Shure「SE846」レビュー:ハイレゾ音源の本質を味わい尽くせる銘機を改めて検証
「40kHz以上出る=ハイレゾが聴けるイヤホン」、ではない
ハイエンドのイヤホンの定番と言えば、一昨年発売されたShureのSE846がまず思い浮かぶ。2年経っても注目度は依然高く、いずれ入手したいイヤホンの筆頭に上がる製品のひとつだ。
ハイレゾの浸透や定額制ストリーミングの始動など、この2年間で音楽を取り巻く環境は大きく変わったが、果たしてSE846は変わらぬ価値を発揮し得るのだろうか。ハイレゾ音源を聴き、それをあらためて検証してみようというのがここでのテーマである。
スペックだけ見ると、再生帯域の上限が20kHzのSE846は「ハイレゾ非対応」に分類されるだろう。しかし、以前もこのサイトに書いたことだが、再生帯域の数字だけで判断すると、スピーカーを含む多くのハイエンドオーディオ機器を「非対応」と分類せざるを得なくなる。ハイレゾオーディオの特徴を最も雄弁に再現する定番モデルまでもが「非対応」の烙印を押されかねない。
特にヘッドホンやイヤホンは、メーカーごとに測定基準が異なることもあり、仕様の数字を過信しない方が良い。正確なアタックや精度の高い空間情報など、ハイレゾの音が良い理由はたくさんある。それを意識しながら、耳で確かめることが肝心なのだ。
ミュージシャンの意図がまっすぐ伝わってくるサウンド
ハイレゾ音源の本質を味わい尽くせる
DAPのハイレゾ対応が進み、イヤホンでハイレゾ音源を聴く機会は確実に増えている。今回はその動きを牽引するAstell & KernのAK240を組み合わせ、ハイレゾ音源を中心にしてSE846のパフォーマンスを検証する。最近はスマホもハイレゾ対応が進んでいるが、SE846のポテンシャルを引き出すには、クオリティを突き詰めた音楽再生専用機の方がふさわしいのはいうまでもない。
試聴は本体の内蔵メモリに加え、Wi-Fiを介したNASからのストリーミング再生も試した。選曲の自由度が上がるし、屋外だけでなく、家のなかでもDAPとカナル型イヤホンの機動性を活かせるからだ。なお、交換可能なノズルインサートは標準の「バランス」で聴いている。
ミュージシャンとの近さを実感できるという点で、SE846の音は他の高級イヤホンと一線を画している。物理的な近さもそうだが、それ以上に、やりたいことがよくわかり、どんな音を狙っているのか、真っ直ぐに伝わってくる良さがある。イーグルスの『ホテル・カリフォルニア』をハイレゾ版(192kHz/24bit)で聴き、強く感じたのがそのことで、特にギターとベースの緩みのなさは別格と言っていい。リズム楽器はどの音域でもセパレーションが高く、サウンドはタイト。そして、アタックが鈍ることがまったくない。それだけでステージにグッと近付いたように感じ、ボーカルもにじみのない音像が浮わつかずにビタリと定位する。
『ジャズ・アット・ザ・ポーンショップ』(192kHz/24bit)は、さらに前に出て最前列で聴いている感覚だ。ヴィブラフォンの鍵盤がステレオ音場のなかにリアルに並び、タンバリンの動きが目に見えるような実在感がある。ベースは特定の音が引っ込んだり出っ張ったりせず、きれいなラインで演奏をリード。一部の音がふくらむと、それだけでテンポがもたついて聴こえるものだが、SE846はそのいやらしさが微塵もない。サックスの音像が広がり過ぎないことにも感心するが、特に嬉しいのはどの音域でも音が痩せないことだ。Shureの製品に共通する美点であり、SE846はその良さを特に強く印象付ける。
ゲルギエフ指揮 マリインスキー管が演奏したショスタコーヴィチの交響曲第15番(DSD 2.8MHz)は、上下左右に広い音場が展開し、目の前の前が一気に開かれた開放感を味わった。最弱音からフォルテシモまで上り詰めていく息の長いクレッシェンドが桁外れに力強く、否が応でも聴き手に高揚感をもたらす。この温度感の高さこそがSE846の重要な資質で、他の製品で置き換えられない長所だと思う。立体的な空間のなか、部分と全体のバランスが少しも破綻しないのは、DSD録音のメリットを忠実に引き出していることを意味する。
