ROKSAN、BLOKも傘下に持つイギリス資本の一大オーディオグループ
イギリス・モニターオーディオの工場を山之内 正が訪問!スピーカーエンジニアに開発思想を訊く
1972年に創業したイギリスの名門スピーカーブランド、MONITOR AUDIO(モニターオーディオ)。現在はエレクトロニクスメーカーのROKSAN、ラックブランドのBLOKを擁する一大オーディオグループとなっている。今年5月、同社の本拠地を初訪問した山之内 正氏のレポートをお届けしよう。
モニターオーディオはイギリス南東部エセックスのレイリーに本拠を置く。ケンブリッジで1972年に創業したのち、1976年には事業拡大のためにレイリーに工場を建設、2000年には本社機能もその地に移転して現在に至る。
生産の主力を担うのは中国深セン近郊の契約工場だが、研究開発やデザイン部門を含む主要な業務はすべてレイリーの本社に集約し、フラグシップの「HYPHN」(ハイフン)など上位機種については組み立てまで行っているという。その本社を訪問して開発環境を見学し、設計チームの話も聞くことができた。
マーケティング・ディレクターのマイケル・ジョンソンの説明によると、モニターオーディオは2010年代後半にROKSANとBLOKを相次いで買収し、モニターオーディオグループとしてレイリーの本社に開発環境を統合したという。たしかに、オフィスに入るときに見た大きな銘板には、モニターオーディオグループの名の下に3つのブランド名が同格に並んでいた。
グループ化の狙いは明確だ。現在のROKSANはターンテーブルに加えてアンプなどエレクトロニクス製品を主力とし、BLOKはスピーカースタンドやオーディオラックを手がけている。イギリス生まれの有力ブランドを一つに集約し、独立したイギリス資本のモニターオーディオグループとして統合して、事業基盤のさらなる強化に取り組んでいるのだ。ROKSANを買収した2016年以降、現在に至るまで8年間、その流れは拡大し、加速している。
CEOのロバート・バーフォードはグループの現在についてこう語る。「従来からモニターオーディオを支えてきた素晴らしい人材に加えて、ここ何年かの間に迎え入れた新しいチームがエネルギーをもたらしてくれています。経験豊富なエレクトロニクスのエンジニアとして、ジョン・グリーンが新たに加わりました。以前はほとんどいなかったソフトウェアのエンジニアも迎え、流通や資材調達の専門家も招きました。いま私たちは次の5年、10年にわたってビジネスを牽引する強力なチームを手にしたのです」
モニターオーディオグループは会長のアンドリュー・フラットが所有し、CEOのバーフォードを中心に3つのブランドをまとめている。社員は100名弱とオーディオ専業メーカーとしては中程度の規模だが、そのなかでエンジニアはレイリーと深センの両拠点に合計34人在籍し、社員の3分の1以上を占めるという。
エンジニアはこの何年かでほぼ倍増し、新しい設計チームにはNAIM Audio(ネイムオーディオ)など複数のメーカーで豊富な経験を積んだ前述のジョン・グリーンも含まれる。彼が設計チームを牽引して開発したROKSANの新しい「Caspian 4G」シリーズもまもなく登場するという。
スピーカー開発はマイケル・ヘッジスとチャールズ・ミネットが牽引する。彼らは数年前まで同社の技術部門を統括していたディーン・ハートレーの薫陶を受け、C-CAMに代表されるモニターオーディオの技術全般を熟知しているのだ。
設計チームを率いるマイケル・ヘッジスにモニターオーディオの設計哲学を尋ねると、次のような答えが返ってきた。「総合的かつ明快な手法で取り組むことが基本です。すべてのドライバーユニットを個別のシミュレーションに基づいて設計し、その結果を反映してクロスオーバー回路を設計しますが、もちろんクロスオーバー回路自体も詳細なシミュレーションが不可欠です。そうして一つひとつの要素を調整し、スピーカーという一つのシステムが最適な動作をするように追い込むのです。シミュレーションを繰り返すと、最初に音を確認する時点で、すでにかなり高い水準の音が得られるので、そこからさらにディテールを詰めていく時間を確保できます。同じシリーズの各モデルの音に一貫性をもたせるというメリットもありますし、開発期間を短縮できることも長所ですね」
