ガジェット【連載】佐野正弘のITインサイト 第106回
改正NTT法が可決、NTT法を巡る議論は今どうなっているのか
2023年半ばに政府与党の自由民主党内から突然浮上し、通信業界を二分する大きな論争を巻き起こした、いわゆる「NTT法」の見直し議論。その動向については本連載でも何度か触れているが、去る2024年4月17日に1つの区切りを迎える出来事があった。
それは同日に、参議院本会議で「日本電信電話株式会社等に関する法律の一部を改正する法律」(改正NTT法)が可決されたこと。これによって従来、NTT法によって日本電信電話(NTT)に課せられていた、事業上のいくつかの制約が取り払われることとなった。
その1つは研究開発の開示義務で、これはNTTが研究開発した成果を、他社の要求があれば開示しなければならないというもの。それが他社と共同研究をする上での支障となっていたほか、NTTの研究開発を守ることができない状況をも生み出しているとして、NTTが撤廃を求めていたものである。
そしてもう1つは、外国人がNTTの取締役に就任できないというもの。こちらもグローバル時代の現在において外国人が将来のキャリアパスを描けず、優秀な外国人の雇用を妨げる要因になっているとして、やはり撤廃を求めていたものだ。
それに加えて改正NTT法では、従来NTT法で規定されていた「日本電信電話」という社名を自由に変更できるようになるなど、いくつかの制約が取り払われている。これら規制の撤廃は、元々競合他社からの反対意見があまりなかったもの。政府としては競合他社や、国民に与える影響が少ない規制の撤廃を急ぎ、ユニバーサルサービス制度のあり方など、反対意見が多く議論を要する規制の改正は一旦先送りしたといえる。
それゆえ今回の改正NTT法に関して、競合から反対する意見もあまり挙がらないものと見られていたのだが、発表と同日にKDDI、ソフトバンク、楽天モバイルの3社は見解を表明。改正NTT法の内容を問題視している様子がうかがえる。
といっても、3社が問題視しているのは改正NTT法自体ではなく、その「附則」である。改正NTT法附則の第四条には、見直しが進んでいないテーマを含めた今後のNTT法の改正に関する方針が記載されている。その内容を見ると、「日本電信電話株式会社等に関する法律の廃止を含めた」検討を行い、「令和七年に開会される国会の常会を目途」に新たな改正案を提出するとされている。
この内容から、政府はNTT法を改正するだけでなく廃止も依然視野に入れており、その結論を出すのは2025年、つまり1年後と明確に定めていることが分かる。競合各社は、固定ネットワークを全国津々浦々に敷設するのに必要な「特別な資産」を持つNTTグループの一体化を防いでいるNTT法が廃止されることで、NTTグループが一体化し特別な資産を独占してしまい、公正な競争環境が失われることを懸念している。それゆえ、廃止も視野に入れた議論が短期間のうちに進んでしまうことに反対しているわけだ。
裏を返すと、NTT法の完全な見直しに向けてはまだ多くの課題が残っているといえ、その議論は現在も総務省の情報通信審議会 電気通信事業政策部会 通信政策特別委員会で続けられている。具体的には同委員会のもとに、課題毎にそれぞれ3つのワーキンググループが設けられており、テーマ毎に議論を進めているようだ。
1つ目は「公正競争ワーキンググループ」である。これはまさに特別な資産や、現在それを保有・運用している東日本電信電話・西日本電信電話(NTT東西)の扱いを中心とした、電気通信分野における公正競争確保のあり方を議論するものだ。
中でも、特別な資産とされるNTT東西のアクセス部門に関しては、これまで通りNTT東西が運営するのか、NTTグループの別会社に移すのか、さらには分離して国有化、あるいはNTTグループ外の企業が運営するか…といった複数の案を提示して議論が進められている。その内容を見るに、やはり現状維持を求めるNTT側と、NTTグループからの分離を求める競合側とで意見が分かれているようだ。
2つ目は「経済安全保障ワーキンググループ」である。外資からの出資を規制しているNTT法がそのまま廃止された場合、NTTが外資に買収される可能性が出てくる。そうすると、NTT東西のアクセス部門も外資の手に移ってしまい、外国に日本の通信が筒抜けになってしまうなど、安全保障に大きな影響が生じる可能性が出てくるのだ。
そうしたことからこのワーキンググループでは、もしNTT法を廃止した場合NTTグループの外資規制をどうやって担保するのか、あるいは他の通信大手も外資から保護すべきかなどの議論がなされている。NTT東西のアクセス部門のあり方にも大きく影響してくる議論だけに、公正競争ワーキンググループと合わせてどのような結論が打ち出されるのかが注目されるところだろう。
