カギはやっぱりあの戦略
なぜ今? パナソニック「HDC-TM700」が“規格外”の1080/60pモードを搭載した理由
ニュースを読んで、やや唐突に感じた方も多かったのではないか。パナソニック ビデオカメラの新フラグシップモデル「HDC-TM700」(関連ニュース)が採用した1080/60p記録モードのことだ。
1080/60p記録に画質面で大きなメリットがあることは間違いない。60iでは1フィールドあたりの垂直走査線数が1/2となり、2フィールドで1枚の画を作り出すので、わずかな時間差で映像にズレが発生し、特に映像が動いている部分や細かなディテールがある部分などで、モアレやザワザワ感が出てしまう。
これに対して60pでは、秒間60コマの静止画を順番に撮影していくので、動きのあるシーンでもくっきりとした映像が実現できるし、ディテールの表現力も高めることができる。先日、同社で60iと60pの比較視聴をする機会があったが、その画質差は明白で、60p記録の高いポテンシャルを感じることができた。
■AVCHDの再生資産が活用できない1080/60p記録モード
ただし 1080/60p記録に問題点がないわけではない。一番大きな課題は互換性の低さだ。AVCHDではこのページにあるとおり、システムビットレートの上限は24Mbps。解像度も1080/60iまでとなっている。
これに対してTM700が新たに対応した1080/60p記録モードは、ビットレートが28Mbpsであることからも分かるとおり、AVCHDとは互換性のない同社の独自規格だ。ちなみに映像コーデックにはMPEG-4 AVC/H.264 High Profileが用いられている。このためTM700で撮影した1080/60p映像を楽しむには、様々な制限が存在する。
視聴する場合を例に取ってみよう。たとえばVIERAでは、4月に発売される新モデルですら、SDメモリーカード内に記録した1080/60p映像の再生はできない。
またブルーレイDIGAでも、BR580を除いた今春発売の最新モデルはSDカード経由での再生ができるものの、これまでのモデルでは再生できない。つまり1080/60pモードをテレビで表示するには、ビデオカメラとテレビをHDMIケーブルで直接つなぐのが、今のところほぼ唯一の選択肢ということになる。
1080/60pモードの保存についても状況は同じだ。BR580を除いたブルーレイDIGA今春モデルのみ、USBケーブルでHDDにダビングできるが、これまでの機種は非対応。PCならばHDDにデータを保存できるが、BDやDVDなど光メディアへの書き出しを行おうと思ったら、ブルーレイDIGAでもPCでも、60iに変換する必要が出てくる。
同社は1080/60p記録モードをAVCHD規格に加えたいという意向を持っているようが、他社の戦略もあることなので、TM700に搭載された記録方式が、実際にAVCHD規格として採用されるかは不透明だ。
パナソニックはこれまで、SDメモリーカードをブリッジとして、同社の様々な製品群でAVCHDの再生を行える環境を整備してきた。もちろんTM700でも、1080/60iモードを選んでAVCHDで記録すれば従来通りの再生/保存環境が利用できるわけだが、これまでの資産が活用できない1080/60p記録を、このタイミングであえて搭載してきたのはなぜだろう。
画質が良くなるというメリットは確かに大きいが、それだけでは理由として十分ではないように感じる。1080/60pの優位性を強調したいのなら、開発段階からAVCHDの規格化を積極的に推し進めておき、規格が策定されたあと、あるいは策定のアナウンスと同時に商品化を行うのが自然だからだ。そうすれば発売開始の段階で、サードパーティーや自社の対応製品がある程度揃うことが期待できる。
またTM700では、この1080/60p記録を実現するためにシステムLSI「新UniPhier CODEC エンジン」を新開発し、搭載していることにも注目する必要がある。1080/60pのエンコード/デコード処理を行うための処理能力を増強し、エンコーダー部に新構成のパイプラインを備えているほか、動きベクトル探索エンジンも新開発。従来のUniPhierに積まれていた同エンジンに比べ、演算量を20倍相当に高めているという。これが非常に大きな進化であることはお分かり頂けると思う。
システムLSIの刷新には大きなコストがかかる。同じパナソニックのレコーダーを例に取ると、一つのシステムLSIを数世代に渡って使い続け、そのあいだに発売する新製品はアルゴリズムの改善などで機能向上を行うのが通例となっている。投資回収を行うには、ある程度の期間同じものを作り続け、量産効果によるコスト低減を行うことが前提となっているからだ。現状では互換性に課題を抱える1080/60pモードのためだけに、これだけの処理能力増強を図ったシステムLSIを新たに起こすというのは不合理に感じる。
■1080/60p記録モードは3Dビデオカメラのための布石か
