デジタルカメラグランプリ2021 SUMMER受賞インタビュー
シグマ・山木社長が語る想い。「新たなカメラの楽しみ方に、大手メーカーには真似できない新機軸で応える」
従来の常識を塗り替える大口径標準ズームレンズ「SIGMA 28-70mm F2.8 DG DN | Contemporary」がデジタルカメラグランプリ2021 SUMMERで総合金賞を獲得した。コロナ禍のニューノーマル時代に、映像・画像・写真の持つ新たな価値を果敢に発信、そしてその手法に対しても積極的なチャレンジを展開するシグマ。市場創造への想いを同社代表取締役社長・山木和人氏に聞く。
デジタルカメラグランプリ2021 SUMMER受賞一覧はこちら(※PDF/約30MB)
株式会社シグマ
代表取締役社長
山木和人氏
やまきかずと Kazuto Yamaki
プロフィール/1968年 東京生まれ。上智大学大学院卒業後、1993年に株式会社シグマに入社。2000年 取締役・経営企画室長を経て、2003年 取締役副社長、2005年 取締役社長、2012年 代表取締役社長に就任。
■期待高まるオンラインとリアルのシナジー
―― 昨年春以降、コロナの影響が重くのしかかっているカメラ市場ですが、近況をどのようにご覧になられていますか。
山木 昨年の今頃は売上げが前年比で半減してしまうのではないかと覚悟しましたが、実際にはそこまで落ち込むことなく、少し安堵しました。そのようななか、流通にはかなり大きな変化が表れ、ステイホームでオンライン販売が躍進する一方、これまで地道に商売を続けてきたリアルのご販売店様が苦戦されているのは本当に心苦しい限りです。写真の面白さや楽しさを伝え、広めることにおいて、業界を支える役割を担ってくれていたのですが、オンライン販売ではそこまで訴えるのはなかなか難しく、自ずと限界があります。
カメラのことをよく知り、自分でいろいろ調べて購入されるケースならまだしも、これから潜在的なお客様をどれだけ増やせるかを考えたとき、不安な面は否めません。ただし、コロナ収束後も、オンラインによる活動はひとつの確固たる流れとして定着、拡大していくはずです。リアル店舗の価値は不変ですが、オンラインを通じて製品の魅力や写真の楽しみ方をどのように訴求していくか。当社でも強く意識して新しい活動を始めています。
―― ゴールデンウイーク前にもミラーレス専用設計の大口径単焦点レンズの新製品「SIGMA 35mm F1.4 DG DN | Art」の発表会をYouTube公式チャンネル「SIGMA Station」で開催され、山木社長自ら商品をアピールされました。
山木 本当はあまり出演したくはないのですが(笑)、製品を開発したエンジニアや工場で製造に携わっているスタッフが新製品に込めた想いを、私が代表してお客様にお伝えできればと考えています。オンラインという情報発信の新しい場が増えたことで、メーカーから製品に込めた想いやどのような技術やアイデアを用いることで製品化まで辿り着けたのかなどの情報を提供していきたいと考えています。一般メディアや写真家やレビュアーの方も、それぞれの立ち位置から自らの言葉で情報を発信されており、お客様はいろいろな角度からのバラエティ溢れる情報を得ることで、製品に対する理解もより一層深まっていくと期待しています。
―― 前記のオンライン発表会では、カメラやレンズのゴースト撲滅に取り組む専任チーム「ゴーストバスターズ」について説明があるなど、製品に対してより親近感が沸くように感じました。
山木 メーカーとしてオンラインに何より期待するのは、英語で話せば世界中に瞬く間に発信ができるパワフルさを備えていることです。ただし、一方通行という限界がありますから、最終的にはリアルの場でお店の人と会話を交わしながら、直に製品に触れて魅力を実感いただく世界は絶対になくなりません。最初はオンラインでいろいろな情報を集めて製品を買われた方も、「もっと詳しい使い方を知りたい」「こんな風に撮るにはどうすればいいんだろう」という疑問に対し、次は販売店まで足を運んで、販売員の方と話をしながら解消する、そんな流れを構築していきたい。「次はこのレンズを買ってみよう」と目的や方向性がはっきりと見えてくると思います。
