【特別企画】オーディオ銘機賞2021金賞受賞
ラックスマン「D-10X」はメディアの違いを正確に描き分ける。名演奏に新たな息吹を吹き込むSACDプレーヤー
■SACDとMQA-CDでは、クライバーでなければ引き出せない響きを再現
次にカルロス・クライバー指揮ウィーン・フィルのベートーヴェンを聴く。第5番《運命》と第7番を組み合わせたアルバムから、今回は1974年に録音された第5番の3、4楽章を選んだ。第4楽章に飛び込む直前のクレッシェンドや明るく力強い金管の輝かしさなど、クライバーでなければ引き出せない高揚感とテンションの高い響きが聴きどころだ。CDは2007年発売のSHM-CD、SACDは2010年に発売されたシングルレイヤーSHM仕様、MQA-CDは2018年発売のハイレゾCD名盤シリーズのディスクをそれぞれ再生した。
CDは弦も管も芯のある音だが、音色は硬め。推進力の強さは文句なしだが、フォルテ以上に音量が上がるとギスギスした感触が顔を出す。ステレオ音場はスピーカーの内側にエネルギーが集まり気味で、一体感はあるのだが、ムジークフェラインザールで録音していることが分かるような余韻の広がりをもう少し引き出したいというのが正直な感想だ。
SACDシングルレイヤー盤は音がガラリと変わった。チェロや木管の音色に柔らかさが感じられ、内声が刻む音の積み重ねが、推進力だけでなく和音の響きを豊かにする方向で正しく機能していることがよく分かる。クライバーが振ると旋律楽器だけでなく内声や低音まで音色を吟味して歌うようになり、響きが充実するのだ。SACDで聴くと、そうした演奏効果がはっきり聴き取れるのが実に面白い。
第3楽章のトリオはチェロとコントラバスが同じ音形で弾むように演奏する。この録音ではコントラバスの比重が強く、重量級の響きを繰り出すのだが、そのときに大量の空気が動く感触は見事と言うしかない。ロームの設計陣が新しいDACを開発する際に低音の質感にこだわったと聞いているが、この表現力はおそらくその成果だと思う。
MQA-CDはSACDと共通のマスターからエンコードを行っている。CDに比べて遠近感が深く、ヴァイオリンの瑞々しい音色もSACDに近い。最大の長所は、フォルテ以上のダイナミクスでCDのような硬さがないことで、それだけでもこのディスクを選ぶ価値がありそうだ。第3楽章のトリオも低弦の動的な解像度が高く、ピチカートの余韻が伸びやかに広がって、ムジークフェラインザールの空間を満たす空気がゆったり動く様子を生々しく再現した。
シングルレイヤーのSACDとMQA-CDは演奏の特徴を忠実に再現し、クライバーでなければ引き出せない響きまで再現した。今回聴いたSACDはすでに生産が完了しているので、これから買うなら躊躇なくMQA-CDを選ぶべきだ。
■徹底的に作り込まれた《ナイトフライ》。音数が増えてもクリアな見通しを失わない
最後にドナルド・フェイゲン《ナイトフライ》の「I.G.Y.」を聴く。アルバムのなかでも音数が一番多く、徹底的に作り込まれた曲だ。このアルバムのオリジナルは1982年発売だから、なんと38年も経っている。もちろん最初はレコードで聴いていたのだが、その当時からすべての音が洗練されていて、音数が増えてもクリアな見通しを失わないミキシングに度肝を抜かれた。
この音源に限っては、ハイブリッドSACDのCD層とSACD層、そしてワーナーから発売されたMQA-CDの3つをD-10Xで再生した。つまりCDとSACDはリモコンで再生エリアを切り替えながら聴き比べたわけだが、まずその両者の違いから紹介しよう。
CDはベース、シンセサイザー、ドラムのリズムの切れが良く、一言で言えば快活な明るいサウンドだ。途中から加わるホーン楽器はトランペットもサックスも定位が鮮明で音色もクリアだが、楽器ごとの前後方向の位置を意識して聴くと、奥行きと広がりがやや物足りない。フェイゲンのヴォーカルとコーラスも本来はそれぞれの位置がピタリと定まるはずで、そこが若干不満だ。全体のバランスは意外に低重心で、ベースとキックドラムの重量感もしっかり出ている。
SACDに切り替えると、リズムの精緻な関係が立体的に浮かび、電子楽器群の音色の繊細さにも違いが現れた。さらに、ホーン楽器群のタンギングの切れや各プレイヤーの音色の個性まで聴き取れる。もともと参加メンバーが多い曲だが、ごく短いフレーズでしか登場しない楽器もあり、音作りは贅沢をきわめている。誰が演奏しているのか、メンバー一覧を見ながら聴く楽しみがあるのだが、D-10XでSACDを聴けば全員を言い当てられそうだ。CDで不満を感じた前後の遠近感もSACDでは本来の位置に鮮鋭なフォーカスで定位する。聴けば聴くほど音作りの天才的な感性が見えてくる。
MQA-CDで聴く「I.G.Y.」は他のディスクよりもベースの低音弦が太めになるためか、これまでいろいろなメディアで聴きなじんできたバランスよりも少しだけ重心が下がる。シンセサイザーやパーカッションのアタックはCDに比べて付帯音がなく、音量を上げても他の楽器をマスクしたり、必要以上に前に出てくることがない。この盤をレコードで再生すると粒立ち感がカートリッジやプレーヤーによって変わってしまうことがあるのだが、さすがにリマスタリングされたデジタル音源はそんな副作用がなく、安定している。
D-10Xで聴く《ナイトフライ》のベストは楽器の音色をきめ細かく鳴らし分け、質感の高さが際立つSACDで決まりだ。
■D-10Xはメディアごとの違いを的確に描き分け、名演奏に新たな光を当てる
3種類の名盤ごとに3枚のディスクを聴き比べる試聴から浮かび上がってきたのは、マスタリングやフォーマットによる音の違いが想像していたよりも大きく、プレーヤーを吟味すればその差がとてもよく分かるという事実だ。
ディスクプレーヤーを新調すると、しばらくは愛聴盤を聴き直す楽しみが続く。だが、同じ音源のバリエーションを聴き比べる面白さはいっときで終わるものではなく、次から次に興味が広がって尽きることがない。今回も同じウィーン・フィルの他のレーベルの録音を聴いてみたくなったし、ハイレゾ音源との比較にも興味が湧いてきた。D-10Xのデジタル入力はファイル再生でも最先端の仕様を満たしているので、ディスクとは違う世界を経験できる可能性がある。名演奏、名録音が息を吹き返す瞬間を一度でも体験すると、次の一枚を求める探求心が強く刺激されるのだ。