<山本敦のAV進化論 第39回>ハイレゾの可能性を広げる
1Mbpsでもハイレゾ伝送、新ロスレスフォーマット「MQA」をメリディアン創設者に聞く【試聴レポート有】
「人間にとって“音を聴く”ということは、防衛本能に直結している重要な行為です。真っ暗闇でも音は聞こえます。また人間は音を聞いた瞬間に、どこからどんな音が聞こえてきたのかを認識することができます。聴覚はとても “ディフェンシブ” であり、非常に繊細な感覚です」。
「人間の聴覚のメカニズムについてはここ15年間のあいだ、従来の音響心理学とは異なる、脳神経科学”のアプローチから多くの謎が解明されてきました。例えば いま雨が降ってきたとして、人間が即座に “雨音” と認識する脳の仕組みも紐解かれようとしています。雨のような自然界の音を人間が知覚する仕組みを理解する際、最も大事なのは脳が『時間軸方向』で音を認識するメカニズムを知ることです」。
「デジタルオーディオが誕生した初期の頃、時間と周波数の関係は等価なものと考えられてきました。だが実際のところそれは違いました。人間の聴覚は周波数特性に比べておよそ10倍も時間方向の情報に対して敏感なのです。それはつまり、時間方向に沿った音の“エレメント”をキャプチャーできなければ、真にリアルな音が再現できないということを意味しています」。
オーディオにおける原音再生を追求する際にも、人間の脳が自然界の音を認識する際のメカニズムを理解することが重要とスチュワート氏は持論を説く。さらに説明は続く。
「自然環境の音というものは極めて特徴的なキャラクターを備えています。楽器や人の声が持つ“音のエネルギー”が伝達され、知覚されるという意味では音楽を聴くという行為も、自然界の音を知覚するのと同じことだと言えます。しかしながら、従来のデジタルオーディオはそれを正確に再現するために作られていませんでした。脳神経科学の知見を元に完成された、よりモダンなデジタルオーディオ再生の技術がMQAです」。
■MQAはデジタルベースで「アナログの高品位な音楽体験」を追求した
スチュワート氏は、MQAはデジタルオーディオの技術でありながら「アナログの高品位な音楽体験」を追求しているところに独自性があるのだと強調する。
「MQAはスタジオで演奏された音楽を、ユーザーの耳元まで正確に届けるためにつくられています。人間の耳で音を聴くという行為はアナログです。また、スタジオで演奏されるサウンドや、スピーカーが音を出す仕組みもアナログです」。
「その中間にある、エレクトロニクス部分でのAD/DA変換をはじめとするデジタル信号処理は、人間が音を感知する一連のメカニズムの中にあっては、ある種不自然なものです。MQAではビット単位で完全にデジタル信号をロスレスで圧縮して伝送しますが、本来それはアナログからアナログへ、音楽をより正確に伝えることを目的としています。それはデジタル信号を「Bit-for-Bit」で伝送するという概念を超えたところに視座したテクノロジーであり、つまりは根本的に考え方が違うのです」。
「通常のデジタル信号処理と比べて、MQAは過渡特性が約10倍も良好であり、自然界に近いレベルで音を再現できます。遅延特性についても、CD再生やハイレゾ再生に比べて、MQAではスタジオで奏者の演奏を直接を聴く場合と同レベルの低遅延を実現しているので、生音の細かなニュアンスがそのままに再現されます。大切なのはデジタル信号をビットパーフェクトに伝送して再現ができるのかということよりも、MQAによってこれまでに無かった生々しい音楽体験が得られるかということです」。
デジタル信号のエンコード処理にもMQAならではの特徴的なアプローチがある。スチュワート氏はそれを“オーディオ折り紙”と呼んでいる。