたが、ベースの段階からHDRで制作した方が良いかもしれないし、今後はそれが基本となるのでは」と語った。
音響面では、アトモス化したことで映画を自然に観られる箇所が増えたと古城氏はコメント。これまでのサラウンドでは横からしか聴こえなかった環境音が上から降り注ぐことで、「その場にいることが受け入れやすい感覚が増した」と述べた。またクリエイターとしての立場として、「アトモス音源を制作できる場所の増加や、制作ツールについての技術開示がもう少しあれば」と今後の展望を寄せた。
今後ドルビービジョン・アトモスを使ってどのような作品を作っていきたいか、という質問には古城氏は、「引き算で辛抱したところがあるので、もっと派手な作品を作りたい」と素直な気持ちを吐露。「近年のジブリ作品には足し算の作品がないので、そういうところにチャレンジしていきたい」と抱負を語った。
また、奥井氏は、映像面の作業ではハイライトの付与は足し算、暗い方をよく見せるには引き算の演出というのがドルビービジョンの強みになっていると解説。今後も作品として活用していきたいと意気込んだ。
ちなみに制作全般を通して宮崎駿監督からの具体的な指示は「すごく少なかった」と両氏はコメント。打ち合わせも少なく、音響チームは絵コンテに描いてあるものを「なぜそう描いているのか」というのを読み解く日々が続いたと、古城氏は振り返る。一方、撮影監督の奥井氏は「30年一緒にやってきたので、監督の “どうしてほしい” がなんとなく分かる」とのことで、指示通りではなく、それを膨らませてシーンの数々を仕上げていったという。
監督の求めるであろう、作品に対するプラスアルファをより追求できるフォーマットとしてドルビーシネマ版の『君たちはどう生きるか』だと結んだ。
『君たちはどう生きるか』の今後の展開について、海外での上映も既にアナウンスされているが、ドルビーシネマ版については特に決まっていないとのこと。日本国内に素材があるので、海外の配給から引き合いがあれば展開できるようにはなっているという。
映画『君たちはどう生きるか』は、東宝系にて全国公開中。導入館数は限られているが、クリエイターたちのこだわりが「さらに」随所に表れるドルビーシネマでの鑑賞をおすすめしたい。
(C)2023 Studio Ghibli
スタジオジブリ・宮崎駿監督(※崎はたつさき)10年ぶりとなる新作アニメーション長編『君たちはどう生きるか』。公開当日となる7月14日に至るまでポスタービジュアル1枚のみという異例のプロモーションがとられていた中、数少ない事前リリースとして「ドルビーシネマでの上映」が告知。作品に関わる情報では無かったものの、非常に注目度の高いトピックとなっていた。
本日行われた特別取材会では、『君たちはどう生きるか』にて、撮影監督を務めた奥井敦氏、ポストプロダクションを担当した古城環氏の2名が登壇。ドルビージャパンの遠藤氏を司会に据えて、同作をドルビーシネマで制作した経緯や、ドルビーの技術について「スタジオジブリスタッフ」としての視座で語ってくれた。
■宮崎駿も「非常に気に入った」。HDR表現とジブリの邂逅
ドルビーシネマとは、ドルビーラボラトリーズが開発したプレミアムシネマフォーマットで、最先端の光学・映像処理技術を採用したプロジェクションシステムにより、広色域で鮮明な色彩と幅広いコントラストを表現するハイダイナミックレンジ(HDR)映像・「ドルビービジョン」と、立体音響技術「ドルビーアトモス」、そしてこれらを十全に活かす為に音響デザインや座席配置、劇場内の素材をも厳選したシアター設計までを1パッケージとしたもの。現在国内では9つの劇場に導入されている。
『君たちはどう生きるか』をドルビーシネマ作品とするきっかけや、決定の経緯については、奥井氏がさまざまな作品に携わる中で、ドルビーシネマを構成する画の部分、ドルビービジョンにおける表現域、HDR(ハイダイナミックレンジ)という要素にいつ頃からリーチしてきたかというところから紐解いた。
アニメの制作に40年間撮影として携わってきた奥井氏。その長いキャリアのスタートこそフィルムであるが、徐々に環境がデジタルへ移行し今ではデジタルでのキャリアの方が長くなったとのこと。キャリアの転換となる、フィルムからデジタルへの移行で「表現の幅が狭くなった」と感じた要素の一つとして「光の表現」を挙げた。