設計哲学を紹介するキーワードとしてトランスペアレントという言葉を使っていたことも印象に残った。シミュレーション、測定、試聴を繰り返す設計手法は論理的で明晰。そして、その背景には余分な色付けやスピーカーによる演出のない透明な音を目指すという明快な目標がある。「スピーカーを聴くのではなく音楽を聴いてほしいということ。それが設計思想の核心にあります。デザインも同じですね。スピーカーの外見に気をとられるのではなく、音楽に何が起きているのかを聴いてほしいんです」(マイケル・ヘッジス)。
ともに製品開発部門のディレクターをつとめるマイケルとチャールズ。その近年の共同作業の成果にも注目しておこう。モニターオーディオのすべての技術を統合することを目指し、創業50周年にあたる2022年のミュンヘン・ハイエンドで公開した「Cencept 50」のことだ。そのコンセプトモデルを原型として翌年に送り出したのが、同社の新しいフラグシップとなるHYPHNなのだ。
MPD IIIトゥイーターの周囲に6個のミッドレンジドライバーRDT IIIを配置したM-Array、対向配置した合計4個のウーファードライバーが余分な力を互いに打ち消す構造など、大胆かつ独創的なアイデアを投入し、記念モデルにふさわしい評価を獲得した。HYPHNはブランドの集大成であると同時に次世代を担う技術を先取りする意欲的な製品でもある。そこに投入した技術の一部はこれから登場する新製品にも順次採用が進むはずだ。
そのHYPHNはレイリーの本社工場で生産し、世界各地に向けて出荷される。広大な生産エリアの一角には検査を待つM-Arrayユニットや左右完全独立構造のキャビネットが並んでおり、梱包を終えて出荷を待つHYPHNの勇姿も確認することができた。調整や検査を含む組立て工程はすべて手作業で行われ、熟練したスタッフがじっくり作業に取り組んでいた。
オフィスフロアは改装を終えてからまだ日が浅いとのことで、クリーンで開放的な雰囲気の空間が広がっていた。「クリエイティブスタジオ」と名付けられた広大なスペースにデザイン、設計、マーケティングなどの各チームをブランドの垣根を設けずに配置。明るくオープンな空気のなかで仕事をこなしている光景に接し、恵まれた環境という印象を受けた。
エレクトロニクスやラックのブランドをグループに統合するのは、スピーカー専業メーカーとしては珍しいことかもしれない。だが、アンプやソース機器はもちろんのこと、スタンドやラックまで同一グループで手がけることは大きな強みになる。もともとモニターオーディオはドライバーユニットからキャビネットまで自社で一貫して手がける数少ないメーカーの一つで、外部に頼ることなく製品開発ができるメリットをよく理解している。
他社に先駆けて開発を進めたメタルコーンの技術は40年を超える蓄積を誇るが、その成果に満足することなく、速いペースで技術革新に取り組んでいることもよく知られている。マイケルが「モニターオーディオはつねに前向きに進んできました。過去を振り返る時間がないんです(笑)」と話していたのは偽らざる実感なのだろう。ドライバーユニットからキャビネットまで一貫して手がけるメーカーの強みで、企画立案から設計、音の最終決定に至る各段階で意志決定が速くなる。その結果、世代交代の頻度が上がるのだ。
直近では “Goldシリーズ” が第6世代に更新され、「Gold 6Gシリーズ」として生まれ変わる。まもなく日本にも導入される見込みだが、今回の訪問は量産段階のサンプルがちょうど完成したタイミングと重なり、「GOLD 300 6G」の再生音を同社のリスニングルームで確認することができた。技術と音の印象を簡単に紹介しておこう。
トゥイーターは “Platinumシリーズ” から継承したMPD IIIに格上げされていた。PlatinumのMPD IIIとは僅かに異なるものの、ほぼ同一の内容だという。ミッドレンジとウーファーのC-CAM振動板表面にはHDT(ヘキサゴナル・ダイアフラム・テクノロジー)を新たに導入した。
小さな六角形(ヘキサゴナル)を表面に形成させることで強度を場所によってコントロールし、周波数応答をフラットにすることが目的だが、六角形の数は外周に向かってフェードアウトするように数が減っている。最適な特性を得るために数学的にシミュレーションを行い、最もフラットになるようにパターンを工夫したのだという。新シリーズではブックシェルフ型の「GOLD 100 6G」に初めてミッドレンジを追加し、3ウェイ構成としたことも注目に値する。
GOLD 300 6Gの再生音は低域から中低域にかけて発音のタイミングと音色が正確に揃い、ベースやピアノの左手音域の反応の良さに磨きがかかっている。HDTを導入したことで歪みがさらに抑えられて声や旋律楽器の透明感が上がり、表情を聴き取りやすくなったことも特筆すべき進化の一つだ。余韻の広がりやステージの遠近感など、ステレオ音場を立体的に描き出す表現力はPlatinumシリーズに肉薄している。
