スタックスは日本が世界に誇るコンデンサー・ヘッドホンのパイオニアである。今年5月のミュンヘン・ハイエンド・ショーでも同社のヘッドホンがずらりと並んで壮観だったが、その真価は案外海外の方で知られているのかもしれない。
1960年に発売された世界初のイヤースピーカー「SR-1」のカタログ表紙画像。カタログの詳細はPDFファイルで用意されている

スタックスが世界初のコンデンサー型ヘッドホンSR-1を発売したのは1960年。当時はもちろんアナログ時代で、しかもまだトランジスターが本格的に実用化されていない真空管の全盛期であった。ヘッドホンそのものはもちろん存在したが、ダイナミック型の大型で重いものだけであった。特にスタジオのモニター用としては密閉式の大型ヘッドホンが使用されていたが、特性的にも現在とは比較にならないものと思っていい。

スタックスが開発したのはそれまでのコイルとマグネットによる電磁効果で振動板を駆動するムービングコイル型(スピーカーと同じ方式)とは全く違うエレクトロスタティック=静電型の原理を応用したものである。ごく軽量な振動板に高圧をかけて帯電させ、その前後に信号電極を置いて、両電極に信号電圧をかけると、電位の変化によって振動板が電極に引かれて動く。この静電型駆動原理はスピーカーにも採用されて現在でも各社から発売されているが、スタックスのヘッドホンはまさにその先駆だったわけである。

SR-1はその圧倒的なレンジの広さ、特に高域レスポンスのよさと精密なダイナミックレンジによって、ヘッドホンを単なるアクセサリーからオーディオ・コンポーネントとしての地位へと押し上げた。ことにスタジオなど録音現場でのモニターに愛用されたのはいうまでもない。スタックスではこのことの象徴として、イヤースピーカーという名称を使用している。

STAX「SRS-3000」¥68,250(税込)
ヘッドホン本体「SR-202」とドライバーユニット「SRM-300」のセットモデル
さてそれから数えて今年は45年後である。オーディオも様々な形で変化したが、コンデンサー・ヘッドホンもその間進化を遂げている。本年夏のビジュアルグランプリを受賞したSRS-3000はその最新の姿を表しているといえる。

コンデンサー型は比較的高額なイメージがあるが、本機は手頃な価格を実現したベーシックモデル。高分子フィルムの新素材をダイヤフラムに採用した軽量な本体SR-202と、ローノイズFETによる全段A級動作のドライバーユニットSRM-300をセットにした製品だ。ドライバーは縦型でヘッドホン・スタンドにもなり、出力端子も2系統装備している。ボリュームを装備しているので、CDプレーヤーなどのソースから直接接続することが可能だ。極めてコンパクトでシンプルなハイファイ・オーディオ・システムがこれで完成する。

もともとコンデンサー型ユニットはダイナミック型に比べて振動板の質量が非常に小さく、高域レスポンスに優れているという特徴を持つ。また低域から高域まで単一の振動板で対応できるという利点もある。ただしそのためにスピーカーでは大面積の振動板が必要になるが、ヘッドホンでは耳のごく近くで使用されるためダイナミック型と同じサイズにすることが可能だ。ただし高電圧をかけてそこに信号を供給するという形であるため専用のドライバーユニットが必要で、アンプから直接接続するわけにはいかない。これがコストを高くしている理由だが、本機SRS-3000は思い切って手近なところまで価格を引き下げている。それでいて音質の点でも確実に最新の成果を反映している。ホームシアター機器の間にあってハイグレードなオーディオシーンを手軽に楽しむことのできる貴重な存在として、ビジュアルグランプリを受賞したのは当然であろう。

ドライバーユニット部はヘッドホンラックとしても機能する ドライバーユニット部の背面。RCAステレオ入力と出力を1系統ずつ装備。電源ケーブルは着脱可能なので好みのものに変更することができる ヘッドホン部は軽量化が図られており、贅肉が極力排除されている

縦型のドライバーユニットはコンパクトで場所を取らないが、本体もサイズとは裏腹に大変軽量で使いやすい。マグネットを持たないから軽いのは当たり前だが、装着感そのものが柔らかく、重さを感じさせないのだ。また耳への圧迫感がなく、左右からの締め付けも非常にソフトである。長時間かけていても耳が痛くなることはなく、違和感のない掛け心地である。

イヤーパッドは高級人工皮革を採用し肌触りが良い ヘッドホン上部には伸縮して柔らかく頭をサポートするバンドを装備 すっぽりと頭を包み込む装着感が魅力

ヘッドホンとドライバーユニットをつなぐケーブルのコネクター部
そしてそこから流れてくる音楽がいい。ともすれば高域の繊細さだけが強調されがちなコンデンサー型だが、本機は広いレンジを生かして低域の深い落ち着いたバランスを獲得している。ウッドベースやピアノの低音が苦もなくさらりと鳴ってしまうのが意外なほどである。しかも音調は混濁せず、常に明快だ。

コーラスのハーモニーが実にきめ細かく響くのは、コンデンサー型ならではの特質といっていい。ふわりと柔らかく、しかも各パートが明晰に分解されて濁りがない。声の質感に芯があり、ふやけた感触は皆無である。またオーケストラでも安定感の高いエネルギー・バランスを持ち、鮮やかでダイナミズムに富んだ再現性を縦横に発揮している。

聴いていて楽しくなる音、というのはそう多くはない。本機の音はまさにそれで、音楽が歪みなく描かれるときの生き生きとした躍動感が、外部雑音を遮断した静かな世界の中で弾むように感じられるのである。

【SPEC】
<ドライバーユニット「SRM-300」>
形式:オール半導体式 Class-A イヤースピーカー用ドライバーユニット 
最大出力電圧:350V r.m.s. 
入力感度/インピーダンス:200mV/70kΩ 
周波数特性:4Hz〜60kHz(+0、-3dB/SR-202を1台使用時) 
利得:54dB 
バイアス電圧:PRO 580V 
消費電力:10W 
動作電源電圧:AC100V専用 
商用電源周波数:50/60HZ 
外形寸法:85W(底部130W)× 275H×130Dmm(VRツマミ、ピンジャックを含む) 
質量:1.7Kg

<イヤースピーカー「SR-202」>
形式:エレクトロスタティック型プッシュプル 
周波数特性:7Hz〜41kHz 
静電容量(ケーブル含む):120pF 
音圧レベル:100dB/100Vr,m,s, 
ケーブル:低容量OFCコード/全長2.5m 
イヤーパッド:高級人工皮革 
質量:450g

【関連リンク】
STAX ウェブサイト
Phile-web製品データベース「SRS-3000」検索結果
執筆者プロフィール

井上千岳 Chitake Inoue

慶應大学法学部・大学院修了。神奈川県葉山町に構える自宅視聴室でのシビアな評論活動を展開、ハイエンドオーディオはもちろん高級オーディオケーブルなどの評価も定評がある。