ここまでの情報に加え、パナソニックが現在、全社を挙げて推し進めている戦略をあわせて考えたとき、互換性をあえて捨ててまで、またシステムLSIの刷新を行ってまで、1080/60p 記録モードを搭載した理由が見えてくる。それは「3Dビデオカメラ」実現のための布石と考えて間違いないだろう。
同社が2月9日に3D対応製品の発表会を行った際、デジタルAVCマーケティング本部 本部長の西口史郎氏は、3Dビデオカメラについても言及。「お客様がご自身で3D映像を撮影して残せるよう、3Dビデオカメラの開発は現在進めているところだ。なるべく早く皆様にお届けしたいと考えている」と述べていた。
同社が進めている3D方式は「フレームシーケンシャル」と呼ばれるもので、右目と左目の映像を交互に表示し、それとアクティブシャッターメガネを同期させ、右目と左目に異なる映像を連続的に届けることで立体視を実現する。また同社が、両目の映像それぞれをフルHDにする“フルHD 3D”にこだわっていることも見逃せないポイントだ。
1080/60pの2D映像が撮影できれば、1080/30p×2chの3D映像を撮影できる素地は固まる。ただし、単純に視差をつけた映像を30pずつ左右の映像に振り分ければ、それで3D映像が撮影できるという単純な話ではない。
ビデオカメラにおける3D映像の記録には、Blu-ray 3Dと同様、MPEG-4 MVCが使われると予想するのが自然だ。この記事 で紹介したように、MPEG-4 MVCは、基準となる片目側の映像を通常のMPEG-4 AVCと同じ方法で記録しながら、もう片側の映像については、左右の映像の相関を常に解析し、基準映像と重複する部分は記録しないで共用するという方法を採っている。もちろんデコード時には、この相関を逆にほどき、左右両方の映像を作り出す必要が生じる。
3D映像関連処理に限定した場合、レコーダーやプレーヤーでは、あらかじめエンコードされた映像をデコードするだけで良いが、ビデオカメラの場合には、デコードに加えてエンコードや撮影時の画質改善処理など、非常に高い処理負荷が加わることになる。これを実現するために今回の新システムLSIが開発されたという推測は、まず間違いないところだろう。
■24Mbpsでも良好な画質。余裕分を加えて28Mbpsを採用
3Dビデオカメラの姿がおぼろげながら見えてきたわけだが、TM700を3Dビデオカメラの準備モデル、と片づけてしまうわけにはいかない。
まず、繰り返しになってしまうが、TM700が他社機にはない1080/60pという大きな特徴を備え、画質を大きく高めていることが理由の一つだ。
同社の技術者は今回の1080/60p記録について、「TM700では28Mbpsを採用したが、開発段階では24Mbpsでも十分商品化できる画質であることを確認できた」と説明する。ビットレートは相当奢ったようで、「プログレッシブ映像の場合、インターレース映像に比べてより近いフレームを参照できるため予測精度が高まるし、離散コサイン変換の効率も良いので、17Mbpsの60i映像の、約1.5倍程度のビットレート(25.5Mbps)でも十分な画質が確保できる。今回はこれに2.5Mbpsの余裕分を加え、28Mbpsとしている」のだという。
もちろんビデオカメラの画質がビットレートだけで決まるわけではないが、単に60p記録を実現するだけでなく、そこからさらに画質を高めようという貪欲な姿勢が、「余裕分」という2.5Mbpsに表れているように感じる。
■AVCHD互換の1080/60iモードも大幅に画質向上
さらにTM700では、新システムLSIによってエンコーダー部の画質改善機構を増強し、また演算量を20倍相当に高めた動きベクトル探索エンジンを備えることで、手ブレやランダムな動きへの対応力を強化している。これによって60pだけでなく、AVCHDの1080/60iの画質も大幅に高めている。同社では、DVDに記録できる17MbpsのHAモードでも、他社機の24Mbpsモード以上の画質を実現している、とアピールしている。
3D対応を図るために大幅に高めたシステムLSIの処理能力を、2D映像の画質向上にも振り向ける。実にしたたかな戦略だが、考えてみたらこのやり方は、同社の3D対応プラズマテレビにも共通している。3D対応プラズマテレビでは、3D表示を実現するために必要だった技術的なブレークスルーを利用し、結果的に2D映像の品位も最高レベルとしているのだ。
■“ビデオカメラならでは”の技術として今後に期待
最近になって、デジタルカメラで高度な動画撮影能力を備えたものが増えている。これによってカテゴリ間の競合が徐々に進み、あまつさえ自社内の食い合いさえ囁かれ始めている。
だが、ビデオカメラには動画撮影に適した筐体デザインによるグリップ感の良さ、手ぶれ補正範囲の大きさなど、デジタルカメラにはない様々なメリットがある。今回、TM700が実現した1080/60p記録もまた、デジタルカメラでは容易に実現し得ない大きな武器の一つとなるはずだ。互換性が低いのは玉に瑕だが、AVCHDの正式な規格となれば、対応機器が増えるのも時間の問題だろう。ビデオカメラの可能性を拡げる技術が登場したことを歓迎したい。