独立したイギリス資本のメーカーとして事業基盤を強化
モニターオーディオはイギリス南東部エセックスのレイリーに本拠を置く。ケンブリッジで1972年に創業したのち、1976年には事業拡大のためにレイリーに工場を建設、2000年には本社機能もその地に移転して現在に至る。
生産の主力を担うのは中国深セン近郊の契約工場だが、研究開発やデザイン部門を含む主要な業務はすべてレイリーの本社に集約し、フラグシップの「HYPHN」(ハイフン)など上位機種については組み立てまで行っているという。その本社を訪問して開発環境を見学し、設計チームの話も聞くことができた。
マーケティング・ディレクターのマイケル・ジョンソンの説明によると、モニターオーディオは2010年代後半にROKSANとBLOKを相次いで買収し、モニターオーディオグループとしてレイリーの本社に開発環境を統合したという。たしかに、オフィスに入るときに見た大きな銘板には、モニターオーディオグループの名の下に3つのブランド名が同格に並んでいた。
グループ化の狙いは明確だ。現在のROKSANはターンテーブルに加えてアンプなどエレクトロニクス製品を主力とし、BLOKはスピーカースタンドやオーディオラックを手がけている。イギリス生まれの有力ブランドを一つに集約し、独立したイギリス資本のモニターオーディオグループとして統合して、事業基盤のさらなる強化に取り組んでいるのだ。ROKSANを買収した2016年以降、現在に至るまで8年間、その流れは拡大し、加速している。
ソフトウェアも含めた開発体制を強化
CEOのロバート・バーフォードはグループの現在についてこう語る。「従来からモニターオーディオを支えてきた素晴らしい人材に加えて、ここ何年かの間に迎え入れた新しいチームがエネルギーをもたらしてくれています。経験豊富なエレクトロニクスのエンジニアとして、ジョン・グリーンが新たに加わりました。以前はほとんどいなかったソフトウェアのエンジニアも迎え、流通や資材調達の専門家も招きました。いま私たちは次の5年、10年にわたってビジネスを牽引する強力なチームを手にしたのです」
モニターオーディオグループは会長のアンドリュー・フラットが所有し、CEOのバーフォードを中心に3つのブランドをまとめている。社員は100名弱とオーディオ専業メーカーとしては中程度の規模だが、そのなかでエンジニアはレイリーと深センの両拠点に合計34人在籍し、社員の3分の1以上を占めるという。
エンジニアはこの何年かでほぼ倍増し、新しい設計チームにはNAIM Audio(ネイムオーディオ)など複数のメーカーで豊富な経験を積んだ前述のジョン・グリーンも含まれる。彼が設計チームを牽引して開発したROKSANの新しい「Caspian 4G」シリーズもまもなく登場するという。
スピーカーエンジニアに開発思想を訊く
スピーカー開発はマイケル・ヘッジスとチャールズ・ミネットが牽引する。彼らは数年前まで同社の技術部門を統括していたディーン・ハートレーの薫陶を受け、C-CAMに代表されるモニターオーディオの技術全般を熟知しているのだ。
設計チームを率いるマイケル・ヘッジスにモニターオーディオの設計哲学を尋ねると、次のような答えが返ってきた。「総合的かつ明快な手法で取り組むことが基本です。すべてのドライバーユニットを個別のシミュレーションに基づいて設計し、その結果を反映してクロスオーバー回路を設計しますが、もちろんクロスオーバー回路自体も詳細なシミュレーションが不可欠です。そうして一つひとつの要素を調整し、スピーカーという一つのシステムが最適な動作をするように追い込むのです。シミュレーションを繰り返すと、最初に音を確認する時点で、すでにかなり高い水準の音が得られるので、そこからさらにディテールを詰めていく時間を確保できます。同じシリーズの各モデルの音に一貫性をもたせるというメリットもありますし、開発期間を短縮できることも長所ですね」
設計哲学を紹介するキーワードとしてトランスペアレントという言葉を使っていたことも印象に残った。シミュレーション、測定、試聴を繰り返す設計手法は論理的で明晰。そして、その背景には余分な色付けやスピーカーによる演出のない透明な音を目指すという明快な目標がある。「スピーカーを聴くのではなく音楽を聴いてほしいということ。それが設計思想の核心にあります。デザインも同じですね。スピーカーの外見に気をとられるのではなく、音楽に何が起きているのかを聴いてほしいんです」(マイケル・ヘッジス)。