コロナ禍が落ち着いたとき、オンラインによる販売比率は間違いなく以前より高まってきます。しかし、リアル店舗ならではの良さや魅力が同時に再認識されるのではないでしょうか。リアルで得られる情報の重要性がより一層高まるなかで、リアル店舗がお客様にどのようなサービスを提供していくのか。次の新しいステージを目指す上で、ひとつの大きなテーマになると考えています。
■業界をけん引するシグマならではの唯一無二
―― 市場を盛り立て、新しいカメラファンを創造していく上でも、魅力ある商材は欠かせません。御社ではミラーレス専用設計による製品の置き換えも精力的に行われていますが、今回の「デジタルカメラグランプリ2021 SUMMER」では、「SIGMA 28-70mm F2.8 DG DN | Contemporary」が交換レンズの総合金賞に輝きました。個性的で魅力的な交換レンズが数多く登場するなかでも、御社はそのトレンドをけん引する存在として、また、大きくて重たいレンズが増えるなか、小型かつ軽量で、しかも光学性能には一切妥協がない、質感もよく所有感も満たしてくれるレンズとして審査会でも高く評価されました。
山木 「SIGMA 28-70mm F2.8 DG DN | Contemporary」については、クリアでかつ柔らかく上品な描写が好評です。カメラボディがミラーレスにより小型化しているわけですから、レンズももちろんボディに見合うサイズでなければなりません。しかも、高画素化が進むなかで品質にはもちろん妥協しません。超高画素時代の到来で、古いレンズを使うと解像度が足りなくて、レンズが負けてしまうといった面も見受けられます。
ミラーレス専用設計を進める上で、まず取り組んだのが解像度の向上です。追求し続けていくことでノウハウが蓄積され、ある段階を経ると、同時にコンパクトにしていく余裕が生まれてきます。さらに、ただコンパクトにすれば良いのではなく、軸上色収差やコマ収差をどう抑えるかなど、写真にしたときの仕上がりにまで目が届くようになります。この間には当然、技術の進歩もありますから、最先端の技術を惜しみなく注ぎ込んでいくことで、より高性能かつコンパクトな、解像度一辺倒ではない、いろいろな面に配慮したレンズを実現することができました。また、そこには「どこまで小さくできるか」にとことんこだわり抜いた小型で高性能な「SIGMA fp」というカメラの存在も見逃すことができません。
―― 光学性能と高いビルドクオリティを両立させたIシリーズも「企画賞」を受賞しています。
山木 「Iシリーズ」はコンパクトな単焦点のシリーズです。世の中にF1.8から2クラスのコンパクトな単焦点レンズは多く見受けられますが、総じてプラスチックが多用され、絞りリングを無くすなどいろいろなものが排除されており、確かに軽くて小さくて安価なのですが、チープな印象は拭えません。現在のレンズでは、性能はいいけれども重くて大きくて高価なものとの二極化が進んでいて、質感がよくてしかもコンパクトなものが欲しいというニーズに応えるものが見つかりません。
そうしたニーズに応えたのが「Iシリーズ」です。実は私自身も欲しかったもので、シグマでも製品化への想いをずっと持ち続けていました。レトロなフィルムカメラ時代のレンズを彷彿とさせます。ぐるっと時代が一巡して、ミラーレス時代の今、再び脚光を浴びる存在となりましたが、「Iシリーズ」は決して単純に時間を遡ったわけではなく、ミラーレス時代に相応しい光学性能や機構を設計者やエンジニアが苦労の末、実現させました。大量生産では実現できない操作感や質感は、他では決して真似することができないポイントになります。設計者やエンジニアが本当に楽しんで取り組んでいた姿が強く印象に残っています。
どうしたら良いものを作れるのか。それは設計者やエンジニアが一番よく知っています。そこに経営的な観点から「コストを安くしろ」とか、「こっちの方が売れるぞ」とか、余計なことを言うから製品のコンセプトがブレてしまうのです。「コンパクトで質感がよくてカッコいいものを作ろう。思う存分やってほしい」。それでいいんですよ。飛び切りいい仕事をしてくれました。