そして3つ目は、「ユニバーサルサービスワーキンググループ」である。これは現状NTT法で、ユニバーサルサービスに位置付けられている古いメタル回線を全国で維持することが求められているNTT東西が、毎年500億円規模の赤字を出していることから、メタル回線の廃止のため研究開発の開示義務や外国人の取締役起用などと同様、NTT側が見直しを主張していたものの1つだ。
その第6回会合でNTTが主張し、今後の議論に大きな影響を与えそうなのが、ユニバーサルサービス制度を現状の固定回線ではなく、モバイルを軸に据え、自宅屋内のみならず屋外での利用環境も重視すべきというものだ。現状のユニバーサルサービス制度は固定回線を軸に設計されているが、既に国民の大半がスマートフォンなどのモバイル回線を利用し、電話より「LINE」などのメッセージサービスを多く用いてコミュニケーションしている現状を考慮するならば、モバイル回線をユニバーサルサービスの軸に据えるべきというのが同社の主張のようだ。
加えて電波を使うモバイル回線は、固定回線を用いるよりも整備・維持にかかるコストが少なくて済む。実際NTTの試算によると、メタル回線を縮退した後のエリアを全て光回線の電話サービスで置き換えた場合、年間770億円の赤字が発生するという。
だがこれを光回線電話に加えて、モバイル回線を用いたNTTドコモの「homeでんわ」など、ワイヤレス固定方式の電話サービスも取り入れて整備すると、赤字額は年間320億円に下がるという。また、縮退後のエリアを全てワイヤレス固定方式で整備すると赤字額が年間60億円に引き下がるほか、場所に応じてワイヤレス固定方式か光回線電話のいずれかで整備するよう選択できるようにすると、赤字額は年間30億円にまで抑えられるとのことだ。
ただこの会合や、同日にNTTが実施した囲み会見では、試算の根拠が不明確という声が相次いでいた。また電波を用いるモバイル回線は、専用線を用いる固定回線と比べ、環境によって通信品質が左右されることを問題視する声もあり、現状では必ずしも賛同を得ているわけではないようだ。
加えて言うならば、ユニバーサルサービスの軸がモバイルになると、全国の人口カバー率99.9%以上をカバーしている携帯3社がその対象となる可能性が高まってくるだけに、KDDIやソフトバンクからの反発も避けられないだろう。
いずれの議論も、日本の通信事業のあり方を大きく左右する極めて重要なものだけに、どのような結論が導き出されるのかは大いに関心を呼ぶだろう。だがそれを2025年の通常国会までに済ませるというのは、やはり時間が足りないように感じてしまう。政府が結論を急いでいることには、やはり疑問が残るというのが正直なところだ。
■改正NTT法が可決へ。事業上の制約が取り払いに
それは同日に、参議院本会議で「日本電信電話株式会社等に関する法律の一部を改正する法律」(改正NTT法)が可決されたこと。これによって従来、NTT法によって日本電信電話(NTT)に課せられていた、事業上のいくつかの制約が取り払われることとなった。
その1つは研究開発の開示義務で、これはNTTが研究開発した成果を、他社の要求があれば開示しなければならないというもの。それが他社と共同研究をする上での支障となっていたほか、NTTの研究開発を守ることができない状況をも生み出しているとして、NTTが撤廃を求めていたものである。
そしてもう1つは、外国人がNTTの取締役に就任できないというもの。こちらもグローバル時代の現在において外国人が将来のキャリアパスを描けず、優秀な外国人の雇用を妨げる要因になっているとして、やはり撤廃を求めていたものだ。
それに加えて改正NTT法では、従来NTT法で規定されていた「日本電信電話」という社名を自由に変更できるようになるなど、いくつかの制約が取り払われている。これら規制の撤廃は、元々競合他社からの反対意見があまりなかったもの。政府としては競合他社や、国民に与える影響が少ない規制の撤廃を急ぎ、ユニバーサルサービス制度のあり方など、反対意見が多く議論を要する規制の改正は一旦先送りしたといえる。
それゆえ今回の改正NTT法に関して、競合から反対する意見もあまり挙がらないものと見られていたのだが、発表と同日にKDDI、ソフトバンク、楽天モバイルの3社は見解を表明。改正NTT法の内容を問題視している様子がうかがえる。
といっても、3社が問題視しているのは改正NTT法自体ではなく、その「附則」である。改正NTT法附則の第四条には、見直しが進んでいないテーマを含めた今後のNTT法の改正に関する方針が記載されている。その内容を見ると、「日本電信電話株式会社等に関する法律の廃止を含めた」検討を行い、「令和七年に開会される国会の常会を目途」に新たな改正案を提出するとされている。
