<連載>角田郁雄のオーディオSUPREME
dCSヘッドホン再生技術の集大成「LINA」。オーディオマインドを掻き立てる高解像度な空間描写を堪能
3筐体構成のヘッドホン再生システムdCS「LINA System」
皆さん、こんにちは。今年は、各地のオーディオショウやイベントが少し盛んになり、新製品の登場も、昨年よりも増えた印象を受けました。そんななかで、私が注目した製品があります。それは、世界の熱烈なヘッドホン愛好家が注目するdCS「LINA System」というモデルが登場したことです。
dCSはイギリスのメーカーで、CD登場以来、プロ用の高性能AD/DAコンバーターやアップサンプラー、高精度クロックジェネレーターを発売し、デジタル時代を牽引してきました。現在はVivaldiシリーズを頂点とし、ハイエンドなホームオーディオに特化しています。
そんなdCSは近年、ヘッドホン愛好家がハイエンドなヘッドホンを愛用し、ヘッドホンアンプやDACにもこだわっていることに着目しました。そこで第1弾として、ヘッドホンアンプを装備する「Bartok DAC」を発売し、世界的に高い評価を受けてきています。
その後も着々と開発を進め、この夏、LINAというヘッドホン愛好家向けのシステムを登場させました。今回、私は喜ばしいことに自宅で試聴することができたので、その内容をお伝えしたいと思います。
Ring DACを搭載、各種デジタル再生に対応するネットワークDAC
まず、そのシステム構成を紹介します。「LINA Network DAC」「LINA Master Clock」「LINA Headphone Amplifier」の3ピース構成です。デザインはマットなブラックを基調とし、Network DACにはアクリル・パネル仕様のディスプレイが設置されています。3セット重ねると実にスタイリッシュなコンポーネントとなりますね。筐体は、何と贅沢にもアルミブロックを切削したオールアルミ製です。
LINA Network DACから説明します。デジタル入力はUSB2.0A、USB2.0B、LANを各1系統。BNC、RCA、光TOSを各1系統、AES/EBUは2系統ありますが、XLRデジタルケーブルを2本使用しDSDやDXDを伝送するデュアル・ワイヤーに対応します。例えば、dCSのSACDトランスポートと接続可能です。現在、主流となるフォーマットに対応し、PCMは44.1kHz〜384kHzまで、DSDは2.8/5.6MHzを再生します。Spotify、TIDAL、Qobuz、インターネットラジオなどに対応するほか、MQAやRoon Readyもサポートします。
44.1kHzと48.0kHzのクロック入力も各1系統装備し、LINA Master Clockとの接続を可能にします。接続しない場合は、内部クロックで動作します。アナログ出力はRCAとXLRバランス各1系統ですが、設定で0.2V、0.6V(入力感度の高い真空管アンプ用)、2.0V、6.0Vに変更できます。
特筆したいことは、ヘッドホン愛好家がフレンドリーに扱えるフロントパネルからの設定です。フロントパネルでは入力ソース(例えばネットワーク)、位相、フィルター、クロック、再生フォーマット、曲名などが表示されるほか、ディスプレイ下部の4つのLEDにタッチすると入力選択やヘッドホン・クロスフィード・フィルター選択、各種オーディオ設定(例えばクロック入力、出力レベル、DSD/DXDアップサンプリングなど)を行えるようにしています。
なかでも注目はヘッドホンを研究し、あたかもスピーカーで聴くかのような、独自のクロスフィード・フィルターを設定できることです。具体的にはクロスフィード、dCS Expanse(特許取得済)のE1、E2フィルターという3つのモードです。特にE1、E2は録音を尊重し、残響を維持し、左右の信号間の相関関係に合わせて信号の処理を行い調整することが開発の根本にあるそうです。そして同社のポリシーであるオリジナル録音に忠実な再生を重視したそうです。
そのほかに、好みの音質が選択できるように、PCMでは、F1、F2、M1(MQAフィルター)の3種のフィルターを、DSDではF1〜F4の4種のフィルター・モードを選択できます。
内部技術はオーディオマインドが掻き立てられてしまうほど精密感に溢れています。Vivaldiの技術を応用した超高精度DA変換を誇るRing DACやUpsamplerの技術を踏襲していますが、内容はまったくの新開発と言えます。特にdCS Expanseフィルターの搭載や多機能な設定、そしてディスプレイの操作性を考えると、従来製品とはまったく違ったファームウェアの構築が見てとれます。