音楽と楽器、原音を知っているShureだからこそ実現できた音
筆者はSE535を愛用しているので、Shureのイヤホンの音には普段からなじんでいる。量感豊かで芯のあるベース、密度の高い中音域、緻密だが刺激を抑えた高音が絶妙にバランスしたサウンドは、聴き手にある種の安心感すら与えてくれる。音楽と楽器のことを良く知っているメーカーでなければ、この音を出すのは難しい。聴くたびにそう納得させられるサウンドだ。
SE846も、そうしたShureの良き伝統を確実に受け継いでいる。だが、SE535とSE846の音には大きな違いもあり、聴き終えた後の印象はけっして同じではない。端的に言えば、SE846は演奏の高揚感やエモーショナルな表現を聴き手にダイレクトに伝え、より強い印象を刻む点に良い意味での個性がある。
そのインパクトの強さはどこから生まれるのか。まず、クリアー仕上げの外装を通して見える4つのドライバーユニット、精密加工されたローパスフィルターなど、本機のために開発された複数の革新的技術が成果を上げていることは間違いない。付帯音やにじみが消え、一つひとつの音が本来の質感とエネルギーを取り戻す。斬新な発想もさることながら、機械的精密さを突き詰めてそれを実現していることが、メカ好きには嬉しいポイントだ。これらの技術が、ハイレゾ音源の本質を聴き手に伝えるうえで重要な役割を担っていることにも注目したい。
そして、もう一つ肝心なことがある。耳を頼りに妥協を排して音を追い込み、チューニングを繰り返すShureの開発姿勢そのものだ。目指す音のイメージがはっきりしているので、そこに向かって追い込む手法にブレがない。原音を知り尽くしたメーカーならではの強みであり、それが聴き手に安心感を与えることにつながる。
SE535などShureのイヤホンを使っているリスナーはもちろんのこと、他の製品を使ってきた音楽ファンも、SE846にそなわる「音楽の本質を伝える力」に抗うのは難しい。
ハイエンドのイヤホンの定番と言えば、一昨年発売されたShureのSE846がまず思い浮かぶ。2年経っても注目度は依然高く、いずれ入手したいイヤホンの筆頭に上がる製品のひとつだ。
ハイレゾの浸透や定額制ストリーミングの始動など、この2年間で音楽を取り巻く環境は大きく変わったが、果たしてSE846は変わらぬ価値を発揮し得るのだろうか。ハイレゾ音源を聴き、それをあらためて検証してみようというのがここでのテーマである。
スペックだけ見ると、再生帯域の上限が20kHzのSE846は「ハイレゾ非対応」に分類されるだろう。しかし、以前もこのサイトに書いたことだが、再生帯域の数字だけで判断すると、スピーカーを含む多くのハイエンドオーディオ機器を「非対応」と分類せざるを得なくなる。ハイレゾオーディオの特徴を最も雄弁に再現する定番モデルまでもが「非対応」の烙印を押されかねない。
特にヘッドホンやイヤホンは、メーカーごとに測定基準が異なることもあり、仕様の数字を過信しない方が良い。正確なアタックや精度の高い空間情報など、ハイレゾの音が良い理由はたくさんある。それを意識しながら、耳で確かめることが肝心なのだ。
ミュージシャンの意図がまっすぐ伝わってくるサウンド
ハイレゾ音源の本質を味わい尽くせる
DAPのハイレゾ対応が進み、イヤホンでハイレゾ音源を聴く機会は確実に増えている。今回はその動きを牽引するAstell & KernのAK240を組み合わせ、ハイレゾ音源を中心にしてSE846のパフォーマンスを検証する。最近はスマホもハイレゾ対応が進んでいるが、SE846のポテンシャルを引き出すには、クオリティを突き詰めた音楽再生専用機の方がふさわしいのはいうまでもない。
試聴は本体の内蔵メモリに加え、Wi-Fiを介したNASからのストリーミング再生も試した。選曲の自由度が上がるし、屋外だけでなく、家のなかでもDAPとカナル型イヤホンの機動性を活かせるからだ。なお、交換可能なノズルインサートは標準の「バランス」で聴いている。
