【特別企画】シングルBAらしいクリアさと中低域を両立
NuForceに何があった? 新イヤホン「HEM1」がエントリー機の定番になりそうな高音質
ドライバーやスピーカー、あるいはアンプなどの電気回路、トランジスタや真空管といった増幅素子は、設計時に想定された範囲の強さの入力信号や増幅率で動作させた際に最も理想的な、音声信号で言えば入力信号の波形を最も崩さないフラットレスポンスに近い動作をすることが一般的だ。
逆に言えば、過大入力や過剰な増幅率という条件下においては、入力信号と出力信号、出力音声の差異が大きくなり、音が変わってしまう。しかしギターアンプの歪みや録音時のアナログコンソールでのサチュレーションのように、それを意図的に引き出して音作りに活用している例も多々ある。
このモデルの発想はそれに近いのではないだろうか。特定のドライバーに特定の負荷を与えることで特定の帯域、このモデルの場合はローミッドの主張、という癖を引き出す。そういったことが行われているようだ。
また、パッケージ背面の分解図やクリアシェルの中を見てみると、ドライバーを覆い隠す大柄なインナーケースの存在を確認できる。電気的な負荷の調整の他に、ベントホール付きBAドライバーの周囲をインナーケースで覆い、そのケースに第二のベントホールを設けて空流を調整し、アコースティックな負荷も調整しているようだ(代理店に確認済み)。シングルBAではないが、それに近い手法を公表しているカスタムイヤモニブランドもある。実際の技術設計は分からないが、メーカーとしてはしっかり意図してそれを実現し、HEM1のこのサウンドを作り上げている。そのことは間違いないだろう。
そのチューニングが実際の曲でどのように発揮されるのかを話していこう。最初の試聴曲は、Q-MHz feat. 小松未可子の「ふれてよ」。こちらはミドルテンポでロックバラードのようなタイプの曲だ。
まずボーカルだが、一言で言えばすっきり系の表現。歌詞の内容としては「迷いや不安を抱えつつも踏み出していく、大人の女性のしなやかな強さ」といったものなのだが、後半にある「しなやかな強さ」を表す部分を、「吹っ切れたさっぱり感」といったニュアンスを強めて表現してくれる。息遣いのスピード感といった要素をシャープかつナチュラルに出してくれるので、そういった印象になるのだろう。
同様に、アコースティックギターのストロークの軽やかさ、エレクトリックギターのカッティングのエッジ感など、中高域はすっとしていてスピード感がある。ドラムスもすかっとしたヌケ感が印象的だ。
注目ポイントのローミッドは、この曲の場合はもちろんベースの表現に強く現れる。ベースのミドルレンジが太い。詳しく言い換えると「エレクトリックベースという楽器が出す音色の帯域範囲で、中心にあるローミッドの部分を心地よく主張する」ということだ。