公開日 2020/06/22 11:28
4K/ハイレゾで追求する高品位ライブストリームの可能性。STUDIO Dedeライブ配信の舞台裏を探る
ジャズの生まれる現場をリアルタイムで配信
未曾有の新型コロナウイルスの蔓延をうけ、多くのライブハウスやスタジオが休業を余儀なくされている。だが、一時的にフリーズ状態に陥っていたライブハウスから、いま有料ライブストリーミングという新しい可能性が生まれてきている。
そのライブストリーミングにおいて、4K/ハイレゾといった現在実現しうる最高クオリティを追求しているのが、池袋にあるSTUDIO Dedeだ。ジャズを中心に数多くのアーティストのレコーディングやマスタリングを行っており、音にこだわるミュージシャンから大きな支持を集めている。
エレベーターで地下に降りるとそこは、まさにミュージシャンたちの「秘密基地」。ヴィンテージのレコーディング機材が所狭しと並び、照明や内装も仄暗くミステリアスな雰囲気で統一。ハイレゾ収録はもちろんのこと、テレフンケンのアナログテープレコーダーやスカーリーのカッティングマシンも所有するなど、サウンド面においても他には真似のできない国内随一の音楽スタジオである。
「自宅からミュージシャンが配信したり、PayPayで投げ銭を募集したり、という形も広がってきていますが、なんとなくそういうことに違和感を感じていたんです。ミュージシャンにきちんとギャランティを支払えるようなかたちで、ちゃんとクオリティの高いネット配信ができないか、と考えていたんです」とSTUDIO Dedeの吉川昭仁氏は語る。
STUDIO Dedeは音楽スタジオであり、いわゆる映像コンテンツの制作や配信についてはこれまであまり経験がなかった。しかし、新型コロナウイルスと共存しなければならない時代を見据えたときに、ミュージシャンの魅力を伝えられる映像配信のポテンシャルに注目。プロフェッショナルとしてのクオリティを実現するためにさまざまな研究や実践を重ね、実際のコンテンツ制作に落とし込んでいる。
配信システムは、「イマチケ」というサービスがバックアップ。運営母体はドキドキファクトリーという会社で、もともと音楽配信ビジネスを手掛けていたというが、この新型コロナウイルスの影響を受けて、急ピッチで有料ライブストリーミングのシステムを構築。GW中に最初の配信を成功させ、現在はジャズからクラシック、ポップスまでさまざまなジャンルで、毎日のように各地のライブハウスから配信を行なっている。
「イマチケでは、カメラや機材なども含めてフルサポートを行うこともあれば、最後の配信システムの部分だけをサポートすることもあります。コンテンツ所有者がどのような配信を望んでいるかに合わせて、一緒にプランを考えていきます」。最初は機材などもお任せでお願いしていたライブハウスが、可能性を感じて自前で機材などを揃えていくことも少なくないそうだ。
特にSTUDIO Dedeから発信される高品質なライブストリーミングは、音楽ファンだけではなく、配信に関心のあるライブハウスやスタジオ関係者からも注目を集めている。
スタジオからのリアルタイムストリーミング第一回目は、6月16日に配信した「Tokyo Basement Jazz Sessions」。ドラマー石若 駿、ピアニスト石井 彰、ベースの金澤英明によるトリオ「Boys」によるジャズライブ。このライブの模様は、イマチケのサイトで12月までアーカイブ公開されており、あとから購入して視聴することもできる。
「密」の空間を避けるためにスタッフもなるべく少人数とし、ミュージシャン3名のほかには、配信スタッフも含めて5人のみという少数精鋭。カメラは、4K撮影もできるBlack Magic DesignのカメラPocket Cinema Camera 6Kを8台用意。7台を固定位置に、1台をカメラマンの手持ちカメラとし、リアルタイムでスイッチングを行った。
手持ちカメラを担当した竹下智也氏によると、「目指したのはリアルタイムシネマ」。Black Magic Designは放送局や映画スタジオ向けの動画カメラを提供しており、「映画っぽい画」を撮ることができるのが特徴だという。クオリティも徹底追及し、撮影は4Kで実施。「一度4K撮影を知ってしまったら、もう戻れないですね」。リハーサルでミュージシャンの手元や全景など固定カメラの位置決めを行い、竹下氏自身はミュージシャンの表情などを捉えるため手持ちカメラで挑む。
