公開日 2022/04/08 06:30
1社への要求も辞さず − 楽天モバイル矢澤新社長が語る、プラチナバンド獲得への本気度
【連載】佐野正弘のITインサイト 第1回
新たに連載をさせて頂くことになりました、佐野正弘と申します。当方のメインフィールドである携帯電話を業界はじめとして、ITに関するさまざまな動向について探っていければと考えております。
今回はちょうど、この3月末に、楽天モバイルの新社長に就任した矢澤俊介氏を取材する機会があったので、矢澤氏に同社の国内事業戦略について取材した内容を取り上げたいと思います。
■独自施策によって急成長を続ける、楽天モバイルの課題
楽天モバイルは、2019年に携帯電話事業に参入した新しい携帯電話会社ですが、新技術を導入したネットワークを構築し、2021年には月額0円から利用できる料金プラン「Rakuten UN-LIMIT VI」を導入するなど、独自の施策で利用者を急速に伸ばしています。ゼロから整備を始めただけに懸念されていたエリアカバーに関しても、大幅な前倒しを進めたことで、2022年2月には4Gの人口カバー率が96.7%に達するなど、急拡大しているようです。
ですが、同社は新規参入ということもあって、他の携帯大手3社(NTTドコモ/KDDI/ソフトバンク)と比べると不足しているものがあります。それが “電波” です。現在、楽天モバイルが国から割り当てられている電波の周波数帯免許は、4G向けの1.7GHz帯と、5G向けの3.7GHz帯、28GHz帯、そして東名阪以外で使える1.7GHz帯のみ。他社と比べて少ないのは確かで、より多くの周波数帯免許を求めている状況にあります。
とりわけ同社が切望しているのが、いわゆる「プラチナバンド」と呼ばれる1GHz以下の周波数帯。電波は周波数が低いほど、障害物の裏に回り込みやすく遠くに飛びやすい特性があることから、プラチナバンドは広いエリアをカバーするのに適しているとされています。ですが楽天モバイルでは、参入時期が他社より遅いことから既にプラチナバンドの空きがなく、割り当てを受けられていないので、競争上不利だと訴えているのです。
しかしながら、プラチナバンドは他社にとっても重要な周波数帯で、その整備に多額の投資をしてきたことから、簡単に手放すわけにもいきません。そこで総務省では現在、プラチナバンドを含めた携帯各社の電波の再割り当てに関する議論を進めている最中です。
■プラチナバンドを求める、もう1つの理由
ただ矢澤氏によりますと、同社がプラチナバンドの割り当てを求める理由はエリアカバーだけではないとのことです。先にも触れた通り、楽天モバイルに割り当てられた周波数帯は他社より少ないので、一度に通信できる容量が少ないことも、プラチナバンドの割り当てを求める理由の1つになっているそうです。
電波は道に例えられることが多く、多くの道がある、つまり多くの周波数帯を保有していれば、一度に通信できる量が増え大容量の通信ができるようになります。最近ではスマートフォンでの動画利用が増えるなどして、高速大容量通信に対するニーズが高まっていますが、周波数帯の割り当てが少ない楽天モバイルは、エリア整備だけでなく、大容量通信を巡る競争でも不利になってしまうわけです。
ただ周波数帯を増やすのであれば、必ずしもプラチナバンドにこだわる必要はありません。実際に総務省は2022年、5G向けとして新たに2.3GHz帯の割り当てをする予定なのですが、2022年4月4日に同省が発表した内容によりますと、その割り当てを申請したのはKDDIと、同社と連携している沖縄セルラーのみだったとのこと。新たな周波数帯が欲しいはずの楽天モバイルが、この周波数帯の免許割り当てに申請さえしていないのは疑問が残ります。
その理由について矢澤氏は、「本当は手を上げたかったが、我々は資金的に潤沢ではない」と答えています。楽天モバイルは、ネットワーク整備の先行投資などで大幅な赤字が続いていることもあって、エリア整備の面でもメリットがあるプラチナバンドへの投資に集中したいという考えのようです。
ではもしプラチナバンドの再割り当てがなされた場合、どのような使い方を考えているのでしょうか。矢澤氏は「プラチナバンドは4Gで使う」と話しており、現在4Gで使用している1.7GHz帯を中心にエリア整備を進めながらも、主として地方や、都市部の入り組んだ場所など、1.7GHz帯だけではカバーが難しい場所に活用していきたいとの考えを示しています。
一方で、高速大容量通信の本命となる5Gに関しては、引き続き3.7GHz帯など5G向けに割り当てられた帯域で整備を進めていくそうで、当面は4Gと5Gとで使用する周波数帯を分けていく考えのようです。東名阪以外の1.7GHz帯の活用はこれからとのことですが、5G向け周波数帯によるエリアカバーは「他社に負けない」と矢澤氏は答えています。