ミュージシャンとの近さを実感できるという点で、SE846の音は他の高級イヤホンと一線を画している。物理的な近さもそうだが、それ以上に、やりたいことがよくわかり、どんな音を狙っているのか、真っ直ぐに伝わってくる良さがある。イーグルスの『ホテル・カリフォルニア』をハイレゾ版(192kHz/24bit)で聴き、強く感じたのがそのことで、特にギターとベースの緩みのなさは別格と言っていい。リズム楽器はどの音域でもセパレーションが高く、サウンドはタイト。そして、アタックが鈍ることがまったくない。それだけでステージにグッと近付いたように感じ、ボーカルもにじみのない音像が浮わつかずにビタリと定位する。
『ジャズ・アット・ザ・ポーンショップ』(192kHz/24bit)は、さらに前に出て最前列で聴いている感覚だ。ヴィブラフォンの鍵盤がステレオ音場のなかにリアルに並び、タンバリンの動きが目に見えるような実在感がある。ベースは特定の音が引っ込んだり出っ張ったりせず、きれいなラインで演奏をリード。一部の音がふくらむと、それだけでテンポがもたついて聴こえるものだが、SE846はそのいやらしさが微塵もない。サックスの音像が広がり過ぎないことにも感心するが、特に嬉しいのはどの音域でも音が痩せないことだ。Shureの製品に共通する美点であり、SE846はその良さを特に強く印象付ける。
ゲルギエフ指揮 マリインスキー管が演奏したショスタコーヴィチの交響曲第15番(DSD 2.8MHz)は、上下左右に広い音場が展開し、目の前の前が一気に開かれた開放感を味わった。最弱音からフォルテシモまで上り詰めていく息の長いクレッシェンドが桁外れに力強く、否が応でも聴き手に高揚感をもたらす。この温度感の高さこそがSE846の重要な資質で、他の製品で置き換えられない長所だと思う。立体的な空間のなか、部分と全体のバランスが少しも破綻しないのは、DSD録音のメリットを忠実に引き出していることを意味する。
音楽と楽器、原音を知っているShureだからこそ実現できた音
筆者はSE535を愛用しているので、Shureのイヤホンの音には普段からなじんでいる。量感豊かで芯のあるベース、密度の高い中音域、緻密だが刺激を抑えた高音が絶妙にバランスしたサウンドは、聴き手にある種の安心感すら与えてくれる。音楽と楽器のことを良く知っているメーカーでなければ、この音を出すのは難しい。聴くたびにそう納得させられるサウンドだ。
SE846も、そうしたShureの良き伝統を確実に受け継いでいる。だが、SE535とSE846の音には大きな違いもあり、聴き終えた後の印象はけっして同じではない。端的に言えば、SE846は演奏の高揚感やエモーショナルな表現を聴き手にダイレクトに伝え、より強い印象を刻む点に良い意味での個性がある。
そのインパクトの強さはどこから生まれるのか。まず、クリアー仕上げの外装を通して見える4つのドライバーユニット、精密加工されたローパスフィルターなど、本機のために開発された複数の革新的技術が成果を上げていることは間違いない。付帯音やにじみが消え、一つひとつの音が本来の質感とエネルギーを取り戻す。斬新な発想もさることながら、機械的精密さを突き詰めてそれを実現していることが、メカ好きには嬉しいポイントだ。これらの技術が、ハイレゾ音源の本質を聴き手に伝えるうえで重要な役割を担っていることにも注目したい。
そして、もう一つ肝心なことがある。耳を頼りに妥協を排して音を追い込み、チューニングを繰り返すShureの開発姿勢そのものだ。目指す音のイメージがはっきりしているので、そこに向かって追い込む手法にブレがない。原音を知り尽くしたメーカーならではの強みであり、それが聴き手に安心感を与えることにつながる。
SE535などShureのイヤホンを使っているリスナーはもちろんのこと、他の製品を使ってきた音楽ファンも、SE846にそなわる「音楽の本質を伝える力」に抗うのは難しい。