ともに製品開発部門のディレクターをつとめるマイケルとチャールズ。その近年の共同作業の成果にも注目しておこう。モニターオーディオのすべての技術を統合することを目指し、創業50周年にあたる2022年のミュンヘン・ハイエンドで公開した「Cencept 50」のことだ。そのコンセプトモデルを原型として翌年に送り出したのが、同社の新しいフラグシップとなるHYPHNなのだ。
MPD IIIトゥイーターの周囲に6個のミッドレンジドライバーRDT IIIを配置したM-Array、対向配置した合計4個のウーファードライバーが余分な力を互いに打ち消す構造など、大胆かつ独創的なアイデアを投入し、記念モデルにふさわしい評価を獲得した。HYPHNはブランドの集大成であると同時に次世代を担う技術を先取りする意欲的な製品でもある。そこに投入した技術の一部はこれから登場する新製品にも順次採用が進むはずだ。
ブランドの垣根の無い、オープンな開発体制で進歩を加速
そのHYPHNはレイリーの本社工場で生産し、世界各地に向けて出荷される。広大な生産エリアの一角には検査を待つM-Arrayユニットや左右完全独立構造のキャビネットが並んでおり、梱包を終えて出荷を待つHYPHNの勇姿も確認することができた。調整や検査を含む組立て工程はすべて手作業で行われ、熟練したスタッフがじっくり作業に取り組んでいた。
オフィスフロアは改装を終えてからまだ日が浅いとのことで、クリーンで開放的な雰囲気の空間が広がっていた。「クリエイティブスタジオ」と名付けられた広大なスペースにデザイン、設計、マーケティングなどの各チームをブランドの垣根を設けずに配置。明るくオープンな空気のなかで仕事をこなしている光景に接し、恵まれた環境という印象を受けた。
エレクトロニクスやラックのブランドをグループに統合するのは、スピーカー専業メーカーとしては珍しいことかもしれない。だが、アンプやソース機器はもちろんのこと、スタンドやラックまで同一グループで手がけることは大きな強みになる。もともとモニターオーディオはドライバーユニットからキャビネットまで自社で一貫して手がける数少ないメーカーの一つで、外部に頼ることなく製品開発ができるメリットをよく理解している。
他社に先駆けて開発を進めたメタルコーンの技術は40年を超える蓄積を誇るが、その成果に満足することなく、速いペースで技術革新に取り組んでいることもよく知られている。マイケルが「モニターオーディオはつねに前向きに進んできました。過去を振り返る時間がないんです(笑)」と話していたのは偽らざる実感なのだろう。ドライバーユニットからキャビネットまで一貫して手がけるメーカーの強みで、企画立案から設計、音の最終決定に至る各段階で意志決定が速くなる。その結果、世代交代の頻度が上がるのだ。
試聴室で最新の「GOLD 300-6G」の音質もチェック
直近では “Goldシリーズ” が第6世代に更新され、「Gold 6Gシリーズ」として生まれ変わる。まもなく日本にも導入される見込みだが、今回の訪問は量産段階のサンプルがちょうど完成したタイミングと重なり、「GOLD 300 6G」の再生音を同社のリスニングルームで確認することができた。技術と音の印象を簡単に紹介しておこう。
トゥイーターは “Platinumシリーズ” から継承したMPD IIIに格上げされていた。PlatinumのMPD IIIとは僅かに異なるものの、ほぼ同一の内容だという。ミッドレンジとウーファーのC-CAM振動板表面にはHDT(ヘキサゴナル・ダイアフラム・テクノロジー)を新たに導入した。
小さな六角形(ヘキサゴナル)を表面に形成させることで強度を場所によってコントロールし、周波数応答をフラットにすることが目的だが、六角形の数は外周に向かってフェードアウトするように数が減っている。最適な特性を得るために数学的にシミュレーションを行い、最もフラットになるようにパターンを工夫したのだという。新シリーズではブックシェルフ型の「GOLD 100 6G」に初めてミッドレンジを追加し、3ウェイ構成としたことも注目に値する。
GOLD 300 6Gの再生音は低域から中低域にかけて発音のタイミングと音色が正確に揃い、ベースやピアノの左手音域の反応の良さに磨きがかかっている。HDTを導入したことで歪みがさらに抑えられて声や旋律楽器の透明感が上がり、表情を聴き取りやすくなったことも特筆すべき進化の一つだ。余韻の広がりやステージの遠近感など、ステレオ音場を立体的に描き出す表現力はPlatinumシリーズに肉薄している。