マスターは「まるでバンドの時が止まったまま」
ビートルズ『ホワイト・アルバム』50周年盤、プロデューサーが語る音づくり。 “記憶を再現しながらモダン”に
――もちろんプロユースは専門でしょうが、コンシューマーに向けたオーディオや再生機器に興味はありますか?
ジャイルズ氏:仕事の時は最高の音楽体験を目指していますし、音楽を聴く時はそれしかないという方もいますが、私は必ずしもそうとは思いません。AMラジオでも、愛する人と一緒に聴いていると最高の品質で聴こえたりもしますよね。でも誰かの家に行って、スピーカーの位置が変だとかフェーズが合っていないとかすると、その場で変えてしまうこともあります。ものすごい大金をはたいてオーディオシステムを完備しながら、ひどい音で手の施しようがなければ、「いい音だね」とだけ言うこともあります(笑)。
以前、友人とラスベガスのCESに行ったんです。あるブースで非常に高いケーブルが、ものすごい高いアンプにつながっていて、4万ドルくらいのスピーカーにつながっているのに、1950年代のモノラルのジャズが再生されていました。「どうですか?」と言われたんですが、7kHz以上のものは入っていないので、なんとも言えないんですよね。私が持っているターンテーブルはVERTEREというブランドの「MG-1」というモデルです。ご存じですか? すごく良いですし、会社の人たちもとても良い人なんです。
――残念ながら、日本に入ってきていませんね。
ジャイルズ氏:では、彼らに言っておきます。
――実は以前、ラスベガスで『LOVE』を観させていただきました。ジャイルズさんは『LOVE』でビートルズの曲に関わっていらっしゃいます。このアルバムをCDで聴いた時には、非常に斬新なアプローチだと思いましたが、ステージを観た時に、意図がとてもよく分かったのです。
ジャイルズ氏:元々はアルバムにする予定はなかったのです。グラミー賞を2ついただいたので、とてもハッピーなのですが…。私は、まるで音楽の中に倒れ込むような体験を作るのが好きなんです。去年はドルビーアトモス・ミックスで『サージェント』を作って、みなさんに喜んでもらって、「懐かしいサウンドだ」と言われました。1968年などの古いアルバムを手掛けているわりには、常に新しい境地に行きたいと思っているんです。
――今回もマルチchのサラウンド音源が含まれますが、サラウンドには音楽再生の新たな可能性があるとお考えですか?
ジャイルズ氏:それはあると思います。ただ、サラウンドの難しさは、技術的な環境が整っていないと、音楽を壊滅させてしまう要素があることです。サラウンドを再生する場合は、環境を見直す必要があります。例えばドルビーアトモス・ミックスはINXS(インエクセス)の『キック』でも手掛けていて、その時は映画館を貸し切りにして、多くの人が同時に同じサウンドを体験することができました。『LOVE』も、もう12年も続いているわけで、あの音楽の渦の中に自分がいる感覚になりますよね。
――実際に観た時も、完全に音楽とショウに包まれて圧倒された感じがします。
ジャイルズ氏:それが狙いです。ありがとうございます。
――CD、ハイレゾ、アナログレコードというメディアで今回の『ホワイト・アルバム』は発売されますが、ジャイルズさんはどのメディアが理想と思われますか?
ジャイルズ氏:興味深い質問ですね。メディアの違いについて、自分自身も驚いたことがあります。私は基本的にミックスの作業をする時はテープではなく、Pro Toolsを使っています。ビートルズの場合は1インチ4トラックでしたが、自分がスタジオで作業を始めた時は、2インチ24トラックでした。ジョージ・ハリスンのデビューアルバムをミックスした時は、すべてPro Toolsを使ってアナログはまったく使わなかったのですが、でき上がったサウンドについて皆が「アナログっぽい」と言ったのです。レコードも出したのですが、それの最初の音は「デジタルっぽい」と言われました。非常に硬くて冷たい音なのです。それを何度も何度もカットし直して、自分の求めているサウンドにしたのです。自分の持っている “アナログ対デジタル” のサウンドのイメージとぜんぜん違うと感じました。
話が逸れましたが、私は、どのメディアであれ、自分が作業をしたファイルそのままの音が届けられることこそが夢なのです。基本的にいまほど優れている時代はないと思いますし、『ホワイト・アルバム』もそうした仕上がりになっていると自分で期待しています。
――『ホワイト・アルバム』50周年盤のリリースがますます楽しみになりました。
ジャイルズ氏:アナログレコードはハーフスピードカッティングですので、楽しみにしていてください。
――では、最後に読者にメッセージをお願いします。
ジャイルズ氏:いつも単に聴くだけではなく、しっかり聴き込んでくださってありがとうございます。良質なものを提供することこと、私たちが行っていることの真髄です。スタジオに長時間入って作業するのも、みなさんがハッピーな気持ちで曲を聴いていただくためなので、ぜひ『ホワイト・アルバム』の50周年記念盤を楽しんでください。
――私も試聴室や自分のオーディオルームで聴くことを楽しみにしております。ありがとうございました。