1080/60p記録に画質面で大きなメリットがあることは間違いない。60iでは1フィールドあたりの垂直走査線数が1/2となり、2フィールドで1枚の画を作り出すので、わずかな時間差で映像にズレが発生し、特に映像が動いている部分や細かなディテールがある部分などで、モアレやザワザワ感が出てしまう。
これに対して60pでは、秒間60コマの静止画を順番に撮影していくので、動きのあるシーンでもくっきりとした映像が実現できるし、ディテールの表現力も高めることができる。先日、同社で60iと60pの比較視聴をする機会があったが、その画質差は明白で、60p記録の高いポテンシャルを感じることができた。
■AVCHDの再生資産が活用できない1080/60p記録モード
ただし 1080/60p記録に問題点がないわけではない。一番大きな課題は互換性の低さだ。AVCHDではこのページにあるとおり、システムビットレートの上限は24Mbps。解像度も1080/60iまでとなっている。
これに対してTM700が新たに対応した1080/60p記録モードは、ビットレートが28Mbpsであることからも分かるとおり、AVCHDとは互換性のない同社の独自規格だ。ちなみに映像コーデックにはMPEG-4 AVC/H.264 High Profileが用いられている。このためTM700で撮影した1080/60p映像を楽しむには、様々な制限が存在する。
視聴する場合を例に取ってみよう。たとえばVIERAでは、4月に発売される新モデルですら、SDメモリーカード内に記録した1080/60p映像の再生はできない。
またブルーレイDIGAでも、BR580を除いた今春発売の最新モデルはSDカード経由での再生ができるものの、これまでのモデルでは再生できない。つまり1080/60pモードをテレビで表示するには、ビデオカメラとテレビをHDMIケーブルで直接つなぐのが、今のところほぼ唯一の選択肢ということになる。
1080/60pモードの保存についても状況は同じだ。BR580を除いたブルーレイDIGA今春モデルのみ、USBケーブルでHDDにダビングできるが、これまでの機種は非対応。PCならばHDDにデータを保存できるが、BDやDVDなど光メディアへの書き出しを行おうと思ったら、ブルーレイDIGAでもPCでも、60iに変換する必要が出てくる。
同社は1080/60p記録モードをAVCHD規格に加えたいという意向を持っているようが、他社の戦略もあることなので、TM700に搭載された記録方式が、実際にAVCHD規格として採用されるかは不透明だ。
パナソニックはこれまで、SDメモリーカードをブリッジとして、同社の様々な製品群でAVCHDの再生を行える環境を整備してきた。もちろんTM700でも、1080/60iモードを選んでAVCHDで記録すれば従来通りの再生/保存環境が利用できるわけだが、これまでの資産が活用できない1080/60p記録を、このタイミングであえて搭載してきたのはなぜだろう。
画質が良くなるというメリットは確かに大きいが、それだけでは理由として十分ではないように感じる。1080/60pの優位性を強調したいのなら、開発段階からAVCHDの規格化を積極的に推し進めておき、規格が策定されたあと、あるいは策定のアナウンスと同時に商品化を行うのが自然だからだ。そうすれば発売開始の段階で、サードパーティーや自社の対応製品がある程度揃うことが期待できる。
またTM700では、この1080/60p記録を実現するためにシステムLSI「新UniPhier CODEC エンジン」を新開発し、搭載していることにも注目する必要がある。1080/60pのエンコード/デコード処理を行うための処理能力を増強し、エンコーダー部に新構成のパイプラインを備えているほか、動きベクトル探索エンジンも新開発。従来のUniPhierに積まれていた同エンジンに比べ、演算量を20倍相当に高めているという。これが非常に大きな進化であることはお分かり頂けると思う。
システムLSIの刷新には大きなコストがかかる。同じパナソニックのレコーダーを例に取ると、一つのシステムLSIを数世代に渡って使い続け、そのあいだに発売する新製品はアルゴリズムの改善などで機能向上を行うのが通例となっている。投資回収を行うには、ある程度の期間同じものを作り続け、量産効果によるコスト低減を行うことが前提となっているからだ。現状では互換性に課題を抱える1080/60pモードのためだけに、これだけの処理能力増強を図ったシステムLSIを新たに起こすというのは不合理に感じる。
■1080/60p記録モードは3Dビデオカメラのための布石か
ここまでの情報に加え、パナソニックが現在、全社を挙げて推し進めている戦略をあわせて考えたとき、互換性をあえて捨ててまで、またシステムLSIの刷新を行ってまで、1080/60p 記録モードを搭載した理由が見えてくる。それは「3Dビデオカメラ」実現のための布石と考えて間違いないだろう。