正直申しますと、Iシリーズには相当に“余計な”コストがかかっています。いろいろなところで当初の予定が覆され、質感を出すためのしっかりとした構造体をつくるために、必ずしも必要ではない部品を追加することになりました。プラスチックの予定だったフードが金属になったり、デザイナーの強いこだわりから全体にスリットも入ったり、最終的にはメタルキャップまで付きました。しかし、このような“わがまま”が通るのも、非上場の会社ならではの強みだと思っています。
あれだけ多くの金属部品を、高精度に自社で加工できる技術と設備を備えたメーカーは世界的にも限られています。もちろん外注に依頼することも可能ですが、安い部品を作ってもらうのとは違い、高い技術を要するため製品化には見合わないかなりの高コストになってしまいます。シグマならではとも言えるIシリーズは、エンジニアや工場のこだわりに全面的に応えて製品化したひとつの実験的なケースでもあり、お客様がどのように評価されるのか大変注目しています。
―― 現時点でのお客様からのIシリーズへの評価や販売計画に対する実績はいかがですか。
山木 「スペック的にも地味ですし、価格面からもそんなに売れないのではないか」というビジネス的な見方と、「これだけこだわりを詰め込んだのだし、これまで世の中にも存在しなかった。相当に受けるのではないか」という作り手の想いが交錯した製品とも言えます。現在の販売実績もそれらの中間といったところでしょうか。ただ、Iシリーズをご存じないお客様がまだまだいらっしゃいますし、ついていないのは、コロナ禍で実際にレンズを手に取り質感を味わっていただく機会を十分に提供できていないことです。自らの手でメタルフードを取り付けてみたり、フォーカスリングや絞りリングを動かしてみたりできれば、反響も違ってくると確信しています。特に海外はリアル店舗が閉まったままで、ほとんどの方が触れることができていません。コロナが落ち着き、ひとりでも多くのお客様にリアル店舗でIシリーズを手に取ってもらいたいですね。
■fpが示した映像・画像の限りない可能性
―― 昨年はリモートワークが急拡大しましたが、御社の「fp」がウェブカメラとして大ブームになりました。ユーザー層も広がったのではないですか。
山木 本当に驚かされましたね。「私たちはリモートで『fp』をこんな使い方をしています」とツイッターで紹介しただけなのですが、物凄い反響をいただき、fpへの注文が殺到しました。まさか20万円以上もするカメラを本気でウェブカメラとして使おうと考える人などいないと思っていましたから。いままでシグマと接点がなかったお客様がほとんどで、勉強にもなりました。
つくづく感じたのは、カメラ市場のポテンシャルはまだまだあり、多くのお客様が映像や画像に対する興味をお持ちだということです。そのことに気づいていないのはメーカーだけで、カメラに対して抱いている古い概念を取り払って、お客様が映像や画像に寄せる期待に応えていかなければとハッとさせられました。
fpは、シネマカメラやウェブカメラ、また、映画監督が撮影をシミュレーションするために使うディレクターズ・ビューファインダーというカメラとしても高い評価をいただき、いろいろな切り口を備えています。画像・映像の可能性は限りなく、しかも今、動画と静止画の垣根がテクノロジーの面からも格段に低くなっています。これまでの伝統はもちろん大切ですが、次世代に向けたもっと自由な発想の映像デバイスに積極的にチャレンジしていきたいと思います。
―― 現在の「fp」の購入層にはどのような特徴が見られますか。
山木 大きく2つの山があります。ひとつは50代を中心に、40代後半から60代くらいまでと年齢的にはやや高め。スナップシューターが多く、大きくて重たいカメラを構えて撮るのではなく、気軽に一緒に街に連れて持ち出せる点が大きなメリットになっています。アダプターを使ってクラシックレンズを楽しまれている方にも人気があります。もうひとつは、静止画も動画も撮られる方。「ちょっと人とは違ったものが欲しい」とデザインや質感に対するこだわりも強く、年齢的には30代・40代が中心です。アクティブにカメラを楽しまれているのが特徴で、登山などでも活躍しています。