例えば、アップサンプリングや各種フィルター・モードは、スタジオ機器で培った技術を長年にわたり進化させたもので、単純な倍数化、フォーマット変換、理論的なフィルター特性に留まりません。今回のdCS Expanseを例にとっても、人の聴感にふさわしい特性をアルゴリズム化し、FPGAに投入していると推察されます。
技術面では、2,000以上のパーツを採用し、強力なフレックスリジット基板(カメラなどで使用される)を採用しワイヤーを使わず、筐体の天板、両側面を利用し各回路の干渉を避け、連結させています。これは、小型化と最短の伝送距離を実現するためです。電源トランスは底板に設置され、リニア電源です。
ハイインピーダンスヘッドホンまで鳴らし切る強力な駆動力を持つアンプ部
次にLINA Headphone Amplifierを紹介します。フロントパネルには、左から6.3mm標準フォーンジャック、4ピン・バランスXLR、3ピン・バランスXLR(左)、3ピン・バランスXLR(右)の出力端子が装備されています。大型のボリューム・つまみが採用され、フロント中央下部の電源スイッチを入れ、さらに押すと入力選択ができ、LEDが白、青、マゼンタに点灯します。
また、右下部のスライド・スイッチで、ヘッドホンの感度に応じて、ゲインの高/低が選択できます。入力は、RCAが1系統、XLRバランス入力が2系統ですが、LINA Network DACはXLR入力を推薦しています。これにより、バランス仕様のヘッドホンならば魅力的な全段バランス伝送の音質が楽しめるわけです。もう一つのXLRバランス1系統は、別のCDプレーヤーなどとの機器接続用です。
技術的な注目点は、理想的にヘッドホンをドライブするためのアンプを開発し搭載したことです。それはBartok DACに搭載したアンプを進化させた、独自のディスクリート構成「クラスSuper A出力段」です。かなり面積が広く、これも実に精密感があります。発熱は少なく、高効率、B級のようにクロスオーバー歪みがない出力段で、注目点はヘッドホンの細いケーブルに影響されない低インピーダンス出力を実現していることです。
スピーカーで言えば、スピーカー駆動力の指標となるダンピングファクターが高いアンプと言えます。具体的にインピーダンス8Ω〜600Ωのヘッドホンに対応し、出力インピーダンスは、0.09Ω以下です。
その他諸特性の代表値も紹介すると、周波数特性は、1Hz〜100kHz、全高調波+ノイズ特性は0.005%以下、S/Nは110dBです。電源部はリニア電源で、アナログ増幅回路搭載ヘッドホンアンプとしても、優れた特性を実現しています。音質としては、色付けの少ないニュートラルな音を実現したとのことです。個人的にもVivaldiを使っているので導入したいと思うほどの内容です。
最後にLINA Master Clockを紹介します。44.1kHzと48kHzクロックを内部の2式の安定した高精度なTCXO(温度補償型水晶発信器)により出力します。2種のクロックを干渉させることなく伝送し、LINA Network DACにおけるジッターを低減します。さらなる空間描写性、高い解像度、広いダイナミックレンジ特性などに貢献してくれます。
フォーカル「UTOPIA SG」で試聴 -音の透明度や倍音の豊かさを引き出す-
試聴では、DELAのライブラリを使用しネットワーク再生を行いました。
再生アプリは「Mosaic」です。LINA Network DACの入力選択や各種設定も行えるところは実に便利です。ヘッドホンは最初にフランスのフォーカルの「UTOPIA SG」(4ピンXLRバランス)を使用しました。
まず、クロスフィード・オフでリファレンス音源であるヴォーカル曲「Quiet Winter Night」を再生しました。
見事です。広く深い空間にリアルに女性ヴォーカルが中央定位し、それをベース、ギター、トランペット、ドラムスが囲んでいる様子がリアルに再現されます。ノルウェーの2Lレーベルによる、残響豊富な教会でのマルチチャンネル・レコーディングで、その音場感をよく引き出しています。
