色と明暗のバランスに注目
意識を乗っ取る “闇” へようこそ。『ジョーカー』を所有する危うさと恍惚
トッド・フィリップス監督がメガホンを取った映画『ジョーカー』が早くもUltra HDブルーレイになった。アメコミ原作の映画化作品が初めてベネチア国際映画祭の最高賞に輝いたことでも注目を浴びた本作を、4K/HDRホームシアターで観賞する際の見どころを紹介しよう。>販売ページ(Amazon)はこちら<
“ジョーカー” といえば誰もが知るDCコミックスの人気作品『バットマン』が誇る最高のヒールだ。原色のスーツに身を包んだ口裂けメイクのクラウンを、これまでにジャック・ニコルソンやヒース・レジャーに代表される米国の名優たちが演じてきた。本作でジョーカー役を射止めたのはホアキン・フェニックス。
同じ年の筆者にとっては、彼の兄である映画『スタンド・バイ・ミー』で一世を風靡したリバー・フェニックスの “影に長年隠れていた” 印象もあるホアキンだが、リドリー・スコットの映画『グラディエーター』ではローマ皇帝のコモドゥスがあまりにもハマり役だったことが記憶に残っている。最近ではウディ・アレン監督の映画『Irrational Man(邦題:教授のおかしな妄想殺人)』でも見事な怪演を楽しませてくれた。
本作ではジョーカーに魂を吹き込むホアキンの熱演を、あのロバート・デ・ニーロがサイドキックとして静かに、そして堂々と構えながら支えている。男性の俳優陣が銀幕を埋め尽くすシーンが長く続く映画だが、主人公の “ご近所さん” を演じる女優、ザジー・ビーツの透明感あふれる美しさには息を呑んだ。
■強調した“ファンタジー”とは縁遠い、色と明暗のバランスに注目
『ジョーカー』は今までのバットマン映画とは一味違う。いい意味で全然フィクションしていないし、「こういうのって実際ありそう…」と思わせるリアルなストーリー展開に手汗を滲ませながら、あっという間に約2時間が過ぎる。部屋を暗くして観賞した方がサスペンスな展開にのめりこめると思うが、メリハリを利かせた4K/HDR映像の力強さがあれば、多少部屋が明るかろうと、お構いなしに没入できてしまうだろう。
作品の舞台は、おそらくはひと昔前のニューヨークからインスパイアされた架空の街 “ゴッサム” 。物語を通して支配する色はもちろん「ブラック」だ。闇が深いからこそ、時折キャンパスに差し込む明るく煌びやかなホワイトと鮮やかな原色が、言葉によるダイアローグではあえて伝えられない、場面の空気感やキャラクターの心情など行間のコンテクストを雄弁に語りかけてくる。
宇宙やダンジョンの真っ暗闇、あるいは派手な銃撃戦の果てに吹き上げる炎のように、ことさらHDR作品であることを強調し過ぎて、見る側がシラケてしまうような光と色の “ファンタジー” は、本作『ジョーカー』とは縁遠い。だからこそ冷たいブルートーンの街並みに背筋が冷たくなるような感覚にふと襲われるし、夜の闇をわずかに照らす黄緑色のスポットライトが孤独や不安をかき立てる。
筆者は『ジョーカー』のUHD BDを入手してから、これまでに全体を2度繰り返し観て、さらにもう1回心に残ったシーンをピックアップして見直した。UHD BDの見どころだが、まず本作の映像は、ひとつひとつのカットすべてに隙がなく美しい。どの場面も、切り取って1枚の絵画として壁にかけておきたくなる。
なかでも主人公のアーサーが隣人の女性を尾行するシーンでは風に翻る紅いスカートがとても艶かしい。最初に「狂気が覚醒」する地下鉄のシーンでは闇と光、鮮やかな原色のフラッシュバックが緊張感をゆっくりと熟成させていく。
物語の途中の重要な場面で、ジョーカーの太極拳みたいなへんてこな “舞い” が挿入されるのだが、各シーンのキャンパスを支配する色と明暗のバランスにも注目してほしい。登場人物たちが多くを語らない感情の “ゆらぎ” が生々しく伝わってくる。
