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ガジェット【連載】佐野正弘のITインサイト 第80回

「NTT法」を巡り対立するNTTと競合各社、禍根を残さずに見直すことはできるのか

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公開日 2023/10/26 11:09 佐野正弘
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ここ最近、「NTT法」を巡って通信各社の動きが慌ただしくなっている。その理由は、政府が防衛費の増額のための財源を確保するため、保有している日本電信電話(NTT)の株式を売却することを検討したことにあり、それを機としてNTT法の見直しに関する議論が急速に進みだしたのだ。

■議論が進む「NTT法」の3つの見直し



なぜNTT法を見直す必要が出てきたのかというと、そもそもNTT法を改正しなければ政府が保有するNTT株は売れないからだ。NTT法とも呼ばれる「日本電信電話株式会社等に関する法律」は、その名前の通りNTTに関する法律が定められているものである。

NTTは国営の「日本電信電話公社」が前身であり、1985年に民営化がなされたが、現在も総務省が管轄する特殊法人という位置付けであることから、NTTのあり方を定めるNTT法が存在している。そしてNTT法には、政府が3割以上の株式を保有することを求める条文があるので、NTT法を改正しなければそもそも株を売れないわけだ。

そこで、政府与党の自由民主党がNTT法を見直す検討を始めたのだが、NTTは子会社である東日本電信電話と西日本電信電話(NTT東西)が電話や光ファイバーなど国の重要な通信を担っていることもあって、単に株式を売却できるよう法改正すれば済むというわけにはいかない。政府が株を手放したとしても、海外企業にNTTが買収され日本のインフラが外国に乗っ取られないようにするなど、さまざまな部分での見直しが必要なのだ。

しかもNTT法は、NTTが民営化された約40年前の環境をベースに定められていることから、現在の環境にはそぐわない規制なども存在し、それがNTTの事業の足を引っ張っているとの声もある。そこでNTT法の当事者であるNTTグループをはじめ、競合となるKDDIやソフトバンク、そしてNTT東西のネットワークを使っている自治体など、さまざまな所から意見を募って急ピッチで見直しの議論を進めているようだ。

10月19日に実施されたNTTの記者説明会の内容を見るに、代表取締役社長である島田明氏が見直しを訴えているポイントは、大きく3つあるようだ。1つ目は研究開発の開示義務が課せられていること。この義務によってNTTは、研究した結果を他社などに求められれば開示しなければならないのだが、現代ではそれが問題となるケースが2つある。

10月19日にNTTが実施した記者会見に登壇する島田氏。NTT法の見直しがなされることで、NTT法の存在意義がなくなり必然的に廃止になるだろうと主張している

1つは、「NTTの研究成果を使いたい」と求められたら開示する必要があり、現在NTTグループが全社を挙げて研究開発を進めている「IOWN」などの研究成果も、容易に海外に流出してしまうという経済安全上のリスクを背負っていること。そしてもう1つはビジネス上の問題で、NTTが他の企業と共同研究をする場合であっても、NTT側に開示義務があるため研究成果を守ることができないとして、共同開発が断られてしまうなどの問題が生じることから、NTT側は廃止を求めているわけだ。

NTTが見直しを求める最大のポイントが研究開発の開示義務であり、現代においてはこれが他社との共同研究や、経済安全保障上などの点で問題となっている

2つ目は、NTT法によって日本国籍以外の人が取締役などに就任できないこと。通信技術もグローバル化が進む現在にあって、日本人しか取締役に就任できないとなれば、海外の優秀な人材を獲得する上で大きな制約となってしまうだけに見直しが必要だとしている。

そして3つ目は、全国に固定電話サービスを公平に提供することが求められていること。NTT東西は光ファイバーや携帯電話など新しいネットワークが全国に広まっている現在にありながらも、NTT法のため古いメタル回線の固定電話網を全国で維持することが求められている。その維持のためNTT東西は、およそ600億円もの赤字を抱えているそうで、古い固定電話網を廃止するためにも、島田氏はNTT法の見直しが必要だと訴えている。

これら3つの見直しが進み、なおかつ外国為替及び外国貿易法(外為法)などによって外資に対するNTTへの出資規制が実現できれば、NTT法の存在自体必要なくなるので必然的に廃止になる、というのが島田氏の主張であるようだ。だが、そうしたNTT側の姿勢に猛反発しているのが、KDDIやソフトバンク、楽天モバイルなどの競合各社だ。

