ヘッドホン祭『analog × TopWing』ブースで披露
M2TECH「JOPLIN MK2」を高橋健太郎が聴く。 “20世紀のレコード”を体験するためのフォノADC
PCを通すとレコードの録音も簡単に
次にJOPLIN MKIIとをPCとともに使って、アナログレコードを録音することを試してみる。レコードプレーヤーとの接続はそのまま。USBケーブルでJOPLIN MKIIととMAC BOOKと接続。この場合はJOPLIN MKIIは32bit/384kHzでの出力が可能になる。
個人的にはアナログレコードをデジタル録音することは10年くらい前から行っていた。現在も愛用しているStelloのDP200というプリアンプがフォノイコライザーとADコンバーターを内蔵した製品で、アナログレコードを24bit/192kHzでデジタル出力してくれるのだ。このDP200のデジタル出力をPC上のProToolsやコルグのMR-2000Sで録音して、アナログレコードからデジタルな音源ライブラリーを作ってきた。しかし、32bit/384kHzでの録音はこれまで経験がなかった。今回はその32bit/384kHzでの録音をMacBook上のフリーソフト、Audacityで行ってみることにした。
サウンドのモニター用には再びYOUNG DSDを使う。MacBookとYOUNG DSDをUSB接続するのだ。アナログプレーヤー→JOPLIN MKII→MacBook→YOUNG DSD→プリアンプという先程よりさらに複雑なセットアップになるが、こうすると32bit/384kHzが使えるというのは、何だか不思議な感じだ。
MacBookのサウンド設定で、入力機器にJOPLIN MKIIを、出力機器にYOUNG DSDを設定。さらにアプリケーションのAUDIO MIDI設定で入力出力ともに32bit/384kHzに設定する。この状態でAudacityを立ち上げ、Audacityの録音設定も32bit/384kHzに。フリーソフトでこんなハイスペックなデジタル録音ができてしまうというのも驚きだ。
さて、セットアップしてしまえば、録音は簡単。YOUNG DSDをUSB DACとしてサウンドをモニターしながら、かけたLPを次々に録音していくことができる。再生も簡単。簡単過ぎて、レポするポイントがないくらいだ。録音時にモニターしているサウンドと32bit/384kHzで録音したファイルを再生したサウンドの差はほとんど分からない。
ただ、32bit/384kHzで録音すると、アルバム一枚が数ギガにも及んでしまう。常に32bit/384kHzで録音するというのは、あまり現実的ではなさそうだ。貴重なレコードの保存を最高スペックで、という時は32bit/384kHzで。普段は24bit/192kHzあるいは24bit/96kHzで録音し、そこからさらにダウンコンバートして、ポータブルプレーヤー用などの音源ファイルを作っていくというような使い方が賢いかもしれない。
多彩なEQカーヴで古いLPにも対応
さて、フォノイコライザー+ADコンバーターとしての基本機能はこれでチェック終了だが、実はJOPLIN MKIIはそれだけではないマニアックな機能をフォノイコライザー部に加えている。が、それについて説明するには、アナログレコードの歴史を少し振り返ってみる必要がある。
一般のLPレコードは1954年に米レコード協会が定めたRIAAカーブというイコライザーカーブを使って、カッティングされている(レコードのカッティング時には、信号の低音を減らし、高音を増やすカーブのイコライザーをかけてからカッティング。レコードの再生時にフォノイコライザーで逆のカーブのイコライザーをかけて、フラットなバランスに戻すというのが、アナログレコードの仕組みだ。このイコライザーカーブの設定をすべてのレコード会社の共通規格にしたのがRIAAカーブだ)。
ところが、古いLPレコードの中にはこのRIAA以外のEQ(イコライザー)カーブを使っているものもあるのだ。さらに、LP以前のSP盤の時代には、レコード会社各社が独自のEQカーブを使っていた。
こうしたRIAA以外のイコライザーカーブを使って制作されたアナログレコードをRIAAカーブのフォノイコライザーで再生してしまうと、周波数のバランスが本来とは違ってしまう。このことを解消するために、JOPLIN MKIIは何とLP用に16種類、SP用に7種類ものEQカーブを備えて、ユーザーが必要に応じて、切り替えられるようになっている。さらに、不要な低音をカットするハイパスフィルター、不要な高音をカットするローパス・フィルターなども備えられている。
こうしたEQカーブの切り替えがあるフォノイコライザー内蔵のプリアンプを僕もかつて持っていたことがある。それはLEAK社のVarislope Stereoという真空管のプリアンプで、1950年代半ばのイギリスの製品だった。1954年のRIAAカーブの制定以前は、VICTOR 、COLUMBIA、DECCAなどが違うEQカーブのLPレコードを発売していたので、シリアスなオーディオ再生には各社のレコード用にEQカーブを切り替えるプリアンプが必須だったのだろう。JOPLIN MKIIはそんな半世紀以上前のオーディオ機器の機能をデジタル技術を使って蘇らせたものとも言える訳だ。
とはいえ、EQカーブの切り替えをしながら、アナログレコードを聴くという経験は僕もほとんどしてこなかった。というのも、それが必要なレコードというのはごくごく限られる、と考えてきたからだった。SP盤は我が家にはないので、SP時代のことは考えなくていい。LP盤だけに限れば、LPが最初に発売されたのは1951年であり、RIAAカーブの制定される1954年まではわずか3年間だ。1950年代のジャズやラテン、ブルーズやリズム&ブルーズなどのレコードも僕は好んで聴いてきたが、僕がレコードを買い始めたのは70年代より後なので、1950年代の音楽は70年代以後のリイシュー盤で買っていることが多い。1951〜1954年のオリジナル盤で所有しているものなど、ほとんど見当たらないのだ。だから、EQカーブが切り替えられるプリアンプを所有し、知識だけは備えていたものの、実際には自分とは無関係なものと考えていたのだった。
ところが、近年、どうもそうではないように思われてきた。きっかけは2014年にイギリスのiFi-Audioが発売したiPhonoというフォノイコライザーだった。iFi-AudioもUSB DACをヒット商品しているデジタル系のオーディオメーカーというイメージだったが、このiPhonoは純然たるフォノイコライザーで、EQカーブを6種類備えていた。そして、iFi-Audioのウェブサイトを見てみると、ショッキングなことが書かれていたのだ。1954年にRIAAカーヴが制定された後も、すべてのレコード会社がそれを採用するまでには時間がかかった。すべてのレコード会社がそれを採用したのは1980年以後である、とiFi-Audioは主張していたのだ。
ということは、1960年代、1970年代のLPにもRIAAカーブ以外のEQカーブでカッティングされているLPがあるということになる。言われてみると、思い当たらないでもない。とりわけ、1950年代前半以前の音源のリイシュー盤については、60年代〜70年代に発売されたLPの中にEQカーブが本来のものとは異なっているものが少なからず紛れているのではないか? どうも音に生気がないように感じられるLPは、実は録音のせいではなく、EQカーブのせいでそう聴こえているのではないか? そう思えてきたのだ。
M2TECHがJOPLIN MKIIのようなフォノイコライザーを作ったのも、同様のこだわりゆえに思える。なにしろ、LP用のEQカーヴを16種類もプリセットで備えているのだから。こんな製品は過去にもなく、イコライザー部をデジタル処理にしているからこそ、可能になったものに思われる。