―― 後者については、業界の課題でもある新規層開拓にもつながっていますね。
山木 大手メーカーと同じ土俵に立っても勝負になりませんから、シグマは新機軸で挑みます。今は音楽ビデオやショートムービーをiPhoneなどスマホで撮ってしまうプロもいる時代ですから、カメラはこうでなきゃなどと考えているメーカーは時代遅れになってしまいます。カメラの楽しみ方はユーザーがどんどん先行して開拓されています。GoProも使えば、iPhoneも使う、シネマカメラも使います。ミラーレスでは静止画だけでなく動画も撮る。そうしたユーザーの実態をしっかりと捉えて、古い概念に縛られて意固地にならず、いまあるテクノロジーとこれから開発されるテクノロジーでお客様にどのような新しい提案ができるかが問われています。
―― 御社では特別な部署を設けて対応されているのですか。
山木 当社にも「商品企画」がありますが、大手メーカーと異なる点は、商品企画だけがやるのではなく、エンジニアももちろん考えるし、社員ひとりひとりが常に考えているということ。エンジニアに関して言えば、当社ではほとんどがカメラ好きなカメラユーザーでもあり、すなわち、開発者とユーザー、それぞれの視点を持ち合わせています。
―― いまのラインナップにはないユニークな製品が今年これから出てくる可能性も十分にあるわけですね。
山木 大手メーカーさんでは決して出せないようなものを敢えて出す。多少リスクをとってでも何か違う機軸で出す。そうしたことが本来的に当社に求められていること。新しい提案を行っていくことを忘れずに、口幅ったいですが、延いてはそれが業界の活性化に少なからず貢献するものと信じています。
―― 市場活性化には今、業界に何が必要なのでしょうか。
山木 私はメーカーの立場ですから、やはり流通というよりもメーカーの責任が大きいと思います。テクノロジーが絶え間なく進化していくなかで、映像、画像、写真の持つ価値をお客様にどのように提示することができるかです。イノベーションのないところが停滞につながっている。それに尽きますね。イノベーションが容易でないことは百も承知ですが、困難でも常に意識してやらないと新しい扉は開けられません。
―― ニューノーマル時代に新たな価値を訴え、巻き返しですね。
山木 シグマではいろいろなミラーレスのレンズを出してきました。まだ大手を振って旅行を楽しむこともむずかしい状況ですが、例えば、近所で目に付いた花や景色を撮ってみる。そこでもレンズを換えてみることで、撮る楽しみが広がっていくことを、お客様自身で見いだしてもらえたらうれしいです。これからも他社には真似することができないユニークなレンズを開発して参ります。シグマのこれからにどうぞご期待ください。
デジタルカメラグランプリ2021 SUMMER受賞一覧はこちら(※PDF/約30MB)
代表取締役社長
山木和人氏
やまきかずと Kazuto Yamaki
プロフィール/1968年 東京生まれ。上智大学大学院卒業後、1993年に株式会社シグマに入社。2000年 取締役・経営企画室長を経て、2003年 取締役副社長、2005年 取締役社長、2012年 代表取締役社長に就任。
■期待高まるオンラインとリアルのシナジー
―― 昨年春以降、コロナの影響が重くのしかかっているカメラ市場ですが、近況をどのようにご覧になられていますか。
山木 昨年の今頃は売上げが前年比で半減してしまうのではないかと覚悟しましたが、実際にはそこまで落ち込むことなく、少し安堵しました。そのようななか、流通にはかなり大きな変化が表れ、ステイホームでオンライン販売が躍進する一方、これまで地道に商売を続けてきたリアルのご販売店様が苦戦されているのは本当に心苦しい限りです。写真の面白さや楽しさを伝え、広めることにおいて、業界を支える役割を担ってくれていたのですが、オンライン販売ではそこまで訴えるのはなかなか難しく、自ずと限界があります。