同社が2月9日に3D対応製品の発表会を行った際、デジタルAVCマーケティング本部 本部長の西口史郎氏は、3Dビデオカメラについても言及。「お客様がご自身で3D映像を撮影して残せるよう、3Dビデオカメラの開発は現在進めているところだ。なるべく早く皆様にお届けしたいと考えている」と述べていた。
同社が進めている3D方式は「フレームシーケンシャル」と呼ばれるもので、右目と左目の映像を交互に表示し、それとアクティブシャッターメガネを同期させ、右目と左目に異なる映像を連続的に届けることで立体視を実現する。また同社が、両目の映像それぞれをフルHDにする“フルHD 3D”にこだわっていることも見逃せないポイントだ。
1080/60pの2D映像が撮影できれば、1080/30p×2chの3D映像を撮影できる素地は固まる。ただし、単純に視差をつけた映像を30pずつ左右の映像に振り分ければ、それで3D映像が撮影できるという単純な話ではない。
ビデオカメラにおける3D映像の記録には、Blu-ray 3Dと同様、MPEG-4 MVCが使われると予想するのが自然だ。この記事 で紹介したように、MPEG-4 MVCは、基準となる片目側の映像を通常のMPEG-4 AVCと同じ方法で記録しながら、もう片側の映像については、左右の映像の相関を常に解析し、基準映像と重複する部分は記録しないで共用するという方法を採っている。もちろんデコード時には、この相関を逆にほどき、左右両方の映像を作り出す必要が生じる。
3D映像関連処理に限定した場合、レコーダーやプレーヤーでは、あらかじめエンコードされた映像をデコードするだけで良いが、ビデオカメラの場合には、デコードに加えてエンコードや撮影時の画質改善処理など、非常に高い処理負荷が加わることになる。これを実現するために今回の新システムLSIが開発されたという推測は、まず間違いないところだろう。
■24Mbpsでも良好な画質。余裕分を加えて28Mbpsを採用
3Dビデオカメラの姿がおぼろげながら見えてきたわけだが、TM700を3Dビデオカメラの準備モデル、と片づけてしまうわけにはいかない。
まず、繰り返しになってしまうが、TM700が他社機にはない1080/60pという大きな特徴を備え、画質を大きく高めていることが理由の一つだ。
同社の技術者は今回の1080/60p記録について、「TM700では28Mbpsを採用したが、開発段階では24Mbpsでも十分商品化できる画質であることを確認できた」と説明する。ビットレートは相当奢ったようで、「プログレッシブ映像の場合、インターレース映像に比べてより近いフレームを参照できるため予測精度が高まるし、離散コサイン変換の効率も良いので、17Mbpsの60i映像の、約1.5倍程度のビットレート(25.5Mbps)でも十分な画質が確保できる。今回はこれに2.5Mbpsの余裕分を加え、28Mbpsとしている」のだという。
もちろんビデオカメラの画質がビットレートだけで決まるわけではないが、単に60p記録を実現するだけでなく、そこからさらに画質を高めようという貪欲な姿勢が、「余裕分」という2.5Mbpsに表れているように感じる。
■AVCHD互換の1080/60iモードも大幅に画質向上
さらにTM700では、新システムLSIによってエンコーダー部の画質改善機構を増強し、また演算量を20倍相当に高めた動きベクトル探索エンジンを備えることで、手ブレやランダムな動きへの対応力を強化している。これによって60pだけでなく、AVCHDの1080/60iの画質も大幅に高めている。同社では、DVDに記録できる17MbpsのHAモードでも、他社機の24Mbpsモード以上の画質を実現している、とアピールしている。
3D対応を図るために大幅に高めたシステムLSIの処理能力を、2D映像の画質向上にも振り向ける。実にしたたかな戦略だが、考えてみたらこのやり方は、同社の3D対応プラズマテレビにも共通している。3D対応プラズマテレビでは、3D表示を実現するために必要だった技術的なブレークスルーを利用し、結果的に2D映像の品位も最高レベルとしているのだ。
■“ビデオカメラならでは”の技術として今後に期待
最近になって、デジタルカメラで高度な動画撮影能力を備えたものが増えている。これによってカテゴリ間の競合が徐々に進み、あまつさえ自社内の食い合いさえ囁かれ始めている。
だが、ビデオカメラには動画撮影に適した筐体デザインによるグリップ感の良さ、手ぶれ補正範囲の大きさなど、デジタルカメラにはない様々なメリットがある。今回、TM700が実現した1080/60p記録もまた、デジタルカメラでは容易に実現し得ない大きな武器の一つとなるはずだ。互換性が低いのは玉に瑕だが、AVCHDの正式な規格となれば、対応機器が増えるのも時間の問題だろう。ビデオカメラの可能性を拡げる技術が登場したことを歓迎したい。