ビートルマニアの大橋伸太郎がレポート
最高の音質で蘇った ザ・ビートルズ の新デジタルリマスター盤を聴いた!
試聴会の後半になり、アランとガイに質問がある方は、というインタビュータイムになったので、早速手を挙げた。
「既発売のCDで初期タイトルの内、最初からステレオ発売された『ヘルプ!』や『ラバー・ソウル』では、プロデューサーのジョージ・マーティンが、ステレオLPの過度で作為的な分離感をやや修正して、左右の楽器の広がり感をやや内側に寄せてまとまりよく定位させていますが、今回それに類したリミックスは?」という私の質問を聞きながら、それまでフン、フンと頷いていたアランは、いや、そんなことはありえないと頭を振りながら、「原盤のステレオ定位を変えるようなことは、これまでも決してしていない」という回答だった。
これは失礼ながら、当日の通訳氏の知識と翻訳力に問題がある。「いや、そんなことはない。ステレオCDはこの2作に関しては定位が微妙に変わっている」と当方が食い下がると、ようやく意味が飲み込めたらしく「ジョージ(マーティン)は、確かにその2作のステレオ・リミックスを担当したが、あまりに仕事が大変なのでその2作限りで投げ出しちゃったのさ。他の初期タイトルのステレオCD化は僕らが今回初めて手掛けた。僕たちは、オリジナルのバランスを尊重しているよ」。
これには、なるほどと納得。次にこんな質問をしてみた。
「来年2010年は、ビートルズ解散40周年、映画『レット・イット・ビー』公開40周年ですが、とうとうDVDで発売されずじまいだった『レット・イット・ビー』をBD-ROMで発売するとか、ビートルズに関してさらなる企画は?」との私の究極の質問に、「もしそれをやるなら、アップルからきっと連絡があると思うよ」というとぼけた返事だった。
さて、この新リマスター版ビートルズCD全集をどう評価するか、である。ビートルズ好きの友人と話し合ったのだが、「売れる、売れない」に関しては私の観測は「そこそこ売れる」である。ステレオ版に関しては分売されるので、若い世代のロックファンは格段にサウンドの見通しのいいリマスター版は魅力だろう。一方ビートルズのマニアがどう受け止めるかはかなり難しく、はっきり言ってわからない。
従来の‘87年版CDはやや硬い音質ながら、当時としてはかなり鮮度、完成度とも高く、不満はなかった。ジョージ・マーティンはすでに引退し、ポール・マッカートニーも引退同然(失礼!)。この二人のどっちかが今回プロデュースに参加していたら話は別だが、いや、もし彼らが参加したとしても、ビートルズはもう「いじれない」のである。今回のリマスターCDは、どちらかというとあくまでテクニカルな産物であり、高度な引き算の印象が強い。
じゃあオマエはどうするのか、買うか買わないのか、という質問に対しては、ステレオのニューリミックスでなく、同時発売のモノラル・ボックス・セット(分売なし)を買うことに決めた。『ザ・ビートルズ』(ホワイトアルバム)や『サージェント・ペパーズ…』がCDとして初めてモノで聴けるだけでなく、「ヘルプ!」と「ラバー・ソウル」に関して、ジョージ・マーティンのCDリミックス以前のオリジナル・ステレオ・ミックス(つまり、LPで聴くのと同じバランス)までオマケで収録されているからである。
さて、この日のお披露目を担ったスピーカーシステムはEMI傘下アビイロード・スタジオで活躍するB&W「802D」であった。アンプはもちろんオール・マランツである。ビートルズファンの一人として、よしなしことを書いてきたが、マランツのシステムと802Dで聴いた新リマスターCDは、オーディオ的にくっきりとしたコントラストの素晴らしいアーカイブで、申し分ない出来だったことを最後に報告しておく。
大橋伸太郎 プロフィール
1956 年神奈川県鎌倉市生まれ。早稲田大学第一文学部卒。フジサンケイグループにて、美術書、児童書を企画編集後、(株)音元出版に入社、1990年『AV REVIEW』編集長、1998年には日本初にして現在も唯一の定期刊行ホームシアター専門誌『ホームシアターファイル』を刊行した。ホームシアターのオーソリティとして講演多数。2006年に評論家に転身。