<山本敦のAV進化論 第194回>
360度映像で聴きたい“音”にズーム、KDDI「音のVR」が持つ新たな体験価値は?
■生のホール録音・119名のリモート収録をどのように実現したのか
東京混声合唱団による「卒業合唱曲」の収録は、ステージ上に三脚に乗せた360度カメラを立てて、さらにその上に球体形状のマイクを取り付けたシステムで “一発録り” している。19チャンネルで録音を行った後に、22.2チャンネルの素材として配信用のコンテンツをオーサリングした。「音のVR」アプリでデコードすると、サラウンド再生の雰囲気が楽しめる仕組みだ。
6月8日から配信を始めた新日本フィルハーモニー交響楽団と東京混声合唱団のバーチャルコンサートには、119名の演奏者がリモート収録で参加している。最初にピアノの伴奏を録音後、各演奏者は伴奏をヘッドホンで聴きながら自身のパートを演奏している。動画は撮り方の概略をレクチャーした後に、スマホやビデオカメラなど各演奏者が自前の機材で撮影している。
そのため、形式が様々なファイルから映像と音声を分けて取り出し、演奏の始まりを “頭出し” しながらつなげていく作業に時間を掛けてきた。途中パートごとにステレオミックスを作り、個別にサラウンド化する工程を段階的に交えながら最終素材を組み上げている。
■アーティストからの反響は上々
今年3月以降に配信を始めた「音のVR」の新コンテンツについて、宮崎氏は「とても良い手応えを得ている」と笑みを浮かべる。KDDIには2018年に「音のVR」アプリを使ってモーニング娘。などアイドルとコラボレーションし、「推しメンの声にズームできるコンテンツ」を製作した実績もある。「当時はお客様であるファンの皆様にとても喜んでいただきましたが、今回は演奏者の方々からの反響がとても大きい」のだという。
参加したアーティストからは「アプリのユーザーが聴きたい音に映像をズームインしながら迫れるインタラクティブなコンテンツなので、見られる側である演奏者も気が引き締まる」「曲の作り方や演奏方法など、これからの時代に合ったスタイルに変えていく必要がありそう」というポジティブな声が寄せられているそうだ。公開後はアプリが各方面から注目され、コロナ禍の中で音楽家やアーティストが活動を続けるための新しい形としても受け止められているようだ。
現在はまだ「音のVR」のプラットフォームには、KDDI独自の実証実験という扱いで制作したコンテンツだけが並んでいる。今後は外部コンテンツデベロッパーの参加を呼びかける体制も整えていくそうだ。堀内氏は「音源をミキシングする段階で『音のVR』向けのサラウンド化処理を挟む必要があります。オーディオオーサリング用ソフトウェアのプラグインとして必要な技術を提供できれば、裾野も広がるのでは」と述べている。
■ハイレゾ対応やライブ配信もできるのか
今春から日本国内でも、コンシューマー向け5G通信サービスが始まった。高速・大容量、低遅延、同時多接続など、5Gでは現行4G LTEの技術を超えて器が大きくなることを活かし、「音のVR」もよりリッチなサービスとして発展できる可能性が見え隠れしている。
音源の情報量を増やして、ハイレゾ級の音楽配信を「音のVR」の中で実現することは「技術的には可能」と堀内氏は述べている。また今年の5月に、KDDIを含む8つの企業・団体が合同で「渋谷5Gエンターテイメントプロジェクト」を立ち上げ、ライブ映像の生配信などオンラインライブを軸にアーティストの活動を支えていく取り組みもスタートした。
宮崎氏は「音のVRは映像とサウンドを収録した後に、演出を加えてコンテンツを練り上げる必要があるため、撮ってすぐに配信できるようになるまでには乗り越えるべき課題があると考えています。今後さらに実証実験を繰り返しながら技術を練り上げ、よりよい方法を探していきたい」と意気込みを語っている。
エンターテインメント以外の方向、例えばバーチャル展示会などにも「音のVR」の基幹技術が活かせるかもしれない。KDDI Open Innovation Fundでは国内ベンチャー企業のSynamonが開発する、VR技術を活用した会議やコラボレーションサービス「NEUTRANS BIZ」に出資。VR空間を複数人で共有できる新たな体験価値の創出を支援している。仮想空間の中でリアルな音体験を実現する技術として「音のVR」との結びつきも深まれば、さらに面白いことができそうだ。
人と人が関わり合う創作・経済活動が新型コロナウィルスの影響にさらされる中で、様々な社会課題を解決する糸口として「音のVR」を見る視線は、今後さらに熱を帯びそうだ。堀内氏、宮崎氏は、アプリに新規コンテンツを積極的に追加していきたいと口を揃えている。今後の動向も楽しみだ。
(山本 敦)