オーディオ体験のある団塊・団塊ジュニア世代とスピーカーを知らない子ども世代をターゲットとする「三世代マーケティング」の要諦を、音元出版社長・和田光征が語っています。かつてミニコンポやミニミニコンポのヒットが生まれたターゲットマーケティングの手法を現代に活かし、転機のただ中にあるオーディオ市場の活性を期す新提言です。
(音元出版の業界誌 月刊「Senka21」2015年5月号にて掲載。月刊「Senka21」誌最新号およびバックナンバーは
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ミニコンを創出したターゲットマーケティングを振り返る
私はかつて小社刊行の「Senka21」誌上で、転換期を迎えたオーディオ市場に向け新たなチャンスを掴みとるための提言を発信した。1982年の「四つの提言」である。オーディオの普及率が60%となった当時、“シスコン(システムコンポ)”の大流行とともに出現してきた新たな消費者層を「ニューマニア」と名付け、彼らを取り込みながらの新市場創造を促すという提言だ。
「ニューマニア」に該当する世代は、当時の小学生から大学生に相当する1960年〜1974年頃に生まれた若者層。総勢1900万人と言われた団塊ジュニア層(1971年〜1974年生まれ)を中心とした大きなカタマリの世代である。そんな彼らが動けば、市場も大きく動く。従来のオーディオの消費者層とはまったく異なる彼らの独自の価値観や購買行動を私は分析し、その琴線に触れる商品、訴えかける店頭展開を「ニューマニア宣言」として誌上で発信したのである。その後市場に登場したミニコンポやミニミニコンポは、「ニューマニア」を筆頭に大きく普及していった。
それからおよそ35年を経た今、オーディオの市場はさまざまな変遷を経て、市場の存亡をかけた転換期を迎えている。
振り返るとオーディオの機器は、シスコンからミニコン、ミニミニコンへと変遷、ハイコンポ、さらにデスクトップオーディオが登場し、機器の形は小型化の一途を辿ってきた。そしてアナログレコードからCD、MDと音楽ソースも多様化してきた。やがて世の中はアップルのiPod/iPhoneとiTunesの誕生を迎え、音楽はいつでもどこへでも持ち歩けるようになったばかりでなく、いつでもどこからでも入手することが可能となった。
こうして携帯プレーヤーとイヤホンで聴くことが、音楽を楽しむ当たり前のスタイルになった。もはや音楽を聴くことはスピーカーのある場所にわざわざ行くことではなく、自分の行く先々に音楽がついて来るのが当たり前。そんなふうに聴くことそのものに対する価値観もがらりと変わってきた。
今の若者はスピーカーで聴くことを知らない世代
携帯プレーヤーとイヤホンさえあれば、音楽をどこにでもつれて行ける。家の中のどんな場所にも、である。だから家の中での音楽の聴き方もスピーカーではなく、イヤホンで聴くスタイルに変わってしまった。しかもそのスタイルならば近隣に音が漏れる心配もないから、家が密集した都会の住まいにはうってつけである。
そうなると当然、家の中にスピーカーを置く必然性がなくなってしまう。こうしてスピーカーのない家に生まれ、スピーカーで音楽を聴く体験をしたことのない若者が増えていく。
ここで懸念されるのは、スピーカーによる空気の振動に全身を浸して音楽を感じるえもいわれぬ体験から若者を遠ざけるばかりでなく、自身を外界から遮断し、誰かと音楽をわかちあう体験から遠ざけることにつながること。さらに言えば、四六時中耳の穴にスピーカーを入れ過度な音量で聴くことにもなれば、聴力に悪影響を及ぼす懸念も生じてくる。
そしてオーディオの市場は縮小化が進む。iPod/iPhoneに代表される携帯プレーヤーはアップルの独壇場、イヤホンは数千円、下手をすれば数百円単位の製品で動く世界。学生など若者層が集う市場はそういう状況になってしまった。
「ハイレゾ」で見えてきた高音質志向
しかしここのところ、イヤホン・ヘッドホンのカテゴリーが、音質を軸にした高付加価値の方向で伸長していることは見逃せない。2001年のiPod初代機登場以降イヤホン・ヘッドホンは買い替え需要で徐々に市場が成長し、2007年のiPhone初代機登場、それ以降のスマートフォンブームとともに急成長を遂げてきた。さらに、いわゆる「ポータブルプレーヤー」の普及とともに、ポータブルヘッドホンアンプが頭角を表してきた。
ポータブルプレーヤーの出力の低さを補ってよりよくイヤホン・ヘッドホンを駆動させるポータブルヘッドホンアンプで、イヤホン・ヘッドホンのカテゴリーでもよりいい音を追求する流れが生まれてきた。加えてイヤホン・ヘッドホンそのものも高音質の方向へと進化し、単価アップの方向へと市場は変遷している。
音楽の聴き方は若者を中心にスピーカーからイヤホン・ヘッドホンへとシフトしてきたが、このような音質重視の方向性が見受けられるのは、オーディオ市場にとって好機となるのは言うまでもない。さらにここで追い風となっているのが、話題の「ハイレゾ」だ。今やハイレゾヘッドホン・イヤホン、ハイレゾヘッドホンアンプが店頭を大いに賑わせている。