8台のカメラからの映像データをBlack Magic Design社のスイッチャーに取り込み、吉川氏が演奏を聴きながら、リアルタイムで「美味しいところ」にカメラを切り替えていく。そのデータをキャプチャーマシンに出力、オンラインで配信している。
配信にはOBS Studioというフリーのライブストリーミングソフトを活用。無料で利用できるが高機能で、ゲーム実況などでもよく使われているソフトだという。なお、映像配信にはVimeoのサービスが裏で動いている(ただし、リアルタイムストリームは帯域の問題から、フルHD相当での配信となっている)。
音声については、3人の演者に対し16本のマイクをセッティング、一度アナログのラインアンプに通したサウンドを配信している(Protoolsでも同時に録音)。もちろん、ドラムなどいきなり大音量が出ると音が割れてしまうので、その調整を行うのはサウンドエンジニアリング担当の松下真也氏の仕事だ。
ジャズのパフォーマンスには、もちろんある程度の「お約束」はあるにしても、現場のインスピレーションによって生まれる、一期一会の緊張感も魅力のひとつだ。そして、配信スタッフによる撮影やスイッチング技術もまた、ライブストリームにおいては必須のスキルとなる。技術スタッフも「ジャズメン」として現場のコンテンツ制作に主体的に関わるというのも、STUDIO Dedeクオリティだからこそだ。
クオリティへのこだわりは、「生配信」と「アーカイブ」を別で作成することにもつながる。吉川氏によると、「生配信でお届けするものはあくまで “ラフミックス” のようなもので、配信後一週間を目処に新たに映像も編集するものに差し替える予定です。音についてもマスタリングを施した完全版をお届けします」。
リアルタイム生配信の緊張感とラフミックスの現場感、さらにクオリティを高めた完全版、と1度購入すれば3度美味しいコンテンツということもできる。ただし、これらのコンテンツはあくまでストリーミングでの配信となり、ローカルへのダウンロードはできない。
ミュージシャンにとっても、この現場は特別なものになったようだ。「もっと大きなスタジオもほかにもあるけど、ここはかけがえのない場所だ」とピアニストの石井 彰は語る。石井と中学生の頃から共演してきたドラマー石若 駿はライブ配信の終了後、「ここでしか生まれないもの、なにかありますよね!」と興奮気味に語る。
だが、吉川氏にとってこの試みはさらに大きな野望への前哨戦にすぎない。「9月にはニューヨーク(編集部注:STUDIO Dedeは現在NYにもマスタリングスタジオを所有する)から同じようにレコーディングして、全世界に配信することも考えています。すでにミュージシャンにも声かけをしていて、具体的な話が進んでいます。また、逆に日本のジャズのレベルの高さを、もっと世界中に知ってもらいたいですね。石若などは、本当にもっと世界に知られて欲しいアーティストです」。
ジャズの魅力は現場の「生」感にあることは大前提ではあるが、このような時代においては、ライブハウスやスタジオも新たな生き残りの策を考えなければならない。そんな時代において、有料ストリーミングサービスはひとつの大きな可能性となっている。
海外の憧れのライブハウスの配信を自宅で観賞し、いつか “聖地” を訪問するという楽しみ。今まで知らなかった若いアーティストとの出会い。世界中の音楽ファンと連帯できることへの期待を強く感じさせてくれる。
STUDIO Dedeでは、これからも月1〜2回のペースで、スタジオライブストリーミングを予定している。アーカイブも半年間にわたり予定されているので、ぜひいまの「ジャズの生まれる現場」を感じて欲しい。
【Tokyo Basement Jazz Sessions 今後のスケジュール】
すべて1st set 19:00から、2nd set 20:30から
6月26日 栗林すみれトリオ
栗林すみれ(pf)マーティー・ホロウベック(Ba) 石若駿(Ds)
