タンノイはスコットランドのグラスゴーに本拠を構えるスピーカーメーカーの名門中の名門である。同社の創業は第二次大戦前に遡り、創業時は、タンタロム合金をもちいたラジオ用電解整流器を製造するメーカーであったが(その登録商標がタンノイ=Tannoyというブランド名になった)、やがて音響設備を手がけるようになり、第2次大戦直後の1947年に同軸2ウェイのドライバーユニットを発表し、スピーカーメーカーとしての名乗りをあげた。このドライバーユニットは、当時ハイファイ録音の最先端を突っ走っていた英国のレーベル、デッカのモニタースピーカー用として採用されることになる。

タンノイの同軸2ウェイユニット1号機。通称『モニターブラック』と呼ばれ、基本的な構造は、現在まで引き継がれている

デッカのモニタースピーカーは、タンノイ製の15インチ・ドライバーユニットを巨大な平面バッフルにマウントしたものであった。当時のデッカの高解像度な録音からも類推できるように、このモデルのサウンドは極めてハイグレードであったが、家庭に持ち込むのは不可能に近かった。そこで、このモデルの平面バッフルを折りたたみ、バックロードホーン式としたのがオートグラフである。1953年のニューヨーク・オーディオ・フェアに登場した「オートグラフ」は、当時のオーディオファイルの心をとらえた。

タンノイ社のDCドライバーが発表されたのは1947年。同社純正のキャビネットに入れて発売されたスピーカーシステムとしての第一号は、モニターシルバー搭載の「Autograph」であった

50年代から60年代にかけて、同社は「オートグラフ」をもとに様々なモデルを派生させ、社業を拡大していった。だが、70年代に入ると陰りがみえはじめた。同社の伝統的の家具調のスピーカーは製造にコストがかかるうえ、複雑なエンクロージャーを作ることのできる木工職人の数の減少に加えて、工場が焼失するという不運が重なったのだ。そのうえ1974年には社主のファウンテンが心臓発作に倒れる。彼が保有する株式は売却されてしまった。

しかしながら、そんな逆境をはねかえすのがスコットランド魂である。1978年、後に社長に就任するノーマン・クロッカーをはじめとする経営陣は株式を買い戻し、資本の独立を取り戻す。また木工技術の継承にも成功し、トラディショナルなファニチャー調の「プレステージ」シリーズをコアとする製品ラインアップを充実させるとともに、伝統的なデザインを守りつつも性能の向上と音楽性の洗練に力を注いでいる。

1981に登場した「GRF Memory」は、イギリス資本に戻ってのタンノイ復興の記念碑的製品(写真は1998のGRF Memory /HE)。後につながるプレミアムスピーカー(プレステージシリーズ)系譜の先駆的なモデル

タンノイは創業以来、ほぼ一貫してデュアルコンセントリック=同軸2ウェイのドライバーユニットを作り続けている。コストの都合上、このユニットを搭載することができないモデルも本社ではラインアップしているが、最高級のラインには必ずこの形式のユニットを用いてきた。

デュアルコンセントリックを開発し、Autograph、GRFのチーフエンジニアでもあったロナルド・ヘイスティング・ラッカムの記念モデル「RHR special limited」。1986年に60周年記念モデルとして発売された

現在において、同軸2ウェイという形式は必ずしも有利ではない。というのも、トゥイーターとウーファーを単一パーツ化すると、音色的なつながりにどうしても無理が生じるからである。現代のネットワーク回路技術をもってすれば、同軸型と同様の音像定位性能をもつスピーカーシステムを設計・製作することはたやすいはずだ。にもかかわらず、同社はこの形式にこだわっている。これは、一度決めたサウンド・アイデンティティを絶対に変えないスコットランド魂によるものにちがいない。

もうひとつ、これはあくまでも私見だが、同社はコンパクト化を、意識的にせよ無意識的にせよ、製品作りの根幹としているのではないだろうか。前述の「オートグラフ」は巨大な平面バッフルをコンパクトに折りたたんだものである。