フィルム撮影時代の光の表現方法の一つとして、透過光という多重露光を掛けて光を表現する方法があると奥井氏は説明。ハイライトをどれだけ明るくしても階調表現として残っていたとのことだが、デジタルになると撮影処理の違いから「光らなくなった」と語る。テレビ画面を通してみると光っているように見えるが、ある階調で情報量が無くなってしまい「明るくしようとしたら白で飛ばすしかない」といったようにフィルム撮影時代のような表現が困難になったという。
そんな奥井氏がHDR並びにドルビーシネマというフォーマットを知ったのは、『思い出のマーニー』を公開した2014年頃とのこと。スクリーンで幅広いコントラストを実現するのであれば観てみたいと、2015年にLAのパインシアターに足を運びドルビーシネマのデモンストレーションを鑑賞。「黒の締まり方、ハイライトの動き方に衝撃を覚えた」と振り返った。
「この技術を使って次の作品をやりたい」という想いと共に帰国した奥井氏がまず手掛けた作品は、ジブリ美術館用の短編作品『毛虫のボロ』(2018)。従来どおりSDRで納品された作品ではあるが、そのデータをパインシアターに持ち込んでドルビーシネマ化のテストを実施。それを宮崎駿監督に見せたところ「非常に気に入ってもらえた」という。
視聴環境はスクリーンでは無く、HDR対応のテレビだったものの、「次、長編をやることがあったらトライしてみよう」という流れに繋がったとのことだ。
■ジブリ作品に見るドルビーシネマ。「アーヤは“壮大な実験場”」
スタジオジブリとドルビーシネマの関係を紐解く上で外せないのが、2021年公開の宮崎吾朗監督作『劇場版 アーヤと魔女』。『君たちはどう生きるか』に先駆けてドルビーシネマ版の制作・上映を行っている。
『劇場版 アーヤと魔女』については、元々TV用の企画だったので、当初はドルビーシネマ化の予定は無かったが、フルCG作品であることが幸いし、HDR用のデータを出力し直せるということから対応できたと振り返る。この経験も『君たちはどう生きるか』ドルビーシネマ版制作に活きてきたと奥井氏はまとめた。
ポストプロダクションを担当する古城氏は、『劇場版 アーヤと魔女』のドルビーシネマ化作業のタイミングで『君たちはどう生きるか』の制作も始まっていたと説明。新しいフォーマットを導入する上で「新作でトラブルを起こすよりもまず『アーヤと魔女』で実績作り」という意味合いもあったと振り返る。
音響的なところでは、『劇場版 アーヤと魔女』のオリジナルトラックは5.1chで制作されており、ドルビーシネマ化にあたっては、そこからアップミックスする形でドルビーアトモス用のトラックを作成したという。この経験も次作(『君たちはどう生きるか』)に繋がったとのこと。これらを踏まえて古城氏は「アーヤは“壮大な実験場”でした」と想いを述べた。
■違いは画と音の“拡がり”ドルビーシネマ版『君たちはどう生きるか』のこだわり
『君たちはどう生きるか』ドルビーシネマ版の制作においてこだわった点、制作の上で難しかった点については、ポスプロ用のドルビーシネマスクリーンがイマジカにしか無いという現状を踏まえ、グレーディング作業を行う際に「まずSDRとして仕上げているので、差別化をしなければならないが、かけ離れてはいけない。そこの調整に苦心した」と奥井氏は語る。
ドルビーシネマのスクリーンは環境として非常に優れているが、SDRの画をそのまま持ち込んでしまうと、スタジオジブリが望む画にはならない。そこを追い込んでいく作業が必要になったという。その具体についてはシャドウ(黒)が締まる部分には有効に使いつつ、必要ない部分には掛けず。シーンごとにシビアな調整を行ったとのことだ。
HDRならではの表現というポイントでは、青サギが太陽を背に迫ってくるシーンや、冒頭部分の灯火管制を敷かれた暗いシーンにおいて、これまでのSDRフォーマットでは落としきれない明暗差を表現できたと奥井氏は説明。ドルビーシネマで魅せたい部分として仕上げられたと力を込めた。
音については、宮崎駿監督の前作『風立ちぬ』(2013年)にてモノラル録音を採用したという経緯を踏まえて「(君たちはどう生きるかで)アトモスを採用したことで“うるさい”と言われない塩梅を模索した」のが工夫した点の一つだと古城氏。映画の前半は静かなシーンも多いことから、音響演出の笠松広司氏との相談の上、「画と音のバランス」を取ったとのこと。
