嘘偽りないストレートな音楽再生を実現するモデルが普及価格帯に登場
音楽に真摯に、原音に忠実に − イヤホンの新境地を拓くファイナル オーディオ デザイン「FI-DC1350M2」
2009年は各社フラグシップとなるハイエンド・ヘッドホンの発表が相次いだ。その中でもインナーイヤーモデルの最高峰として際立つ存在となったのが、クロム銅を筐体に使用した実売20万円のイヤホンを発売した「ファイナル オーディオ デザイン」だろう。そんな同社から、普及モデルのインナーイヤホン「FI-DC1350M2」が登場した。
感性の伴ったサウンドを生む“本物のオーディオ”を追求する
「ファイナル オーディオ デザイン」
まず「ファイナル オーディオ デザイン」とはどんなブランドなのか、その歴史についてもご説明をしていきたい。
同ブランドは1974年に創設。ソースに込められた演奏者のマインドをそのまま、原音に忠実なサウンドとしてリスナーに届けたい。そうした想いを基にして、創始者である高井金盛氏を中心に、ハイエンドレコードプレーヤー「Parthenon」をはじめ、ワンセット5千万円という孤高のハイエンドシステムである、ステンレス筐体採用の大型ホーン・スピーカー「OPUS204」など、音楽をこよなく愛する人々に対して妥協のない独創的なハイエンド製品を開発し続けてきた。
これまで大型のオーディオ機器を開発してきた「ファイナル オーディオ デザイン」として初となるこのインナー型ヘッドホン・シリーズ。その誕生に当たっての経緯を高井氏はこう語る。
「現在世界的にヘッドホンのマーケットが拡大し、60億本も供給されていると言われています。世界的な人口にも迫る勢いですが、その多くはデザインやコストを優先し、さらには自己満足とも思える脚色の強いサウンドとした製品が多くを占めています。私もそれらの製品をヒアリングしてきましたが、音楽的感銘を全く受けませんでした。だからこそ、これまで弊社で取り組んできたピュアオーディオの技術を用いて、真剣にインナーイヤホンを作ればもっと音も良くなるのではないかと思ったのです。
オーディオが発展してきたこの100年余りの歳月、技術は進歩していても、感性の伴ったサウンドがどんどん劣化してきているのではないかという危機感を持っています。国家予算クラスの開発費を投入して製品が作られていた、かつての『ウエスタン・エレクトリック』のような密度あるサウンドを目指しつつ、今自分たちのできる範囲で“本物のオーディオ”を追求したいと考えているのです」
イヤホンの新ジャンルを切り拓く製品
嘘偽りなく音楽に対して真摯に向き合うサウンドを聴かせる
「FI-DC1350M2」のサウンドであるが、下位機種「FI-DC1350M1」をよりクリアに、そして音像の芯を引き立たせた、締まりのあるものである。ダイナミック型ならではの伸びやかな音色で、全帯域誇張のない、スムースな音運びである。他のカナル型モデルに慣れている方だと、本機を聴いた瞬間、そのサウンド傾向の差に戸惑うかもしれない。本機を含め、「ファイナル オーディオ デザイン」のインナー型モデルが目指しているサウンドは、スピーカーから放たれる、空気感を伴った開放的なものであり、そうした概念を掴むためにはじっくりと対峙する必要があるのだ。言うなれば“オープン型カナル”という新しいジャンルの製品と呼べるのではないだろうか。
クラシックでは、ホールトーンが清々しく、ホーンやストリングスの粒がほぐれて細やかな描写である。ナチュラルな音の立ち上がりと、爽快なリリースを感じる。弦が一体となって押し寄せるクレッシェンドのパートでは、楽器それぞれのエナジー感が伝わり、ただ量感でごまかすような部分は一切感じない。音場は自然な広がりがあり、楽器の定位感も明瞭である。
ジャズにおいては、ウッドベース弦のハリの良さやキレもある胴鳴りのふくよかさ、活き活きとした鮮度感のほか、付帯感なく澄んだピアノ、スネアやキックドラムのアタックの素早さを感じる。ボーカルも芯のブレがなく、メリハリがあり鮮やかなハリを堪能できる。肉声の温かみ、音像のリアルな厚み、そして音ヌケの良さも実感できる。
一方、ロックサウンドにおいてはドラムの芯を捉え、引き締まったベースとともに、リズムをクッキリと浮き上がらせている。ボーカルやギターソロも伸びやかで、ディストーションギターの壁もキレ良く、ピッキングの粒立ちも細かく、クリアかつリアルだ。音像の太さはナチュラル基調で長時間の試聴においてもつらさを感じない。
「FI-DC1350M2」はそのデザイン性も含め、個性的なイメージを持たれるかもしれないが、サウンドは音楽の芯を衝く、ストレートで偽りのない方向性を持っている。これは同ブランドのラインアップ全てに共通であるが、録音の悪いソースだとその良くないポイントばかり目立ってしまう。逆に音楽の質が高ければ、それに応じて良いエッセンスの端々を的確に表現してくれる。その姿はオーディオ、そして音楽に対し真摯に向き合った、意義深き良心的存在といえるだろう。