また、同社は「オートグラフ」をコンパクト化して、ステレオ時代に対応した「GRF」をリリースしている。さらには1961年に、小型スピーカー流行の先駆けともなった「III LZ」を世に送り出した。そもそもウーファーとトゥイーターを一体型化したデュアルコンセントリックという方式そのものがコンパクトなのだ。

 
1955年に発売された「GRF」は「Autograph」と同じ15インチモニターシルバー搭載の兄弟機   2000年に発売された「Autograph Millennium」

どうやらタンノイの製品づくりの根底には、合理主義というフィロソフィーがひそんでいるようだ。もしかすると、この合理主義が、西洋音楽の合理性とどこかで結びつき、同社の製品の音楽性の高さを生じさせているのかもしれない。

「Prestige」現行シリーズの主なモデル
Westminster Royal/SE
¥2,362,500(1台)
 
Canterbury/SE
¥1,312,500(1台)
Stirling/SE
¥315,000(1台)
 
Autograph mini
¥315,000円(ペア)

タンノイ随一の伝説的銘機といえば、前述の「オートグラフ」をおいて他にない。モノラル時代に設計されたこのモデルは、部屋のコーナーにセッティングして使用することが前提になっているので、ステレオで使用するには一世一代ともいえるほどの覚悟が必要だ。正しく鳴るまでに時間もかかる。しかし、うまく鳴った時の音は素晴らしく、時代を超えた魅力がある。

小型の銘機では「III LZ」が筆者の心に深く刻みつけられている。少年時代の私が、このモデルにどれほど憧れたことか。このスピーカーで室内楽や小編成のオーケストラものを聴くのは、当時の幸運なオーナーの人生の喜びであったにちがいない。

1961年に発売された「III LZ」。タンノイ初の密閉型ブックシェルフスピーカー

また、ピアノソロの残響感の素晴らしさでも、当時のスピーカーとしては群を抜いていたように思う。ただし、ロマン派後期の巨大な交響曲を聴くには、当時としてもスケール感や解像度がやや足らなかったように記憶している。ビンテージ市場には状態の良い個体が少なくなっており、また仮に良かったとしても、現代のスピーカーを知ってしまった耳には古色蒼然たるサウンドと感じられるかもしれない。

大型機の銘品としては、15年ほど前に発表された「キングダム」というモデルがあげられよう。これは伝統のデュアルコンセントリック型ユニットに、46cmのサブウーファーとスーパートゥイーターを付加した構成をもつ。堂々たる大型機ではあるが、46cmのサブウーファーを擁する割にはコンパクトな仕上げになっており、その意味合いでもタンノイの得意技が生かされている。また、ワイドレンジの追求という意味合いでは、ディフィニションシリーズの先駆的存在と位置づけられよう。

ディフィニションシリーズはタンノイの最新テクノロジーの結晶である。と同時に、同シリーズには過去から現在に至るタンノイの伝統も集約されている。

Definitionシリーズ

その最たるものがデュアルコンセントリックのドライバーユニットであるわけだが、同社が初代モデルの「オートグラフ」で示した巨大モデルのコンパクト化や、「IIIL Z」で見せた小型スピーカー作りの巧みさや、「キングダム」で標榜したワイドレンジ化への取り組みといった、タンノイの歴史の全てが、このシリーズには込められているのである。

このシリーズのもつ先鋭性と歴史性を確かめるために、新旧の演奏を聴いてみた。前者はエソテリックが復刻とSACD化をおこなったイシュトヴァン・ケルテス指揮・ウィーン・フィルによるドボルザークの「新世界」。後者はドイツグラモフォンが次世代の巨匠として抜擢したダニエル・ハーディングが同じくウィーン・フィルを振ったマーラーの交響曲第10番である。

ディフィニションシリーズで聴く「新世界」は非常に解像度が高い。1960年代の初頭にこれだけの録音がなされていたのか、と改めて感心させられる。また、エソテリック/ティアックの復刻技術の高さと、ソフトにかける思いの強さにも胸が熱くなる。表現そのものはプレステージシリーズと大きく異なるが、古いソフトとの親和性の高さは昔と変わらない。