■プラチナバンドを含む、周波数帯再割り当ての行方
矢澤氏はプラチナバンドの割り当てに関して、2023年内に利用開始することを求めており、その実現も「十分可能だと思っている」と話しています。ですが先にも触れた通り、プラチナバンドを含めた周波数帯の再割り当てに関しては、現在議論が進められている最中ですし、楽天モバイル以外の他社はプラチナバンドの移行に7〜10年もの期間がかかるとしていることから、もし再割り当てがなされたとしても、楽天モバイルの思惑通りに使えるかどうかは分かりません。
また楽天モバイルは現在、携帯3社に割り当てられているプラチナバンドの一部(800〜900MHz帯)から、同じ帯域幅ずつ再割り当てしてもらうという、少々面倒な要求をしています。仮にそれが実現した場合、3社との協議や対応が必要になるため、実際に使い始めるにはそれなりの時間がかかってしまうでしょうし、そうであれば、特定の1社が保有するプラチナバンドの再割り当てを求めた方が、相手が少なく使い始められるのも早いように思えてきます。
矢澤氏はその理由について、3社に均等に再割り当てを求めた方が「フェアだと思う」と説明しています。ですが、そうした割り当てが難しいとなった場合、非常に大きな影響が残る可能性はあるものの、特定の1社に再割り当てを要求することを考えていく必要があるとも話していました。
それだけ矢澤氏が、楽天モバイルにとってプラチナバンドが必要不可欠なものと見ていることは確かでしょう。かつてプラチナバンドの割り当てがなかった現在のソフトバンクが、競争上不利だとして、その割り当てのため、消費者をも巻き込んで総務省へ訴えていたことを考えれば、携帯電話事業におけるプラチナバンドの重要性はよく理解できるところでもあります。
ただ、再割り当ての対象が他の事業者だったソフトバンクの時とは違い、楽天モバイルの場合は対象が競合他社となるだけに、実際に再割り当てがなされたとなれば、どのような結果となっても業界に禍根を残す可能性は高いでしょう。
そしてその行方は、総務省での議論にかかっているだけに、総務省、ひいては国としてこの問題にどのような判断を下すかが、今後大きな関心を呼ぶこととなりそうです。
※テック/ガジェット系メディア「Gadget Gate」を近日中にローンチ予定です。本稿は、そのプレバージョンの記事として掲載しています。
今回はちょうど、この3月末に、楽天モバイルの新社長に就任した矢澤俊介氏を取材する機会があったので、矢澤氏に同社の国内事業戦略について取材した内容を取り上げたいと思います。
■独自施策によって急成長を続ける、楽天モバイルの課題
楽天モバイルは、2019年に携帯電話事業に参入した新しい携帯電話会社ですが、新技術を導入したネットワークを構築し、2021年には月額0円から利用できる料金プラン「Rakuten UN-LIMIT VI」を導入するなど、独自の施策で利用者を急速に伸ばしています。ゼロから整備を始めただけに懸念されていたエリアカバーに関しても、大幅な前倒しを進めたことで、2022年2月には4Gの人口カバー率が96.7%に達するなど、急拡大しているようです。
ですが、同社は新規参入ということもあって、他の携帯大手3社(NTTドコモ/KDDI/ソフトバンク)と比べると不足しているものがあります。それが “電波” です。現在、楽天モバイルが国から割り当てられている電波の周波数帯免許は、4G向けの1.7GHz帯と、5G向けの3.7GHz帯、28GHz帯、そして東名阪以外で使える1.7GHz帯のみ。他社と比べて少ないのは確かで、より多くの周波数帯免許を求めている状況にあります。
とりわけ同社が切望しているのが、いわゆる「プラチナバンド」と呼ばれる1GHz以下の周波数帯。電波は周波数が低いほど、障害物の裏に回り込みやすく遠くに飛びやすい特性があることから、プラチナバンドは広いエリアをカバーするのに適しているとされています。ですが楽天モバイルでは、参入時期が他社より遅いことから既にプラチナバンドの空きがなく、割り当てを受けられていないので、競争上不利だと訴えているのです。
しかしながら、プラチナバンドは他社にとっても重要な周波数帯で、その整備に多額の投資をしてきたことから、簡単に手放すわけにもいきません。そこで総務省では現在、プラチナバンドを含めた携帯各社の電波の再割り当てに関する議論を進めている最中です。
■プラチナバンドを求める、もう1つの理由