カメラのことをよく知り、自分でいろいろ調べて購入されるケースならまだしも、これから潜在的なお客様をどれだけ増やせるかを考えたとき、不安な面は否めません。ただし、コロナ収束後も、オンラインによる活動はひとつの確固たる流れとして定着、拡大していくはずです。リアル店舗の価値は不変ですが、オンラインを通じて製品の魅力や写真の楽しみ方をどのように訴求していくか。当社でも強く意識して新しい活動を始めています。
―― ゴールデンウイーク前にもミラーレス専用設計の大口径単焦点レンズの新製品「SIGMA 35mm F1.4 DG DN | Art」の発表会をYouTube公式チャンネル「SIGMA Station」で開催され、山木社長自ら商品をアピールされました。
山木 本当はあまり出演したくはないのですが(笑)、製品を開発したエンジニアや工場で製造に携わっているスタッフが新製品に込めた想いを、私が代表してお客様にお伝えできればと考えています。オンラインという情報発信の新しい場が増えたことで、メーカーから製品に込めた想いやどのような技術やアイデアを用いることで製品化まで辿り着けたのかなどの情報を提供していきたいと考えています。一般メディアや写真家やレビュアーの方も、それぞれの立ち位置から自らの言葉で情報を発信されており、お客様はいろいろな角度からのバラエティ溢れる情報を得ることで、製品に対する理解もより一層深まっていくと期待しています。
―― 前記のオンライン発表会では、カメラやレンズのゴースト撲滅に取り組む専任チーム「ゴーストバスターズ」について説明があるなど、製品に対してより親近感が沸くように感じました。
山木 メーカーとしてオンラインに何より期待するのは、英語で話せば世界中に瞬く間に発信ができるパワフルさを備えていることです。ただし、一方通行という限界がありますから、最終的にはリアルの場でお店の人と会話を交わしながら、直に製品に触れて魅力を実感いただく世界は絶対になくなりません。最初はオンラインでいろいろな情報を集めて製品を買われた方も、「もっと詳しい使い方を知りたい」「こんな風に撮るにはどうすればいいんだろう」という疑問に対し、次は販売店まで足を運んで、販売員の方と話をしながら解消する、そんな流れを構築していきたい。「次はこのレンズを買ってみよう」と目的や方向性がはっきりと見えてくると思います。
コロナ禍が落ち着いたとき、オンラインによる販売比率は間違いなく以前より高まってきます。しかし、リアル店舗ならではの良さや魅力が同時に再認識されるのではないでしょうか。リアルで得られる情報の重要性がより一層高まるなかで、リアル店舗がお客様にどのようなサービスを提供していくのか。次の新しいステージを目指す上で、ひとつの大きなテーマになると考えています。
■業界をけん引するシグマならではの唯一無二
―― 市場を盛り立て、新しいカメラファンを創造していく上でも、魅力ある商材は欠かせません。御社ではミラーレス専用設計による製品の置き換えも精力的に行われていますが、今回の「デジタルカメラグランプリ2021 SUMMER」では、「SIGMA 28-70mm F2.8 DG DN | Contemporary」が交換レンズの総合金賞に輝きました。個性的で魅力的な交換レンズが数多く登場するなかでも、御社はそのトレンドをけん引する存在として、また、大きくて重たいレンズが増えるなか、小型かつ軽量で、しかも光学性能には一切妥協がない、質感もよく所有感も満たしてくれるレンズとして審査会でも高く評価されました。
山木 「SIGMA 28-70mm F2.8 DG DN | Contemporary」については、クリアでかつ柔らかく上品な描写が好評です。カメラボディがミラーレスにより小型化しているわけですから、レンズももちろんボディに見合うサイズでなければなりません。しかも、高画素化が進むなかで品質にはもちろん妥協しません。超高画素時代の到来で、古いレンズを使うと解像度が足りなくて、レンズが負けてしまうといった面も見受けられます。
―― 光学性能と高いビルドクオリティを両立させたIシリーズも「企画賞」を受賞しています。