ドルビーアトモスは、音にxyz座標の位置情報を持たせたオブジェクトベースの立体音響フォーマットであることが特徴とされるが、本作のアトモス音響については、オブジェクトを動かしての演出というよりも、空間の拡がりを活かしたサウンドデザインを行ったと古城氏は振り返る。
本作のサウンドについては、音響監督の笠松氏やドルビーと「ドルビーアトモスネイティブのトラックをどうやって5.1/7.1chのダビング現場で利用できるか」技術的な確認を行った上で、大元となるドルビーアトモスのトラックを作成。先に通常フォーマットで使用される5.1/7.1chサラウンドの完成後にアトモス用の音源を仕上げた。
今回、ネイティブでドルビーアトモスを採用するに至ったのは、“5.1chからアップミックスしたドルビーアトモス音響の限界”を『劇場版 アーヤと魔女』制作の折に確かめることができたのも大きいと古城氏は付け加えた。
なお、音響面でドルビーアトモスの効果が一番強いシーンは? という質問を前に、本作の5.1/7.1chトラックとドルビーアトモストラックではフロントのLCRのバランスをほぼ変えておらず、サラウンドに変化を持たせたと古城氏は説明。特に顕著になっているのが、外と中とで環境音の拡がりの差で、シーンが屋外になるとサラウンド効果に差が表れると紹介。
前段でそれほど注力していないとした、オブジェクトベースの演出についても鳥が飛び回る場面で用いているものの、大きく他で派手に使うことは無く、サラウンド演出が分かりやすく差が出ているそうだ。
久石譲氏による劇伴についても拡がりを意識した録音がなされており、東宝のダビングステージにて、効果音やセリフをミックス作業と同じ環境で7.1chトラックダウンを実施。あらゆる音素材の状況をマッチングさせる為にここ5作品は音楽のトラックダウンとダビングステージを一緒の段階で行っているという。
■ドルビーシネマは「監督の追求するであろうプラスアルファ」の到達点
奥井氏は、『君たちはどう生きるか』でドルビーシネマの映像効果を実感したとコメント。「これまでは作業しなれているSDRをベースに制作を行っていたが、ベースの段階からHDRで制作した方が良いかもしれないし、今後はそれが基本となるのでは」と語った。
音響面では、アトモス化したことで映画を自然に観られる箇所が増えたと古城氏はコメント。これまでのサラウンドでは横からしか聴こえなかった環境音が上から降り注ぐことで、「その場にいることが受け入れやすい感覚が増した」と述べた。またクリエイターとしての立場として、「アトモス音源を制作できる場所の増加や、制作ツールについての技術開示がもう少しあれば」と今後の展望を寄せた。
今後ドルビービジョン・アトモスを使ってどのような作品を作っていきたいか、という質問には古城氏は、「引き算で辛抱したところがあるので、もっと派手な作品を作りたい」と素直な気持ちを吐露。「近年のジブリ作品には足し算の作品がないので、そういうところにチャレンジしていきたい」と抱負を語った。
また、奥井氏は、映像面の作業ではハイライトの付与は足し算、暗い方をよく見せるには引き算の演出というのがドルビービジョンの強みになっていると解説。今後も作品として活用していきたいと意気込んだ。
ちなみに制作全般を通して宮崎駿監督からの具体的な指示は「すごく少なかった」と両氏はコメント。打ち合わせも少なく、音響チームは絵コンテに描いてあるものを「なぜそう描いているのか」というのを読み解く日々が続いたと、古城氏は振り返る。一方、撮影監督の奥井氏は「30年一緒にやってきたので、監督の “どうしてほしい” がなんとなく分かる」とのことで、指示通りではなく、それを膨らませてシーンの数々を仕上げていったという。
監督の求めるであろう、作品に対するプラスアルファをより追求できるフォーマットとしてドルビーシネマ版の『君たちはどう生きるか』だと結んだ。
『君たちはどう生きるか』の今後の展開について、海外での上映も既にアナウンスされているが、ドルビーシネマ版については特に決まっていないとのこと。日本国内に素材があるので、海外の配給から引き合いがあれば展開できるようにはなっているという。
映画『君たちはどう生きるか』は、東宝系にて全国公開中。導入館数は限られているが、クリエイターたちのこだわりが「さらに」随所に表れるドルビーシネマでの鑑賞をおすすめしたい。
(C)2023 Studio Ghibli