『ジョーカー』は派手なアクション映画やCGバリバリのSFファンタジーとは一線を画す、もの静かな映画だ。少しずつ感情を揺さぶられながら、気が付けば作品に意識を塗り込められてしまうようなアブナイ名作だと思う。そしてディスクを繰り返し再生するたびに「いやあ、4K/HDR映画って本当にいいもんだな」と火照る気分を噛みしめる。
(山本 敦)
“ジョーカー” といえば誰もが知るDCコミックスの人気作品『バットマン』が誇る最高のヒールだ。原色のスーツに身を包んだ口裂けメイクのクラウンを、これまでにジャック・ニコルソンやヒース・レジャーに代表される米国の名優たちが演じてきた。本作でジョーカー役を射止めたのはホアキン・フェニックス。
同じ年の筆者にとっては、彼の兄である映画『スタンド・バイ・ミー』で一世を風靡したリバー・フェニックスの “影に長年隠れていた” 印象もあるホアキンだが、リドリー・スコットの映画『グラディエーター』ではローマ皇帝のコモドゥスがあまりにもハマり役だったことが記憶に残っている。最近ではウディ・アレン監督の映画『Irrational Man(邦題:教授のおかしな妄想殺人)』でも見事な怪演を楽しませてくれた。
本作ではジョーカーに魂を吹き込むホアキンの熱演を、あのロバート・デ・ニーロがサイドキックとして静かに、そして堂々と構えながら支えている。男性の俳優陣が銀幕を埋め尽くすシーンが長く続く映画だが、主人公の “ご近所さん” を演じる女優、ザジー・ビーツの透明感あふれる美しさには息を呑んだ。
■強調した“ファンタジー”とは縁遠い、色と明暗のバランスに注目
『ジョーカー』は今までのバットマン映画とは一味違う。いい意味で全然フィクションしていないし、「こういうのって実際ありそう…」と思わせるリアルなストーリー展開に手汗を滲ませながら、あっという間に約2時間が過ぎる。部屋を暗くして観賞した方がサスペンスな展開にのめりこめると思うが、メリハリを利かせた4K/HDR映像の力強さがあれば、多少部屋が明るかろうと、お構いなしに没入できてしまうだろう。
作品の舞台は、おそらくはひと昔前のニューヨークからインスパイアされた架空の街 “ゴッサム” 。物語を通して支配する色はもちろん「ブラック」だ。闇が深いからこそ、時折キャンパスに差し込む明るく煌びやかなホワイトと鮮やかな原色が、言葉によるダイアローグではあえて伝えられない、場面の空気感やキャラクターの心情など行間のコンテクストを雄弁に語りかけてくる。
宇宙やダンジョンの真っ暗闇、あるいは派手な銃撃戦の果てに吹き上げる炎のように、ことさらHDR作品であることを強調し過ぎて、見る側がシラケてしまうような光と色の “ファンタジー” は、本作『ジョーカー』とは縁遠い。だからこそ冷たいブルートーンの街並みに背筋が冷たくなるような感覚にふと襲われるし、夜の闇をわずかに照らす黄緑色のスポットライトが孤独や不安をかき立てる。
筆者は『ジョーカー』のUHD BDを入手してから、これまでに全体を2度繰り返し観て、さらにもう1回心に残ったシーンをピックアップして見直した。UHD BDの見どころだが、まず本作の映像は、ひとつひとつのカットすべてに隙がなく美しい。どの場面も、切り取って1枚の絵画として壁にかけておきたくなる。
なかでも主人公のアーサーが隣人の女性を尾行するシーンでは風に翻る紅いスカートがとても艶かしい。最初に「狂気が覚醒」する地下鉄のシーンでは闇と光、鮮やかな原色のフラッシュバックが緊張感をゆっくりと熟成させていく。
物語の途中の重要な場面で、ジョーカーの太極拳みたいなへんてこな “舞い” が挿入されるのだが、各シーンのキャンパスを支配する色と明暗のバランスにも注目してほしい。登場人物たちが多くを語らない感情の “ゆらぎ” が生々しく伝わってくる。
『ジョーカー』は派手なアクション映画やCGバリバリのSFファンタジーとは一線を画す、もの静かな映画だ。少しずつ感情を揺さぶられながら、気が付けば作品に意識を塗り込められてしまうようなアブナイ名作だと思う。そしてディスクを繰り返し再生するたびに「いやあ、4K/HDR映画って本当にいいもんだな」と火照る気分を噛みしめる。
(山本 敦)