ただ矢澤氏によりますと、同社がプラチナバンドの割り当てを求める理由はエリアカバーだけではないとのことです。先にも触れた通り、楽天モバイルに割り当てられた周波数帯は他社より少ないので、一度に通信できる容量が少ないことも、プラチナバンドの割り当てを求める理由の1つになっているそうです。
電波は道に例えられることが多く、多くの道がある、つまり多くの周波数帯を保有していれば、一度に通信できる量が増え大容量の通信ができるようになります。最近ではスマートフォンでの動画利用が増えるなどして、高速大容量通信に対するニーズが高まっていますが、周波数帯の割り当てが少ない楽天モバイルは、エリア整備だけでなく、大容量通信を巡る競争でも不利になってしまうわけです。
ただ周波数帯を増やすのであれば、必ずしもプラチナバンドにこだわる必要はありません。実際に総務省は2022年、5G向けとして新たに2.3GHz帯の割り当てをする予定なのですが、2022年4月4日に同省が発表した内容によりますと、その割り当てを申請したのはKDDIと、同社と連携している沖縄セルラーのみだったとのこと。新たな周波数帯が欲しいはずの楽天モバイルが、この周波数帯の免許割り当てに申請さえしていないのは疑問が残ります。
その理由について矢澤氏は、「本当は手を上げたかったが、我々は資金的に潤沢ではない」と答えています。楽天モバイルは、ネットワーク整備の先行投資などで大幅な赤字が続いていることもあって、エリア整備の面でもメリットがあるプラチナバンドへの投資に集中したいという考えのようです。
ではもしプラチナバンドの再割り当てがなされた場合、どのような使い方を考えているのでしょうか。矢澤氏は「プラチナバンドは4Gで使う」と話しており、現在4Gで使用している1.7GHz帯を中心にエリア整備を進めながらも、主として地方や、都市部の入り組んだ場所など、1.7GHz帯だけではカバーが難しい場所に活用していきたいとの考えを示しています。
一方で、高速大容量通信の本命となる5Gに関しては、引き続き3.7GHz帯など5G向けに割り当てられた帯域で整備を進めていくそうで、当面は4Gと5Gとで使用する周波数帯を分けていく考えのようです。東名阪以外の1.7GHz帯の活用はこれからとのことですが、5G向け周波数帯によるエリアカバーは「他社に負けない」と矢澤氏は答えています。
■プラチナバンドを含む、周波数帯再割り当ての行方
矢澤氏はプラチナバンドの割り当てに関して、2023年内に利用開始することを求めており、その実現も「十分可能だと思っている」と話しています。ですが先にも触れた通り、プラチナバンドを含めた周波数帯の再割り当てに関しては、現在議論が進められている最中ですし、楽天モバイル以外の他社はプラチナバンドの移行に7〜10年もの期間がかかるとしていることから、もし再割り当てがなされたとしても、楽天モバイルの思惑通りに使えるかどうかは分かりません。
また楽天モバイルは現在、携帯3社に割り当てられているプラチナバンドの一部(800〜900MHz帯)から、同じ帯域幅ずつ再割り当てしてもらうという、少々面倒な要求をしています。仮にそれが実現した場合、3社との協議や対応が必要になるため、実際に使い始めるにはそれなりの時間がかかってしまうでしょうし、そうであれば、特定の1社が保有するプラチナバンドの再割り当てを求めた方が、相手が少なく使い始められるのも早いように思えてきます。
矢澤氏はその理由について、3社に均等に再割り当てを求めた方が「フェアだと思う」と説明しています。ですが、そうした割り当てが難しいとなった場合、非常に大きな影響が残る可能性はあるものの、特定の1社に再割り当てを要求することを考えていく必要があるとも話していました。
それだけ矢澤氏が、楽天モバイルにとってプラチナバンドが必要不可欠なものと見ていることは確かでしょう。かつてプラチナバンドの割り当てがなかった現在のソフトバンクが、競争上不利だとして、その割り当てのため、消費者をも巻き込んで総務省へ訴えていたことを考えれば、携帯電話事業におけるプラチナバンドの重要性はよく理解できるところでもあります。
ただ、再割り当ての対象が他の事業者だったソフトバンクの時とは違い、楽天モバイルの場合は対象が競合他社となるだけに、実際に再割り当てがなされたとなれば、どのような結果となっても業界に禍根を残す可能性は高いでしょう。
そしてその行方は、総務省での議論にかかっているだけに、総務省、ひいては国としてこの問題にどのような判断を下すかが、今後大きな関心を呼ぶこととなりそうです。
※テック/ガジェット系メディア「Gadget Gate」を近日中にローンチ予定です。本稿は、そのプレバージョンの記事として掲載しています。