公開日 2024/12/05 06:30
マルチアンプの美学がイヤホン再生を革新する
ハイエンドオーディオの頂に挑む究極のポータブルシステム。ブリスオーディオ「FUGAKU」を聴く
岩井 喬
イヤホンリケーブルブランドとして世界的にも高い知名度を誇るBrise Audio(ブリスオーディオ)から、新たに登場した究極のイヤホン再生システム「FUGAKU」。通常のイヤホンとは異なり、イヤホンと専用アンプがセットになったシステムであり、アンプ側でアクティブに帯域分割を行い、イヤホンに内蔵された5ウェイのドライバーをそれぞれ駆動するという画期的なシステムとなっている。ブリスオーディオが到達したイヤホン再生の “最高峰” のサウンドを探ってみた。
イヤホン/ヘッドホンの高価格化が進む昨今の市場動向の中、200万円越えという驚異的なプライスで衝撃を与えたのが、専用のマルチアンプソリューションと組み合わされたブリスオーディオのイヤホンシステム「FUGAKU」だ。ブリスオーディオはイヤホン/ヘッドホンのリケーブル需要に応え、高級ケーブルを生み出してきた、群馬に拠点を置く国産ブランドだ。ユーザーの細やかな要望に向き合いつつ、音質への妥協のない製品作りはマニアの間で高く評価されている。
「ケーブルブランドというよりも、オーディオブランドとして、将来的に音の入り口から出口までを手掛けるようになりたいという目標があり、その取り組みの一つとして自社ブランドのイヤホンを開発しようという思いがありました」と語るのはイヤホン部を中心に手掛けたアコースティックエンジニアの佐々木瞭氏だ。
佐々木氏は2022年にブリスオーディオに入社。それまでは他社でイヤホン設計を手掛けており、その音がブリスオーディオの求める “音源の持つ高い解像度をそのまま、ストレートに表現できるもの” というスタンスに寄り添ったものであったことから、取締役/ブランドオーナーである岡田直樹氏や渡辺慶一社長も佐々木氏の腕を見込み、自社製イヤホン開発に抜擢したとのこと。
「ブリスオーディオは上質なケーブルメーカーとして知られているので、中途半端な価格のものよりも、自らの持てる技術をつぎ込んで究極のものを作ろうと考えました。よくあるマルチウェイ構成では市場に埋もれてしまうので、他にはないものを考える中で、ハイエンドオーディオで用いられるマルチアンプ方式で作ってみてはどうかと思いつきました」(佐々木氏)
マルチアンプ方式は、マルチウェイスピーカーの各帯域を担うユニットごとにアンプを割り当てて再生する手法であり、一般的に用いられているスピーカー内部に置いた各ユニットの担当帯域を分割するクロスオーバーネットワークを使わない。マルチアンプ方式の帯域分割に関しては、各ユニットを担当するアンプの前に配置したチャンネルディバイダーで再生帯域を分割させているが、そのメリットはアンプとユニット間に素子がないため、高い駆動力が得られることと、アンプの負荷が分散され、歪みも低減できること。そして帯域分割のフィルター設計の自由度が高い点が挙げられる。
通常、マルチウェイ方式のイヤホン本体内部には帯域分割のためのネットワークもドライバーと共に内蔵しているが、そのスペースは極めて小さく、音質のよい大きな素子を使うことや複雑なフィルター設計は難しい。
ポータブルアンプ「TSURANAGI」を設計したチーフエンジニア黒川亮一氏がFUGAKUのアンプ部の設計を担当した。佐々木氏からマルチアンプ方式の提案があった段階で、ネットワークは特性的にも優れ、音作りの自由度も上がるアクティブ式にしたいと提案した。アクティブ式ならイヤホンからネットワークを分離させ、アンプと一緒にできるので、イヤホン本体の設計にも余裕が生まれる。
佐々木氏は経験的に帯域を5分割。低域はLCP振動板採用8mmダイナミックドライバーを対向配置とし、金メッキOFCリングを介して設置。中低域にはSonion製BA、中域と高域にKnowles製デュアルBA、10kHz以上の超高域にMEMSドライバーという8ドライバーのハイブリッド構成とした。内部配線には銀リッツ線を使用。100kHZまでの広帯域特性を獲得している。
アンプ側は左右10ch分のアクティブクロスオーバーに加え、バランス駆動とするダイナミックドライバーに、1基当たり2つのアンプを割り当てた合計12ch分のアンプを用意。電源部は4層、アンプ部は8層の基板を用い、それぞれ分離した2階構造で、電子ボリュームは「MUSES72323」を搭載した。