山木 「Iシリーズ」はコンパクトな単焦点のシリーズです。世の中にF1.8から2クラスのコンパクトな単焦点レンズは多く見受けられますが、総じてプラスチックが多用され、絞りリングを無くすなどいろいろなものが排除されており、確かに軽くて小さくて安価なのですが、チープな印象は拭えません。現在のレンズでは、性能はいいけれども重くて大きくて高価なものとの二極化が進んでいて、質感がよくてしかもコンパクトなものが欲しいというニーズに応えるものが見つかりません。
そうしたニーズに応えたのが「Iシリーズ」です。実は私自身も欲しかったもので、シグマでも製品化への想いをずっと持ち続けていました。レトロなフィルムカメラ時代のレンズを彷彿とさせます。ぐるっと時代が一巡して、ミラーレス時代の今、再び脚光を浴びる存在となりましたが、「Iシリーズ」は決して単純に時間を遡ったわけではなく、ミラーレス時代に相応しい光学性能や機構を設計者やエンジニアが苦労の末、実現させました。大量生産では実現できない操作感や質感は、他では決して真似することができないポイントになります。設計者やエンジニアが本当に楽しんで取り組んでいた姿が強く印象に残っています。
どうしたら良いものを作れるのか。それは設計者やエンジニアが一番よく知っています。そこに経営的な観点から「コストを安くしろ」とか、「こっちの方が売れるぞ」とか、余計なことを言うから製品のコンセプトがブレてしまうのです。「コンパクトで質感がよくてカッコいいものを作ろう。思う存分やってほしい」。それでいいんですよ。飛び切りいい仕事をしてくれました。
正直申しますと、Iシリーズには相当に“余計な”コストがかかっています。いろいろなところで当初の予定が覆され、質感を出すためのしっかりとした構造体をつくるために、必ずしも必要ではない部品を追加することになりました。プラスチックの予定だったフードが金属になったり、デザイナーの強いこだわりから全体にスリットも入ったり、最終的にはメタルキャップまで付きました。しかし、このような“わがまま”が通るのも、非上場の会社ならではの強みだと思っています。
あれだけ多くの金属部品を、高精度に自社で加工できる技術と設備を備えたメーカーは世界的にも限られています。もちろん外注に依頼することも可能ですが、安い部品を作ってもらうのとは違い、高い技術を要するため製品化には見合わないかなりの高コストになってしまいます。シグマならではとも言えるIシリーズは、エンジニアや工場のこだわりに全面的に応えて製品化したひとつの実験的なケースでもあり、お客様がどのように評価されるのか大変注目しています。
―― 現時点でのお客様からのIシリーズへの評価や販売計画に対する実績はいかがですか。
山木 「スペック的にも地味ですし、価格面からもそんなに売れないのではないか」というビジネス的な見方と、「これだけこだわりを詰め込んだのだし、これまで世の中にも存在しなかった。相当に受けるのではないか」という作り手の想いが交錯した製品とも言えます。現在の販売実績もそれらの中間といったところでしょうか。ただ、Iシリーズをご存じないお客様がまだまだいらっしゃいますし、ついていないのは、コロナ禍で実際にレンズを手に取り質感を味わっていただく機会を十分に提供できていないことです。自らの手でメタルフードを取り付けてみたり、フォーカスリングや絞りリングを動かしてみたりできれば、反響も違ってくると確信しています。特に海外はリアル店舗が閉まったままで、ほとんどの方が触れることができていません。コロナが落ち着き、ひとりでも多くのお客様にリアル店舗でIシリーズを手に取ってもらいたいですね。
■fpが示した映像・画像の限りない可能性
―― 昨年はリモートワークが急拡大しましたが、御社の「fp」がウェブカメラとして大ブームになりました。ユーザー層も広がったのではないですか。
山木 本当に驚かされましたね。「私たちはリモートで『fp』をこんな使い方をしています」とツイッターで紹介しただけなのですが、物凄い反響をいただき、fpへの注文が殺到しました。まさか20万円以上もするカメラを本気でウェブカメラとして使おうと考える人などいないと思っていましたから。いままでシグマと接点がなかったお客様がほとんどで、勉強にもなりました。