7月13日 西口明宏カルテット
西口明宏(Sax)ハクエイ・キム(pf)マーティー・ホロウベック(ba)吉良創太(Ds)
7月19日 西山瞳トリオ
西山瞳(Pf)佐藤ハチ恭介(Ba)池長一美(Ds)
7月20日 橋爪亮督グループ
橋爪亮督(Sax)市野元彦(Gt)佐藤浩一(Pf)織原良次(Ba)福盛進也(Ds)
7月27日 須川崇志トリオ
林正樹(Pf)須川崇志(Ba)石若駿(Ds)
そのライブストリーミングにおいて、4K/ハイレゾといった現在実現しうる最高クオリティを追求しているのが、池袋にあるSTUDIO Dedeだ。ジャズを中心に数多くのアーティストのレコーディングやマスタリングを行っており、音にこだわるミュージシャンから大きな支持を集めている。
エレベーターで地下に降りるとそこは、まさにミュージシャンたちの「秘密基地」。ヴィンテージのレコーディング機材が所狭しと並び、照明や内装も仄暗くミステリアスな雰囲気で統一。ハイレゾ収録はもちろんのこと、テレフンケンのアナログテープレコーダーやスカーリーのカッティングマシンも所有するなど、サウンド面においても他には真似のできない国内随一の音楽スタジオである。
「自宅からミュージシャンが配信したり、PayPayで投げ銭を募集したり、という形も広がってきていますが、なんとなくそういうことに違和感を感じていたんです。ミュージシャンにきちんとギャランティを支払えるようなかたちで、ちゃんとクオリティの高いネット配信ができないか、と考えていたんです」とSTUDIO Dedeの吉川昭仁氏は語る。
STUDIO Dedeは音楽スタジオであり、いわゆる映像コンテンツの制作や配信についてはこれまであまり経験がなかった。しかし、新型コロナウイルスと共存しなければならない時代を見据えたときに、ミュージシャンの魅力を伝えられる映像配信のポテンシャルに注目。プロフェッショナルとしてのクオリティを実現するためにさまざまな研究や実践を重ね、実際のコンテンツ制作に落とし込んでいる。
配信システムは、「イマチケ」というサービスがバックアップ。運営母体はドキドキファクトリーという会社で、もともと音楽配信ビジネスを手掛けていたというが、この新型コロナウイルスの影響を受けて、急ピッチで有料ライブストリーミングのシステムを構築。GW中に最初の配信を成功させ、現在はジャズからクラシック、ポップスまでさまざまなジャンルで、毎日のように各地のライブハウスから配信を行なっている。
「イマチケでは、カメラや機材なども含めてフルサポートを行うこともあれば、最後の配信システムの部分だけをサポートすることもあります。コンテンツ所有者がどのような配信を望んでいるかに合わせて、一緒にプランを考えていきます」。最初は機材などもお任せでお願いしていたライブハウスが、可能性を感じて自前で機材などを揃えていくことも少なくないそうだ。
特にSTUDIO Dedeから発信される高品質なライブストリーミングは、音楽ファンだけではなく、配信に関心のあるライブハウスやスタジオ関係者からも注目を集めている。
スタジオからのリアルタイムストリーミング第一回目は、6月16日に配信した「Tokyo Basement Jazz Sessions」。ドラマー石若 駿、ピアニスト石井 彰、ベースの金澤英明によるトリオ「Boys」によるジャズライブ。このライブの模様は、イマチケのサイトで12月までアーカイブ公開されており、あとから購入して視聴することもできる。
「密」の空間を避けるためにスタッフもなるべく少人数とし、ミュージシャン3名のほかには、配信スタッフも含めて5人のみという少数精鋭。カメラは、4K撮影もできるBlack Magic DesignのカメラPocket Cinema Camera 6Kを8台用意。7台を固定位置に、1台をカメラマンの手持ちカメラとし、リアルタイムでスイッチングを行った。
手持ちカメラを担当した竹下智也氏によると、「目指したのはリアルタイムシネマ」。Black Magic Designは放送局や映画スタジオ向けの動画カメラを提供しており、「映画っぽい画」を撮ることができるのが特徴だという。クオリティも徹底追及し、撮影は4Kで実施。「一度4K撮影を知ってしまったら、もう戻れないですね」。リハーサルでミュージシャンの手元や全景など固定カメラの位置決めを行い、竹下氏自身はミュージシャンの表情などを捉えるため手持ちカメラで挑む。
