公開日 2016/09/07 10:00
【特別企画】注目のプロト機が登場
ブランド70周年。DIATONEが新開発、NCV振動板採用スピーカーが描く新たな未来
聞き手:林 正儀/構成:編集部
三菱電機が手掛ける名門オーディオブランド「DIATONE」は、2016年に誕生から70周年を迎える。脈々と続く歴史のなかで、放送局用モニターやコンシューマー向けスピーカーの銘機の数々を送り出した。それだけでなく、その技術力は液晶テレビや車載用スピーカーなどにもいかんなく発揮され今日に至っている。
そんなDIATONEから、新素材「NCV」採用振動板を使ったホームスピーカー試作機が登場するとの報を得た。DIATONEブランドに誕生した期待の新星の詳細について、評論家の林 正儀氏が技術開発陣に直撃した。
70年の歴史のなかで生まれた、「DIATONE」銘機の数々
林:オーディオファンにとって、DIATONEというブランドは他社と比べても抜きん出た存在でした。私も1960年に発売されたフルレンジユニット「P-610A」からスピーカーづくりを始めたことを覚えています。
原:ありがとうございます。元々大船の研究所で、永久磁石を活用してスピーカーを作ろうというのが始まりだったんです。ただ当時の三菱電機にはスピーカーを作る技術がなかったので、NHK技研や静岡の製紙会社に教えや協力を請いました。そうしたらNHKさんもびっくりするような、ものすごく特性の良いユニットができて「これはどんどん作った方が良い」と。これがDIATONEの原点でした。
その後、伊丹の無線機製作所に移り、NHKのモニタースピーカーにも採用された「2S-305」(1958年)などを世に送り出しました。そして昭和40年代に、木工を担当していた郡山製作所にスピーカー部門が移管となり、それから郡山がスピーカーの故郷になりました。私が入社したのは1975年、郡山時代です。入った頃は既に一番有名な「DS-251」がマークIIモデルになり、ハニカムコーンに続いて「DS-28B」が誕生し…という時でした。
林:「2S-305」は放送用モニタースピーカーとして非常に有名ですし、オーディオファンのあいだでもデザインも音も良い素晴らしい製品ということで、憧れの的でしたね。ものすごく艶やかな音で、低音が豊かで……周囲に何人も所有者がいました。
原:元々は放送局向けが中心だったのですが、ご好評いただいたのでコンシューマー向けモデルも手がけました。「DS-251」シリーズが、なんと20万セットの大ヒットを飛ばしたことが始まりでしたね。当時は工場の前に毎日トラックがずらっと停まっていて、ラインから出たとたんにどんどんトラックに積んで運ばれていったそうです。
林:当時はオーディオブームで色々なメーカーがありましたが、なかでも三菱電機は別格でしたもんね。そして時代がアナログからデジタルへ移行し、新時代のモニタースピーカーとなったのが「2S-3003」(1989年)でした。
原:はい。3003になるまでが大変だったんですよ。2S-305を使って録りためたライブラリがパアになっては困るので、305と同じ音で作らなければいけない、と。三菱電機としては「もう2ウェイでは追いつかないから、4ウェイにしてレンジを広げましょう」といった提案もしていたんですが、最終的には2ウェイになりましたね。
2ウェイで2S-305と同じ音だけど低音も高音も伸ばして耐入力を上げて…といった要求に応えるべく、かなりの長い年月をかけてようやく登場したのが「2S-3003」だったんです。アラミドハニカムコーンやボロン振動板といった新フィーチャーを盛り込みました。
林:振動板の素材から開発されていたんですね。ネットワークやエンクロージャーも含め、パーツのほとんどを自社で手掛けていること。これはDIATONE製品に今も続く素晴らしいところです。
そして「DS-MA1」(2006年)は放送用モニターとは少し違い、もう少し設計の自由度が上がっていますね。こちらは3ウェイフロア型です。
原:はい。直販限定モデルなので、ご存知ない方もいらっしゃるかも知れませんが…。ユニークなのは、中・高域ユニットにフロントロード・ダイレクトラジエーター(FLDR)方式を採用した点です。
林:それはホーンドライバーとは違うんでしょうか?