研究開発開示義務の廃止やユニバーサルサービス制度の見直し、外資規制の見直しなどをすることで、NTT法の役割はほぼなくなり必然的に廃止になるというのがNTT側の主張だ

■猛反発をみせる競合他社。NTT法廃止に反対の要望書を提出



実際、先の3社は10月19日、NTTが会見を実施したのと同時刻に記者会見を実施。3社を含めた180の企業や自治体などが連名で、NTT法の廃止に反対する要望書を自民党や総務大臣に提出したことを明らかにしている。

KDDIやソフトバンク、楽天モバイルなどの競合はNTTの会見と同日・同時間に記者会見を実施。180の企業や自治体が連名で、NTT法の廃止に反対する要望書を提出したという

とはいえ競合側は、NTT法で見直しが検討されている要素の全てに反対しているわけではなく、研究開発の開示義務の撤廃などは賛同する姿勢を見せている。では、何に反対しているのかというと、それはNTT東西の固定通信網に起因している。

NTTグループは公社時代、国のお金で取得・整備した土地や設備、ネットワークを全国に保有しており、現在も固定ブロードバンド回線ではNTT東西の光ネットワークが圧倒的シェアを持っている。それゆえ他社は、携帯電話の基地局などを整備するのにも、NTT東西から光ネットワークを借りる必要があるのだが、もしNTT法がなくなればNTTグループが再び統合して光ネットワークを独占してしまい、競合が対抗できない状況が生まれてしまうことを懸念しているのである。

その懸念を強めたのが2020年に、NTTが突如NTTドコモの完全子会社化を打ち出したこと。この動きは競合にとって、事前の議論もなく実施された“不意打ち”であったことから、これまで分割が進められてきたはずのNTTグループが再集結し、一体化を進める脅威として受け止められたのだ。

そこで競合各社は、公正競争のためにもNTTが公社時代に得た資産を分離・売却することを要求。それができないのであれば、NTT法を維持してNTTグループが一体化しないことの担保を求めるとともに、国の資産を引き継いでいるNTT東西が引き続き、固定電話のユニバーサルサービス制度を担うべきと訴えているわけだ。

ただ、NTT東西の光ネットワークに関する規制は電気通信事業法で規定されているもので、NTT法と直接関係するわけではない。加えて島田氏は、NTT東西が他の多くの企業にネットワークを貸すという現在の体制を維持した方が収益性が高いとして、NTT東西とNTTドコモの合併などを進める考えはないとしている。実際島田氏は先の会見において、電気通信事業法でNTT東西とNTTドコモの統合を禁止行為として規定しても構わないと話していた。

NTT側はNTT東西が、自社グループ企業と同じ条件で他社にネットワークを貸し出す現在の体制を変えるつもりはないとしており、NTT東西とNTTドコモの統合を禁止する規定を電気通信事業法に盛り込んでもいいと島田氏は話していた

また、固定電話のユニバーサルサービスに関しては、島田氏はブロードバンドサービスのユニバーサルサービス制度を規定している電気通信事業法に、固定電話も統合することを提案。そこで問題になってくるのが、離島や人口が少なく採算が取れない条件不利地域のネットワークを誰が整備するのか?という点である。

この点について島田氏は、条件不利地域のネットワーク整備は、国が事業者を指名できるよう法整備することを提案。さらに、携帯電話や衛星回線などにより安価に整備できるネットワークの利用を前提にするなど、一定の条件が揃うならば、NTT東西がその責務を負う覚悟があるとも話している。なんとか競合の懸念を払しょくして、ビジネス上の弊害となっているNTT法の見直し、ひいては廃止にまで持っていきたいというのが同社の考えであるようだ。

NTTは固定電話のユニバーサルサービスに関して、ブロードバンドのユニバーサル制度を定めている電気通信事業法への統合を提案。安価なネットワーク整備ができる仕組みが使えるなど条件が整えば、NTT東西が責務を負う覚悟があるとも話している

たしかに、双方の見解に開きはあるのだが、NTT側も競合側も互いに譲り合う部分を見せてはいるだけに、NTT法自体の廃止か存続かにこだわるのでなければ、丁寧に議論をして新たな法の立て付けをすることで、何らかの打開策は見出せそうな気もしている。

ただ財源確保を急ぐためか、政府側が早期に結論を出そうとしているのが気がかりだ。国の通信という重要なインフラに関する法律だけに、国のインフラのグランドデザインのあり方から掘り下げての議論が必要なのではないかと筆者は考える。

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