海上忍のラズパイ・オーディオ通信(33)
5ドルで買える「Raspberry Pi Zero/Zero W」でラズパイオーディオを楽しむ
■「SabreberryDAC ZERO」のここがイイ
…と、ややネガティブな見方になってしまったが、そこに一石を投じるZero向けのユニークなDACボードが先日発売された。数々のHi-Fiオーディオ拡張ボードで知られるTakazine氏設計による「SabreberryDAC ZERO」だ。
このDACボード最大の特長は、基板上にタクトスイッチを搭載したこと。スイッチ押下の信号はGPIOに伝わり、Takazine氏自作のPythonスクリプトによりMPCクライアントとして振る舞うことで、再生/停止や曲送り/戻し、ボリューム調整を行うことができる。あらかじめプレイリストを作成しておけば、スマートフォンやタブレットに頼ることなく再生操作できるのだ。STOPボタンの長押しでソフトウェア的にシャットダウンする(「shutdown -h now」を呼び出す)など気の利いた機能も用意されている。
音質設計も抜かりない。DACチップにはESS社「ES9023P」を採用、I2S経由で44.1〜192kHzまでのオーディオデータ(PCM)を入力できる。クロックは50MHzの水晶発振器を1基、回路には解像感を向上させるMELF抵抗も使われている。ヘッドホンアンプ部はTI「OPA1662」、低歪みで定評あるECHUフィルムコンデンサを採用した。NXP製ディスクリートレギュレータを使うなど、電源部のパーツも厳選されている。基板の裏面には、大容量電解コンデンサ用のパターンまで用意する念の入れようだ。
なお、ES9023PというDACチップは、前回紹介したMoode AudioのAdvancedカーネル(192kHz/24bitを超えるサンプリングレートに対応するためのパッチを適用した実験的なLinuxカーネル)に対応している。WEBブラウザで管理画面にアクセスし、「Advanced-LL」または「Advanced-RT」どちらかのカスタムカーネルを選択し再起動するだけで、384kHz/32bitをダウンサンプリングなしにそのまま再生できるのだ。
「SabreberryDAC ZERO」という拡張ボードは、“ノーマルのラズパイ”でも支障なく動作する。というより、GPIOのピンアサインはRaspberry Pi 2以降共通しており、サイズの問題がなければ互換性の心配は無用だ。実際、Raspberry Pi 3 Model Bで動作確認してみたが、DACボードに「hifiberry dac」など標準的なI2S出力を行うオーディオドライバを使用すれば変わらず動作する。
試聴も同じ環境(アルミ削り出しケースはワンボードオーディオ・コンソーシアム規格準拠予定の試作品)を利用したが、全体的には歪みのないクリアネスが印象に残る。ECHUフィルムコンデンサの採用など電源部の設計の巧みさからか、低域の解像感もしっかり描かれており、結果として重心やや低めのドライブ感ある音を出すことに成功している。
ただし、一度“ノーマルのラズパイ”で試してしまうとZeroには戻れない。手前味噌のようで恐縮だが、S/N感にせよ音場の広さにせよ、アルミ削り出しケースに収めた“ノーマルのラズパイ”の方が断然好印象なのだ。SoCも違えば電源周りも違う、GPIOピンソケットの取り付け精度(Zeroは筆者の手ハンダ)も違う、シャーシアースの有無もある……と、“ノーマルのラズパイ”のほうが総じて有利な状況なのだから、さもありなん。
とはいうものの、タクトスイッチによる曲操作はやはり便利だ。ディスプレイが無いため、再生範囲はプレイリストに限定されてしまうものの、iPod shuffleライクに楽しめる点はうれしい。“ノーマルのラズパイ”をモバイルで使うことはなかなか厳しいが、Zeroとの組み合わせならば可能だ。SabreberryDAC ZERO対応のアクリルケースも発売されるそうなので、モバイル指向のユーザーには朗報だろう。
それにしても、拡張ボード上にタクトスイッチを実装してしまうというアイデアはおもしろい。他の製品を眺めると、タッチディスプレイやドーターボードを使う例は見かけるが、販売される製品としては他にないはず。ボタンを押し込む深さという問題があるため設計は難しそうだが、コンソーシアム規格ケースの交換パネル(前面と側面を選べる)にタクトスイッチを配置し、I2Cなどの方法でHATサイズのDACボード/ヘッドホンアンプをコントロールするという実装もアリだろう。電源ボタンが無いというRaspberry Piの問題も、この方法で解決できる。仕様を定義・共通化することを含め、いろいろ検討してみるつもりだ。