純粋に美しい楽曲を再生するのに最適
TANNOYのスピーカー銘機「Autograph mini」が“GR”として復活。そのサウンドを探る
■自社生産のユニットを搭載。GRらしく高級感も獲得した
一旦は生産が完了したTANNOY(タンノイ)の「Autograph mini(オートグラフ ミニ)」が、装いも新しくなり発売が再開された(関連ニュース)。そもそも「Autograph」は、1953年にニューヨークのショウで発表された超大型スピーカーで、38cm口径の同軸型ドライバーユニットを、迷宮のような構造を持つバックロードホーンを擁する巨大なエンクロージャーにマウントしたものだった。
壁をホーンの延長として活用すべく、部屋のコーナーにモノラル機として一基のみセッティングすることを前提としているので、エンクロージャーはフロントに面取りを施した三角柱のようなフォルムだった。
サイズ的には機関車とクルマのミニ以上の差があるものの、Autograph miniにもこのフォルムが与えられている。フロントに切欠きがあり、サイドが強く傾斜しているためエンクロージャー内の天地にしか並行面のないこのフォルムはなかなか理に適っている。
話が後先になってしまったが、本機に使用されているドライバーユニットは100mmファイバーパルプコーンと19mmチタニウムドームの同軸2ウェイだ。2005年発売の初代モデルでは、ドライバーユニットは自社で設計し、社外で製造していた。このユニットの供給が停止されたため、やむなく2016年に生産完了がアナウンスされた。
しかしこの銘機の生産完了を惜しむ声は大きく、TANNOY社はこの同軸ユニットの生産設備を、UK・スコットランドの自社工場内に作ることを英断。約1年半ののち、GRバージョンでの再デビューが実現した形だ。製造設備が異なることによる性能差はないというが、生産が再開できたことを素直に喜びたい。
クロスオーバー周波数は2kHz。バスレフダクトは面積の少ないリア側にマウントされている。初代モデルとは外観がやや異なっており、木部の仕上げがチークからウォールナットに変更、フロントバッフルにもプレートが追加され、より上質感が増している。もちろん本機は正真正銘の“メイド・イン・UK”だ。
■瑞々しく豊かで風格のある音質で、清潔な音場に高貴な音像を両立
本機の性格上、本誌試聴室の通常のポジションよりも前にセッティングしてテストを行った。瑞々しい音であり、豊かな音でもある。世界の富を支配した経験をもつ国の製品らしい、風格のある音と言ってもいい。同じヨーロッパ製でも、フランスやイタリアのスピーカーのような果実味的な甘さはなく、ある種のスコッチウイスキーを思わせるような厳しさが支配的だ。
サイズ的に低音の再生には限界があるが、倍音で聴かせるのでリッチな音が得られる。音場はあくまでもフロントバッフルの後方に展開し、古典的なスピーカーのように前方にしゃしゃり出ることはない。音像は癖がないのだが、エンクロージャーの響きがわずかに乗っている。この響きが醸し出す厳しさがオーナーのプライドをくすぐる。だが基本的には現代のTANNOY一族と同様、楽曲・演奏に不介入だ。
ジャズでもブラス入りの大規模な演奏では、中音量までの範囲なら結構な聴き味が得られる。トーンコントロールを積極的に活用すれば、好みのエネルギーバランスが得られるだろう。こういう品格の高いジャズもいいものだ。ヴォーカルは清潔な音場に高貴な音像が浮かび上がる。英語の発音の聴き取りやすさは抜群だ。バックバンドの解像度も高い。
クラシックはマーラーの交響曲を聴いたのだが、コンサートホールの桟敷席にいるような感覚が味わえた。とはいえ、このスピーカーはやはりアクの強いマーラーのような作品よりも、モーツァルトとかシューベルト、さもなければバロック以前の時代の音楽のような、純粋に美的な作品を再生するのに向いていると思う。
オリジナルのAutographの時代において、オーディオはモノラルしかなく、スピーカーは一本だけだった。だから、部屋のどこにいても音楽を楽しむことができた。翻ってステレオ時代もかなり下った現代において、私たちは左右のスピーカーの中央に座って聴くことが正しいと信じて疑わない。この事がオーディオを窮屈にしているのではないだろうか。
本機はある程度フリースタンディングで使用できるが、リビング設置などではサイドボードのような家具の上にセッティングされるケースも多いだろう。その場合、必ずしもスピーカーに正対しないで聴くこともあるはずだ。そんな時はプリメインアンプのバランス調整を利用するといいだろう。うまくいくと非正対位置でもある程度のステレオイメージが得られるはずだ。持つ喜びも感じられ、オーディオ的にも音楽的にも優れたAutograph miniの再登場を喜びたい。
(石原 俊)
本記事はanalog vol.60からの転載です。本誌の詳細および購入はこちらから。