一方、マーラーの10番はウィーン・フィルの基本的音色が60年以上たっても変わらないことと、現代の秀才指揮者の分析力の高さが浮き彫りになった。この表現は、リジッドなエンクロージャーとワイドレンジなユニットを組み合わせたディフィニションシリーズならではのものだろう。

高性能機が目白押しの現代にあって、ディフィニションシリーズは過去の伝統を忘れない貴重な存在である。と同時に、現代最先端の表現を身につけた先鋭的なモデルでもある。幅広いジャンルの音楽を掘り下げて聴く方には、ぜひともお薦めしたい。

 
石原氏が考える「Definitionシリーズはこんな人に薦めたい」

ミュージカリティが高く、残響感も秀逸な「DC8」
「DC10 」は至高のサウンドを目指す愛好家にお薦め

個人的に「DC8」は「III LZ」の現代版と考えている。大編成のオーケストラものやビッグバンドのジャズをバリバリ鳴らすのでなければ、このモデルで十分。いや、それどころか室内楽やバロック/古典派時代の小編成のオーケストラに限っていえば、3機種の中で最もミュージカリティが高く、まとまっている。

また、常識的な音量ならばモダンジャズが非常に楽しい。ボーカルの音像の空中浮遊感やピアノの残響感もピカイチである。組み合わせるアンプは質の高いプリメインがいいのではないか。真空管式のモデルと組み合わせても面白そうだ。

「DC8 T」はリビングルームで使用するのにぴったりである。トールボーイ型なので落下の危険は皆無なので、お子様のいる家庭でも安心して使うことができる。その表現は中庸かつ多様性に富み、あらゆる音楽を高解像度に表現する。また、ドライブアンプを高性能化すると、ハイエンドオーディオの世界が比較的手軽に手に入る。

「DC10 T」は他の2モデルとは趣をいささか異にしている。これはユニットが大口径化したため、ラバーエッジではなくハードエッジを採用したことによるものと思われる。

その表現は、基本的には家庭で音楽を楽しむための音楽性と基本性能の高さを示すものだが、ひとたび音量を上げると、プロ用スタジオモニターに近似したオーディオの醍醐味を味わうことができる。これは実質上のハイエンドモデルだ。至高のサウンドを目指す愛好家の選択肢のひとつになるだろう。

 
Definitionシリーズの開発者は語る

■Tannoy Limited
  Dr.Paul Mills氏
(レジデンシャル・プロダクト 技術開発部長)

日本のオーディオファイルにとって「TANNOY」というブランドは、プレステージシリーズ、とりわけ壮大なウェストミンスター・ロイヤルのイメージが強いのだと思います。しかし、最近ではプレステージクラスの品質と性能をお求めのお客様でも、部屋のスペースが限られていたり、もっとコンテンポラリーな外観を求めている方が多くいらっしゃいます。つまり、ディフィニションを設計する上で重要なテーマのひとつと考えたのは、高い性能と小さい設置面積の両立、高級感あふれる仕上げが施された、常に新鮮で風化しないモダンデザインを取り入れることです。

音響エンジニアリングの点では、幾つかの新しいアイデアを含む数多くのアイデアを取り入れています。コンピューターによる設計が可能な今日において、測定結果の良いスピーカーを設計することはそれほど難しいことではありません。しかし、ドライバーユニット、エンクロージャー、ネットワークなどに用いられる素材の影響がどのように音質に影響するかを理解し、ひたすら試聴を繰り返すことがスピーカーデザインの秘訣なのです。音楽の本質は感情を伝えることであり、それは測定できるものではありません。

 
筆者プロフィール
石原 俊   Shun Ishihara

慶応義塾大学法学部政治学科卒業。音楽評論とオーディオ評論の二つの顔を持ち、オーディオやカメラなどのメカニズムにも造詣が深い。著書に『いい音が聴きたい - 実用以上マニア未満のオーディオ入門』 (岩波アクティブ新書)などがある。