ここで、イヤホン・ヘッドホンに慣れ親しんだ若者層を、スピーカーでのリスニングスタイルへと方向転換させたいところだ。店頭、あるいはオーディオイベントでこれに関するさまざまな試みがなされてきたが、非常に難しい。音楽再生機器としてのスピーカーが家庭に存在しない、触れたことも見たこともないという若者たちに、体験の突破口をひらく手だてはなかなか奏功しないのが現実だ。ここで唱えたいのが「三世代マーケティング」である。
まず「かつてオーディオに親しんだ世代」を動かす
35年前に「ニューマニア」としてターゲットを定めたのは、当時の団塊ジュニア世代を中心とした小学生〜大学生だった。1980年代にミニコン、ミニミニコンのターゲットとなった彼らには、スピーカーで日常的に音楽を楽しんだ“原体験”がある。またCDが普及し、音楽ソフトが爆発的に売れた時代を経験している。そして昨今「ニューリッチ」と呼ばれ、起業や株取引などで多額の資産を成している新たな富裕層もこの世代に合致している。
東京オリンピックが開催される2020年に向け、国を挙げて経済や文化の振興に拍車がかかる。その2020年に、彼ら世代は50歳代になってくる。子育てや仕事にひと区切りがついて、自分の時間を楽しむ機会が増えてくる年代となる。そういう彼らをこそ、オーディオ市場でしっかりと捕まえる。彼らを刺激し魅了する方策を講じなくてはならない。2020年に向けてしっかりとターゲットを定め、手を打っていくべきである。
また、オーディオ市場活性において大きな期待が寄せられているハイレゾ。そのコンテンツのバリエーションの拡がりが注目されるところである。最新の旬なアーティスト作品が続々とハイレゾでリリースされる動きと並行し、既存の作品のハイレゾ化再リリースが進む。その中心は、団塊ジュニア世代が若かりし頃に親しんだ名曲・名盤の数々だ。かつて心躍らせた楽曲をハイレゾのクオリティでふたたび楽しむ、それは団塊ジュニア世代に向けた有効なアプローチとなろう。彼らが心躍らせるコンテンツを軸とし、わかりやすく親しみやすい訴求で、ハイレゾ普及にさらなる弾みをつけたいところだ。
団塊世代も取り込み“三世代”を刺激する
絶対数が多く、カタマリとして動く世代の志向はマーケットに大きな影響を及ぼし、さらに前後の世代にもその動きは波及する。そういう意味で絶大な影響力をもつカタマリの筆頭は、やはり団塊の世代である。彼らは昨今のアナログブームをけん引する存在となっている。
仕事をリタイヤした後の自由な時間を享受する中で、彼らのオーディオへの回帰が顕著に見受けられる。大事に保管していたレコードコレクションをもういちど聴きたいという思いで、レコードプレーヤーやアンプ、スピーカーを買い足す、あるいは買い替える彼らの動きが市場への刺激となっている。
こうした団塊世代の動きは、当然ながら子ども世代である団塊ジュニア層に波及する。そして、団塊ジュニア層の動きは、その子ども世代に波及する。たとえば、団塊の世代がオーディオシステムを揃え、不朽の名作をアナログで楽しんでいる。団塊ジュニア世代がそんな風に親が過ごす実家に子どもとともに里帰りする。そこで、スピーカーで再生される音楽に初めて触れる−−−−。
この子ども世代は、まさにポータブルオーディオとイヤホンでしか音楽を知らない世代である。こうして団塊世代、団塊ジュニア世代に触発され、スピーカーの音を聴く体験が子ども世代に増えてきたら、何が起こるであろうか。
子ども世代は、ポータブルオーディオとイヤホン・ヘッドホンでの体験しかなくとも、前述のとおりそうしたアイテムでも高音質を志向している。つまり、オーディオ的素地が整えられている状況だ。そこに、おじいさん世代が入手したアナログのオーディオシステムが奏でる音が、スピーカーを通じ空気の塊となって放たれる。その体験は、「いつかあんなオーディオを」という思いにつながるのではないだろうか。
アナログでもCDでもハイレゾでも、感動体験の訴求を
団塊世代、団塊ジュニア世代、そしてその子ども世代の三世代に波及するアプローチで、オーディオ市場を刺激する、「三世代マーケティング」。団塊世代をアナログによるオーディオ回帰で刺激し、団塊ジュニア世代をアナログはもとよりハイレゾによる彼らの青春の楽曲で刺激する。そして彼らがさらに、そういう体験を孫や子どもたちと享受する。絶対人数の多いこの三つの世代が刺激されることで、その周辺の世代もまた刺激される。こうして、音楽の感動体験がさまざまな世代に波及し、イヤホン・ヘッドホンでも、そしてスピーカーでも、アナログでもハイレゾでも、CDでも音楽は享受されていくであろう。
それが実現されるために、製品もしっかりと整えられなくてはならない。三世代に魅力が波及する、使いやすく、音質がよく、見た目にも優れ、かつリーズナブルな製品群の投入を、各メーカーにお願いしたい。そしてそうして音楽を聴くこと、オーディオを楽しむことを三世代に体感させる魅力的な場づくりを、販売店にお願いしたい。
「三世代マーケティング」で、オーディオ市場をおおいに刺激しようではありませんか。(談・音元出版社長 和田光征)
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