「イベントでも参考出展した巨大なフィルターボードよりも回路規模が大きなものをこの小さなボディに収めました。アンプ部のサイズはTSURANAGIから逸脱しないサイズに収めたいと考えていました。実際の基板へ落とし込むのにあたっては、ほぼ想像通りにまとめることができたのですが、ノイズ対策に翻弄されましたね。アンプ自身の残留ノイズに加え、回路間の干渉などが影響して、何度も基板を作り変え、周囲をやきもちさせてしまいました。しかし、僅かなノイズが残ってしまうとイヤホンでは聴き取れてしまうので、そこは妥協せず、品質第一と考え『これで最後』と言う段階までこだわり抜きました」(黒川氏)
イヤホン、アンプ部共に意匠は工業デザイナーに依頼したといい、ライカのカメラのような機能美と質感のよさ、角の取れた優美なライン取りを追求。イヤホンの金メッキ銅リングが見えるよう3本のラインが設けられた。これにはイヤホン、ケーブル、アンプという3要素が高い水準で融合しなければ生まれ得なかったサウンドであることを示すべく、三位一体の意味を込めたといい、アンプのボリュームノブにもこの意匠を取り入れている。
DAPにAstell & Kernの「SP3000」をバランスライン接続し、試聴させてもらったが、オーケストラの個々のパートを分離よく、誇張なく自然に際立たせながら、ダイナミックな太鼓の響きの中でも細部がマスクされず、伸びやかで豊潤なサウンドを聴かせてくれた。ボーカルの肉付きもリアルで、口元の潤いや息継ぎも生々しく再現。リヴァーブの階調性や音色も極めて緻密に聴き取れる。
音場の広がりや上下・奥行き方向への展開も深く、ギターの胴鳴りやキックドラムのエアー感もリアルに引き出す。抑揚よくスカッとヌケよく浮き立つ管弦楽器の厚みと押し出しよいパワー感、ローエンドの逞しさも、イヤホンでは経験のないほどの純度で迫ってくる。空間の広さ、詰まりのなさも特長であり、楽器の潤いや躍動感、フッと演者が動き出す空気感も見事に描き切ってくれた。付帯感なく解像度の高さも申し分ない。
「元々のコンセプトは技術力を示すということと、こういうすごいものを作ったぞというところを見てもらうことでしたので、売れることはあまり想定しておらず、完成した段階で成功したと思っています。当初の予想を遥かに超えたプライスとなりましたが、エンジニアの理想を形にすることを優先したことに意義があると感じています。弊社の看板製品、象徴として、大事にしていきたいですね」(岡田氏)
マルチアンプと適正なクロスオーバーが導く、混濁なく澄んだ空間性はイヤホンの概念を覆す革新的な世界観である。FUGAKUはブリスオーディオのみならず、イヤホン市場にとってもレファレンスたり得る存在だ。接続機器の粗も見逃さないストイックな側面も持つ、驚異のボーダーを超えた理想郷がそこにある。
■ハイエンドオーディオで用いられるマルチアンプ方式に初挑戦
イヤホン/ヘッドホンの高価格化が進む昨今の市場動向の中、200万円越えという驚異的なプライスで衝撃を与えたのが、専用のマルチアンプソリューションと組み合わされたブリスオーディオのイヤホンシステム「FUGAKU」だ。ブリスオーディオはイヤホン/ヘッドホンのリケーブル需要に応え、高級ケーブルを生み出してきた、群馬に拠点を置く国産ブランドだ。ユーザーの細やかな要望に向き合いつつ、音質への妥協のない製品作りはマニアの間で高く評価されている。
「ケーブルブランドというよりも、オーディオブランドとして、将来的に音の入り口から出口までを手掛けるようになりたいという目標があり、その取り組みの一つとして自社ブランドのイヤホンを開発しようという思いがありました」と語るのはイヤホン部を中心に手掛けたアコースティックエンジニアの佐々木瞭氏だ。
佐々木氏は2022年にブリスオーディオに入社。それまでは他社でイヤホン設計を手掛けており、その音がブリスオーディオの求める “音源の持つ高い解像度をそのまま、ストレートに表現できるもの” というスタンスに寄り添ったものであったことから、取締役/ブランドオーナーである岡田直樹氏や渡辺慶一社長も佐々木氏の腕を見込み、自社製イヤホン開発に抜擢したとのこと。
「ブリスオーディオは上質なケーブルメーカーとして知られているので、中途半端な価格のものよりも、自らの持てる技術をつぎ込んで究極のものを作ろうと考えました。よくあるマルチウェイ構成では市場に埋もれてしまうので、他にはないものを考える中で、ハイエンドオーディオで用いられるマルチアンプ方式で作ってみてはどうかと思いつきました」(佐々木氏)
マルチアンプ方式は、マルチウェイスピーカーの各帯域を担うユニットごとにアンプを割り当てて再生する手法であり、一般的に用いられているスピーカー内部に置いた各ユニットの担当帯域を分割するクロスオーバーネットワークを使わない。マルチアンプ方式の帯域分割に関しては、各ユニットを担当するアンプの前に配置したチャンネルディバイダーで再生帯域を分割させているが、そのメリットはアンプとユニット間に素子がないため、高い駆動力が得られることと、アンプの負荷が分散され、歪みも低減できること。そして帯域分割のフィルター設計の自由度が高い点が挙げられる。