つくづく感じたのは、カメラ市場のポテンシャルはまだまだあり、多くのお客様が映像や画像に対する興味をお持ちだということです。そのことに気づいていないのはメーカーだけで、カメラに対して抱いている古い概念を取り払って、お客様が映像や画像に寄せる期待に応えていかなければとハッとさせられました。
fpは、シネマカメラやウェブカメラ、また、映画監督が撮影をシミュレーションするために使うディレクターズ・ビューファインダーというカメラとしても高い評価をいただき、いろいろな切り口を備えています。画像・映像の可能性は限りなく、しかも今、動画と静止画の垣根がテクノロジーの面からも格段に低くなっています。これまでの伝統はもちろん大切ですが、次世代に向けたもっと自由な発想の映像デバイスに積極的にチャレンジしていきたいと思います。
―― 現在の「fp」の購入層にはどのような特徴が見られますか。
山木 大きく2つの山があります。ひとつは50代を中心に、40代後半から60代くらいまでと年齢的にはやや高め。スナップシューターが多く、大きくて重たいカメラを構えて撮るのではなく、気軽に一緒に街に連れて持ち出せる点が大きなメリットになっています。アダプターを使ってクラシックレンズを楽しまれている方にも人気があります。もうひとつは、静止画も動画も撮られる方。「ちょっと人とは違ったものが欲しい」とデザインや質感に対するこだわりも強く、年齢的には30代・40代が中心です。アクティブにカメラを楽しまれているのが特徴で、登山などでも活躍しています。
―― 後者については、業界の課題でもある新規層開拓にもつながっていますね。
山木 大手メーカーと同じ土俵に立っても勝負になりませんから、シグマは新機軸で挑みます。今は音楽ビデオやショートムービーをiPhoneなどスマホで撮ってしまうプロもいる時代ですから、カメラはこうでなきゃなどと考えているメーカーは時代遅れになってしまいます。カメラの楽しみ方はユーザーがどんどん先行して開拓されています。GoProも使えば、iPhoneも使う、シネマカメラも使います。ミラーレスでは静止画だけでなく動画も撮る。そうしたユーザーの実態をしっかりと捉えて、古い概念に縛られて意固地にならず、いまあるテクノロジーとこれから開発されるテクノロジーでお客様にどのような新しい提案ができるかが問われています。
―― 御社では特別な部署を設けて対応されているのですか。
山木 当社にも「商品企画」がありますが、大手メーカーと異なる点は、商品企画だけがやるのではなく、エンジニアももちろん考えるし、社員ひとりひとりが常に考えているということ。エンジニアに関して言えば、当社ではほとんどがカメラ好きなカメラユーザーでもあり、すなわち、開発者とユーザー、それぞれの視点を持ち合わせています。
―― いまのラインナップにはないユニークな製品が今年これから出てくる可能性も十分にあるわけですね。
山木 大手メーカーさんでは決して出せないようなものを敢えて出す。多少リスクをとってでも何か違う機軸で出す。そうしたことが本来的に当社に求められていること。新しい提案を行っていくことを忘れずに、口幅ったいですが、延いてはそれが業界の活性化に少なからず貢献するものと信じています。
―― 市場活性化には今、業界に何が必要なのでしょうか。
山木 私はメーカーの立場ですから、やはり流通というよりもメーカーの責任が大きいと思います。テクノロジーが絶え間なく進化していくなかで、映像、画像、写真の持つ価値をお客様にどのように提示することができるかです。イノベーションのないところが停滞につながっている。それに尽きますね。イノベーションが容易でないことは百も承知ですが、困難でも常に意識してやらないと新しい扉は開けられません。
―― ニューノーマル時代に新たな価値を訴え、巻き返しですね。
山木 シグマではいろいろなミラーレスのレンズを出してきました。まだ大手を振って旅行を楽しむこともむずかしい状況ですが、例えば、近所で目に付いた花や景色を撮ってみる。そこでもレンズを換えてみることで、撮る楽しみが広がっていくことを、お客様自身で見いだしてもらえたらうれしいです。これからも他社には真似することができないユニークなレンズを開発して参ります。シグマのこれからにどうぞご期待ください。