8台のカメラからの映像データをBlack Magic Design社のスイッチャーに取り込み、吉川氏が演奏を聴きながら、リアルタイムで「美味しいところ」にカメラを切り替えていく。そのデータをキャプチャーマシンに出力、オンラインで配信している。
配信にはOBS Studioというフリーのライブストリーミングソフトを活用。無料で利用できるが高機能で、ゲーム実況などでもよく使われているソフトだという。なお、映像配信にはVimeoのサービスが裏で動いている(ただし、リアルタイムストリームは帯域の問題から、フルHD相当での配信となっている)。
音声については、3人の演者に対し16本のマイクをセッティング、一度アナログのラインアンプに通したサウンドを配信している(Protoolsでも同時に録音)。もちろん、ドラムなどいきなり大音量が出ると音が割れてしまうので、その調整を行うのはサウンドエンジニアリング担当の松下真也氏の仕事だ。
ジャズのパフォーマンスには、もちろんある程度の「お約束」はあるにしても、現場のインスピレーションによって生まれる、一期一会の緊張感も魅力のひとつだ。そして、配信スタッフによる撮影やスイッチング技術もまた、ライブストリームにおいては必須のスキルとなる。技術スタッフも「ジャズメン」として現場のコンテンツ制作に主体的に関わるというのも、STUDIO Dedeクオリティだからこそだ。
クオリティへのこだわりは、「生配信」と「アーカイブ」を別で作成することにもつながる。吉川氏によると、「生配信でお届けするものはあくまで “ラフミックス” のようなもので、配信後一週間を目処に新たに映像も編集するものに差し替える予定です。音についてもマスタリングを施した完全版をお届けします」。
リアルタイム生配信の緊張感とラフミックスの現場感、さらにクオリティを高めた完全版、と1度購入すれば3度美味しいコンテンツということもできる。ただし、これらのコンテンツはあくまでストリーミングでの配信となり、ローカルへのダウンロードはできない。
ミュージシャンにとっても、この現場は特別なものになったようだ。「もっと大きなスタジオもほかにもあるけど、ここはかけがえのない場所だ」とピアニストの石井 彰は語る。石井と中学生の頃から共演してきたドラマー石若 駿はライブ配信の終了後、「ここでしか生まれないもの、なにかありますよね!」と興奮気味に語る。
だが、吉川氏にとってこの試みはさらに大きな野望への前哨戦にすぎない。「9月にはニューヨーク(編集部注:STUDIO Dedeは現在NYにもマスタリングスタジオを所有する)から同じようにレコーディングして、全世界に配信することも考えています。すでにミュージシャンにも声かけをしていて、具体的な話が進んでいます。また、逆に日本のジャズのレベルの高さを、もっと世界中に知ってもらいたいですね。石若などは、本当にもっと世界に知られて欲しいアーティストです」。
ジャズの魅力は現場の「生」感にあることは大前提ではあるが、このような時代においては、ライブハウスやスタジオも新たな生き残りの策を考えなければならない。そんな時代において、有料ストリーミングサービスはひとつの大きな可能性となっている。
海外の憧れのライブハウスの配信を自宅で観賞し、いつか “聖地” を訪問するという楽しみ。今まで知らなかった若いアーティストとの出会い。世界中の音楽ファンと連帯できることへの期待を強く感じさせてくれる。
STUDIO Dedeでは、これからも月1〜2回のペースで、スタジオライブストリーミングを予定している。アーカイブも半年間にわたり予定されているので、ぜひいまの「ジャズの生まれる現場」を感じて欲しい。
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橋爪亮督(Sax)市野元彦(Gt)佐藤浩一(Pf)織原良次(Ba)福盛進也(Ds)
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