■音作りの自由度が上がるアクティブネットワークを採用
通常、マルチウェイ方式のイヤホン本体内部には帯域分割のためのネットワークもドライバーと共に内蔵しているが、そのスペースは極めて小さく、音質のよい大きな素子を使うことや複雑なフィルター設計は難しい。
ポータブルアンプ「TSURANAGI」を設計したチーフエンジニア黒川亮一氏がFUGAKUのアンプ部の設計を担当した。佐々木氏からマルチアンプ方式の提案があった段階で、ネットワークは特性的にも優れ、音作りの自由度も上がるアクティブ式にしたいと提案した。アクティブ式ならイヤホンからネットワークを分離させ、アンプと一緒にできるので、イヤホン本体の設計にも余裕が生まれる。
佐々木氏は経験的に帯域を5分割。低域はLCP振動板採用8mmダイナミックドライバーを対向配置とし、金メッキOFCリングを介して設置。中低域にはSonion製BA、中域と高域にKnowles製デュアルBA、10kHz以上の超高域にMEMSドライバーという8ドライバーのハイブリッド構成とした。内部配線には銀リッツ線を使用。100kHZまでの広帯域特性を獲得している。
アンプ側は左右10ch分のアクティブクロスオーバーに加え、バランス駆動とするダイナミックドライバーに、1基当たり2つのアンプを割り当てた合計12ch分のアンプを用意。電源部は4層、アンプ部は8層の基板を用い、それぞれ分離した2階構造で、電子ボリュームは「MUSES72323」を搭載した。
「イベントでも参考出展した巨大なフィルターボードよりも回路規模が大きなものをこの小さなボディに収めました。アンプ部のサイズはTSURANAGIから逸脱しないサイズに収めたいと考えていました。実際の基板へ落とし込むのにあたっては、ほぼ想像通りにまとめることができたのですが、ノイズ対策に翻弄されましたね。アンプ自身の残留ノイズに加え、回路間の干渉などが影響して、何度も基板を作り変え、周囲をやきもちさせてしまいました。しかし、僅かなノイズが残ってしまうとイヤホンでは聴き取れてしまうので、そこは妥協せず、品質第一と考え『これで最後』と言う段階までこだわり抜きました」(黒川氏)
イヤホン、アンプ部共に意匠は工業デザイナーに依頼したといい、ライカのカメラのような機能美と質感のよさ、角の取れた優美なライン取りを追求。イヤホンの金メッキ銅リングが見えるよう3本のラインが設けられた。これにはイヤホン、ケーブル、アンプという3要素が高い水準で融合しなければ生まれ得なかったサウンドであることを示すべく、三位一体の意味を込めたといい、アンプのボリュームノブにもこの意匠を取り入れている。
■ブリスオーディオ「FUGAKU」の製造現場に密着!
■楽器の潤いや躍動感、演者の空気感も見事に描き出す
DAPにAstell & Kernの「SP3000」をバランスライン接続し、試聴させてもらったが、オーケストラの個々のパートを分離よく、誇張なく自然に際立たせながら、ダイナミックな太鼓の響きの中でも細部がマスクされず、伸びやかで豊潤なサウンドを聴かせてくれた。ボーカルの肉付きもリアルで、口元の潤いや息継ぎも生々しく再現。リヴァーブの階調性や音色も極めて緻密に聴き取れる。
音場の広がりや上下・奥行き方向への展開も深く、ギターの胴鳴りやキックドラムのエアー感もリアルに引き出す。抑揚よくスカッとヌケよく浮き立つ管弦楽器の厚みと押し出しよいパワー感、ローエンドの逞しさも、イヤホンでは経験のないほどの純度で迫ってくる。空間の広さ、詰まりのなさも特長であり、楽器の潤いや躍動感、フッと演者が動き出す空気感も見事に描き切ってくれた。付帯感なく解像度の高さも申し分ない。
「元々のコンセプトは技術力を示すということと、こういうすごいものを作ったぞというところを見てもらうことでしたので、売れることはあまり想定しておらず、完成した段階で成功したと思っています。当初の予想を遥かに超えたプライスとなりましたが、エンジニアの理想を形にすることを優先したことに意義があると感じています。弊社の看板製品、象徴として、大事にしていきたいですね」(岡田氏)
マルチアンプと適正なクロスオーバーが導く、混濁なく澄んだ空間性はイヤホンの概念を覆す革新的な世界観である。FUGAKUはブリスオーディオのみならず、イヤホン市場にとってもレファレンスたり得る存在だ。接続機器の粗も見逃さないストイックな側面も持つ、驚異のボーダーを超えた理想郷がそこにある。
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