音楽遍歴から作品誕生の背景まで聞いた
マニアに“刺さる”レコード漫画『音盤紀行』はどうやって生まれたのか。作者・毛塚了一郎さんインタビュー
■楽しんでもらうためには「マニアックすぎないこと」が大事
ーーここからは作品のことについてお聞かせいただければと思います。改めて考えてみるとレコードを題材にした漫画って意外とないですが、『音盤紀行』はどのような経緯で生まれたのでしょうか。
毛塚:元々僕は同人誌でレコードの漫画を描いていたんです。2015、6年くらいから描き始めたんですが、ちょうどストーリーを描くことを意識し始めた頃だったので、好きな題材を選びたい、ということでレコード屋をテーマに描いてみたら、自分の中で感触が良かったんです。それで描き続けていたら今の担当編集さんから声をかけていただいて……。
担当編集:青騎士は昨年4月に創刊した雑誌なのですが、僕はレコード同人誌の前から毛塚先生の漫画を読んでいたので、創刊にあたって、ぜひ毛塚先生に描いてほしかったんです。それでお声がけして、何を描くかとなったとき、やっぱりレコードかな、と。僕も音楽好きなので、やるしかないなとなりまして。
毛塚:最初にお会いしたときに音楽の話もしていたのですが、この担当さんとなら音楽やレコードのこともディープなところまで突っ込んで話せるなと感じたので、商業でやってみようかとなりました。多分、担当が別の方だったら描いていなかったと思います。
ーー確かに作者ひとりが詳しかったとしても、担当編集さんがついていけなかったら商業作品としては厳しいですよね。
毛塚:担当さんとは基礎的な知識がお互いに共有できているので、「SP盤というのはつまり……」みたいなことはすっ飛ばして話をできるんですよね。逆に向こうから「○ページの×コマ目だけドーナツ盤になってますよ」みたいなツッコミが入ったことも(笑)。
ーーまさに音楽・レコード好きな2人が組んだからこその作品なわけですね。ただ、ストーリー的にはレコードのうんちくを語ったり、知る人ぞ知る名盤を取り上げたりするわけでもなく、かなりマニア色は薄めな印象があります。
毛塚:マニアックにすることはできますけど、それだと伝わる相手が絞られてきちゃいますよね。やっぱり漫画として面白いと思っていただけることが1番嬉しいので、音楽ファン、レコードファン以外の方にも楽しんでいただけるような作品にする、ということは意識しています。
ーーなるほど。
毛塚:担当さんもマニアックだからこそ、「この用語はちょっと難しすぎませんか?」といった調整ができるんですよね。なので1巻の内容は、音楽への純粋な情熱みたいなものが1番感じられるようにと意識して作りました。うんちくやマニアックなネタも、限られたページの中で効果的に見せつつ、なおかつ物語も進めていくことって結構大変なので、入れるとしても1話に1ネタくらいで留めるようにしています。
ーーやろうと思えばディープでマニアックな話も描けるけど……。
毛塚:描きたいですけど……。やっぱり漫画にとってはキャラクターの魅力が大事な要素だと思いますので、レコードは共通したテーマとして据えて、キャラクターのストーリーをメインにすることが、1番たくさんの方に楽しんでいただける作品の土台になると思っています。
ーー超マニアックなのもそれはそれで読んでみたい……。おっしゃる通りストーリーは普遍的な一方、お店に並んだレコードのジャケットだったり、壁に貼られたポスターだったりに“ガチさ”を感じます。
毛塚:そういうちょっとしたディティールの部分はどんどんマニアックになっていいと思っているので、そういうところでマニアポイントを発散させています(笑)。
担当編集:ネーム(漫画の設計図)段階では特に描かれていないので、僕も途中で見に行ったり、完成原稿を見たりしながら「マニアックだな〜」と思っています(笑)。大筋には関係ないところですし、嬉しい人には嬉しいところですからね。
ーー確かにマニア的には、こういうディティールのこだわりを隅々までチェックするのが楽しかったりします。
毛塚:こだわりで言うと、実は「毎回乗り物を描く」という裏テーマがあったりします。なので本体表紙(カバーを外した表紙部分)は作中に登場した乗り物をデザインしています。
青騎士という熱量ある雑誌の中で生き残るためには、自分が熱量を持って描けるものを選ばないといけないので、レコードに加えて乗り物にこだわっています。色々な場所にどんどん動いていくようなストーリーが作りたい、という思いがあってタイトルに「紀行」とつけたので、そこのテーマとも繋がってくるんですよね。
ーージャケやポスター以外にも、至る所にマニアポイントが隠されていると。内容もさることながら、単行本のデザインもかなりこだわって作ってありますよね。
毛塚:表紙のタイトルとジャケには「UV厚盛」という、UVインクを紫外線で固めて立体感を持たせる加工を施してもらいました。紙にもこだわっていたりと、手に取って、お家の本棚に長く置いていただけるような本に仕上がっているかと思います。
内容もそうですけど、レトロに振り切って懐古趣味にはならないよう気をつけています。もっとも、最初は「単行本のデザインはすごく古い感じにしてほしい」と要望を出して、担当さんに却下されたんですが(笑)。