【特別企画】アトモスのバーチャル再生にも対応
パイオニアのミドル級AVアンプ「VSX-LX304」レビュー。精緻な音場再現と“音楽力”を備えたIMAX Enhanced対応機
チャプター18、月面着陸船イーグルがドアを開放し、船内から空気が逃げていった後は静寂無音になるが、数秒後にアームストロングの息遣いが聴こえNASAへの交信が再会される。月面での足取りをカメラが追い、やがてカメラがパンし無音だった映像に音楽が忍び寄る。亡き子の映像がオーバーラップし、月の地平線の遠い彼方から聴こえるはずのない音楽が聴こえてくる。音楽が止み記憶の中の風音。音響のコンビネーションと連なりが見事だ。
音楽イコール記憶、つまり人間存在である。その哀しさ、強さが際立つように対比的に宇宙空間の虚無を表現することが重要なのだが、VSX-LX304のS/Nの良さが「静寂」というもっとも表現の難しいものを見事に試聴室に描き出す。
本作は『アポロ13』のように轟音と勇壮な音楽一辺倒でなく、さまざまな音の要素とナイーブな劇伴のコンビネーションでシンフォニックな音響効果を狙っている。イマーシブサウンドがただ再生できるというだけでは、本作のサウンドデザインに込められた狙いを伝え切れない。試聴室の空気を変え「静寂」を生み出すノイズフロアの低さと、月に到達する科学力と並び立つ、人類が生んだ最も高貴な所産である音楽を美しくこまやかに描き出す才が問われる。VSX-LX304の備える「音楽力」がそれを分からせてくれた。
しなやかに歌い心地よく聴かせるためには、アンプとしての基本設計が優れてなければならない。アカデミー音響効果賞受賞作の真価を伝えたのは、イマーシブサウンドの再現性以上にVSX-LX304のアンプとしての地力の部分だった。
数枚の4K UHD BDを視聴したが、パイオニアのアナログ/デジタルの経験の積み上げから生まれた、優れた素性を備えるアンプであることが分かった。フラグシップ機の回路技術を活かしたS/Nと分解能、帯域の広さ。それを土台に、Advanced MCACCの精密な音場補正が隅々までフォーカスの合った広大で澄明な音場を生み出している。
ホームシアタービギナーは、Dolby Atmos Height Virtualizerを使いイマーシブサウンドを体験してみて、次にイネーブルドスピーカーを追加するといいだろう。高い完成度は心得あるユーザーを納得させるものであり、中堅価格帯ながら7.1.2/5.1.4の本格再生への最短距離となる。IMAX Enhancedにすぐに対応する拡張性も頼もしい。VGP2019 SUMMERにおけるVSX-LX304への評価を、今回の視聴で改めて確認することができた。
(大橋 伸太郎)