原:違いますね。技術陣でざっくばらんに話しているときに「スピーカーは音が前に飛んでこないといけないし、逆に奥に引っ込まなきゃいけないときもある。1台で、音楽によって最適な音が出てこないといけないんだよな」という意見がよく挙がっていたんです。それを具現化したのが、「DS-MA1」なんです。
そんなDIATONEから、新素材「NCV」採用振動板を使ったホームスピーカー試作機が登場するとの報を得た。DIATONEブランドに誕生した期待の新星の詳細について、評論家の林 正儀氏が技術開発陣に直撃した。
70年の歴史のなかで生まれた、「DIATONE」銘機の数々
林:オーディオファンにとって、DIATONEというブランドは他社と比べても抜きん出た存在でした。私も1960年に発売されたフルレンジユニット「P-610A」からスピーカーづくりを始めたことを覚えています。
原:ありがとうございます。元々大船の研究所で、永久磁石を活用してスピーカーを作ろうというのが始まりだったんです。ただ当時の三菱電機にはスピーカーを作る技術がなかったので、NHK技研や静岡の製紙会社に教えや協力を請いました。そうしたらNHKさんもびっくりするような、ものすごく特性の良いユニットができて「これはどんどん作った方が良い」と。これがDIATONEの原点でした。
その後、伊丹の無線機製作所に移り、NHKのモニタースピーカーにも採用された「2S-305」(1958年)などを世に送り出しました。そして昭和40年代に、木工を担当していた郡山製作所にスピーカー部門が移管となり、それから郡山がスピーカーの故郷になりました。私が入社したのは1975年、郡山時代です。入った頃は既に一番有名な「DS-251」がマークIIモデルになり、ハニカムコーンに続いて「DS-28B」が誕生し…という時でした。
林:「2S-305」は放送用モニタースピーカーとして非常に有名ですし、オーディオファンのあいだでもデザインも音も良い素晴らしい製品ということで、憧れの的でしたね。ものすごく艶やかな音で、低音が豊かで……周囲に何人も所有者がいました。
原:元々は放送局向けが中心だったのですが、ご好評いただいたのでコンシューマー向けモデルも手がけました。「DS-251」シリーズが、なんと20万セットの大ヒットを飛ばしたことが始まりでしたね。当時は工場の前に毎日トラックがずらっと停まっていて、ラインから出たとたんにどんどんトラックに積んで運ばれていったそうです。
林:当時はオーディオブームで色々なメーカーがありましたが、なかでも三菱電機は別格でしたもんね。そして時代がアナログからデジタルへ移行し、新時代のモニタースピーカーとなったのが「2S-3003」(1989年)でした。
原:はい。3003になるまでが大変だったんですよ。2S-305を使って録りためたライブラリがパアになっては困るので、305と同じ音で作らなければいけない、と。三菱電機としては「もう2ウェイでは追いつかないから、4ウェイにしてレンジを広げましょう」といった提案もしていたんですが、最終的には2ウェイになりましたね。
2ウェイで2S-305と同じ音だけど低音も高音も伸ばして耐入力を上げて…といった要求に応えるべく、かなりの長い年月をかけてようやく登場したのが「2S-3003」だったんです。アラミドハニカムコーンやボロン振動板といった新フィーチャーを盛り込みました。
林:振動板の素材から開発されていたんですね。ネットワークやエンクロージャーも含め、パーツのほとんどを自社で手掛けていること。これはDIATONE製品に今も続く素晴らしいところです。
そして「DS-MA1」(2006年)は放送用モニターとは少し違い、もう少し設計の自由度が上がっていますね。こちらは3ウェイフロア型です。
原:はい。直販限定モデルなので、ご存知ない方もいらっしゃるかも知れませんが…。ユニークなのは、中・高域ユニットにフロントロード・ダイレクトラジエーター(FLDR)方式を採用した点です。
林:それはホーンドライバーとは違うんでしょうか?
原:違いますね。技術陣でざっくばらんに話しているときに「スピーカーは音が前に飛んでこないといけないし、逆に奥に引っ込まなきゃいけないときもある。1台で、音楽によって最適な音が出てこないといけないんだよな」という意見がよく挙がっていたんです。それを具現化したのが、「DS-MA1」なんです。
自社開発新素材「NCV」を振動板に採用。そのポテンシャルとは
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