ハイレゾ配信も準備中
MUSIC/SLASH(エムスラ)はオーディオファンの救世主になれるか。代表・谷田光晴氏インタビュー
■一般ユーザーは、自分の再生環境がよく分かっていない
谷田:一方で、圧倒的に多い一般ユーザーは、自分の再生環境がよく分かっていらっしゃらない場合が多いと感じました。
オーディオマニアの人たちは、自分の持っている機器やガジェットに関しては知識がめちゃくちゃあるから大丈夫だったりします。ちょっと説明すると「あ、わかった。なるほどね、あとは自分でやっときます!」となる。とても心強いですけど。
とくに驚いた事例としては、「コンピューターで配信を受けたほうがいい音がするに決まっている」と思い込んでいる人たちが多かったことです。「配信はデジタルtoデジタルなので、世代の最新のスマホのほうが音質的に意外とイケたりするんですよ」と話すと、「えっそうなんですか」となったりします。でも話をしていくと、「スマホじゃなくて、大きなテレビ画面でみたいんです」という要望が多くて、そうなるとエムスラが厳しく設けているHDCPの対応問題が噴出してくる。
■音楽をデータではなく、コンテンツとして扱う
谷田:「HDCPは、デジタル信号のコピーガード機能としては崩壊している」というレビューを書かれる専門家の方はけっこういらっしゃいます。けれども私たちはそれを大事にしたいと思っています。もし本当に崩壊しているものだとすると、それをちゃんと守り続けて作っている企業はなんなのだろうかとなるからです。日本メーカーのコンピューターやアップル社製のコンピューターはやっぱりちゃんとそれを守っているわけなのです。現実は形骸化しているというけれど、なぜルールを守っているのか。
何よりも、音楽をデータとしてではなく、コンテンツとして扱っている。つまりコンテンツに対しての愛情があるかないかなんです。「画面に表示できればいいんだろ」という感覚で表示機器を使ってしまうと、すぐに人間は馴れてしまう。でもエムスラはコンテンツに対して、並々ならぬ愛情があるので、愛情の感じられないコンテンツに関しては配信をしないと決めているんです。その感覚にご納得いただけないアーティストさんはお断りしています。
■いい加減なHDCP対応機器は、信号がはじかれることがある
谷田:HDCPを導入していることによって、たとえばアップル純正のようなパッケージを装っている機器は、余裕で弾かれてしまいます。一方で、純正の場合はバッチリ通る。その先のテレビやディスプレイもそうなんです。いい加減なメーカーの製品ですと、HDCPに関してあいまいな処理をしていたりする。驚くのは、HDCP対応と書いてあるのに、接続した瞬間はその信号を出さないテレビ。しばらくしてから、思い出したかのように信号を出してくるけれども、その瞬間はじかれるといった始末。
パソコンを安く作ることだけを考えていて「Windows 10が走っていれば、観られますよね」というパソコンはダメだったりする。HDCPの問題に関してはやってみないとわからないことが多い。けれどもコンテンツへの愛情という意味から、今後もこの方針を緩める気はまったくありません。
エムスラは、「Windows 10が走っていて、ブラウザーがGoogle Chromeの最新であれば見られる」とは言っていません。そのうえで再生テスト環境を通過しても、接続機器によっては観られないことがあると、事前に説明させていただいています。
日本におけるデジタル著作権保護の考え方は、今後、日本のコンテンツを世界に向かってデジタルで配信していこうとしているのに、仕組みもルールも定められておらす、それに加えて,ユーザーのリテラシーも付いてきていないと思います。これからは、ただコンテンツを発信していくだけではなく、なんとかコンテンツを守っていこうという技術が重要になっていきます。私たちが少なくともそれを厳しくやっていくことで、今後、どこまで配信クオリティとして担保するかということを徹底的にやっていきます。
■前売りを一週間前に締め切るのは、再生環境テストを十分にしてもらうため
─── 最高のクオリティを担保しつつも、前売りが売れたらそれに合わせてサーバーの能力を確保し、またその準備のために一週間前に締め切るということについて教えてください。
谷田:まず、「一週間前に前売りを締め切る」というルールをなぜ行ったかというと、配信サーバーにおけるトラブルの原因の80%くらいが、購入データベースと実際の視聴データベースを照合するところで負荷がかかって落ちるのです。みなさんはアクセス数に対して、サーバーを積めば積むほど安心になると思ってらっしゃるかもしれないですが、問題はサーバーの設計をどう考えるかというところだったりします。
さらに、エムスラを視聴するのに必要な再生環境テストが十分にできていないのに、ギリギリで購入されることを防ぐためだったりもします。「あらかじめ視聴テストをしてから購入してください」と注意喚起をしているのに、チケット購入され、「なんで見られないんだ」と怒るお客様がいる。これをライブ当日まで販売していると、余裕をもって購入したお客様の対応より、ギリギリに購入して再生環境トラブルを生じたお客様への対応に負荷がかかってしまいます。
サーバーの領域を確保するという話でいうと、チケット販売数が決定すると、その人数に対して何メガbpsの通信量が必要かというのは、シンプルな掛け算でしかありません。100万人になろうと、1,000万人だろうと大丈夫というわけです。
これはずっと配信をやってきた設計のセンスです。それを私たちは十分に積み重ねてきたので、今回の山下達郎さんのような人気コンテンツで一気に負荷がかかってもまったくサーバーは問題なく、まったく余裕でした。
■問題はむしろ家庭の回線速度やルーターなどの端末環境にある
谷田:問題は、むしろご家庭の回線速度のほうにあるようでした。圧倒的にそこが原因で止まっているところのほうが多い。事前に「常時15Mbps以上」と環境をご説明させていただいていますが、東京都心でも回線・時間帯によっては「5Mbps」に落ちていたり、場合によっては「200kbps」まで落ちていたりする場所もあります。
送信サーバーのデータを見るかぎり、今回は1Mbpsを切ってもストリームは入っていました。それは私たちのサーバーと端末間のデータの読み込み処理方法が優れていたからで、なかなか落ちずに粘ったのですが、実際にはそれでもリスナーの端末側で落ちてしまったところはありました。
これには、端末側のWiFiルーターの処理力の問題もあります。一度に大量のパケットを取得して、次の処理まで時間のかかる設定をしているルーターなど、ご家庭のルーターは千差万別です。
■事前テストで観られなければ、ライブ当日の14時まで返金可能
─── ユーザー側の問題であっても、すべてエムスラの責任にされてしまう可能性もあるわけですね。
谷田:やはり問題は、説明の通りに事前テストをちゃんとやられていないことであったり、他の配信サイトでは観られるから安心と思いこまれてしまったことが問題だったと思っています。ログインできてしまっているから観られると思い込んでいて、「なんで観られないんだ」となるわけです。
チケットを購入された方ならご存じのことと思いますが、事前にメールで何通も「テストしてください」とご連絡を差し上げていました。それで観られない人のために、当日の14時まで返金可能という対応をしました。そもそもメールの開封率が低いという、コミュニケーション方法に問題があったりもしますので、今後のコミュニケーションはこの辺りを改善していけるように考えていきます。