<山本敦のAV進化論 第141回>
ヤマハ「“聴く”VR」とは何か? 開発者に聞いた将来像
次に映画モードを体験してみると、まさしくAVアンプとマルチチャンネルスピーカーで聴いてるような迫力と臨場感がヘッドホン再生で蘇ってきた。ソース機器がiPadであることを忘れてしまうほど力強く立体的なサウンドだ。映画モードではセリフに効果音、BGMのすべての要素をはっきりと聴かせるようにチューニングを整えているという。確かにコンテンツのエネルギッシュな音に引き寄せられ、気がつくとストーリーの世界にすっかりのめり込んでいた。アクションもののアニメ作品にも映画モードはよくマッチしそうだ。
この日は機材の都合でアニメモードでのコンテンツ視聴が行えなかったので、ポタフェス会場で試聴した時の手応えを簡単に振り返ってみる。何より登場するキャラクターの声が、効果音やBGMに紛れることなく明瞭に定位して聴き取りやすくなるのがアニメモードの特徴だ。声優がセリフに込めた感情も浮き彫りになる。テレビドラマもこのモードを選んで聴いてみたくなった。
湯山氏は、今後も秋のヘッドホン祭などのイベントに『 “聴く”VR』のブラッシュアップした試作機を展示して、来場者からヒアリングしながら音場モードの選択と完成度の向上を図っていきたいと語っている。
■映像のVRとはまた違うリアリティを追求する
『 “聴く”VR』の開発陣はいま、どういったことを課題として開発に取り組んでいるのだろうか。
「まずは製品でどんなことをやりたいのかイメージを固めてから、そのために揃えるべきものを検討して、全体像を機能ごとにブロック化し、回路を作成し、基板に落とし込んでいく作業を進めています。特にポータブル化を目指すうえでチャレンジしなければならない課題が多くあると感じています。筐体を小さくし、省電力化も図っていくならバッテリーの容量とのバランスを考えたり、最適な部材を一から探す必要も出てきます」(佐藤氏)。
「ソフトウェアのベースとなるプラットフォームをどのように組み上げるかを佐藤と一緒に考えています。ソフトウェアのアルゴリズムはAVアンプの開発で得てきた知見を活かしながら、ヘッドホンリスニングシーンに最適な効果や使い勝手を提供できるように作り込みをしています。今までになかったものをつくるのですから、様々な検証が必要です。ポータブルオーディオの世界は進展が早いので、先端から乗り遅れずに付いていくスピード感も大切だと実感しています」(臼井氏)。
今後、映像のVRもますます脚光を浴びることになるだろうが、ヤマハの『 “聴く”VR』はどのような形で共存、あるいはすみ分けを図っていくのだろうか。湯山氏は「映像のVRはどちらかといえば“非日常”の世界をリアルなものとして体験できることをゴールとしていると捉えています。『 “聴く”VR』で目指しているのは、制作者の意図も含めて、音を通して作品の世界を“忠実に”ユーザーに伝えることです。映像のVRとはまた違うリアリティを追求した価値ある技術に高めていきたい」と語る。
現在は、様々な立体音響の技術を映画館やホームシアターで楽しむことができるが、臼井氏は「最も大事なのは、視聴者がその技術を意識することなく自然と作品のストーリーに入り込めること」で、そこが開発者の腕の見せ所と語る。
自身もふだんから多くのオーディオ製品を購入しているという佐藤氏は、「いま自分たちが心から欲しいと思えるものを作って、その楽しみを早く多くのユーザーの方々と一緒に体験したい」と意気込みを語ってくれた。
ヤマハがホームシアターで培ってきた数々のノウハウが、据え置きやポータブルオーディオの舞台で新しい花を咲かせようとしている。ヤマハにとってはまだ『 “聴く”VR』の技術を自社の商品に搭載していくことを最優先に煮詰めていく段階だと思うが、今はスマホやタブレットなどモバイル端末で音楽や映画を楽しむユーザーも増えている。ゆくゆくは新しい技術をライセンス提供し、モバイル端末に組み込むなどの展開があったら面白くなりそうだ。
今後『 “聴く”VR』が様々なかたちに発展していくことを期待しながら、次のイベント出展の機会も楽しみに待ちたい。
(山本 敦)