「UTOPIA SG」のベリリウム振動板の良さにも惚れ込んでしまいました。音色としては、中低域に厚みのあるピラミッド型バランスで、かなり濃厚な音質が持ち味です。しかし、楽曲の繊細さや柔らかさもよく表現し、ヴォーカルにウェットな質感を加え、ベースでは胴の響きを鮮明にします。このシステムで聴くとコンデンサーヘッドホンのような音の透明度や倍音の豊かさを感じます。
空間の広がりと奥行きという点に関しては、LINA Master Clockの効果も発揮され、解像度が高まります。Ring DACの効果としては、あたかも生演奏のような音楽のリアリティに尽きます。録音に優れた音源を再生すると、このシステムでは音に滑らかさがあり、アナログを聴いている気分にもなります。
次にクロスフィードに変更しました。すると左右の音の分離が抑えられ、スピーカーで聴いているかのような感覚になり、中央付近の音像が手前に定位します。極端に言えば、左右の音が弱まり、中央付近の音が強調された感じです。それだけに、時折女性ヴォーカルが体の向きを微妙に変えて歌唱する様子もよりリアルに再現されますし、中央定位の向上により、音場の見通しが良くなった印象を受けます。
次にdCS Expanse E1に切り替えてみると、音場が迫り、より全体の解像度が高まります。切り替えるとすぐさま分かる違いで、音量を少し上げる必要があります。女性ヴォーカルの声質もさらにリアルになります。金属パーカッションの余韻もより美しく響きます。
バーンスタインのベートーヴェン交響曲などを再生すると、中央付近の楽器の解像度を維持しながら、左右両翼の弦楽パートの響きを強めている感じです。まさに空間描写性の高い、高解像度な演奏が満喫できます。
MEZE「ELITE」で試聴 -ヴァイオリンの豊潤な倍音が魅力-
クラシック音楽に関しては、MEZE AUDIOの「ELITE」も良かったです。極薄の半結晶ポリマーにコイルをプリントし、その前後にマグネットを挟み込むという独創的な平面振動板駆動方式の効果が発揮され、弦楽は実にきめ細かくしなやか。管楽器から豊潤な倍音が聴け、ダイナミックレンジも広いです。ヒラリー・ハーンの新譜『エクリプス』を引き立てました。
聴き慣れるとクロスフィード・オフの左右分離度の高い音に後戻りできなくなるほどです。言い換えると、最適な音場補正が行われたような感覚になります。さらにE2に変更すると、E1よりも左右の強調感が減り、中央付近の解像度が高まった印象を受けます。音質に変化はなく、弱音や残響成分が減るということもなくナチュラルです。
これはE1、E2のどちらが良いのかではなく、再生する音源で選んでも良いでしょう。今回の場合、個人的にはE2が好きでした。さらにLINA Network DACのフィルター特性を変更し好みの音質を加えることもできます。
ソニーの「QUARIA 010」もしっかり鳴らし切る高解像度描写
もう一つ、ヘッドホンを使ってみました。それは、私が長年大切に使ってきたソニー「QUARIA 010」です。120kHz再生を目指したナノコンポジットHDドライバーを搭載していますが、これがなかなか手強い相手なのです。音の鮮度は抜群なのですが、駆動力が十分でないと、高域が硬質になり、低域が控えめになります。ですからLINA Systemで再生できることを楽しみにしていました。
その結果、今まで体験できなかった音の柔らかみや低域の量感が得られ、高解像度な空間描写を満喫することが叶いました。まさにLINA Headphone Amplifierの駆動力の高さを実感したのです。
とりわけ、今回フォーカルのUTOPIA SGで聴いたキム・アンドレ・アネルセン『幸いなるかな』は、とてもヘッドホンで聴いているとは思えない広々とした空間描写が得られ、女性合唱団とオケ、そして重厚なドラやパーカションによる壮大な音楽絵巻のような楽曲を満喫しました。特にE2が好みでした。
ECMで注目されるトルド・グスタフセン・トリオの新譜『OPENING』では、ピアノ、ドラムス、ベースが織りなす、空間の彫刻と言いたくなるほどの美音の空間描写が堪能できました。DSDアップサンプリングの音は魅力的です。
なお、LINA Network DACとMaster Clockを組み合わせ、スピーカーでも聴いてみましたが、そのスケール感に溢れた高密度なワイドレンジ再生にもすっかり満足しました。オーディオファイルも、この音に惚れ込むことでしょう。
LINA Systemは、アップグレード体制が充実していて長く愛用できることも魅力です。ぜひ一度、専門取扱店で、そのデザイン、操作感、音質を体験していただきたいと思うところです。