この内容から、政府はNTT法を改正するだけでなく廃止も依然視野に入れており、その結論を出すのは2025年、つまり1年後と明確に定めていることが分かる。競合各社は、固定ネットワークを全国津々浦々に敷設するのに必要な「特別な資産」を持つNTTグループの一体化を防いでいるNTT法が廃止されることで、NTTグループが一体化し特別な資産を独占してしまい、公正な競争環境が失われることを懸念している。それゆえ、廃止も視野に入れた議論が短期間のうちに進んでしまうことに反対しているわけだ。
■NTT法の完全見直しに向けた課題
裏を返すと、NTT法の完全な見直しに向けてはまだ多くの課題が残っているといえ、その議論は現在も総務省の情報通信審議会 電気通信事業政策部会 通信政策特別委員会で続けられている。具体的には同委員会のもとに、課題毎にそれぞれ3つのワーキンググループが設けられており、テーマ毎に議論を進めているようだ。
1つ目は「公正競争ワーキンググループ」である。これはまさに特別な資産や、現在それを保有・運用している東日本電信電話・西日本電信電話(NTT東西)の扱いを中心とした、電気通信分野における公正競争確保のあり方を議論するものだ。
中でも、特別な資産とされるNTT東西のアクセス部門に関しては、これまで通りNTT東西が運営するのか、NTTグループの別会社に移すのか、さらには分離して国有化、あるいはNTTグループ外の企業が運営するか…といった複数の案を提示して議論が進められている。その内容を見るに、やはり現状維持を求めるNTT側と、NTTグループからの分離を求める競合側とで意見が分かれているようだ。
2つ目は「経済安全保障ワーキンググループ」である。外資からの出資を規制しているNTT法がそのまま廃止された場合、NTTが外資に買収される可能性が出てくる。そうすると、NTT東西のアクセス部門も外資の手に移ってしまい、外国に日本の通信が筒抜けになってしまうなど、安全保障に大きな影響が生じる可能性が出てくるのだ。
そうしたことからこのワーキンググループでは、もしNTT法を廃止した場合NTTグループの外資規制をどうやって担保するのか、あるいは他の通信大手も外資から保護すべきかなどの議論がなされている。NTT東西のアクセス部門のあり方にも大きく影響してくる議論だけに、公正競争ワーキンググループと合わせてどのような結論が打ち出されるのかが注目されるところだろう。
そして3つ目は、「ユニバーサルサービスワーキンググループ」である。これは現状NTT法で、ユニバーサルサービスに位置付けられている古いメタル回線を全国で維持することが求められているNTT東西が、毎年500億円規模の赤字を出していることから、メタル回線の廃止のため研究開発の開示義務や外国人の取締役起用などと同様、NTT側が見直しを主張していたものの1つだ。
その第6回会合でNTTが主張し、今後の議論に大きな影響を与えそうなのが、ユニバーサルサービス制度を現状の固定回線ではなく、モバイルを軸に据え、自宅屋内のみならず屋外での利用環境も重視すべきというものだ。現状のユニバーサルサービス制度は固定回線を軸に設計されているが、既に国民の大半がスマートフォンなどのモバイル回線を利用し、電話より「LINE」などのメッセージサービスを多く用いてコミュニケーションしている現状を考慮するならば、モバイル回線をユニバーサルサービスの軸に据えるべきというのが同社の主張のようだ。
加えて電波を使うモバイル回線は、固定回線を用いるよりも整備・維持にかかるコストが少なくて済む。実際NTTの試算によると、メタル回線を縮退した後のエリアを全て光回線の電話サービスで置き換えた場合、年間770億円の赤字が発生するという。
だがこれを光回線電話に加えて、モバイル回線を用いたNTTドコモの「homeでんわ」など、ワイヤレス固定方式の電話サービスも取り入れて整備すると、赤字額は年間320億円に下がるという。また、縮退後のエリアを全てワイヤレス固定方式で整備すると赤字額が年間60億円に引き下がるほか、場所に応じてワイヤレス固定方式か光回線電話のいずれかで整備するよう選択できるようにすると、赤字額は年間30億円にまで抑えられるとのことだ。
ただこの会合や、同日にNTTが実施した囲み会見では、試算の根拠が不明確という声が相次いでいた。また電波を用いるモバイル回線は、専用線を用いる固定回線と比べ、環境によって通信品質が左右されることを問題視する声もあり、現状では必ずしも賛同を得ているわけではないようだ。
加えて言うならば、ユニバーサルサービスの軸がモバイルになると、全国の人口カバー率99.9%以上をカバーしている携帯3社がその対象となる可能性が高まってくるだけに、KDDIやソフトバンクからの反発も避けられないだろう。
いずれの議論も、日本の通信事業のあり方を大きく左右する極めて重要なものだけに、どのような結論が導き出されるのかは大いに関心を呼ぶだろう。だがそれを2025年の通常国会までに済ませるというのは、やはり時間が足りないように感じてしまう。政府が結論を急いでいることには、やはり疑問が残るというのが正直なところだ。