過渡特性の良い円錐筐体を採用
こだわりが詰め込まれた「FI-DC1350M2」
「FI-DC1350M2」は、高剛性な金属を筐体に用いた上位モデルに対し、より手頃で装着しやすい軽量なものを目指してABS樹脂をボディに採用。高い強度を保つため、円錐形状に加工し、スピーカー背後から放射されるエネルギーを受け止め、過渡特性の良さを追求している。
またボディ内部には高硬度な特殊天然樹脂を塗布して剛性を高めており、ABS樹脂筐体特有の余分な音も抑え込んでいる。ドライバーユニットは自社設計・製造のΦ13.5mmダイナミック型ドライバーを採用し、磁気回路にはネオジウムマグネットを用いている。
ユニット背後のフレームには、鳴きを防止しユニット自体の制振に効果のある、特殊合金粉末を塗布。接着剤と練り合わせた合金を、こちらも1本1本丹念に手作業で塗り込むという、非常に手間をかけた仕様となっている。
その他、振動板の歪みを低減させるプレッシャーリングや、上位機種にも採用されているエアバランス機構も搭載。そしてケーブルは絡みにくく、肌触りの良い布被覆を採用している。
イヤーピースは通常のクローズタイプと、耳道内の空気圧も調整するスリットの付いたオープンタイプ、2パターンのシリコン製イヤーパッドが同梱されていることだ。各種S/M/Lの3サイズが用意されており、装着性も高い。バランス良く、詰まりのない開放的なサウンド性、そして鼓膜への負担軽減、周囲の危険予測の観点から、オープンタイプが推奨される。遮音性を優先し、低域量感の増加を望む場合はクローズタイプを選択すれば良いだろう。
製造に当たっては、出力特性のバラつきが大きいドライバユニットをそのまま組み込むと、若干左右の出力特性もバラバラになりがち。そこでドライバーを完全にペアリングし、左右のドライバ出力特性をマッチングしている。これは7年間訓練した専属の工員によるヒアリングで選別しているという。
金属削りだし筐体を採用・同社の理想が凝縮した3モデル
クロム銅ボディによる「FI-DC1601SC」を頂点とした金属削り出し筐体モデルについても触れておきたい。「FI-DC1601SC」に加え、ステンレスボディの「FI-DC1601SS」、真鍮ボディの「FI-DC1601SB」がラインアップされている。
3モデルは前述の「OPUS204」にならい、音の立ち上がりの素早さと制動力を備えた“スピードの速い”サウンドを実現するため、高剛性な金属筐体に軽い振動板と強力な磁力を持ったドライバーと組み合わせ、過渡特性の良い音を目指した。さらに同ブランドで古くからターンテーブルやヘッドシェルなどに用いてきたクロム銅削り出し筐体と組み合わせ、その響きの美しい振動減衰特性の良さを活かしたのが「FI-DC1601SC」である。
「クロム銅は非常に硬く、加工が難しい素材です。今回も金属加工をお願いした工場では大変苦心していたようです。音の立ち上がりや余韻の美しさは魅力に溢れますが、ピュアな音色、Hi-Fiなサウンドという点ではステンレス筐体の1601SSの方がコストパフォーマンスも高くお薦めできます」と高井氏は語る。
金属筐体の3モデルは自社開発Φ16mmダイナミックドライバーを搭載。このクラスとしては最軽量の振動板と強力な磁気回路を用いており、振動板前後の空気の流れや圧力差を最適化するエアバランス機構、余分な素材音を排除した金属削り出しイヤーパッドなど、他に類を見ないオリジナリティ溢れる仕様となっている。
このラインアップ中で高井氏も推しているステンレス筐体の「FI-DC1601SS」におけるサウンドは、開放的で詰まりのない、まさにスピーカーから発せられた音を聴くかのごとく自然な余韻と、的確に定位する音像を実現している。
例えばオーケストラの管弦は太い音像で力強く躍動し、伸びやかでキレの良い、豊かさを感じる低域の量感が感じられ、ボーカルも肉付き豊かで、付帯音のないナチュラルな質感が得られる。インナー型の“理想郷”ともいうべき密度と高級感溢れる音色だ。
【執筆者プロフィール】
岩井 喬 Takashi,IWAI
1977年・長野県北佐久郡出身。東放学園音響専門学校卒業後、レコーディングスタジオ(アークギャレットスタジオ、サンライズスタジオ)で勤務。その後大手ゲームメーカーでの勤務を経て音響雑誌での執筆を開始。現在でも自主的な録音作業(主にトランスミュージックのマスタリング)に携わる。プロ・民生オーディオ、録音・SR、ゲーム・アニメ製作現場の取材も多数。小学生の頃から始めた電子工作からオーディオへの興味を抱き、管球アンプの自作も始める。 JOURNEY、TOTO、ASIA、Chicago、ビリー・ジョエルといった80年代ロック・ポップスをこよなく愛している。